HAND x HAND GLORY's


act9 調査開始

ルリエルに太鼓判を押されたジロだが、本人はまったくと言っていいほど乗り気ではなかった。
元々荒事が苦手な上に、働くのも嫌いと来ている。
そんな奴が、牢屋を破って投獄犯を拉致してくるなんて仕事に気が向くわけもないのだ。
しかしジロの都合や気持ちをギルドマスターが配慮してくれるはずもなく、船酔いから立ち直って早々、ジロは聞き込み調査に強制参加するかたちとなった。
もちろん、スージやエルニーも一緒だ。
「外は寒いぞ。厚着しておけ」
斬から諸注意を受け、ジロは改めてロビーを見渡した。
宿屋だというのに人の姿はまばらで、閑散としている。
それと船酔いでダウンしている間は気づかなかったが、外に出なくても充分寒い。
改めて、ここは北国なのだと感じさせられる。
寒いと意識した瞬間、ジロは己の腕を両手で抱きしめ、ぶるっと身震いした。
「ふ、ふ……ぶぇっくしゅ!」
でかいクシャミをかますジロへ、スージがくすりと笑う。
「ほら〜、言ってる側から!ジロ、ちゃんと上着持ってきた?」
スージは防寒具の下にも何着か着込んでおり、おまけにフードを降ろしている。完全防備だ。
俺も何着か持ってくればよかったとジロは考えたが、到着してから思っても遅いのだ。
ともかく一旦部屋へ戻ってジャケットを羽織ると、再びロビーに集合する。
どこへ行くにも持っていく一張羅のジャケットだが、先ほどよりは寒くない。
「ルリエルも防寒具、ちゃんと持ってるッスかねぇ?」
斬へ尋ねる側から、女性群やソウマも集まってきた。
「亜人の島が寒くないから、無駄になるかと思いましたけれど……持ってきて良かったですわ」
毛皮のコートをまとい、エルニーが髪をかき上げる。
その傍らには紫のフードローブをすっぽり被ったルリエルが、ひっそり佇んでいた。
ソウマは長袖シャツの上にロングコートを羽織っている。
生意気にも今年流行のブランドものだ。
ジロは改めて、斬を見た。いつもと同じ黒装束に見える。
「叔父さんは、寒くねっすか?」
斬は「あぁ」と頷き、さっさと踵を返す。
「まずは情報収集といこう。三時間後に、また此処で集合したら腹ごしらえだ」

聞き込みの目的は、牢屋の在処を探すことにある。
とはいえ直球で尋ねようもんなら、速攻で軍隊に通報されるのは間違いない。
それぐらいは、普段仕事しないジロにだって判っている。
判っているが、しかし、これまでの人生で一度も聞き込み調査なる行為をしたこともない。
全員散開して一人で……というのは、あまりにも心細かったので、叔父には事前に同行をお願いした。
斬は渋々許可してくれたが、本音じゃ一人で行かせたかったのがミエミエであった。
「ジロ、まずは俺がやるのを見ておけ。いずれは、お前一人でも出来るようにならないといかんぞ」
「いやぁ、叔父さんがいる間は大丈夫っしょ」
しまりなく笑う甥を見、斬が溜息を吐く。
「俺とて、いつまでも一緒にいられるとは限らん。もし俺が今日明日にでも不慮の事故で命を落としたら、お前はどうやって生計を立てていくつもりだ?」
だがジロときたら、やっぱりのほほんとした調子で「そんときゃ、そんときッスよ」と言ってのけた。
駄目だ、こりゃ。
一度痛い目を見せてやらないと、実感がわかないのかもしれない。
まぁ痛い目を見せるのは、今でなくてもいい。
失敗しても、さほど命に影響が出ない時に、試練を与えてやろう。
ジロが一向に成長しないのは、斬の育成方法に問題があるのだとも言えた。
斬は、近くを歩いていた女性を呼び止める。
「もし、そこの御仁。少々話を聞きたいのだが、宜しいだろうか?」
すると相手は振り返り、直後「ヒッ!?」と短い悲鳴を喉の奥であげて、じりじりと後ずさる。
誰が見ても、女性が怯えているのは一目瞭然だ。
無理もない。白昼堂々怪しい黒づくめに呼び止められたら、ジロだって不審に思うだろう。
斬は判っているのかいないのか、怯える相手へ淡々と尋ねる。
「時間は取らせぬ。ここらで一番賑わっている酒場を教えて頂きたい」
「あ……あ、あそこっ……エルティート……ッ」
女性は遠方を指さし、しどろもどろに答えると、斬が礼を言うよりも先に逃げ出していった。
去っていく女性には目もくれず、斬は遠方に目をこらす。
道なりに立ち並ぶ建物の中から、目的の看板を見つけ出した。
「ふむ。エルティートというのは店の名前か」
「めちゃめちゃ怪しんでましたけど、さっきの人。通報されたりしねッスかね?」と、ジロ。
腕を組み、斬は悠然と構えた。
「通報されたとしても怪しい素振りを見せなければ大丈夫だ」
ホントかよ、と訝しがる甥を引き連れ、酒場へ向かう。

『エルティート』はメイツラグの首都で一番古く、そして一番賑わっている大衆酒場だ。
今日も船乗りや海賊が酒瓶を空け、店内は大声が響き渡り、誰が何を言っているのかも聞き取れない。
「ふぇ〜。レイザースの酒場とは全然違うッスねぇ……」
足下に転がる酒瓶を踏まないようにしながら、ジロは斬の後にくっついて奥の席へと腰掛ける。
レイザースの酒場は、どこの都市でも綺麗に掃除されている。
酒がこぼれて染みついた跡や空になった酒瓶が散乱する汚い床の店は、一度も見たことがない。
少なくとも、ジロが入った記憶のある店では。
路地裏の酒場に入ればワイワイガヤガヤうるさい店も見つけられたが、そこも掃除は行き届いている。
何事もきっちりしているレイザース人とは異なり、メイツラグ人は随分と大らかな気性のようだ。
「ジロ、席を立つ時には気をつけろよ。背後で酔っぱらいが寝ていないかどうか、先に確認するんだ」
「ひぇっ」
斬は、こうした酒場にも馴れているのか、軽く片手を上げてウェイトレスを呼びよせた。
「いらっしゃいませぇ〜!ご注文は、何になさいますぅ?」
さすがに酒場のウェイトレスは斬を不審者扱いで眺めたりはせず、愛想良く笑いかけてくる。
「そうだな、まずはアル茶を二杯もらおうか」
「わっかりましたぁ〜。マスター、アル茶二つー!」
元気よく叫んで厨房へ走っていくウェイトレスを横目に。
「アル茶って、お茶ッスよね。酒場なのに空気を読まず、お茶を飲むんスか?」
こそっと尋ねてくるジロへ、斬も答える。
「問題ない。アル茶は名前こそ茶とついているが、本質は酒だ」
「酒ェ〜?」
思いっきり声の裏返るジロの目前に、ドンッとピッチャーが置かれる。
ほえ?となって見上げてみると、にっこり笑ったウェイトレスと目があった。
ついさっき去ったばかりだと思ったら、もう注文の品を持ってきたのか。
「アル茶二杯、お持ちしました。あついので、気をつけて飲んで下さいねぇ〜!」
茶といいながら酒である上に、熱いらしい。
くんくん、とジロが匂いを嗅いでみると、果実のような甘い匂いがした。
さっそく口をつけて「あつっ!」と、お約束通り悲鳴をあげるジロを見ながら、斬も口をつける。
アル茶はメイツラグのみで採れるアルヴィン茶葉を醗酵させて作る酒だ。
果実に似た香りと味がウリで何倍でも軽く飲めるのはいいのだが、調子に乗って飲み過ぎると翌日大変な目に遭う。
ひとまずは体を温めるつもりで頼んだ酒だ。ここで本格的に何かを食べる予定は、ない。
ニコニコしながら次の注文を待つウェイトレスに、それとなく斬は話しかける。
「最近の酒場は穏やかな案配か?」
「えぇ、そうですねぇ。あ、でも、ちょっと前に乱闘がありましたっけ」
「ほぅ、乱闘が」
「えぇ。たぶん〜船乗りさんだと思うんですけどォ〜、酔っぱらって大暴れしちゃって」
亜人達が暴れたのは、この店だったのか。
「酔っぱらいの喧噪など、この店では珍しくもあるまい」
「えぇ、そうなんですけどォ〜」
「それでも、お主が覚えていたとなると、一体どのような輩だったのだ?」
さらに詳しく尋ねると、ウェイトレスは当時の記憶を絞り出しながら言う。
「えっとぉ〜、この国にくる余所者……あっ、すみませぇん、観光客や他国の船乗りさん達って、ちゃんと防寒具着てくる人がほとんどなんですけどぉ、あの時の酔っぱらいさん達は、すっごく軽装だったんですよぉ〜」
「すごくと言うと?」
「半袖だったり、袖無しだったり〜」
なるほど、それならウェイトレスが覚えていたとしても不思議ではない。
この北国で夏服同然な格好をしている奴など、地元民でも見かけまい。
「それで、どうなったんス?その酔っぱらいは」
ジロも会話に混ざってきた。
ウェイトレスは天井を仰いで顛末を思い出そうとする。
「警備隊に引き渡されたからぁ〜、今は牢屋に放り込まれているんじゃないですかねぇ〜」
最初に彼らを捕まえたのは警備隊で、警備隊経由で軍隊に連絡がいったのか。
とすると、この続きは警備隊に聞いた方が早そうだ。
「警備隊?けど喧嘩したのは海軍兵士って――」
小声でボソボソ言うジロを斬が制するよりも先に、ウェイトレスが口を挟む。
「海軍兵士?何の話ですぅ?うちには海軍の兵士さんなんて、一度もおいでになったことありませんよぉ〜」
彼女はコロコロと無邪気に笑っており、嘘をついているようには見えない。
「海軍の兵士さんには専用の酒場がありますからぁ。うちみたいな一般大衆のお店には、いらっしゃってくれないんですぅ〜」
「……では、酔っぱらいは誰と喧嘩したのだ?」
斬の問いに、ウェイトレスは首をひねった。
「えっとぉ〜、同じく酔っぱらった人でしたかしらねぇ……たぶん、船乗りさんだと思いますぅ」
相手の記憶は朧気だ。
半袖連中のインパクトが強すぎたせいだろうか。
「警備隊へは、誰が通報を?」
「わかりませぇん。私じゃないことだけは、確かですよぅ」
ウェイトレス曰く、酔っぱらいが乱闘してギャーギャー大騒ぎになっている間に駆けつけたらしい。
きっと店の客の誰かが気を利かせて呼んでくれたのだ、とは彼女の推理である。
「ふむ……」
「ご注文、お決まりになりましたら、またお呼び下さいねぇ〜」
他の客に呼ばれたかしてウェイトレスが走っていくのを横目に見送ると、斬は席を立ち、ジロを促した。
「ここで、これ以上の情報は得られまい。ジロ、次は警備隊員を捜すぞ」
「えっ、でも」
警備隊と軍隊が繋がっているとすれば、警備隊と接触するのは危険では――?
そう危惧するジロへ、斬が頭を振る。
直接警備隊宿舎へ乗り込むとは、誰も言っていない。
非番の奴らが集まりそうな場所を探せばよい。
道づてに通行人へ尋ねること数回にして、斬は警備隊員が贔屓とする酒場を割り当てる。
その間ジロは、ぼ〜っと突っ立って、メイツラグの街並みを眺めていた。
この国は、はっきり言うと田舎だ。
煉瓦仕立てで綺麗に見える大通りも、実際に歩くとデコボコしている。職人の手抜きの表れだ。
亜人達も遊びに来るなら、こんな田舎国家ではなく、レイザースまで足を伸ばせば良かったのに。
レイザースならば、たとえ揉め事を起こしても賢者に庇ってもらえたのに……
ブツブツ一人で文句を言っていると、袖を掴まれる。
情報を得た斬が、次なる場所へ行こうと促してきたのだ。
「しかし叔父さん、やけに早く情報を掴めたじゃねッスか。さっきは怯えられたのに」
ちょっとばかり皮肉を飛ばすジロへ、さも嫌そうに斬が吐き捨てる。
「あぁ、それか……何、顔の見えない奴は信用できないと言われたのでな。仕方なく覆面を取ったら皆、素直にベラベラ話してくれた」
普段人前で素顔を晒すのを露骨に嫌がる叔父が、見知らぬ人の前で覆面を?
しまった、その場面だけでも見ておけば良かった。
ニヤニヤするジロを見て、ますます機嫌を損ねたか、斬は多少早足になる。
路地裏に入り、ゴミや反吐を踏まないようにしながら、これまた酷い外観の店の前で立ち止まる。
廃屋かと見間違うほど、壁も屋根もボロボロだ。
つり下げてから一度も洗ったことがないんじゃないかという色をした看板には『エンタニティ』と書かれている。
「連中の給料は、一般人より薄給なんだそうだ。このような安酒場でないと酒も飲めないらしい」
「それも、さっきの聞き込みで?」
あぁ、と頷き、斬は目を閉じる。
「警備隊と軍隊の繋がりも、庶民に知れ渡っている。金がないなら、金のある奴に媚びる――奴らは、そういう関係だそうだ」
警備隊にしょっぴかれた人達には、冤罪も多く含まれる。
それでも庶民が声をあげられないのには、国王の圧政が原因と見られた。
今、この国は大きく揺れている。
長く国の英雄としてきたバイキングを"逆賊"と見る傾向が、貴族の中にあるそうだ。
「バイキングって海賊ッスよね?ここじゃ英雄だったんスか」と、ジロ。
再び頷き、斬は強い視線を酒場へ向ける。
「本来喧嘩如きで軍が出張ってくることは、なかったそうだ。せいぜい一日二日、拘置所に放り込まれ、すぐに解放された……だが今は警備隊員が怪しいと感じた海賊や船乗りは、全て軍隊に引き渡す。そうすることで警備隊は軍から利益を得、軍は王族から褒美を貰う」
「えぇぇ、そんなことしたら、街から人がいなくなっちまうんじゃ」
「逮捕対象は、海賊と船乗りのみだ」
狼狽えるジロへ答えると、斬は腕を組んだ。
「だが、そうなると船乗りでも海賊でもない亜人は何故、軍に引き渡されたのか……喧嘩の相手を突き止めねばならぬ」
「海軍兵士じゃないなら、誰と喧嘩したんスかねぇ」
ドンゴロに兵士と喧嘩したと伝えたのはメイツラグ軍のようだが、もし、あえて嘘をついたとすれば、兵士ではないけれど身元を明かすことも出来ない者が喧嘩したのではないかと推測される。
酒場で悶着を起こしても軍隊に庇われる対象となると、貴族?それとも、まさか王族?
首をひねるジロを従え、斬は踵を返す。
「一旦戻るぞ。このままの格好で酒場へ行くのはまずい。変装しよう」
「ハイっす」と素直に頷いてから、数秒後。
「……って、へっ、変装!?
大声で驚く甥の口元を抑え、「シッ!」と制すると、斬は繰り返し言ったのであった。
「そうだ、変装だ。安月給な連中に混ざってもおかしくない格好で、な」
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