HAND x HAND GLORY's


act10 酒場で

数時間後には、ルリエルとエルニーの女性二人を除いた全員が、酒場の前に集合していた。
無論、全員いつもとは違う格好で。
斬も黒装束を脱ぎ捨て、風来坊御用達なヨレヨレのコートに着替えていた。
彼をひとめ見た途端、ソウマがヒュ〜ゥと口笛を鳴らす。
「マスター、どうして、あんたはいつも顔を隠しているんだ?隠さないほうが断然格好いいじゃないか」
斬を知るものならば誰もが一度は口にした疑問を、彼も口にする。
斬は、パッと見で目を引く凛々しい顔立ちだ。
眉毛が太く筋肉質ではあるのだが、背が高いので無骨な印象を受けない。
加えて優しげな目元は、女性受けするのではないかと思われた。
「好きずきだ」
斬は不機嫌を隠そうともせず、仏頂面で返す。
格好いいだのイケメンだの美形だの男前だのと言われるのは、昔から嫌いだ。
イケメンは人前に出てはいけない顔だと、何度も兄に教え込まれたせいである。
後にとある少女が、それは間違いであると正してきたが、これに関しては兄の言い分のほうが正しいのではないかと斬は思っている。
イケメンにしろブサイクにしろ、他人を見た目で決めるというのは失礼な話ではないか。
それでも黒装束を解いてきたのは、ひとえに変装の為であった。
「ほんじゃ、いくっすよ」
薄汚れたボロ着をまとったジロが酒場のドアを開ける。
まず鼻孔を強烈なアルコール臭が通り抜け、続けて賑やかな笑い声。
あちこちに落ちている酒瓶を踏まないようにしながら奥へ行くと、グラスを重ね合わせて乾杯する男達や楽器を手にした吟遊詩人の姿も見えた。
安酒場と聞いていたが、先ほど入った酒場と遜色ない繁盛っぷりではないか。
「安酒場と、そうじゃない酒場の違いって何なんですかね……値段?」
ぽつりと呟き、スージが奥の席に腰掛ける。
弾みでピンクのリボンが隣に座ったソウマの視界を塞ぎ、彼には文句を言われた。
「邪魔だよ、なんだよ、これ」
「何ってリボンだけど」
「そうじゃない。何でお前、女の格好してんだ」
「え〜?だってボク、女の子だも〜ん☆」
スカートを履いた上きゃぴっとポーズを取られると、女の子にしか見えない。
女装も変装だと言われれば、そうなのかもしれないが……
むっつり黙り込んだソウマへ、斬が耳打ちする。
「念のためだ。女もいたほうが話しやすかろう」
だからといって、本当にエルニーやルリエルを連れ込むわけにはいかない。
万が一ごろつきに絡まれた場合、斬とソウマだけでは庇いきれないからだ。
「そんじゃ、誰から話を聞きます?」
ジロに促され、斬は、ぐるり店内を見渡した。
できる事なら一人で飲んでいるような奴がいい。
斬の目が、横手で飲んでいる一人の女を見つける。
酒場で女一人とは珍しい。
「女性か……俺が行って聞いてこようか?」と、ソウマ。
斬も頷き「頼む」と彼に任せると、自分は別の客を捜す。
「なんでソウマが?叔父さんが行ったほうがいいんじゃ」
「ってか、皆バラバラに情報収集?」
慌てるスージとジロはテーブルに置き去りにして、隣の席へ声をかけた。
「少し、いいだろうか。聞きたいことがある」
「なんだ?」と顔をあげたのは、年の頃二十から三十代の間。
傍らには長筒を立てかけて、一人で飲んでいた男であった。
筒の中身は、恐らく銃だろう。とすれば、彼はハンターか傭兵か。
「メイツラグへ来るのは久々なのだ。街の空気がざわついているようだが、何があった?」
斬の問いに、男が応える。
「あぁ、そりゃあ、ざわつきもするさ。レイザース海軍が出向いたとあっちゃね」
「レイザース海軍が?」
初耳だ。
港を見た限りでは、軍艦など一艘も停まっていなかったように思うのだが。
「おかげで軍人も皆、ピリピリしてやがんのサ。民衆にあたりちらす奴はいるわ、手当たり次第に冤罪者を生み出すわ。ここで飲んでいるのなんて、まだマシなほうだよ。皆、迷惑している」
顎で指され、斬も、そちらを見やる。
軍服に身を包んだ何人かが、エールをがぶ飲みしながら大声で何やら喚いていた。
「酒場で飲んでる奴らはうるさいけど、うるさいだけだしな。外で絡まれてみろよ?何もしてなくても牢屋行きだ」
「ほぅ、牢屋に」
男の対面へ腰掛けると、斬は更に追求した。
「警備隊は、どうした?手順を踏まなくなったのか」
「手順?あぁ……そんなもんは、だいぶ前に消滅した。今じゃ海賊よりも無法者なのが、海軍だ。警備隊なんて、いていないようなもんだ。全員軍隊に買収されちゃ〜な」
攻め込まれたわけでもなし隣国の軍隊が来たというだけで、だいぶ治安が乱れてしまったようだ。
まぁ、残るのが亜人の島とメイツラグだけとあっちゃ、彼らがレイザース軍に怯えを見せるのも無理はない。
「牢屋行きになった奴で、死刑は出たのか?」
「いや、それはまだ。でも、殺されないからって安心もできない。だって釈放の日が来ないんだからね、永遠に」
「脱獄したりは、しないのか」
「できないよ。しようにも、見張りがいる」
かぶりをふる男に、さらに突っ込んだ質問をする。
「冤罪で捕まった奴は多いのであろう?徒党を組めば、見張りぐらい倒せぬわけでもあるまい」
男も腕を組み、すかさず答えた。
「徒党を組んだぐらいで倒せるような見張りを、軍が置くと思うかい?噂じゃケイナプスが見張りについているって話だ」
ケイナプス――
その名を聞いた瞬間、斬の体に衝撃が走る。
ワールドプリズで最も凶悪凶暴と謳われた、巨大魔法モンスター。
かつて何度も人間と衝突し、無数の死体の山を築いたとされる。
それがケイナプスである。
しかし、彼らは遠い昔に滅びた種であるはずだ。
レイザース国家が出現するよりも前に。
「古代種を、軍が飼っている……と?」
あぁ、と頷き男は斬を真っ向から見つめた。
「どうやって復元したのかは判らんが、持っていやがんのさ。鉱山と、牢屋を守るためだけにね。命が惜しいなら、山へは入らないことをオススメしとくよ」
もっとも、と続けて彼は呟く。
「山へ入りたくても警備隊が警備しているから、民間人は立ち入り禁止だ」
おかげでメイツラグでは今、ハンターの仕事があがったりなのだと言う。
モンスター狩りだけではない、野生生物もだ。
何しろ山に入れないのでは、狩りもへったくれもない。
軍が鉱山を守るのは当然だろう。
大砲も武具も全て鉄で作るメイツラグの命綱でもある。
だが、牢屋まで守る意味は?
――決まっている。
牢屋に、逃げられては困る要人を捕えてあるからだ。
最優先目的は亜人の救出だが、余裕があれば、その人物も助けてやりたいと斬は考えた。
「レイザース海軍は、いつまで居座る気なのであろうな」
「さぁてね」と男は肩をすくめて、斬に忠告する。
「とにかく今は余所者が目立つ状態だ。あんたも妙な真似をして目をつけられないよう気をつけろよ」
邪魔したなと挨拶をかわし、斬がジロ達のいる席へ戻ってくると、ちょうどソウマも女性との話を終えたのか戻ってきた。
「メイツラグは今、治安がグダグダらしいぜ」
席へ腰掛け直すなり、ソウマが切り出してくる。
「鉱山と牢屋は現在、警備隊の管轄になっているんだが金を積めば入れない事もないらしい」
斬が聞いたのとは違う情報だった。
「ほぅ」
「ただし、素直に金を払って通して貰うにしても、だ。何故そっちに向かうのかっつー明確な理由がないと厳しいぜ」
先も言ったが、鉱山はメイツラグの要である。
生半可な理由では通して貰えそうもない。
とすると、金を積んで真っ正面から入り込むのは諦めたほうが無難だろう。
無用な騒ぎを起こすなと賢者にも念を押されている。
「やはり裏道なり獣道から入るルートを考えねばなるまい」
「山の裏側から入るんスか?にしたって、結局どこかで見張りには見つかるんじゃないスかね」とのジロのツッコミに、斬は腕を組んで考え込む。
「なぁに。警備兵ごとき、俺の敵じゃないさ」
気楽なソウマへは、ぼそっと付け足した。
「警備兵だけなら如何様にもやり過ごしようはある。だが……奥には古代種が待ち受けていると聞いた。一筋縄ではいかないぞ」
「古代種!?」
ジロとスージは一斉にハモり、二人揃って口元を抑える。
「……ってなんですか?マスター」
やっぱり知らないで驚いていたのか。
とぼけた顔で尋ねてくるスージに呆れて溜息をつく斬の横で、ソウマが解釈を垂れる。
「知らないくせに驚くなよ。マスターの言う古代種ってのはアレだろ、通称・一角ヅノだろ?古代魔術師が造り上げた最強のモンスター、ケイナプス」
「そうだ。メイツラグの軍部は、どうやってか知らんが古代種を復元し、見張りに使っているそうだ」
「ふーん。まぁ魔術師が作ったってんなら、今の人でも作れるんじゃないスかね」
素人丸出しの意見をジロが言い、即座にソウマには突っ込まれる。
「ほんとバカだな、ジロは。ほいほい復元できるなら、誰かが既にやってるだろ。なんで誰も復元していなかったのか?答えは一つしかない。材料不足だ」
だが、そのハードルをどうやってかメイツラグ軍は乗り越えてしまったのだ。
ムッとするジロ、まだよくわかっていないスージを横目に、斬とソウマは真剣に語り合う。
古代種を相手にした場合の回避方法を。
「まともに戦えば、死も免れぬ。奴が牢屋のどこを守っているかが鍵だな」
「誰かを囮にしておびき寄せるってのは?」
誰かと言いつつソウマの視線がまっすぐジロへ向かっているのに気づき、斬は苦笑する。
囮作戦でいくなら、運動音痴より素早い奴を餌にしたほうが確実だ。
こんなのは戦闘のセオリーであって、ソウマも知っているはずだろうに。
「ジロやスージに囮は無理だぞ。必ず捕まる」
「えっ、誰が囮になるんですって?」
混ざってこようとするジロを手で制し、斬が提案した。
「ルリエルに魔法を唱えてもらうという手もある」
「眠りの魔法かなんかをか?しかし、効くかねぇ」
「まぁ、まずは見つからないように潜入しよう」
ひとまず方針を決めて立ち上がった瞬間、横手から声をかけてくる者がある。
長いスリットからは白い足がチラリ見える、赤いロングドレスに身を包んだ、お色気たっぷりな女性だ。
「ねぇ、そこの素敵なお兄さん」
「えっ?誰の事ッスか」
キョロキョロするジロを無視して、再度女が話しかけてくる。
まっすぐ視線は斬へ向けて。
「聞こえていないのかい?男前のお兄さん。あんた、メイツラグについて嗅ぎ回っているようだけど」
聞いていないのか、それとも聞く気がないのか、斬は、さっさと戸口へ歩いていく。
見かねたのはスージで、女装しているのも忘れてか、いつもの調子で女性へ話しかけた。
「あ、あの、ボクでよかったら、お話聞きますけど?」
「あら、お嬢ちゃん。あなたに用はないわ。あなたのお連れさんに用があるのよ。ちょっと呼び止めてもらえるかしら?」
「あ。ハイ」
お嬢ちゃんと呼ばれたのにも気を悪くせず、スージは、ささっと小走りに斬の真正面へ回り込んで足止めした。
「あの人がマスターに、何か用事があるみたいですよ?話を聞いてあげましょう」
斬はちらりと後ろへ視線を向け、すぐにスージへと向き直る。
「ここでの情報収集は終わった」
「え、でも」
女も追いついて、三度斬へ呼びかける。
「あんた、メイツラグの何が知りたいのさ?鉱山への抜け道?それとも牢屋に恋人でも囚われたのかい?こんな人数で潜り込もうってんなら自殺行為だよ」
「君が何の話をしているのか、判らんが……」
振り向き、言葉少なに斬は答える。
「俺達には急ぎの用がある。君と雑談をかわしている暇はない」
すたすた戸口へ歩き去る斬を見送り、ソウマも女へ尋ねた。
「なぁ、あんたの情報を聞く相手は俺達じゃ駄目なのか?あいつなら無駄だぜ、なんたって大の女嫌いだからな」
えっ、となってジロとスージは目を剥いた。
斬が女嫌いなどという話は、これまで同居してきて一度も訊いた覚えがない。
驚く二人を余所に女も溜息をつき、仕方ないといった顔で妥協した。
「じゃあ、あんたでもいいか。いやね、噂を聞いたんだ。かの賢者ドンゴロ様が、メイツラグ軍とやりあったって噂をさ」
つい最近、賢者が軍と遣り取りをした件なら、三人も本人から聞いたので知っている。
しかし、それがもう巷の噂になっていたとは驚きだ。軍の動きは逐一民間人に全て筒抜けなのだろうか。
「あの賢者様が、わざわざメイツラグにちょっかいをかけてくるなんて、ただ事じゃないと思わないかい?だから、あたしはピンときたのさ。レイザース海軍の唐突な介入といい、我がメイツラグ軍には、人には言えない、うしろめたいものがあるんじゃないかってね」
「うしろめたいものって、例えば?」
スージの問いには「そこまでは、あたしにだって判らないよ」と答え、女は、ぐるりと三人を見渡した。
「ただ、何かを隠すとしたら鉱山ないし牢屋が一番確実だ。あそこは誰も入れないようにしてあるからね、貴族と王族以外」
「えぇ、それに鉱山は古代種が見張りに立っていますもんね!」
さらっとスージが相づちを打つと、女は「古代種だって!?」と驚いている。
なんでもかんでも軍事情報は民間に筒抜けなのかと思いきや、見張りが古代種というのはマイナーな情報だったようだ。
「あれ、おねーさんは知らないんスか?」
ジロのすっとぼけにも女は頷き、初耳だよと答えた。
斬の情報源が正しいのか、それとも、この女性の反応が正しいのか判らなくなってきたが、どのみち用心して入り込まねばならないのは一緒だから、そこは問題じゃない。
ふと、ジロは気づいた。戸口が騒がしい。
視線を向けてみれば、斬が数人の女性に囲まれている。
女性がしきりと斬を何かに誘ってくるのを断っているようなのだが、女性達が全然諦めてくれないので辟易している――
そんな風にも見える。
ソウマの言うギルマス女嫌い説も、まんざら嘘ではないのかもしれないと暢気に考えながら、ジロもひょこひょこ戸口へ近づいた。
「ね、いいから私達と一緒に海へ行きましょ!」
「いや、だから何度でも言うが、俺は一人ではないと」
「え〜?でも、どこにもいないじゃないですか同行者」
「だったら、可愛い女の子と一緒に遊ぶのがいいと思うな♪」
「あなただって今の時間から、おうちに一人でいるのは寂しいでしょう?」
「今の俺に遊んでいる暇はないのだ……悪いが他を当たってくれ」
「え〜?他にいないから、誘っているのにィ」
キャピキャピ騒ぐ軍団のど真ん中へ、ジロは思いっきり突っ込んでいく。
「ハイハイ、邪魔だよ邪魔邪魔、通行の邪魔っ!」
手でパタパタ追い払う真似をしただけで、女の子達の眉間には険悪な皺が寄る。
一人が甲高い声でジロを罵り始めたのをきっかけに、全員がキーキーキャーキャー大騒ぎになったもんだから、合間に挟まれた斬は、たまったものではない。
しかめっつらの斬を背に、女の子とジロの攻防は激しさを増していく。
「何よ、このマグロ目!どっか行ってくれる?」
「邪魔なのは、お前らのほうだろ?騒ぎたきゃ酒場の中でやれよ」
「うるさいわね、私達がどこで話そうと勝手でしょ!」
「そこ、戸口。お前らが井戸端会議する場所じゃねーんだよ」
「なんですってぇ!?」
たちまち喧噪は大きくなり、酒場で酔っぱらって騒いでいた連中までもが何事かと注目しだす。
騒ぎを聞きつけて、スージとソウマも戸口を見た。
「あ〜、何やってんだろ、ジロ!なにもあんな喧嘩腰で退けなくたっていいのに」
あちゃ〜と天井を仰ぐスージに、今だけはソウマも同意する。
「女とまともに話すこともできないのかよ、あいつ」
とにかく、このまま放っておけば、警備隊が駆けつけかねない。
今から牢屋へ潜入しようってのに、自分達が放り込まれていては世話がない。
ソウマが止めに入る前に、斬は行動を起こした。
「ジロ、遅いではないか。さぁ、早く我が家へ帰ろう」
少女達が何か言うより早くジロの腕を取ると、一気に店の外へと飛び出した。
いや、飛び出しただけではなく、そのまま加速をつけて走り出したもんだから、腕を掴まれたままのジロも当然、一緒の速度で走らなくてはいけないわけで。
「あわわわっ、はぁっ、はぁっ、おおお叔父さん足が足が足がぁっ」
泡くって叫ぶジロを途中からは両手でしっかり抱き上げると、斬は更に加速する。
あっという間に地平線の陰に隠れて見えなくなった背中を呆然と見送り、スージが傍らのソウマを促した。
「……ボク達も、帰ろっか?」
「そう……だな」
こんな大騒ぎを起こして、誰かに顔を覚えられていないと良いのだが。
ソウマは、そっと溜息を漏らすと、スージに続いて酒場を出た。
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