HAND x HAND GLORY's


act11 裏口潜入

メイツラグの王宮は山を背後に構えた位置にある。
従って、山の裏手から忍び入るには海路を使うのが、最も手っ取り早いであろう。
再び黒装束に身を包んだ叔父を見て、ジロは、そっと溜息をつく。
「海路でも何でも構わねっすけど、その格好は目立つんじゃねッスか?」
「何を言う。闇に紛れて動くには一番適した服装だぞ」
侵入するのは昼間ではなく夜に行なう。
昼間は警備隊員などがうろついている為、裏手とはいえ万が一の遭遇も考えられる。
「暗闇では黒服が一番目立たない。マスターの言うことには一理あるぜ。それに」
ソウマが肩をすくめた。
「顔を出していたら、酒場であれだけ目立っちまったんだ。顔を隠しているほうが、却って目立たないんじゃないか?」
不本意ながら、女性の注目の的となってしまったのだ。
昼間の騒動を思い出して、斬は不機嫌になる。
やはり顔ぐらいは隠していくべきであったか。
しかし、この国の住民は、顔の見えぬ相手に警戒心を抱く。
島国ならではの鎖国精神なのかもしれない。
「それより六人でぞろぞろ行ったら、さすがに見つかるぜ?マスター、ここは二手に分かれたほうが」
「よし。ではジロ、お前とルリエルは俺についてこい。スージとエルニー、お前達はソウマの後に続け」
「えっ、あんたがルリエルと組むのかよ」
「あぁ、そうだ。俺は魔法を使えぬからな」
ソウマとしてはルリエルと自分で振り分けて欲しかったのだが、魔法を持ち出されては仕方ない。
頭をかいて、ソウマはスージとエルニー、二つのお荷物に目をやった。
「……まぁ、これもハンデの一つと考えりゃ〜いいか」
すかさず、エルニーがムッとして言い返す。
「ちょっと。今、とても失礼な事を考えたのではなくて?」
「マスターも、ハンデが一つありますけど大丈夫ですか?」
スージの余計な一言には、ジロも苛ついて反撃する。
「俺を心配する前に、お前らが足引っ張りになんじゃねーぞ」
「あ〜ら、一番足引っ張りになりそうなのは、ジロではなくて?」
五十歩百歩の喧嘩が始まる前に、斬がストップをかけた。
「潜入にあたり、必要なのは戦力ではない。知恵だ。スージ、エルニー、お前達はソウマでは思いつかない機転を彼に与えてやるとよかろう」
元傭兵にも思いつかないような機転が彼らに思いつくか否かは、甚だ怪しいものがある。
言った本人の斬も正直首を傾げてしまうのだが、ソウマを納得させるには、こう言うしかない。
どのみち実際の戦力となるのは、ルリエルとソウマと斬の三人しかいないのだ。
「ま、戦いが目的じゃねぇもんな。お前ら、足音を立てずに歩く練習でもしておけよ?今のうちに」
ソウマも呆れ目で会話を絞め、一同は一路、海沿いへ向かう。
まずは夜を待つ。
全ては、それからだ。

誰かとすれ違うことがあっても一行に声をかけてくる物好きなどおらず、何のトラブルもなく無事に海沿いへ到着することができた。
途中の道でソウマ達と別れた斬は、ジロとルリエルをつれて浜辺で夜を待つ。
ちょうど山を挟んで城の真後ろにあたる位置だが、辺りには人っ子一人いない。
「メイツラグの人達って、海水浴はしないんスかね?」
ジロのとぼけた質問に、斬が答える。
「北の住民は海水浴をしない。海が常に荒れているからな」
「へー、そうなんスか。せっかく海沿いに住んでいるのに、勿体ねっスね」
こうして見た限りでは、水も綺麗だ。
魚が泳いでいるかどうかまでは確認できない。
なおも海を眺めるジロの袖を引き、斬は注意を促した。
「あまり一点ばかりを見ているんじゃない。誰か通った時に興味をひいてしまうぞ」
「あーい」
だんだん辺りが薄暗くなってきたので、浜辺から山沿いに入る。
人の気配は、まるでない。生き物の気配すら。
「……静かすぎるわ」
ぽつりと呟いたのはルリエルだ。
首を傾げるジロの横で、斬も頷く。
鉱山は未だ使われているはずだ。
それに、この山を越えれば城は目と鼻の先である。
裏口だからといって、こうも人の気配がないのは却って不自然ではないか。
「ケイナプスってのは気配、あるんすかね?」
またもジロが尋ねてきたが、二人は無視して林に目をこらす。
風すら吹いてこない藪を見つめていたが、やがてルリエルが出発を促してきた。
「いきましょう、斬」
ここで立ちつくして眺めていても、何も判らない。
嫌な予感は消えないが、まずは山を越えないことには牢屋へも辿り着かないのだ。
薄暗くなった空を見上げ、斬も「うむ」と頷くと、再度人影の有無を確認してから、三人は山へ入る。

山の中腹に鉱山がある。
そちらには用がなく、目指すのは山越えした先にあるメイツラグ城の地下牢だ。
しかし山を越えるには中腹は必ず通る場所であり、万が一、夜警と遭遇すれば大事になる。
「ジロ、よいか。俺がいいと言うまで、けして話すんじゃないぞ」
黒装束の隙間からジロリと睨まれ、ジロは黙ってコクコク頷く。
潜入は斬に全部任せたほうがいい。
というのは、素人のジロにも判っていた。
できれば仕事も全部斬に任せたいのだが、今回ジロをつれていくと決めたのはルリエルであるらしい。
一体何を考えているのだろう。
ジロは傍らのルリエルへ目をやるが、彼女は無言で歩いているもんだから迂闊に話しかけることもできない。
いや、今し方「話すな」と斬に言われたばかりだ。
ジロも大人しく斬の後ろにくっついていこうと決めた。
斬を先頭に、鬱蒼と生い茂った藪を黙々と歩く。
藪なんぞ普段は入りたいとも思わないのだが、不思議なことに、この藪には一匹も虫がいない。
そればかりか森に入れば必ずいるはずの小動物、小鳥や兎なんかも視界に入ってこない。
いくら北国の山だからって、ここまで生き物がいないなんてことは、ありえるのだろうか?
――というジロの疑問も、おしゃべり禁止の前では何も話せない。
疑問を抱えたまま、三人の足は山の中腹へと差し掛かった。
「鉱山が見える……」
ぼそっと呟いたジロを短く「シッ」と制すると、斬は油断なく辺りを見渡す。
道なき道を歩いているうちに、夜になっていた。
警備兵らしき気配を感じない。人影もない。
鉱山の入口は閉まっていた。夜は採掘しないのか。
怒られた手前、ジロがくいくいと無言で斬の袖を引っ張ってくる。
早く行こうと言いたいらしい。
頷き、歩を進めようとした瞬間、予期せぬ方向から気配を感じて、斬は、その場を飛び退いた。
刹那、それまで斬のいた場所を鋭い何かが一閃し、辺りの藪を薙ぎ払う。
襲ってきた何者かが無言のままに間合いを詰めてきたので、さらに斬は後ろへ大きく飛んで、叫んだ。
「何者だ!」
「わぁっ、叔父さん、大声出しちゃやべぇッス!」
少し離れた処で斬に負けず劣らずな大声をあげるジロを軽く睨んでから、もう一度、襲撃者へ目をこらす。
斬のみを狙って斬りかかってきたのは、黒い皮鎧に黒い膝当てを纏った目つきの悪い男であった。
「予想通りだ……」
抜き身の剣をぶらさげて、男がぼそりと囁く。
「ここで張っていれば、必ず侵入者が現れると思っていた」
「ば、バレてたっすか?俺らが来ることッ」
男の呟きを受けて動揺するジロ、それから無言で身構えるルリエルも一瞥し、斬は、ゆっくりと懐から小刀を取り出した。
格好からして男は警備兵でも城の兵士でもなさそうだが、一応、鉱山の警備についていたと見える。
「悪いが、ここは大人しく通してもらうぞ」
低く身構える斬を見、男が低く笑う。
「フッ……何の目的で山を訪れた。目的は山越えか?王の暗殺が目当てか」
突拍子もない質問に、ジロの目は点になった。
「あ、暗殺ゥ!?いや、そんなんじゃねッス!全然っ」
「では何故、山へ入ってきた。山に入るのは禁じられていると知らぬわけでもあるまい」
「え、あっ、表玄関だと門前払いされそうな気がしたんで」
「何故だ?用があるなら言えば、きちんと兵士は受理してくれよう」
男の問いは尤もであったが、「そんなことねっス」とジロも譲らず口車で応戦する。
何を言うつもりだろうと、ひとまず仕掛けるのは後にして、斬もルリエルも彼の言葉に耳を傾けた。
「俺の知り合いのじいちゃんは、門前払いされたって言ってたッス。ちゃんとした用事だったのに、話も聞いてもらえなかったって」
「ふむ……それは、酷いな」
「そッス!俺らも門前払いされないよう、裏からおじゃますることにしたんス」
「では、今一度尋ねよう。お前らは何の用で城の戸を叩きにきた?」
きちんと話が通じているのを自分でも意外に思いながら、ジロは答えた。
「城にいる奴に用事があるッス。あ、王様以外での」
「城にいるやつ?」
「そう、正しくは地下牢に囚われている人達ッス!」とジロが言い切ったのを合図として、予告なく斬が動いた。
「何ッ……」
小さく呟き、男は身構える暇も与えられずに崩れ落ちる。
無論、殺してはいない。当て身で気絶させた。
「こいつ、なんだったんすかね?」
気を失った男をじろじろ眺めて、ジロが言う。
「さてな。城に雇われた傭兵かもしれん」
ちらりと斬は甥を見て、一言付け足した。
「……よくやった。この男を倒せたのは、お前のおかげだ」
「へ?」
予想外なタイミングでの褒め言葉に、ジロはキョトンとする。
だが斬は、それ以上は何も言わず「行こう」と先を促してくるものだから、ジロは首をひねりながら彼の後に続いたのであった。
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