HAND x HAND GLORY's


act12 囚われの亜人たち【上】

何故、亜人は囚われてしまったのか。
ドンゴロは『酒場で乱闘して捕まった』と斬達へ説明した。
それは正解のようでいて、実のところは間違いであった。

メイツラグ城には地下牢がある。
かつては犯罪者を閉じこめる為の牢であったが、国がバイキングという存在を生み出してからは、自国ではなく他国の犯罪者を捕らえる場所へと変化した。
捕まった亜人は三名。
一人一人が別々の牢へ閉じこめられており、保釈の兆しも見えない。
当たり前だ。彼らには身元保証人がいないのだから。
彼らは人間ではない。言語を扱える唯一の亜種族だ。
ワールドプリズには本来、人間以外の知的生命体は、いないとされていた。
しかし、いたのである。亜人だ。
人間よりも遥か昔に、彼らは誕生していた。
それを認めない一部の人間により、存在を抹消されてもいた。
しかし何人もの冒険家に亜人の島を発見され、とうとう隠しきれなくなりレイザース王国は一つのおふれを出す。
それが島への侵入禁止令であった。
だが隔離できたと喜んだのもつかの間で、今度は亜人達が島を抜け出す惨事が起きた。
よって、当時の各国首脳は民衆の与り知らぬ水面下にて協定を結ぶ。
島の外へ出た亜人を見つけたら、直ちに捕獲すること。
けして表に出しては、ならぬ――と。


「地下牢までの道のりは、と……」
懐から地図を取り出し、ソウマは首をひねる。
城内への侵入は容易かった。
見張りの兵士を二人とも闇討ちで気絶させ、裏口から侵入したのである。
「あなた、いつもそのような手口で、どこかを襲撃しているんですの?」
エルニーには刺々しく尋ねられたが、ソウマは、あっさり無視した。
雑談で和んでいる暇はない。
城には、まだ数名動き回っている気配を感じる。
夜勤の兵士による見回りだ。
これをかいくぐって牢屋に行き着かねばならない。
地図は、城内で手に入れた。
なんと、壁に堂々と貼ってあったのである。
「道案内があるなんて、メイツラグのお城って親切なんだね」
スージは喜んでいたが、これにもソウマは首を傾げたものだ。
城の兵士ならば、どこに何があるかぐらい覚えていてもらわないと、仕事に支障が出るのではないか。
まぁ、メイツラグの兵士が城内で迷子になるボンクラばかりだったとしても、ソウマの知ったことではない。
こちらとて、ボンクラお荷物を二つ抱えての救出劇に挑まねばならないのだ。
向こうにも多少のハンデは欲しい。
地図によれば、牢屋へ降りる階段は二つ。
何故二つもあるのかといった謎は置いといて、ここから近いのは西の階段だ。
「マスター達は、今頃どの辺を歩いているんだろうね」
スージがポツリと尋ねてきたが、それも無視してソウマは歩き出す。
何度も言うが、雑談にかまけている暇はない。
見つかる率もあがってしまう。

一方の斬達も、場内へは侵入していた。
裏口に倒れる見張り兵を見つけてジロは驚いたのだが、斬もルリエルも平然とまたぎこして入っていくもんだから、何か突っ込む暇も与えられなかった。
「――ソウマの仕業であろう」
何か言いたげな甥をチラリ見て、ある程度進んだ後に斬が呟く。
「あいつが先についていたッスか」
「何か問題でも?」と尋ねたのは、ルリエルだ。
「……別に。俺達が一番乗りだと思っただけだよ」
別にという割に、ふくれっつらなジロを見上げ、ルリエルは首を傾げる。
「一番か否かは、それほど大切なこと?」
そう言われてしまうと、むくれている自分が、あまりにも子供じみているようにも見えてくる。
いや実際、そのとおりだ。
こんなことで気分を害しているのも馬鹿馬鹿しいと思い直し、ジロは改めて城内を見渡した。
白く塗りたくられたレイザース城とは異なり、メイツラグ城は剥き出しの岩で作られた頑丈な壁だ。
城というよりは要塞っぽい。
パッと見て、城内の作りは簡素である。
下へ降りる階段は壁際。
上へ登る階段は中央。
実に判りやすい、と斬は満足する。
レイザース城は此処と比べると多少複雑で、初めて出向いた時は、あちらこちらに階段があって、どこをどう歩けば来賓室へ出るのかも判らなくて困惑した思い出だ。
さっさと階段を降りていくと、すぐに見回りの気配を感じ、片手にジロの腕を引っつかみ、もう片方の手でルリエルを抱きかかえると、斬は手近な部屋へ転がり込む。
細かく分けられた部屋には、どこもドアがついていない。
斬の転がり込んだ先も、木箱が山と積まれていて、倉庫として使われているようであった。
ぴったり寄り添ってきたジロと一緒に、息を潜めて見張り巡回をやり過ごす。
足音は次第に遠のき、階段を登って消えていった。
「いきなり見張りッスか。危なかったッスね」
小声で呟くジロをシッと制し、斬は辺りの気配へ気を配る。
残る気配は、あと二つ。同じく見張りの巡回であろう。
酒場で暴れた亜人を捕らえてあるだけにしては、厳重だ。
この上、幻の生物までいるとしたら、どこに配置されているのか。
斬は天井を見上げ、排気口があるのに気がついた。
ちらと腕の中のルリエルを一瞥すると、彼女が声もなく頷く。
なにやら小声で呪文を唱えていたようであったが、ややあって囁いてきた。
「斬、排気口は大人が潜り込めるだけの幅がある」
「排気口?んなとこに潜ってどうすんだよ」
首を傾げるジロへは、斬が小声で説明する。
「通路を隠れ歩くよりも確実に、牢全体を見渡せる場所だ」
天井は高いが、斬が肩車してやればジロやルリエルも登れるだろう。
そう告げると、ジロは嫌な顔をした。
「叔父さんに肩車されて?天井まで登るんスか?俺、そういうアクションは苦手なんスけど」
「なら、この場に残って芋の真似でもしているか?」
間髪入れず嫌味で返してやったら、ジロも渋々折れてくる。
「ここに残されるなんてゴメンっす……判ったッス、けど絶対途中で手を離さんで下さいよ?」
話途中で斬はジロとルリエル両方を、ぎゅっと抱き寄せる。
「な、なにを――」と言いかけるジロの口元を掌で塞ぎ、息をつめていると、足音が一つコツコツと廊下を通り過ぎて階段を登っていった。
「ん、んもぅ。叔父さん、急に抱きしめるとか。何事かと思ってドキドキしちゃったッス」
何故かテレる甥を横目に、ニコリとも笑わず斬がしゃがみ込む。
「今はドキドキする場面ではない。冗談を言っている暇があるなら、さっさと俺の上に跨れ」
「お、叔父さんシリアスモードっすな……判ったっす、じゃあ失礼」
ぼふっとジロの股間が斬の視界を塞いできて、バカモノ、逆だ!と怒鳴り出したいのを堪えながら、斬は立ち上がって手探りで排気口の蓋を外す。
ジロが、うんこらしょっと伸び上がって這い登り、ようやく視界が開けた後は、ルリエルを抱え上げて天井へ登らせてやった。
「ジロ、足を踏み外したりするなよ。そのまま腹ばいで前進しろ。俺の登るスペースを空けてくれ」
排気口の中からは、ジロの困惑した声が届いてくる。
「う、床がヌルヌルするッス……気持ち悪いッス」
「ジロ、早く行かないと斬が見張りに見つかってしまうわ」
「わ、判ったから、お尻ツンツンするの、やめっ!」
後ろからルリエルにツンツンされ、仕方なくジロは腹ばいで進み始める。
両腕が早くもヌルヌルしてきて気持ち悪い。
排気口の床には、びっしりと苔や黴が生えていて、もう何年掃除していないんだと言いたくなるほど汚かった。
こんな処に潜ろうと考えた叔父の気が知れない。
その叔父はルリエルの後に潜ってきて、背後から小声で注意を促してくる。
「ジロ、床に時々、今と同じような金網の蓋があるはずだ。そこから覗き込めば下の様子が判るだろう。牢屋を見つけたら、俺に知らせてくれ」
と言われても、それどころじゃない。
両臑、それからお腹にも苔やら黴やらがベチャァッとくっついてきて、ジロは自分の全身が黴びていくんじゃないかと心配するので精一杯だった。
おまけにルリエルは始終ジロのお尻をツンツンして、「早く進んで」と忙しない。
大体、こういう作業だって斬が一番得意だろうに、なんで俺を一番最初に登らせたんだ。
内心愚痴るジロの目が、金網の隙間から人影を捉えた。
「あ……誰かいるッス」
「誰だ?」との斬の誰何に、もう一度目を凝らして下を眺める。
金網の下にいたのは、たったの一人。
男だ。多分。
髪の毛を長く伸ばしているが、袖無しの服から伸びる両腕は逞しい。
部屋に家具は一つもない。
やはり石造りで四方を囲まれており、男は床に座り込んでいた。
両手に嵌められているのは手錠だ。
牢屋に放り込まれた誰か――きっと、亜人に違いない。
「手錠つけられてるッス。きっと亜人っすよ」
後方の斬へヒソヒソと報告すると、斬はしばし考えていたふうであったが、すぐに決断を下してきた。
「よし。じゃあ蓋を外して下へ降りてみるとしよう。ジロ、極力音を立てないように外すんだぞ」
金属で出来た蓋、音も立てないで外すなんて無理に決まっている。
がしっと両手で掴んだだけでもガチャッと音がしてジロはビビッたのだが、またしてもルリエルに尻をツンツンされて「あーもうっ!」とばかりに引っ張ったら案外すぽっと簡単に外れて、「あわわ、わぁっ!?」とばかりにバランスを崩して、ジロは金網を投げ捨てる。
だが、少しばかり体勢を立て直すには無理があった。
手をつこうにも、今し方蓋を外したばかりの床には大きな穴が開いていたのだ。
「ジロ!?」
慌てる斬やルリエルを置き去りに、ジロは派手な音を立てて落っこちた。
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