HAND x HAND GLORY's


act13 囚われの亜人たち【下】

天井から落っこちたジロは、幸いにも顔面着地だけは免れた。
というのも、下にいた男が落ちてきたジロを受け止めてくれたのであった。
「誰だ?お前」
邪気のない瞳で見つめられ、即座にジロは「ジロっす」と答える。
答えてから、改めて間近に男を観察した。
第一印象の時にも思ったが、筋肉質で逞しい。
それに大柄だ。タテヨコの幅が大きく感じられる。
瞳は深い緑色で、髪の毛は紫。
メイツラグ人ではない上、レイザース人でもない。
肌は褐色。だが、ファーレン人でもなかろう。
こいつが亜人で間違いない。
「あんた、亜人っすか?」
ジロの単刀直入な質問に、男も頷く。
「あぁ。それを知ってるってことは、お前、メイツラグの人間じゃ〜ないな?」
「まぁね。ドンゴロ様に頼まれて、あんたを助けにきたんだ」
ナチュラルに続く会話へ混ざってきたのは、斬だ。
すとんと華麗に着地すると、亜人の側へ膝をつく。
「まずは、うちの甥を助けてくれた件、感謝する」
「なぁに、ちょうど真上に落ちてきたからね。俺は、ただ、両手を前に出しただけだ」
屈託なく笑う相手に、用件を切り出す。
「ここに囚われた亜人は貴殿の他に、あと何人いる?」
「そうだな、アッシャスとガーナの二人が、どっかに捕まっていると思うよ。あ、ちなみに俺はバルってんだ。よろしくな」
「バル……バル、なんだ?」
横道に逸れた斬の蛇足な質問にも、バルは軽快に答える。
「おっ、愛称と本名の違いも判るってか?賢者に頼まれたってのは嘘じゃないみてーだな。なら教えてやるよ。俺の名はバルウィングス。ま、呼ぶ時はバルでいいぜ。あんたの名は?」
「斬だ」
「ザン……どっかで聞いた覚えがあんな。誰が言ってたんだっけなぁ〜」
うーんと腕組みするバルを、ジロが急かす。
「そんなことより、早くここを抜け出さないと」
だが「待て、ジロ」と制してきたのは斬だ。
バルの話によれば、他に二人も別々の牢屋で囚われているという。
彼らも救わなければなるまい。
「一斉にぞろぞろ歩いていたのでは見つかる危険性も高くなる……かといって、バルに排気口へ潜れと言っても厳しいものがあろう」
バルは斬より一回り、二回りは全体幅がでかい。
排気口に潜り込んだら詰まってしまいそうだ。
「じゃあ、どうするんス」
早くも自分で考えるのを放棄したジロが問えば、斬の返答は簡潔で、「俺が様子を見てくる。ジロとルリエルは、ここに隠れて待っていろ」と言い残し、ひょいっと飛び上がると排気口の中へと消えていった。
「ふーん、足ひっかける場所もないのに身軽だねぇ。ザンってさぁ、もしかして賢者の友人なやつ?」
状況を読めていないのかバルの暢気な質問に、それでも一応ジロは答えてやる。
「友人かどうかは知らないけど、仲良しみたいだぞ」
「仲良しなら、友人ってことじゃん」
バルは独りごち、今度はジロに好奇心を向けてくる。
「で、お前は何なの?メイツラグ人じゃないのは判ったけど。ザンがお前をオイって呼んでたよな。オイってお前の名前?」
「違う、名前はジロっつったろ?甥ってのは親族の呼称だよ。そんなのも知らねぇの?」
十年来の友人の如き気安さで亜人と会話するジロをルリエルは黙って見つめていたが、やがて、ふわりと天井から降りてくると音もなく亜人に近寄った。
「あなたは賢者とは知り合いではないの?」
「ん?」と振り向いたバルは、もう一人いた事に少し驚いたようであったが、ルリエルの質問には陽気に答え返す。
「あー亜人の島にいるからっつっても、皆が皆、あいつと知り合いってわけじゃねーぞ。俺は端っこのほうに住んでんだ、昔っからな。賢者は真ん中。で、賢者は後から引っ越してきたんだ。いるのは知ってっけど、別に仲良しじゃ〜ねーな」
亜人の島、あんなチッポケな島の中にも一応派閥があるらしい。
やれやれといった調子で肩をすくめて、バルが言う。
「後から来たクセに俺達にルールを押しつけてくるって聞くぜ。けど、俺達が言うことを聞く筋合いもないってわけ」
「それで捕まってるんじゃドツボだな」と、ジロは突っ込んでやった。
「亜人にはルールがないのかもしんねぇけど、人間には人間のルールがあるんだよ。お前らとは不干渉のルールが敷かれてんだ」
「へー。けど、ジロは俺と今こうして話しているじゃねーか」
今度はジロが突っ込まれウググとなっている間、ルリエルは何をしていたかというと、じっと黙して排気口を見上げている。
「斬……遅いわ」
ポツリと呟いた彼女の声に、ジロも天井を見上げた。
「え?あぁ、そういやそうだな」
様子を見てくると言っていたから、すぐ戻ってくるのだとジロも思っていた。
だがバルと話してだいぶ経つが、斬の戻ってくる気配はない。
「こりゃあ……見つかったか?」
不吉な予想をするバルを睨みつけるも、通路の方面から足音がコツコツと近づいてきてジロは飛び上がった。
「やばっ!見張りか!?」
叫ぶ口元をバルに押さえつけられ、ぎゅむっと股の間に押し込められる。
臭い暑いと文句を言う暇もなければ、ルリエルがどうなったのかを確認する暇もない。
見張り兵は牢に近づいてくると、中を覗き込んだ。
「ん〜?話し声が聞こえたような気がするが、一人か」
「おう、ここはずっと俺一人だぞ。そんなの、ぶっこんだお前らが一番ご存じだろ?」
「ふん、威勢の良いことだ。やがて話す気力もなくなるだろうがな」
じろっとバルを偉そうに睨みつけ、見張りの兵は去っていった。
ややあって、亜人の股の間から抜け出したジロは、大きく息を吐き出す。
あぁ、臭かった。
巡回の見張りに気づかれずに済んだのは有り難いが、よりによって股の間はない。
「お前、いつから捕まってんだよ。臭いぞ?」
ジロが口を尖らせて文句を言うと、バルは申し訳なさそうにバリバリと頭をかく。
フケが大量に飛び散って、ジロは露骨に眉をひそめて飛び退いた。
「気がついたら捕まってたんだ。酒が悪かったんだな、きっと」
「これにこりたら、もう二度と人間の酒なんて飲まないほうがいい」
何もないところからルリエルの声がして、ジロもバルも、ぎょっとなる。
だが、すぐに彼女の姿は、うっすら浮かんできた。
見張りが来る寸前、魔法で身を隠していたようだ。
「そうだな、そのとおりだ。さて……ザンは、どこまで行っちまったのかねぇ。もしかして、俺達のこと忘れて帰っちゃったんじゃ」
「するもんか!叔父さんは、そこまでオトボケじゃねぇッ」
憤慨するジロの横で、ルリエルが冷静に突っ込む。
「そこまでも何も斬は元々オトボケではないわ、ジロ」
「いや、あー見えて結構天然なトコもあるんだぞ?叔父さんは」
それにしても、本当に斬は何処まで様子を見にいってしまったのか。
彼ほどの熟練者が見張りに捕まる迂闊をやらかすとは思っていないが、こうも遅いと少々心配だ。
自分達も動いたほうがいいのだろうか――
判断に迷ったルリエルは、もうしばらく待ってみることにした。


その頃、斬は分かれた仲間と合流すると共に、捕まっていた他二人の亜人とも対面していた。
ソウマ曰く、彼らの牢へたどり着くまで一人の見張り兵とも出会わなかったらしい。
バルが捕まっていた牢屋近辺と比べて、だいぶ守りに差があるのは、二人とバルの体格差に原因があるのではないかと斬は考えた。
「バルウィングスさんがリーダーなの?」
尋ねるスージにアッシャスが頷く。
「リーダーってか、あいつが町に出ようって言い出したんだ。俺達は止めたんだけど、うまい酒があるっていうから、つい」
二人ともバル同様に手錠をかけられているが、手錠をかけずとも暴れられたところで容易に取り押さえられそうな程度には細い体格であった。
「うまい酒って、お前らに人間の酒の味が判るのかよ?」
「そりゃ〜判るさ」とソウマの質問に答えたのはガーナ。
「ただ、飲み過ぎちまうと危険ってのは知らなかったけど」
アッシャスも付け足し、二人揃ってイッヒッヒと笑う。
全く反省の色なしだ。
アッシャスは赤い毛、ガーナは緑、バルは紫とカラフルな毛色だ。
こんな目立つ奴らが酔っぱらって暴れていたら、レイザースの騎士団でも連行するだろう。
改めて、亜人の無自覚っぷりに斬は頭が痛くなってきた。
「――とにかく、これにこりたら、もう人間達の街へは近づくな」
諫めても、二人は「え〜?」と口を尖らせる。
「そんなこと言っても、また行っちゃうと思うぜ、俺達」
「何故?」とスージが尋ねれば、ガーナは嬉しそうに答えた。
「だって、面白いもん!亜人の島ってさ、何にもねーんだ。それと比べたら、人間の街は遊べるとこ多くて楽しいし」
若い者が街へ遊びに行ってしまうのは、人間でも多々あることだ。
だから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが……
「今回は捕まった程度で済んだが、下手すれば殺されていたかもしれないんだぞ」
ソウマがお説教をかませば、アッシャスにはニコニコ微笑まれる。
「けど、あんた達が助けてくれたし?」
「二度も三度も助けられるとは限らん」
ともかく、ここでいつまでも話しているのも危険だ。
見張り兵が極端に少ないとはいえ、まだ例の魔法生物も確認できていない。
「あっ、じゃあさ、定期的に亜人の島へ遊びに来てよ、お前ら」
「それいい!俺達と遊んでくれたら、もう、街には行かなくていいかも」
亜人と遊ぶなんて、一体何を要求されるのやら。
しかし、それで街へ行くのをやめてくれるなら、願ったり叶ったりだ。
「よし、いいだろう」と斬が安請け合いするのを横目に見ながら、ソウマは周辺を伺った。
怪しい気配や、人の気配は今のところ、全くない。
このまま侵入口から抜け出せば、めでたく任務完了だ。
「マスター、警備が薄いうちに帰ろうぜ」
手招きすると、斬は頷く代わりに、こう答えた。
「俺は、ジロとルリエルとバルを拾っていかねばならん。ソウマ達は先に二人を連れて脱出してくれ」
言われて、初めてエルニーとスージは二人の現状を知ったのだった。
合流した時、全く何の説明もなかったから、ジロとルリエルは外で待っているもんだとばかり思いこんでいた。
「バル、どこに放り込まれてたんだ?」
ガーナに聞かれ、斬は目線で距離を測る。
「ここからだと……だいぶ距離がある。だから、お前達は先に」
「でも、バルってのはマッチョで目立つんだろ?マスター一人で全員を守るのは無理なんじゃないか」
ソウマが口を挟んでくる。
かと思えば、スージとエルニーへは頭ごなしに退却を命じた。
「お前らがアッシャスとガーナをつれて戻ってくれ。いくらお荷物の役立たずでも、それぐらいなら、できるだろ?」
「んなっ……!」
怒りでひきつりまくるエルニーの横で、スージがコレ幸いと頷いた。
「任せて!先に脱出しているから、マスター達は気をつけてね。さぁ、いくよ二人ともっ。ほら、エルニーも早く早く」
「ちょ、腕を引っ張らなくても歩けますわぁ〜」
スージにぐいぐい引っ張られるかたちでエルニーも早足に立ち去り、その後ろをアッシャスとガーナがヒョコヒョコついていった。
一人残ったソウマは斬に笑いかけると、「さ、ジロ達を拾いに行こうぜ」と促してくる。
「ソウマ……君は、どうして、そこまで義理を果たしてくれるのだ?」
ぽつりと呟く斬へ、ソウマは肩をすくめるポーズで返す。
「義理じゃないさ。俺とマスターは仲間、だろ」
実質ソロ活動だった者が受けるには、これ以上ないぐらいに嬉しい返事だ。
ギルドを作って良かった――!
じわっと広がる暖かい感情に打ち震えつつ、しかし斬は用心深く周囲を見渡しながらソウマと共に元来た道を戻っていった。
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