HAND x HAND GLORY's


act14 脱出

裏口から飛び出すや否や、ガーナが叫んだ。
「いやっほぅ!」
続けて、アッシャスも羽根を羽ばたかせる。
「いくぜ、凱旋だ!」
城を飛び出ると同時にガーナとアッシャスはドラゴンへと変身してスージとエルニーを驚かせたばかりか、二人を乗せて大空へと舞い上がったもんだから、スージとエルニーがパニックに陥ったのは言うまでもない。
「ちょ、ちょっちょっと、お待ちあそばせ!誰が勝手に帰っていいと許可しましたの!?」
「俺が!」と脳天気にドラゴンが答える。
このドラゴンは、どっちだ。鱗が赤いのでアッシャスか?
いや、どっちだって構わない。
城には、まだジロ達が残っている。
「戻って、マスター達と合流しないと」
スージがぽかぽか背中を叩いても、ドラゴンは聞く素振りも見せてくれない。
完全に背中の荷物を無視して、まっすぐ亜人の島を目指している。
「先に戻れって言ったのザンじゃん。だから戻るんだよ、亜人の島へ」
「も、戻るってのは裏口へって意味だと思うけどぉぉ!?」
ぐんとスピードがあがり、振り落とされまいとスージ達はしがみつく。
まったく、酷い依頼だった。
メイツラグを観光する暇もなかった。
それは百歩譲って良しとしても、このドラゴンたちは反省していないばかりか、行動の全てがフリーダムすぎる。
いずれまた、島を抜け出して遊びに行ってしまうのは充分予想できた。
斬かドンゴロ様が、きつくしつけておかねばなるまい。
全く言うことを聞かないドラゴンに深い溜息を漏らし、エルニーは真下を見下ろした。
メイツラグは、遥か彼方に遠ざかっている。
この分だと、夜までには亜人の島へ到着するだろう。


牢の鍵は、呆気なく壊れた。ルリエルの魔法によって。
「なんだ、これなら最初から通路を歩いてくれば」と文句を言うジロには、バルを除いた全員の冷たい視線が突き刺さる。
「通路は見張り兵が巡回している……ジロは、捕まりたかったの?」
ルリエルにまで無表情に突っ込まれ、ジロは口を尖らせた。
「へいへい、浅知恵ですいませんねぇっ」
「お前のは浅知恵じゃない、猿頭って言うんだよ」
ソウマもすかさず突っ込んでから、バルを見上げた。
「しかし……こいつを連れて歩くとなると、骨だぞ」
ソウマも長身なのだが、それでも見上げなければいけないほど、立ち上がったバルは巨体であった。
天井に頭が支えている。
一人だけ厳重警戒されていたのにも納得だ。
「なぁ、亜人って小さくなったりできないのかよ」
ジロの無茶ぶりに、バルが首をかしげる。
「俺達は竜と人の姿のどっちかにしか、なれねーぞ」
「それにしても、でかいな」と斬にも言われ、バルは肩をすくめた。
「そう言われてもなー、俺がでかいのは俺のせいじゃねーし」
大柄だと責め立てても小さくなるでなし、このまま連れていくしかない。
「いっそドラゴン化して壁をブチ破って逃走ってのは?」といったジロの案は、即座に却下された。
「事を荒立てるなと賢者殿にも言われただろう」
「まったくジロは、猿頭にも程があるよな」
斬には小言をくらい、ソウマには馬鹿にされ、もう何も言うまいとジロは心に決めた。
「――お主のいた場所にも、ここにも気配がなかったな」
通路の前後を見渡す斬へ、ソウマが相づちを打つ。
「ん、あぁ、ケイナプスか。ホントにいるのかねぇ」
ケイナプスって何だっけ?
ジロが斬へ尋ねる前に、バルが口を挟んでくる。
「ケイナプスがいるのか?ここにっ」
「む、バルは知っているのか」
「あったりまえだぜ!あいつらは俺達の仲間も、いっぱい殺したんだ」
鼻息荒く語るバルを「小声で頼む」と制してから、斬が重ねて尋ねる。
いつまでも牢屋の前に立ち止まっていては見張りに見つかってしまうので、足音を潜めて歩き出しながら。
「バルはケイナプスについて、どれだけご存じだ?」
「そうだなぁ。あいつらは魔界から来たんだ。自分の意志を持っていてさ、俺達の世界を滅ぼすつもりだったんだ」
「古代魔術師が作ったんじゃなかったのか?」とはソウマの問いに、バルは首を真横に振って、不思議そうに聞き返してきた。
「人間達の間じゃ、そういうふうに伝わってんのか?そんなわけないだろ、人間が生まれる前に転移してきたんだから」
バル曰く、魔界と呼ばれる異世界から門をくぐって渡ってきたのがケイナプスであるという。
奴の気配を感じられるのかと斬が問うと、感じられると答えた後に、バルは、こうも言った。
「けど、奴がここにいるって?そんな気配全然感じないけどなぁ。第一、どうやって呼び出したんだ。魔界との門は今、閉じてるってのに」
「門が開いているか閉じているかも判るのか……亜人ってな」
呆れたように呟き、ソウマがバルを振り返る。
「なのに泥酔して牢屋に放り込まれるって、すごいんだか、すごくないんだか」
「酒に酔うのと、魔の気配を感じられるか否かは別物であろう」
一応フォローしてやってから、先頭の斬が足を止める。
どうした、と尋ねる前にソウマも気づいた。
前方から足音が近づいてきている――!
相談する暇もない。
決まっている。どうするかなんてのは、一つしかない。
人影が見えたと思った瞬間、斬が一気に間合いをつめる。
遠目に二つの影がぶつかり合った瞬間、声も立てずに見張り兵の意識は闇に沈んだ。
斬が当て身を食らわせたのだ。急ぎ近づいてきた他の面々に「走るぞ」と伝え、斬を筆頭に全員が走り出す。
「み、見張りって、あと何人っ」
息せき切って走っているのだが、ジロの速度は他の者と比べて遅れがちだ。
「ここを抜ける事だけを考えろ」と答え、斬は後方のルリエルを伺った。
大丈夫。魔法を使ったかして、飛行状態で追いかけてきている。
その魔法をジロにもかけてくれれば、と考えていたら己の足が宙を浮き、あっと思う暇もないまま全員が低空飛行状態になって加速を増す。
「わ、わ、わああああーーーーーーーーーッ!?
誰が叫んだのだかも判らない格好で、全員が裏口から飛び出した。
「よし、一路脱兎!俺に掴まれぇ〜」
バルの号令で、何がなんだか判らないまでもソウマが彼の鱗にしがみつき、どこかへ飛んでいきそうになっていたジロは斬に襟首を掴まれて「ぐえっ」となりながら、ふわりとルリエルが傍らに降り立つのを横目にした。
最後のほうは複数の兵士にも目撃されていたし、あまりスマートな脱出劇ではなかった気がする。
だが、脱出できた事には変わりない。
ドラゴンに変身したバルの背中に乗っかって、一同はまっすぐ亜人の島へと向かった。
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