HAND x HAND GLORY's


act8 亜人の騒動

亜人の島に入り込み賢者の話を聞いてみれば、メイツラグで亜人が問題を起こしたので解決して欲しいとのこと。
「どういうことだ?亜人は島を出ない決まりがあるんじゃなかったのかよ、マスター」
ソウマに詰め寄られ、斬も賢者を振り返る。
「詳しい話を聞かせていただけますか」
「うむ」と頷き、ドンゴロが言うには――

亜人は原則、亜人の島を出ることが禁じられている。
レイザースの法ではない。
賢者ドンゴロが亜人の為を想って定めた生活のルールだ。
だが時折、島を抜け出て人間の社会を見物しにいってしまう若者がいる。
大概が好奇心で、悪気はない。
しかし、いくら本人に悪気がないと言っても、人間と接触すれば争いを免れない。
人間は亜人を酷く恐れ、敵視しているからだ。
今回も決まりをやぶって島を抜け出た若者が数人、メイツラグで諍いを起こした。
酒場で海軍兵士と喧嘩になり、どうしたことか変身を封じられ、今はメイツラグの牢屋に放り込まれている。
「彼らを助け出してやってほしいのじゃ。あぁ、もちろんメイツラグ海軍は儂の要求をはねつけおったので、軍を通さない方法で、な」
「賢者様の頼みを撥ねつけて!?何様ですの、メイツラグの海軍というのは!」
たちまち憤慨するエルニーを宥めたのは、ソウマだ。
「いくら賢者様の頼みといえど、罪人をホイホイ解放できるわけないだろ。軍のメンツが丸つぶれだ」
「それに賢者殿の威光が効くのはレイザース領のみだ」と、斬も口添えする。
「メイツラグの軍人が言うことを素直に聞くとは思えぬ」
ウムと頷き、ドンゴロが続けた。
「海軍の見立てでは、彼らは亜人ではない――という見解じゃ。竜に変身しないから、というのが、その理由だそうだが」
「どうして変身できなくなっちゃったんでしょう?」
スージの問いには賢者も首を傾げる。
「判らん。海軍との喧嘩を起こす前に酒を飲んだという話だが、それが作用したか……?」
「人間用のお酒に当たった……?」
エルニーが斬を振り返り、確認を取る。
「食あたりのようなものがあるんでしょうか、亜人には」
「聞いたことがない。島を出たことのない亜人に聞いても判らぬだろう」
斬は頭をふり、賢者に言った。
「捕まった連中が竜化していないほうが、事は簡単に運べますな」
ところが賢者は「それが、そう簡単にもいかぬのじゃ」と浮かぬ顔。
メイツラグの牢屋は、鉱山の何処かにある。
しかし、具体的な場所は誰も知らない。
賢者でさえ、彼らの囚われた牢屋の正確な位置を魔法で探知できなかった。
位置確認に関する対魔術が施されていると、ドンゴロは感じたそうだ。
「あのチッポケな島国が、そんな牢屋を持っていたとは驚きだぜ」
ソウマが素直な感想を漏らし、肩をすくめる。
「おいジロ、お前もメイツラグでは悪さをするんじゃないぞ?捕まっても助けてあげられないかもしれないからな」
返事がないのに気づいてソウマがジロを振り返ると、ジロは、なんとガーガー爆睡していた。
「ジロ!!」
斬に大声で肩を揺さぶられ、ジロが目を覚ます。
「な、な、なんすか、なんすか」
「まったく……緊張感は常に維持しろと、いつも言っているだろうが」
呆れる斬も何のその、ジロに反省の様子は伺えない。
「話が長すぎるんで、眠くなっただけッス。んで?結局俺達は何処へ何しに行くんです」
「メイツラグで騒ぎを起こして捕まった亜人を助けに行くんですわよ!」
エルニーにも怒鳴られジロが目を丸くしているうちに、賢者が話を締めくくる。
「ともかく軍が話を聞いてくれない、場所も判らぬとあっては正攻法で地道に探すしかない。探索は斬、お主の得意とするところじゃろう?頼んだぞ。レイザースにも迷惑がかからぬよう、こっそりと彼らを救い出すのじゃ」
「でも、なんで脱獄を?」と、〆に水を差したのはスージ。
「裁判で有罪判決が下されるにしても、しばらく経てば自由の身になるんじゃ」
そいつを遮ったのは、ソウマだ。
「あいつらがメイツラグの住民なら、そのうち釈放となるだろうさ。だが素性の知れない異邦人は、そうもいかない。裁判で不当に裁かれるんじゃないかと賢者様は心配しておられるんだ」
そうでしょう?とソウマに促され、ドンゴロが頷く。
「せめて喧嘩相手が海軍ではなく海賊であったら、まだマシだったのじゃが……過ぎたことを責めても仕方あるまい。今は、亜人の命を最優先して欲しい」
斬はメイツラグの法律には詳しくない。
しかし、世界をよく知る賢者殿が焦るぐらいだ。
裁判の内容如何では、死刑執行もありえるのではないか。
喧嘩の度合いが如何ほどかも判らないが、不当な裁判で命を落とすのは彼らが可哀想だ。
何より、亜人は人間とは違う。人の法で裁かれていい存在ではない。
「心得ました。必ずや、亜人を救い出して参りましょう」
片膝をついて承諾する斬を見て、アルとイドゥが、やんやと囃したてる。
「ヒュー!斬、格好いい♪」
「斬はヤパリ、アル達の味方だヨー!」
まだ助けたわけでもないのに、拍手喝采の大騒ぎだ。
アルが斬を見上げて尋ねてくる。
「メイツラグまでは、どやって行く?アタシの背中に乗ってけば早いヨ?」
「いや、それは拙かろう……船で行く。お前達は賢者殿の側で帰りを待っていてくれ」
「けど、斬」と、イドゥが口を挟んできた。
「俺達に乗ったほうが船で行くより、ずっと早いぜ?」
俺のアタシの背中に乗れ乗れ、と亜人の目が催促している。
仲間を心配しての同行というよりも、島を出たい好奇心だと斬は踏んだ。
「ドラゴンで行くのは不要な戦闘を呼び起こすだけだろ。砂浜に船を待たしたままだし、大人しく船で向かおうぜ」
アル達の下心はソウマにも看破されており、呆れる彼の背後で賢者が提案する。
「出来る限り早急に救出してもらいたいのだが……うむ、そうだ。こうしよう」
――数十分後には、賢者も砂浜まで同行する。
「えぇっ!?け、け、賢者様?本物の賢者様っ!?」
驚く船長を横目に、ドンゴロが杖を高く掲げる。
「風よ、波よ、我が呼び声に応えよ。かの船を押し流し、迅速に陸地へと届けよ」
杖の先っぽに光が宿り、その光が船へ飛んでいったかと思うと、船全体がぼぅっと光り輝く。
「なっ、なにを」と船乗り達が慌てているうちに、すぅっと光は消えてしまい、元に戻った。
「これでよい」
したり顔の賢者に、スージが尋ねる。
「何をしたんですか?」
「船の速度が上がる魔法をかけた。これで数分後にはメイツラグへ到着できよう」
亜人の島からメイツラグへの距離を換算すると、どんなに急いでも船で六時間以上かかる見通しだ。
数分とは盛りすぎだとスージやジロは思ったのだが、斬は嬉しそうに微笑んだ。
「さすがは賢者殿。助かります」
「首尾良く片付けておくれ、斬」
ぽむぽむと腰の辺りを手で叩かれ、励ましを受けた斬は一同を促して船に乗り込む。
半信半疑だった船長も「よーそろー」と号令をかけ、操舵手がエンジンのスイッチを入れた直後。
「わ」
ぐっとGがかかったように感じたのも、一瞬で。
「わあああぁぁぁぁぁ……ッッ!?」
風が真っ向から顔にぶち当たってきて、全員が視界を塞がれる。
皆々の絶叫が尾を残し、船は亜人の島を、ありえないスピードで飛び出していったのであった……


海の上を進んでいるというより全速力で海の上を滑っていったといったほうが正しく、メイツラグ港の手前数メートルで船はピタッと急停止し、全員の吐き気を喉元にまで高まらせた。
「お、ぐぇ、おえぇっ」
船の縁に掴まって何度も嘔吐するソウマの側では、土気色の表情で三人組がゲロにまみれている。
斬は吐き気を無理矢理飲み込むと、傍らのルリエルを気遣った。
「……大丈夫か?具合が悪いようであれば、当分宿で休んでいるといい」
「平気よ」
彼女は小さく呟いたが、顔色は悪く具合が良さそうでもない。
「ま、マスター、おえっ、い、一旦宿に入ろうぜ。こんなんじゃ何もできねぇっ」
まだ気分の悪そうなソウマの提案へ頷くと、グロッキーなジロ達を助け起こして斬が言う。
「どのみち、今すぐの救出は無理だ。場所を特定する必要もある。数日留まって、用意を固めよう」
「うぷぅ……お、叔父さん……お腹、空いたッスぅ……」
担ぎ上げられたジロが呟くのを見、ソウマが呆れて溜息を漏らす。
「あんだけ吐きまくって、気分が悪いってのに腹は減るのかよ。どうなってんだ、ジロの体は」
汚した甲板を綺麗に掃除した上で、斬一行はメイツラグへと上陸した。

平坦なるワールドプリズにおいて、メイツラグは唯一の他国と呼べる場所である。
亜人の島は人間の管轄ではないし、南洋諸島も近頃レイザース領に収まったという話だ。
レイザース領ではないのだから、レイザースの法律も、ここでは通用しない。
レイザースに迷惑がかからぬようと賢者が念を押したのは、斬一行がレイザース人故にだ。
軍人に最初から最後まで見つからない範囲でやり通さないといけない。
無論、軍人以外のメイツラグ人に見つかってもアウトだ。
本来ギルドが得意とする依頼とは全く趣が異なるが、他ならぬ賢者様の頼みとあっては断れなかった。
牢獄の場所を突き止めるのが先決で、特定後は一人で潜入しようと斬は考えた。
ジロには荷が重すぎる。
それに、モンスターが相手でないのなら自分の働きを見せる必要もない。
ルリエルとソウマにしても然りだ。
亜人救出は、あくまでも賢者側の道理であり、彼らと無関係なルリエル達まで巻き込むのは気が退ける。
手を借りるのは牢屋の探索までだ。
後は先にレイザースへ戻ってもらうか、或いはメイツラグの観光でも楽しんでいてもらおう。
宿にチェックイン後、ロビーで一人、そんなことを考えていたら、ソウマに声をかけられた。
「如何にも思い詰めていますって顔をしているぜ?言っとくが、俺はあんたをマスターと認めた以上、どこまででも手を貸すからな」
「思いつめてなどいない」と応え、斬は緩く頭をふる。
「だが、君達は人間側に属する者だ。俺と賢者殿の私用につきあう必要はない」
「私用か、私用ね。確かに私用かもしれないさ。けど、こんなチャンスを俺が逃すと思うか?」
不敵に笑うソウマへ斬が無言で首を傾げてみせると、彼は続けて宣った。
「言っただろ。強い奴と戦うのが俺の目的だ。潜入すれば、メイツラグの海兵と戦えるかもしれないんだろ?そして、ここの海兵にゃあ凄腕の元傭兵もいる。もしかしたら、そいつとも戦えるかもしれねぇんだ」
「凄腕の元傭兵?」
気になったので尋ねると、ソウマは舌なめずりでもしそうな勢いで答えた。
「そうだ。剣の一振りで、どんな海賊でもぶっ倒す伝説の傭兵がメイツラグにいたって噂だよ。そいつがメイツラグの海軍に入ったんだ。名前は、えっと、なんていったかな……」
考え込むソウマを横目に、斬が呟く。
「戦うのは最終手段に留めておいてくれないか。亜人の救出を最優先にせねばならぬ」
「もちろん」とソウマも頷き、軽くウィンクしてみせた。
「けど万が一戦う場面になった時、マスター一人じゃ分が悪いんじゃないかと思ってさ。マスターだけなら戦えるのかもしれないけど、投獄された亜人も一緒ってんじゃね。彼らを保護する意味でも、マスターの援護をする意味でも、俺は絶対必要だろ」
ジロだったら絶対に聴けないような言葉の数々である。
ソウマの有り難い申し出に、斬は胸の奥が感動でジンと熱くなった。
「……ありがとう。ソウマ、君の助力に感謝する」
「なぁに、礼には及ばないぜ。俺達は、もう仲間だろ?」
男二人でがっちり握手を交わしているところへ、ルリエルもやってくる。
珍しい。いつもは部屋の片隅で読書ばかりしている彼女が、ガロンもつれずに一人で出歩くとは。
「斬」
「何だ?」
「……私も力を貸すわ。亜人が何故変身できなくなったのかに、とても興味があるもの」
「牢屋の場所特定までは、君にも協力してもらうつもりでいた。だが特定後の荒事は」
断りかける斬を遮り、ルリエルが言う。
「いいえ。対魔術で隠してある場所へ、魔術なしに飛び込むのは危険。私も連れていって」
控えめなお願いというより、連れて行けと半ば強制されているような気がする。
ルリエルの瞳に宿る強い光を見ていると、逆らえない気分になってくるから不思議だ。
この少女には一種特定のカリスマがある。
賢者ドンゴロと同じく、他人を否応なく従わせるカリスマが。
「……判った。だが、約束してくれるか?極力無茶な真似をしないと」
妥協しつつも一応約束を取り付けてみれば、ルリエルはコクリと頷き、真面目な表情で斬を見つめ返した。
「ルリエルほど戦局で冷静な子が無茶をするたぁ到底思えないぜ、マスター。無茶するのを危惧するってんなら、むしろジロ達が〜じゃないのか?」
ソウマの軽口へ首を振って、斬が否定する。
「ジロ達は、つれていかないつもりだ。あいつらに潜入は向いておらん」
「ジロも無茶はしない。だって彼は、とても現実主義者だから」
それとルリエルの言葉が重なって、ソウマと斬は揃って「えっ?」と聞き返す。
ルリエルは、もう一度繰り返した。
「ジロは貴方たちが考えている程には役立たずじゃない。斬、牢屋潜入には彼も一緒につれていくべきだわ」
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