HAND x HAND GLORY's


act7 賢者の頼み

巨大モンスターから手荒い歓迎を受けたものの、斬達を乗せた船は無事に亜人の島へ到着する。
亜人の島――
メイツラグの北西に位置する小さな島だが、レイザースの民は全面立ち入り禁止区域となっている。
この島に住む凶暴な種族、亜人との接触をレイザース政府が禁じているせいである。
島は一面を森で囲まれていた。
砂浜へ船を停留させて、ハンターだけで森の中へ入る。
またタコに襲われるのではと心配するソウマに、船乗りは「砂浜付近は却って安全だ」と笑って答えた。
「この森の中に賢者様が住んでいらっしゃるんですよね?」
キラキラした瞳で尋ねてくるスージへ「うむ」と斬が鷹揚に頷く横から、ジロも質問を被せてくる。
「叔父さんは、いつ、それを知ったんスか?依頼……じゃないっすよね」
依頼へは必ずジロ・スージ・エルニーの三人組も同行する。
ギルドへ三人を呼び寄せた翌日から役に立つか否かは別として、ずっと連れ回した。
「あぁ」
短く頷き、甥の詮索にも斬は答えてやった。
「過去にも、この島へ入ったことがある。その時に、な」
「へぇー。あれ、でも昔っからココは立ち入り禁止ッスよねぇ?」
まだジロは首を傾げていたが、それには取り合わずに斬が号令をかける。
「賢者の庵までは多少、距離がある。徒歩での移動になるが、疲れた時は俺に言ってくれ。あぁ、それと途中で亜人と出会っても怯える必要はない。彼らは無害だ」
「む、無害……?襲いかかってくるんじゃあ……」
不安げにスージが視線を巡らせ、ソウマも反論する。
「奴ら、人間を見たら問答無用で襲いかかってくるんじゃないのか」
首を真横にふる斬を見て、さらにソウマが追い打ちで何か言おうとするのとルリエルがガロンを伴い、先へ森に足を踏み入れたのは、ほぼ同時で。
「ルッ、ルリエル!単独行動は危険だぞ!?」
慌ててジロが彼女を追いかけ、腕を捕まえる。
「危険ではないが……道を違える可能性は、ある。ルリエル、君も俺の後についてきてくれ」
斬は小さく嘆息し、ジロに手を引かれて戻ってきたルリエルに忠告する。
「道があるの?」と謝るでもなく聞き返す彼女にも頷き、歩き出した。

森の中には細い獣道があった。
草の上を、何度も誰かの足跡によって踏み固められた道だ。
先頭を斬。その後ろを、おっかなびっくりジロとスージ、エルニーが続き、ルリエルとガロン、しんがりはソウマが固める。
森は静かで、時折チチチ、チチチと小さな鳥の囀りが聞こえる程度だ。
そよとも風が吹いてこないのは、生い茂った樹木が邪魔しているせいか。
不思議な事に、北に位置する島だというのに、気温は暖かかった。
数分歩いて何にも襲われないと判ったか、次第に三人の気はゆるみ始める。
「わぁ〜……綺麗」
改めて周囲を見渡し、スージが小さく感嘆する。
生い茂った草に紛れて、色とりどりの花が咲いている。
そのどれもが、レイザースでは見かけない草花だ。
「まるで南国だな」とソウマも呟き、珍しい景色を見渡しながら、さりとて気は抜かずに周囲の気配へ気を配る。
「森の中だから、気候がおかしくなっちまったんスかね」とジロが尋ねてくるので、斬は答えた。
「違う。この島は賢者殿の結界で覆われている。故に、気温も常に適温で保たれているのだ」
「へ?結界?結界って、島全体が?」
驚くジロへ「そうだ」と頷き返すと、不意に斬が大声で前方へ呼びかける。
「アル、イドゥ!隠れて見ていないで、こちらへ来たら、どうだ」
突然の大声には、スージもエルニーも「ひっ!?」となり、ソウマが慌てて腰の剣へ手をやった。
「あ、アル?イドゥ??」
同じく泡を食うジロの真横で茂みがガサゴソと動いたかと思うと、にょこっと何かが顔を出す。
「エヘヘ〜、バレちゃっタ?」
「うわぁ!」と飛び上がるジロの横で、斬が頷く。
「島へ入った直後から気づいていた。ずっと、つけてきただろう。イドゥも出てこい」
――いつの間に?
そんな気配、一瞬たりとも感じなかった。
内心冷や汗をかきながら、ソウマは姿を現した者を上から下まで眺め回す。
パッと見、黒人だ。褐色の肌の小柄な少女である。
着ているものはボロキレとしか言いようのない、小汚いシャツとスカート。おまけに裸足。
こいつがアルなのか。
では、イドゥとは?
だが周辺を眺めるまでもなく、反対側の茂みからは背の高い少年が現われる。
アル同様、土色に汚れたシャツと長いズボンを履いている。
やはり褐色の肌で靴は履いておらず、髪はボサボサ。
レイザース貧民街の住民と言っても通りそうだ。
「さっすが斬。気配を読むの、前より上手くなってるじゃん。気づかれない自信、あったんだけどな〜」
屈託なく笑い、少年が一行を見渡す。
「で、こいつらは何?斬の友達?」
「友達ではない、仲間だ。前から順にジロ、スージ、エルニー、ルリエルとガロン、そしてソウマだ」
大層簡潔な説明だったが、イドゥはニコニコと微笑んだ。
「そっか!たくさん仲間が出来たんだね、よかった〜。んで仲間引き連れてやってきた〜ってのは、やっぱマスターへ会いに?」
「あぁ」
どんどこ進んでいく二人の会話に待ったをかけたのは、ソウマだ。
「待ってくれ、マスター!こいつらは何なんだ?あんたの知り合いだというのは判ったが、この島に人が住んでいるなんて聞いたこともないぞ」
「ここには賢者様が住んでいるって、マスターが言ったじゃない」
混ぜっ返してくるスージへも、ツバを飛ばしてソウマが言い返す。
「それ以外の、だ!忘れたのか?亜人の島には原則、亜人しか住んでいないって」
「亜人ダヨー!」と答えたのは、アル。
その横では「マスター?斬もマスターになったの?」と、イドゥが斬へ尋ねている。
斬は「マスターと言ってもギルドのだが」と、ひとまずイドゥの疑問へ答えると、今度はソウマの質問に答えた。
「アルもイドゥも亜人だ」
「は!?」の大合唱を受けながら、改めて二人を皆へ紹介した。
「アルはアルニッヒィ、イドゥの本名はイドゥヘブンという。長いので皆、愛称で呼び合っているが、な。亜人は普段竜の姿で生息しているが、我々人間と会う時には、このように人の姿へ擬態を取る」
「ぎ、たい……?人の姿に変身できるの!?何、ウソ、聞いてないッ」
おたつきまくるスージの横では、戦闘態勢で低く身構えたままのソウマも警戒の視線を二人へ向ける。
「てことは、レイザースに紛れ込んだ亜人がいるかもしれないってことか?」
「それはない」
ソウマの杞憂には首を振り、斬がアルとイドゥを見やる。
その視線は、どこか優しげであった。
「亜人は、この島を出ない決まりになっている。賢者殿に言われたのだ。竜と人間は共存できない。だから亜人は、この島で生涯を終えるしかないのだ」
「で、でも、賢者様は、この島で暮らしていらっしゃるのでしたわよね?なら共存できているのでは、ありませんこと?」
エルニーの問いにも斬は首をふり、「賢者殿だからこそ出来る業だ。普通の人間では、こうは行かぬ」と答えた。
確かに――と、ジロは考える。
もし本当に目の前の少年少女が竜へ変身できるとしたら、人間との共存は不可能だ。
竜が、どんな生き物なのかは大体知っている。政府からの受け売りにより。
巨大な図体で、全身にびっちり鱗を生やし、尻尾の一振りで山を一つ崩すという話だ。
そんなものと一緒に暮らしたら、レイザースの首都は一日で壊滅するだろう。
亜人が亜人の島へこもっているのは、ずっとレイザース軍に追い立てられたせいかと思っていたが、実際の処は亜人が自ら人間へ配慮して、この島へ引きこもることにしたのかもしれない。
「行こ?マスターのおうち、こっちダヨ」
ぐいぐいとアルに腕を引っ張られ、己の考えに没頭していたジロは、たたらを踏んだ。
「お、俺?なんで俺を引っ張るんだよ、お前らの知り合いは叔父さんだろっ」
「斬の知り合いなら、アルも知り合いダヨ?」
無垢な瞳で見つめ返され、思わずジロは言葉を失う。
真っ黒い大きな瞳には邪気など一曇りもなく、レイザース政府が言うように人を襲うとは到底思えない。
「叔父さんってことはぁ〜、ジロは斬の甥っこかぁ!」
何故か嬉しそうにイドゥが指を鳴らし、斬も頷き、皆を手招きする。
「怖がらなくていい。この二人に限らず亜人は、大半が顔見知りだ」
「ふえぇ……マスターってボク達が思うより、ずっとずっと顔が広かったんですねぇ……」
驚きすぎて疲れたのか、スージはぺたんと地面に尻餅をついていたし、エルニーもまた然り。
目を丸くしたまま、二人の亜人を眺めている。
ソウマは、ようやく警戒心が解けたのか、剣を抜かないでくれたようだ。
ルリエルは無表情に、亜人と斬を見つめている。
その足下では、ガロンが寝そべっていた。
反論ナシと見て、再び斬が歩き出す。
数十分ほど歩いただろうか。
潮の香りがしてくると思った途端、開けた場所に出て、その先に賢者の庵があった――

賢者の庵は二階建てで、屋根は大きな葉を葺いてある。
大きな窓が、開けっ放しになっていた。
窓の向こうには、白い砂浜と海岸線が見える。
どう見ても南国風な建築にジロ達がポカンとする中、斬が奥へ呼びかけた。
「賢者殿!賢者ドンゴロ様は、ご在宅か?」
アルも横で、きゃっきゃとはしゃぐ。
「マスター!斬が来てくれたヨー!斬ダヨー?二十年ぶりダヨー?」
「二十年じゃないよ」と、横でイドゥが訂正する。
「正確には二十三年だ。……だったっけ?」
訂正した割には、記憶があやふやだ。
違うともそうだとも答えず、斬は賢者の返事を待つ。
背後では、ソウマ達がヒソヒソと声を潜めて話していた。
「二十年ぶり……?そんなに長い間会っていなかったのか」
「二十三年前ってーと、叔父さん十七歳かぁ。一体何の用で、この島へ来たんだ?」
「十七歳っていったら、ボク達なんかギルドでゴロゴロしていた年齢だよねぇ。そんな若い頃からマスターは、もう自立してたんだぁ。すごいなぁ〜」
「お前らは今だってゴロゴロしているじゃないか、ギルドで」
「何をぅ?」
ビキビキとジロが眉間に青筋を走らせたところで、二階から降りてくる足音がある。
やがて顔を出したのは、白髪の老人。
背丈、斬の胸元ぐらいの小柄な老人が、顔を綻ばせて走り寄ってきた。
「斬、久しぶりじゃのぅ!おぉ、おぉ、立派になって……すっかり大人の体になったわい」
「お久しぶりです、賢者殿」
ぺこりと会釈する斬の腕や腹筋を何度も撫でて、賢者ドンゴロは再会を喜んだ後、斬の連れにも目をやった。
「そちらは、斬の仲間かの?」
「あ、え、えっと、あの、その!す、スージですッ、スージ=カクリクと申します!」
慌てふためいてスージが自己紹介する横では、エルニーが優雅にスカートを摘んで会釈する。
「エルニー=ボンソワールでございますわ、賢者様。お目通り叶いまして、光栄です」
ジロもさすがに超がつくほどの有名人が相手じゃ真面目になるしかなく、ガチガチに緊張した顔で挨拶した。
「ジ、ジロ、クレイマーです、ハイ」
「賢者殿。ジロは俺の甥にあたります」
斬が注釈を添えるもんだから、賢者には顔を覗き込まれ、ますますジロはカチコチに固まった。
「ほぅ、斬の。……全然似ておらんようだが」
「ジロは兄者の血を濃く引いております故。兄は父親似でした」
じゃあ、叔父さんは母親似だったのか。
会う暇もないまま死んでしまったらしい最初の祖母を、ジロは脳内で妄想する。
どうせなら俺も叔父さんに似たかった。
賢者に間近で眺められながら、ジロは、そんなことを緊張した頭で考えたのであった。
「ソウマ=サキュラスです。お初にお目にかかれて光栄です、賢者様」
もうジロの紹介はいいだろ、とばかりにソウマが名乗りをあげる。
賢者はソウマの顔ものぞき込み、ポツリと一言漏らした。
「その両目……詛いかね?」
彼の両目については、皆が、かねてより気になっていた点でもある。
ソウマに注目が集まる中、言われた本人はギクリと肩を震わせた。
「さすが賢者様、何でもお見通しなんですね」
「うむ。儂でよければ、その詛い。解呪してやろうか?」
「いえ、この詛いは俺が自分で解かなければ意味がないんです」
皆には判らない会話を、ソウマと賢者は繰り広げ。
「賢者様のお申し出はありがたいですが、ご遠慮させていただきます」
「そうか……では頑張るとよい、ソウマ」
なにやら二人だけの間で、話が締めくくられた。
「あちらの娘も、お主の仲間かね?」とドンゴロに顎で示されて、斬が頷く。
あちらの娘とは、皆が自己紹介している間に無断で庵へ上がり込み、床に座って本を読んでいるルリエルの事である。
「んまぁ!いつの間に上がり込んだんですのっ?図々しいですわね、全く!」
エルニーは甲高くルリエルを非難し、隣のスージが、まぁまぁと彼女を宥める。
「はい。名をルリエルと申します」
「ルリエル……ファミリーネームは何という?家族は、おらんのかね」
賢者の問いに、斬は黙って首を振った。
「確認できておらぬ、か。ふむ」
ドンゴロは尚もルリエルが気にかかるのか、彼女へ目を向けている。
一方ではエルニーの癇癪に心底辟易した顔で、ソウマが斬へ囁いた。
「ここで、いつまでも雑談しているのは時間の無駄ってもんじゃないか?そろそろ依頼の話をするよう、賢者様を促してくれよ」
囁きが聞こえたのか、ドンゴロも思い出したように手をポンと打った。
「おぉ、そうじゃ。久しぶりの再会で忘れるところだったが、斬。お主に頼みがあったのじゃ」
一行は庵に上がり込むと、好きな場所へ座るよう賢者に指示されて、方々好き勝手に腰を下ろす。
「レイザースの貴族に繋ぎを頼めば、斬、お主に依頼できると判っておったのでな。これは亜人をよく知る、お主にしか頼めない依頼じゃ」
「依頼とは、亜人の島で起きた事件……なのですか?」
やけに勿体ぶる賢者を前に、斬は戸惑う。
賢者は首を真横に振って否定した。
「いや。正確には亜人の島の住民が、メイツラグで問題を起こした――といったところじゃな」
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