HAND x HAND GLORY's


act6 亜人の島

『HAND x HAND GLORY's』はクラウツハーケンに本拠を構えているが、お得意様を首都に多く抱えている。
仕事を求めてギルドマスターが首都へ赴くのは、いつもの行動だ。
そして、ギルドでジロ達三人組が留守番を決め込むのも、日常茶飯事の光景である。
「なんでお前らがご用聞きを、やらないんだ?」
新入りのソウマが疑問に思うのも、もっともだ。
三人ときたら部屋でゴロゴロしているか、受付でバカヅラ晒して座っているか、或いは与太雑誌を読んでいるかの三択なのだから。
ルリエルだけは違う。大概、部屋の片隅で魔術書を読んでいる。
「お前、バッカじゃね?俺らが聞きにいったって、値引き交渉できねぇじゃん」
ジロが生意気にも反論してきた。
バカにバカと言われるほど、腹の立つ所業もない。
「出来ないんだったら、身につけろよ。ギルドマスターだって、そのほうが助かるだろ?」
ソウマが言い返せば、スージも横から言い返してくる。
「ん〜とねぇ、それもあるけど、ボク達が行くと門前払いされちゃいそうだし……」
「一度も行ったことないんだろ?そんなの判るのか」
「けど、叔父さんなら顔パスだし。面倒な手順踏んで待たされるのを考えたら、顔馴染みが行ったほうが早いんだよ」
何度も繰り返してきた押し問答なのか、ジロの説明には淀みがない。
クチだけは減らない三人組を養っている斬の苦労を考えると、ソウマは軽く目眩を覚えた。
口論が止んだところで、タイミング良く扉につけた鈴が鳴る。
「お帰りなさい、マスター」
真っ先にスージが声をかけ、遅れてジロも気怠げに尋ねた。
ただし視線は真っ直ぐ下、読みかけの雑誌に目を落としたまま。
「仕事どっすか?取れましたか、叔父さん」
帰ってきた黒づくめは、ジロの無礼な態度に怒るでもなく淡々と答える。
「あぁ。今すぐ出かける。場所は亜人の島だ。何日か泊まりがけの仕事になる。準備は怠りなくな」
「亜人の島!?」
その場にいた、ルリエルを除く全員が口を揃えて叫んだ。
「あんた、亜人の島に入れるのかよ!」と尋ねたのはソウマだ。
「あぁ」
こともなげに斬が頷き、こうも続ける。
「王宮貴族を介した、賢者ドンゴロ様による依頼だ。緊急を要するとの事だから、急いで支度しろ」
「ドンゴロ様の!?」
これもルリエルを除いた全員がハモって聞き返す。
「すっげー!叔父さん、ドンゴロ様とコネがあったッスか!」
興奮にまくし立てるジロを一瞥し、斬の返事は素っ気ない。
「コネではないが……詳しい説明は後でしてやる。それよりも荷物の用意を」
「は、はい!今すぐにっ」
ドタバタと忙しなくスージとジロが階段を登っていくのを横目に、ソウマが更なる質問を斬へ浴びせる。
「密航するのか?」
「否。仲介主が船を出してくれる」
「仲介できるって事は賢者殿と繋がりがあるってのか……王宮貴族もバカにできないもんだな」
「昔の知人だそうだ」
賢者ドンゴロは大昔、レイザースに住んでいた。
それが、ある日、不意に姿を消した。
現在に至るまで所在が判らなくなっていたが、まさか亜人の島に住んでいたとは。
傭兵業の長いソウマでも、賢者の所在を掴めなかったのだ。
故に、この事実はソウマを酷く驚かせた。
斬だってきっと驚いただろうに、目の前の彼は平然としている。
いや、覆面をつけているから、はっきりと表情は読み取れない。
「……ま、いいか」
ぽつりと呟くと、ソウマも己のあてがわれた私室へ向かう。
「あぁ、そうだ。泊まりがけっつったけど、大体何日ぐらいの予定だ?」
振り返って尋ねると、斬はすぐに答えた。
「さて……何日かかるかは判らん。だが三泊以上には、なろう。着替えを余分に持っていくといい」
三泊以上となると、そうとう大物の捕物帖に違いない。
ひょっとしたら退治ってのもあり得るか。
強敵と戦いたいソウマとしては、そちらのほうが嬉しい。
期待に胸を高鳴らせつつ、荷物をまとめに部屋へ戻った。


亜人の島とは、平坦なる世界ワールドプリズの北西に位置する小さな無人島の俗称である。
どの国にも属さず、人間も住んでいないとされている。
また、島には亜人と呼ばれる異種族が住んでいる。
亜人は非常に危険で獰猛な種族――というのが、もっぱらの評判だが、生きて彼らに出会った者は非常に少ない。
何故ならば、レイザース王国が島への侵入を禁じているからだ。
ワールドプリズの大半を占める巨大国家が禁じていたのでは、入ろうとする人間がいなくても当然だ。
それでも、たまに冒険や財宝を求めて密航する者はいた。
そうした奴らは大抵、二度と帰ってこなかった。
海で命を落としたか、或いは亜人に襲われて死んだか。
人々は噂しあい、憶測が憶測を呼び、レイザース王国による島への上陸禁止令は、ますます厳しくなる。
昔は罰金程度で済んだのが、今は投獄にまで至るようになった。
そうした厳しい状況の中、どうやって渡りをつけたんだろうとソウマは訝しがったのだが、当日、船はきちんと用意され、港町に停船していた。
「この船は、表向きはメイツラグへ向かう船となっている。だが途中で進路を変更し、亜人の島へ向かう」
船長の説明を真面目に聞いているのはソウマと斬ぐらいなもので、無駄飯食らいの三人組は早くも船縁に掴まってキャッキャワイワイと雑談に花を咲かせていた。
ルリエルはルリエルで、ガロンの側に腰を下ろして読書中だ。
こちらもマイペースである。
「魔砲は積んであるのか?」
斬の問いへ船長が答える。
「勿論だ。対海賊用として許可をもらってある。種類は雷と凍結、球は各五十発だ」
「随分と奮発したな」と呟き、斬が船長へ深々と頭を下げる。
「往復の船旅、世話になる。宜しく頼む」
「任せておけ」と船長は笑い、ソウマをちらりと一瞥した後、後方も振り返る。
「あんたのツレは、これで全部か?」
「あぁ」
頷く斬へ、船長は顎で三人組を示した。
今はおしゃべりするのにも飽きて、鼻毛を抜いたり空をぼーっと眺めたりしているジロ達を。
「あそこの三人も?戦えるのかい、あいつら」
それには黙って顎を引き、斬は短く答える。
「心配いらぬ。戦闘になれば、俺とソウマで対処する。あの三人は旅客だと思ってくれ」
「旅客ねぇ。まぁ、身の安全を守ってくれるってんなら構わんがよ」
船長は歩き去り、ソウマがボソッと斬に囁く。
「……あんたも大変だな」
何が?と振り返る斬へ、重ねて尋ねた。
「ジロ達三人まで連れてくる必要、あったのか?いらないだろ、あいつら」
ゆるくかぶりをふり、斬が答える。
「つれていかねば意味がない。今後を考えても、ジロをドンゴロ様に会わせておく必要もある」
ソウマはまだ首を傾げている様子であったが、斬は構わず船縁へ歩いていくと、暇を持て余した三人へ話しかけた。
「ジロ、スージ、エルニー。亜人の島までの船旅は一泊かかる見通しだ。寒くなったら船室へ入りなさい」
「あーい」と気怠げに返事するジロの横で、スージが「あ、そうだ、マスター」と手をあげる。
「なんだ」
「船室って全員マグロ部屋ですかぁ?」
この船は見たところ、小型船だ。スージが心配するのも無理なからぬ話。
女子がエルニーだけなら大部屋一つで構わないのだが、今はルリエルもいる。
まだ気心が知れるとまでいかない少女が一緒では、スージも落ち着くまい。
「船員分も含めて、全部で五つあるそうだ。船長に言えば別室を使わせてもらうこともできるが」
「全部で五つッスかぁ。船員と一緒は嫌だから、俺は大部屋でも構わねッス」と、ジロが答える側からソウマの横やりが入ってくる。
「船長に頼むなら女子を優先するに決まっているだろ。ルリエルは別部屋取れないか打診してくれないか?」
後半は斬に言ったもので、「判った」とギルドマスターは即座に頷くと、船長の下へ歩いていった。
「なんだよソウマ、女と一緒の部屋じゃ緊張するってか?」
ジロの軽口を一睨みし、ソウマもやり返した。
「ジロこそ、デリカシーが欠片もねぇんだな。そこの女はともかく、男と同室ってんじゃルリエルが可哀想だろ」
「そこの女とは、わたくしの事ですの!?」
たちまちヒステリックに騒ぐエルニーは「まぁまぁ」とスージが宥め、ジロとソウマは真っ向から睨み合う。
「もう一部屋取るってなったら金を余計に取られるじゃん。いくら旅費が叔父さん持ちでも、遠慮ぐらいしろよ」
「底抜けのアホだな、ジロは。旅費なんてかかるわけないだろ?この船込みでの依頼なんだぞ、今回は」
場が、これ以上ないってぐらいギスギスしてきた処で斬が戻ってくる。
「部屋を、もう一つ借りられることになった。エルニーとルリエルで同室を使ってくれ」
すぐに殺伐とした空気に気づき、ジロを宥めた。
「ジロ、古参のお前が新入りと仲良くできないようでは、この先のギルド運営にも差し支える。喧嘩は御法度だ」
「なんべんも言ってるッスけど!俺は、こいつとは仲良くできねーッス!!」
へそを曲げてプイッと横向くジロと比べると、ソウマの反応は案外と素直であった。
「騒いじまって悪かった、マスター。俺が、もっと大人になればいいんだよな。極力ジロとは仲良くやっていくよ」
笑顔で謝るもんだから、斬の印象もすこぶる良い。
「すまんな。新入りのお前に苦労をかけさせて」
肩にポンと手など置き、ソウマを労った。
このままではスネてしまった自分だけが悪者になってしまうと気づいたか、慌ててジロが言い繕った。
「お、叔父さんっ!俺、やっぱソウマとも仲良くしてみるッス……」
渋々なジロと、見た目さわやかな笑顔を浮かべるソウマ。
両者を見比べ「よし」と満足げに斬は頷き、男衆へ手招きする。
「我々の使う個室へ案内しよう。ソウマ、夜は俺と交替で見張りについてもらうぞ」
ちらりとジロ達三人組を見やり、ソウマも、やれやれと溜息をつく。
「オーケー。それじゃ、俺が先に見張りに立つよ」
船室への階段を下りながら、ソウマが斬へ尋ねた。
「あ、そういやぁ、船室を使うにあたり、金を取られたりなんかは」
「するはずないだろう。言ったはずだ、船は仲介主が用意してくれたと」
ほらな、と勝ち誇った表情でソウマに見下されてジロの血圧は再び上がりかけるも、後に続くスージの甲高い声に背中を押される。
「ねぇジロ、ベッドとハンモック、どっちだと思う?ボクはハンモックに賭けるけど!」
「どっちだっていいよ」
「え〜?賭けようよぉ〜」
「じゃあ俺もハンモックで」
「賭けにならないだろ、それじゃ!」
どうでもいい賭けをしながら後をついてくる二人に、またまた呆れてソウマは溜息を漏らしたのだった。

船室はハンモックだった。
そうと知った直後、スージとジロはハンモックに寝そべり、そこから動かなくなる。
元より、この二人は戦力として全くアテにしていない。
斬は二人に声をかけてから、再び甲板に上がった。
ソウマが船尾にいるのを見つけ、側へ近づく。
「なぁ」と彼が話しかけてきたので、耳を傾けた。
「亜人の島、あんたは前にも行ったことがあるのか?」
「あぁ」
短く答える斬に、なおもソウマが質問を浴びせる。
「賢者ドンゴロ様は、いつから亜人の島に住んでいたんだ?あんたは、それを知っていたのか」
「それを聞いて、なんとする?」
質問に質問で返す斬へ、しばし躊躇した後、ソウマが素直に己の想いを吐き出す。
「自慢じゃないが、俺は傭兵家業を結構長くやっている。あちこちの機関とも顔馴染みだから顔も広いと自負している。俺でも掴めなかった賢者の居場所を、何故ギルドにこもりっきりのハンターが知っていたのかが気になるんだ」
賢者ドンゴロの現住所は、消息をくらましてから今に至るまで、どこの情報誌にも公表されていない。
一時は死亡説さえ流れたぐらいだ。
情報収集を得意とする傭兵が、ハンターに遅れを取ったと屈辱に思うのも無理はない。
「……ハンターとてギルドにこもりきり、というわけでもないのだがな」
軽く肩をすくめ、斬が呟く。
「依頼さえあれば、何処へでも赴く」
「けどジロもスージもエルニーも、初耳って顔をしていたじゃないか。賢者と面識があるのは、あんただけなんだろ?」
「そうだ」
「一体、どこでどうやって情報を知り得たんだ?あぁ、安心してくれ。他言はしない」
先手を打ってきた相手に小さく頷くと、斬は、ようやく賢者とのなれそめを話した。
ただし、最小限の短い言葉ではあったが。
「昔、私用で亜人の島へ入った時に出会ったのだ。それ以来、ずっと懇意にしてもらっている」
「昔って?」と首を傾げるソウマへ、ポツリと答える。
「ずっと昔だ。まだ、俺が若かった頃に」
「ふぅん」
釈然としない調子でソウマは唸り、なにやら納得顔で呟くのを斬は聞き流しておいた。
「亜人の島へねぇ。やっぱ修行か」
ソウマの推理は間違っていない。
亜人の島へは、修行の名目で入った。
そこで賢者と出会ったのは、偶然の出来事であった。
「あ、ところで」とソウマの質問は、まだ続いていたようだ。
「あんたって今、幾つなんだ?」
「幾つに見える?」と、またまた斬も質問で切り返す。
「え……」
上から下まで黒づくめな斬の覆面姿をマジマジと見つめ、ソウマは困惑の表情を浮かべた。
「その格好で幾つに見えるのかを聞くってか……?」
だから、斬も言い返してやった。
「風呂場で見ただろう」
「え?」
「カンサーだ。カンサーの宿の風呂場で、我々は一度会っている」
腕を組んで宙を見つめて考えた後、「あー」と何かに思い当たったのか、ソウマはすぐに降参した。
「悪い。あん時はウルセーのが入ってきたなと思って、すぐ出ちまったから……あんたの顔、よく覚えてねぇや」
「ふむ……」と斬も腕を組み、正解を教えてやった。
「40だ」
「は?」
「だから、40歳だと言っている」
「40?えっ!?じゃあ、ジロ達とは親子ぐらいの差があるってのか!?」
甲板で二人が要領を得ない会話を繰り広げている間に、そいつは急接近してきた。
突如、船が縦に横にと大揺れしたかと思えば、大きな波が盛り上がる。
「な、なんだ!?」
驚き叫んだソウマよりも、斬の動きは速かった。
「海洋モンスターだ!ソウマ、お前は雷の呪文で援護を頼むッ」
「え、援護って、おいっ!」
止める暇もなく斬が船尾を飛び越え、海を割って出てきた巨大なモンスターの元へ飛び込んでいくのを目撃した。
数十秒遅れて、甲板にいた船長や船員が「あ、あれは、大海原のヌシ、オクトパスッ!」と叫ぶ。
「オクトパス、ってタコか?あんな巨大なタコがいやがんのか、この海域には!」
慌てふためき怒鳴るソウマに、船員も怒鳴り返す。
「この辺じゃ有名だぞ!?メイツラグの海賊が海域を荒らしやがったせいで、大量発生しちまったんだッ」
あまりの騒がしさに誘われたか、役立たず三人組も甲板へ顔を出す。
「ばか!戦えない奴は引っ込んでろ!!」と叫ぶソウマへジロが何か言い返すよりも早く、ソウマとジロ達の合間を縫って光の矢が走ったかと思うと、巨大タコモンスターに命中した!
光の矢が命中した途端、腹に響く重低音な悲鳴をあげて、大海原のヌシとやらが海の底へ引っ込んでいく。
「ま、マスターッ!?」
斬が海中へ引きずり込まれるんじゃないかとソウマは心配したのだが、船尾にトンッと鮮やかに降り立った黒づくめを見てホッと安堵する。
「マスター、心配させないでくれ!連携を取るなら取るで、事前に打ち合わせてくれなきゃ」
走り寄るソウマへ苦言をしようと斬は口を開いたのだが、そこにジロの声が追い被さってきた。
「緊急時にはアドリブで対応して貰わないと――」
「なんだ、傭兵ってのは事前の打ち合わせがないと動けねーんスか?」
たちまちソウマの眉間には大量の皺が刻まれ、「なんだと?」と人相も悪くジロと睨み合う。
やれやれ。
また喧嘩の始まりだ。
苦言を諦めた斬は、そのまま階段まで歩いていくと、ルリエルを褒めてやる。
先ほどの光の矢は、彼女の呪文であろう。
この船で魔術を使えるのは、ソウマとルリエルの二人しかいないのだから。
「さすがだな。今まで、こうした戦況に何度も立ち会ってきたのか?」
ルリエルは、じっと斬を見上げて頷いた。
「状況は異なるけれど……緊急時の対処なら出来る。援護は、私に任せて」
視線をソウマへ向けると、少女の眉間に僅かな縦皺が刻まれる。
「……彼に任せたら、殺してしまいかねない。無益な殺生は余計な怨恨を生むわ。あなたも気をつけて」
よほど第一印象が悪かったのだろう。ルリエルから見たソウマは。
やれやれと心の中でかぶりをふると、斬は彼女の助言に大人しく従うことにした。
どのみち、緊急時に動けたのはルリエルだけなのだ。
ソウマとは、何度か一緒に戦わないと連携を取るにも取れまい。
船が、ゆるゆるとメイツラグの西へと進路を変えるのを眺めながら、斬は賢者の依頼へ想いを馳せた。
亜人の島に住む賢者ドンゴロ。
会うのは久しぶりだ。
一体、どのような依頼を自分に託してくるというのか――
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