HAND x HAND GLORY's


act3 保護ハンター

ハンターギルドと一口に言っても、全てのギルドが同じ仕事で動いているわけではない。
賞金首を捕まえるのは、バウンティハンター。
遺跡に潜り込んで財宝を持ち出してくるのは、トレジャーハンター。
危険なモンスターを狩猟で打ち倒すのは、モンスターハンター。
斬のギルド『HAND x HAND GLORY's』のカテゴリは、保護ハンターとなっている。
そんなカテゴリを名乗っているのは、ハンターギルドひしめくクラウツハーケンでも、ここだけだ。
聞いた事のない妙な仕事内容では、ギルドに入りたいと願う者など現れようもない。
おまけに資格を持っているのも戦えるのも斬だけなので、実質ソロギルドと言っても過言ではない。
そこへ現れたのが、ルリエルだ。
本人曰く、魔法を使えるとの事である。
その言葉が本当なら、ギルドマスター以外で初の実戦向けメンバーになりえるかもしれない。
いっちょ歓迎会でもやりたいが、斬が皆に用意したのは歓迎のパーティーではなく新しい依頼であった。
絶滅危惧種や珍しいモンスターを捕獲する――それが保護ハンターの仕事だ。

「で、今回は、どんなモンスターなんですか?」
スージの質問へ、斬が答える。
「種族名は【カリュウス】、狼のような外見と鋭い牙を持つ獰猛なモンスター……だそうだ」
ヒッと小さく喉の奥を鳴らして、エルニーが後ずさる。
「お、お気をつけていってらっしゃいませ、マスター」
椅子を盾に、全身で留守番を主張している。
だが、斬は彼女の居残りを許さなかった。
「何を言っている。お前達も当然同行だ」
すかさずジロが「え〜?俺達が死んじゃったら、どうするんスか。責任取ってくれるんスか?」と混ぜっ返してきて、いつもの会話の始まりだ。
何をどう反論されようと、三人を強制同行させる斬の意志は変わらない。
それでも三人が毎回なにかしら言い訳をつけてくるのは、どうあってもサボろうという魂胆に他ならない。
働かないポリシーを貫く件に関して、この界隈でジロ達の右に出る者は居ないんじゃなかろうか。
斬もそれが判っているから、少々意地悪に言い返す。
「では逆に聞くが、俺が一人で出向いて戻ってこなかったら、誰が依頼の失敗を告げに行くんだ?王宮は遠いぞ、旅費もかかる」
「そ、そんなっ!縁起でもない事、言わないで下さいませ!」
真っ先にエルニーが悲鳴をあげ、旅費の一言でジロも折れる。
「仕方ねっすな、叔父さんがどうしてもってんなら、ついていくッス」
「それに――」とスージが部屋を見渡して、隅っこに座り込んで本を読むルリエルを一瞥する。
「いざという時、ルリエルを守る人も必要……でしょう?マスター」
いつも己の身ばかり心配しているスージが珍しく人道的なのは、ルリエルが女性だからか。
「その通りだ」と頷くと、斬は三人を促した。
「さぁ、出かける準備をしろ。相手は危険生物だからな、万が一に備えて救護道具は普段より多めに持っていけ」
「は、は〜い!」
バタバタと二階へ上がっていく三人を見送ってから、斬はルリエルも促す。
「ルリエル、君の支度は万全か?」
「えぇ」と短く答え、立ち上がると。彼女は魔術書を数冊、小脇に抱える。
「この本に載っている魔術の基礎は大体掴めた……あとは実戦で試すだけ」
頼もしい返事だ。本当に魔術が発動すれば、の話だが。
転げ落ちんばかりに階段を駆け下りてきた三人を従え、斬は赴く。今回の依頼先へと。
ルリエルとガロンが後に続き、ギルドの扉は厳重に鍵をかけられた。


保護ハンターの捕獲するモンスターの大半が、世間では知られていない。
今回のターゲットもまた、モンスター図鑑に載っていない珍獣の類である。
「凶暴なモンスターが、まだワールドプリズに生息しているなんて思いもしませんでしたよ」と、ジロ。
斬一行は馬車に揺られて今、クラウツハーケンからカンサーへ向かう途中であった。
「そんなこと言って、大抵のモンスターが凶暴じゃん。ジロから見たら」
突っ込んできたスージには嫌な顔を向け、ジロが毒づく。
「そりゃ、お前だって一緒だろ」
各街の警備隊や王宮騎士団が日夜退治活動していても、ワールドプリズには多くのモンスターが存在する。
繁殖率が退治数を遥かに上回る為、モンスターハンターの手を借りても退治しきれない。
それでいて、人間達の住む街がモンスターに襲われた事例は驚くほど少ない。
彼らも判っているのだ。人間達のテリトリーを脅かすのは、得策ではない。
その昔、モンスターと人間は不干渉、お互いの領土に踏み入らない形で共存してきた。
近年になってからだ。モンスターの生息を気に入らないとする人間が増えたのは。
退治依頼も昔より増え、戦える者は忙しくなった。
モンスターハンターには良い金儲けとなり、そして斬にとっても捕獲依頼はお得意様だ。
依頼主は王宮に住まう貴族で、多くはペット目的である。
希少価値のモンスターをペットにする。それが、貴族の間で流行っているのだ。
退治とは異なり、生け捕りにしなければいけないのだから、難易度はぐぐんと跳ね上がる。
それでも、自分の実力なら商売になるのではないか――
斬は、そう考え、ギルドを保護ハント専門に切り替えたのだった。
「あっ、見て見て!クマドラーの大群だよ」
窓の外を見て、スージがはしゃいだ声をあげる。
クマドラーはカンサー及びジャネス周辺でしか見られないモンスターだ。
縞々模様の熊、とでもいうべき外見である。
大抵は草原で、大人しく草を食べている。
草食ゆえに人間には無害だが作物を荒らす事も稀にあり、一部の農家からは絶大に嫌われている。
「カンサーへ来たのも久しぶりですわねぇ」
のんびりと景色を眺めて、エルニーも言う。
確かに、最近は地方へ赴く依頼が少なかった。元々依頼は多い方ではない。
最後にカンサーへ来たのは、いつだったか……斬が考えているうちに、馬車は停留所へ停まった。

カンサーは観光地だ。昔は独立した国だったが、今はレイザースの一部である。
レイザース領土に塗り替えられたのは斬が子供の頃で、今でも古くからの民族風習を頑なに守る土地でもある。
いつものように斬の恰好は全身を覆う黒装束だが、ここでならジロジロと奇異の目を向けられたりしない。
カンサーとジャネスは隣町だ。
ニンジャはジャネスが発祥の地だから、首都と比べれば、さして珍しい存在でもない。
それにニンジャ服ならカンサーでも売られている。観光客に人気の珍しい商品として。
カンサーの住民は赤だの黄色だのと目に鮮やかな民族衣装を身に纏い、路上には美味しそうな屋台が並び、演武を披露する芸者もいる。
飲食店と宿屋だけなら、首都よりも店舗は多いだろう。
なにより首都とは全く異なる異文化食に、ジロもスージもエルニーも心を奪われっぱなしだ。
「ここの食べ物って、何回食べても全然飽きないんですよねぇ〜」
普段なら出不精で、おつかいすら行くのを渋る三人が、目をきらきらと輝かせている。
先ほどからグイグイ袖を引っ張られては、あの屋台は美味しそう、あの店に入りましょうよと、しつこく誘われて、とうとう無視しきれなくなった斬は、渋々ジロに腕を引っ張られながら、一つの飲食店に落ち着いた。
店内は混んでいたが、五人がけのテーブルへは、割合早く通された。
「日帰りの予定だぞ。食べたら、すぐ狩り場へ向かう」
仏頂面の斬へ、ジロ達三人は揃って「え〜?」とブーイング。
「せっかくカンサーへ来たんですぜ?一泊ぐらいしていきましょうよ」
普段は自腹を切るのを嫌がるジロが、そんなことを言う。
宿代は斬持ちだからこそ、なのかもしれないが。
ここぞとばかりに、エルニーもジロの援護に回る。
「そうですわ。最近は家に引きこもってばかりで、旅行へ出かける事もありませんでしたし」
引きこもっているのは、お前ら三人だけだろう。
思わず出かかった嫌味を、ぐっと喉元で封じ込めると、斬はチラリとルリエルを見た。
先ほどから一言も言葉を発していないが、彼女もカンサーの料理には興味津々なのか、食い入るようにメニューを見つめている。
足下にはガロンが寝そべっており、時々くあぁ、とあくびした。
あまりケチ臭いことを言ってばかりだと、ルリエルに引かれてしまうのではないか?
なんといっても、これから戦力になるかもしれない期待の新人だ。
印象は、できるだけ良くしておきたい。
店内の様子をぐるりと見渡し、誰もルリエルには注目しておらず食べ物に夢中なのを確認してから、斬は重たい溜息と共に予定変更を吐き出した。
「……仕方ない。一泊二日に変更しよう」
「やった〜!」
三人はキャッキャと喜び、スージが鞄をぽんと叩く。
「多めに着替えを持ってきといて良かった♪」
救護道具だけにしては、えらくパンパンに膨れあがっていると思っていたら、なんと用意のいい。
いや、最初から泊まりがけの依頼にするつもりだったのかもしれない。
余計な知恵ほどよく回る三人の事だから。
「あっ、マスターの分の下着も、ちゃんと用意してありますから、ご安心を」
無駄な至れり尽くせりに、斬は再び溜息をつく。
その気遣い、どうにか戦力のほうへ傾けられないものだろうか……
「宿は、取れるの?」
これまで無言を貫き通してきたルリエルが、ポツリと尋ねる。
斬は「当日払いの出来る宿なら、すぐ見つかる」と答え、料理を数点適当に選ぶ。
カンサーの料理は味に深みがあり見た目も綺麗で、スージの言うとおり何度食べても全く飽きが来ない。
ただの旅行ならば、斬とて何泊でもしていきたい街だ。だが、今は仕事の真っ最中である。
ジロやスージ達も次々に料理を頼み、給仕が引っ込んだ後に話を続けた。
「凶悪なモンスターが今回のターゲットだ。お前達は戦闘に参加せず、戦闘後の治療を頼む。それとルリエル、君には戦闘補助を頼みたい。もし俺が窮地に陥る事態になった場合、魔法で援護してもらいたいのだ」
「えっ、つまり、ボク達は宿に残ってオッケー?」
何をどう捉えたのか都合のいいスージの確認に、斬は、かぶりをふる。
「誰がサボッていいと許可した?狩り場へは、お前達も来るんだ。いつものように、遠目で見ているだけでいい」
戦闘に参加させたら、間違いなく足手まといになる。
しかし、戦闘の緊迫感は若いうちに味わわせておきたい。
将来、いつか、戦える日が来た時の為に。
「判りましたよぉ〜。チェッ、宿で待ってる間、観光でもしようかと思ってたのに」
ブツブツと不満顔でジロが承諾し、エルニーも髪の毛を弄りながら、さも仕方なさげに頷いた。
「仕方ありませんわね。ルリエルとマスターがやられてしまいましたら、わたくし達には気づけませんものねぇ」
依頼の前に不吉な発言を。
斬がルリエルを見ると、ルリエルも斬を見上げて、コクリと頷く。
「……判った。援護になる魔法を、唱えればいいのね」
役立たず三人組と違って素直な返事で、好感が持てる。
捕獲が成功したら、ルリエルには何か買ってやってもいい。
魔術書なら、喜んで貰えるだろうか。
「そうだ。頼りにしているぞ」
思わずルリエルの頭を撫でてやったら、空気の違いに気づいたかジロが慌てて態度を変えた。
「お、叔父さんっ!俺も、俺も援護しまッスから!救護用具で、精一杯!!」
救護用具で何を精一杯援護するつもりなのやら。
ま、逃げ出したりサボったりしないだけ、先ほどの態度よりは前進か。
「あぁ、そうだ、ジロ」と思い出し、斬は甥を振り返る。
「近々、お前用の捕獲道具が届くはずだ。留守番中に届いたら、ちゃんと受け取っておくように」
「へっ?」となるジロへ、重ねて説明する。
「お前が依頼で役に立てるよう、特別に注文しておいた道具だ。それを使えば、お前でも小モンスター程度なら簡単に捕まえられるようになる。喜べ、特注品だぞ?」
本当に喜ぶとは思っていなかったが一応言ってみると、ジロは「え〜……」と、やはり煮え切らない態度を返してきた。
「俺、戦うの嫌ッスよ?」
下がり眉の甥へ、斬が言い含める。
「安心しろ。戦わずして捕まえられるよう、ちゃんと設計してある。あれさえ届けば俺がいなくても、お前達だけで簡単な依頼を片付けられるようになるはずだ。いいか、ジロ。俺が不参加の依頼をお前が引き受けた場合、依頼料は全て、お前の物になる。重要だから覚えておけ」
途端にジロの瞳はギラギラと輝き、興奮に鼻息を荒くしながら彼は叫んだ。
「ホントっすか!?後で『ウソだ』ってのはナシっすよ!やるッス、俺、頑張るッス!!任せて下さいッス、叔父さんッ!」
金さえ絡めば、なんとでもなる。ジロは本当に扱いやすい子だ。
ジロが動けばスージやエルニーも、ついていかざるを得なくなる。
特注品は高かったが、お釣りのくる成果を出すであろう。
ジロの未来は、これで何とかなるはずだ。
あとはルリエル、彼女の実力を確かめねば。
料理を突きながら他愛ない雑談で盛り上がる若者三人を横目に、斬は覆面の隙間から料理を喉へ押し込んだ。
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