HAND x HAND GLORY's


act2 少女ルリエル

翌日。
ルリエルはギルドで預かるとして、ガロンは目的のモンスターだから依頼主に引き渡さねばならない。
だが――いざ、ガロンを依頼主の元へ連れていこうとした時、問題は起きた。
『ウゥゥ〜〜〜ッ、ガウッ!!』
「ひぃっ!」
手綱を引っ張った途端、ガロンが牙を剥いてスージを威嚇してきたのである。
怯えるジロ達三人の背後で、ルリエルが言う。
「駄目よ。ガロンは私の側を離れない」
「駄目よったって、叔父さん、こいつが依頼のターゲットなんすよねぇ?」
こいつがと指をさしただけでもガロンには激しく吠えたてられて、ジロ達は、すっかり及び腰だ。
さっきまでボロ雑巾みたいに床で寝そべっていたくせに、唐突なガロンの豹変。
ルリエルの言うとおり、こいつは彼女と一緒でなければ嫌なのかもしれない。
斬は、しばらくガロンを眺めていたが、やがて溜息をついて決断した。
「――仕方あるまい」
「え?」
「捕獲には失敗したと報告しておこう」
「えー?でも、それじゃ契約金が入らねっすよ?」
真っ先にジロが反対し、スージやエルニーも騒ぎ立てる。
「そうですわよ、マスター。今月は、まだこれ一つしか依頼が入っておりませんのに!」
「引き渡さないって、それじゃ、うちで飼うんですか!?危険じゃないですかっ」
お金を心配しているのか、我が身を心配しているのか。
どっちもか。
誰一人として依頼主の危険を考えないのが、いかにも、この三人らしい。
「いいか、ガロンはルリエルでなければ抑えられない。そのガロンを依頼主に渡したとして、もし暴れられたら、どうなると思う?」
斬の問いに、ジロが首を傾げる。
「えーと、警備隊が取り押さえるんじゃねっすか」
「警備隊でも歯が立たなかったら、どうするんだ。こいつの戦闘力は未知数だぞ」
何しろ戦って捕獲した対象ではないから、ガロンが強いかどうかも判らない。
おまけに、ガロンはルリエルと一緒じゃないと暴れ出すかもしれないのだ。
もし警備隊の手に余るようなモンスターだったら、依頼主の身が危うくなる。
野蛮なモンスターを引き取らせたとして宮廷で騒ぎになれば、ギルドにも影響が及ぶであろう。
騎士団に命じられて、ギルドが取り潰しになるのだけは断固として避けたい。
「んじゃあ仕方ねっすな。ガロンは、うちで引き取るってことで」
面倒を嫌がるジロが真っ先に折れ、「だ、大丈夫なんですの……?」とエルニーやスージは、まだビクビクしていたが、「私と一緒なら大丈夫」と言い切るルリエルに押し切られるようにして、渋々納得した。

「こいつ、何食うんだ?」
ジロがルリエルに尋ねると、ルリエルは本棚を物色しながら答えた。
「なんでも」
「なんでも?」
「与えられれば何でも食べるわ」
人の肉でも?と聞こうとして、ジロはやめておいた。
言ったところでスージやエルニーを怯えさせるだけだし、この少女には冗談も通じまい。
威嚇された時はビビッたけれど、今のガロンは穏やかで吠えたり唸ったりもせず、ボロ雑巾の如く床に寝そべっている。
ルリエルと一緒の安心感か。
一通り本棚を眺めてから、ルリエルが斬に言った。
「魔術書がないのね」
「うちには魔術師がいないからな」
「そう」
こくりと頷き、全員の顔を見渡して、ルリエルは続けて問う。
「どこへ行けば買えるの?」
「魔術書が欲しいのか?」
質問に質問で返す斬を押しのけて、スージがルリエルの問いに答えてやる。
「魔術書なら本屋で売っているよ!ボクが買ってきてあげようか?」
「スージ、あなたに魔術書の種類が見分けられるんですの?」
さっそくエルニーの嫌味が飛んできて、ルリエルはというと表通りを眺めている。
スージにおつかいを頼むより、自分で買いに行きたいのであろう。
斬も少々思案して、すぐにルリエルへ提案を持ちかけた。
「一人で出歩くのは何かと目立つ。本屋へ行くならジロを連れていくといい」
「ちょぉっと待ったぁ!!」と、横から待ったをかけてきたのはエルニーだ。
「ジロと二人で行ったら、帰りがいつになるか判らなくなりましてよ。わたくしもご一緒しますわ」
「おい、人を方向音痴みたいに言うなよ」
ジロには文句を言われたが、エルニーは聞いちゃいない。
ギンッ!とルリエルに一目ガンを飛ばすと、さっさとギルドの戸を開けた。
「さ、参りますわよ。どんな魔術書が欲しいのか存じませんけど、その辺の本屋で買えるものでいいですわね?」
「他に用事もねーし、近所で充分だろ」
重たい腰をジロがあげ、ルリエルはというと、無言で彼らの後に続く。
先ほどエルニーに睨まれた事など、全く気にしていないようだ。
滅茶苦茶仕切って出ていくエルニーの後ろ姿を、スージと斬は見送った。
「な、なんかライバル意識剥き出しでしたね、エルニーってば」
ひそひそと囁いてくるスージに、斬はかぶりをふる。
「……面倒な事にならなければ、よいのだがな」
斬の思いつきは、エルニーの心にルリエルへのライバル心を根付かせてしまったようだ。
ルリエルとジロを一緒に行かせようとしたのは、何も邪な下心あっての事じゃない。
スージだと寄り道で遅くなりそうだし、エルニーは世話好きではないから、ルリエルを途中でほっぽりだす可能性が高い。
そういうわけで、自然とジロが消去法で残ったまでだ。
ルリエルを一人で行かせるのは危険だと、斬の本能が告げていた。
彼女の赤い瞳や紫の髪の毛は、どこをどう見てもレイザース人ではない。
異国の民に、この国の民衆は強い抵抗を示す。
ルリエルの同行者には、ジロがうってつけだ。
ジロなら、誰に何を聞かれても気怠げにスルーするだろうから。
「依頼主の元へ行ってくる。留守を頼むぞ」
言い残し、斬もギルドを出る。
「あ、いってらっしゃ〜いマスター、気をつけて〜」
スージは斬も見送ると、形ばかりの受付に腰掛けた。
今日も暇な留守番の始まりだ。

本屋へ行く道すがら、ジロがルリエルに尋ねる。
「魔術書を欲しがるってこたぁ、ルリエルは魔術師なのか?」
ハイともイイエとも言わず、ルリエルはポツリと「魔術書を読んでみたいの」とだけ答えた。
ジロも、それ以上は深く追求せず、適当に頷く。
「あーそう、なるほど、読書としての本が欲しいってか」
どうも、やりにくい。この、ルリエルという少女は。
エルニーみたいに意思表示のハッキリした奴のほうが話し相手としては、やりやすい。
ただ、彼女の場合は皮肉や罵倒もオマケでついてくるのが、玉に瑕だ。
今だって並々ならぬ敵意をルリエルに向けていて、一体何がエルニーの機嫌を損ねたんだか判らない。
ルリエルは話しかけづらいし無口だけど、悪い奴には思えない。
きっとまだ、出会ったばかりなので緊張しているのだ。
徐々に仲良くなっていけるといいな、とジロは考えた。
「お、ここだ。ルリエル、ここがうちから一番近い本屋な。一応種類は揃っているし、雑誌類も当日に発売されるから――」
ジロが説明している途中で、ルリエルはさっさと店の中へ入っていく。
これにはエルニーが気を悪くして「なんですの?あの子っ」と憤るのを、ジロが宥めてやる。
「あんまカリカリすんなよ。緊張してるだけかもしんねぇじゃん」
「それにしたって!」
「いいから、俺達も入ろうぜ」
そっとエルニーの肩を押してやると、彼女は少しテレた素振りを見せ、そそくさと店内に入った。
ギルド建物から一番近い、この店は、ジロの説明通り、それなりに本種の多い店舗である。
雑誌は発売日当日に届くし、専門書から娯楽本まで一通りの品揃えだ。
もちろん、ルリエルご希望の魔術書も置いてある。
ただ、他の本と比べて値段が一回り違うせいか、売れているのを見た記憶がない。
そもそも、クラウツハーケンはハンターの街だ。
傭兵だと魔術師を混ぜているチームも時々見かけるが、ハンターギルドに所属する魔術師は全く見かけない。
ハンターの資格を取る際、魔術を学ばないのが主たる原因だ。
現にハンターの資格を持っている斬も、魔術は使えない。
もしルリエルが魔術師なら、ハンターギルド初の魔術師メンバーになるかもしれない――とジロは期待したのだが、魔術師か否かの問いにイエスと答えないのでは、彼女が魔術師である可能性は限りなく低い。
エルニーが編み物の雑誌売り場へ歩いていくのを横目に見ながら、ジロはルリエルへ近づいた。
真剣な表情で、魔術書を何冊か手に取っている。
そういや、彼女はお金を持っているのだろうか。
一応ジロは財布を持ってきたから、幾ばくかは入っている。
しかし魔術書を買えるほどの金額は、ない。
もしあったとしても、自分の懐からは出したくない。
一旦店の外へ出たジロは、通信機を取り出すと斬へかけた。
「……あ、叔父さん?今、まだ本屋なんだけど」
『どうした、ジロ』
「いや、手持ちがサ、ちょっと足りないんじゃないかって」
こんな話、往来でするのはジロとて少々恥ずかしい。
出がけに確認しておけば良かった。
全てを説明せずとも叔父には通じたらしく、すぐ行くと言い残して通信は切れた。
数分後、二人は店の前で合流し、来るなりジロは斬に「ルリエルは?」と尋ねられる。
「店の中ッス」
「目を離しちゃ駄目だろう。何のためにお前をつけたと思っている」
「何の為っすか?」
「決まっている。護衛だ」
斬が答えたら、ジロはボケッとした顔で首を傾げた。
「俺が?護衛っすか?いやぁ、俺じゃ役に立たね〜んじゃねっすかね」
自分で言っていれば世話はない。
「何も戦うだけが護衛じゃない」
甥に説明しつつ、店内を素早く見渡すと、あぁ、いたいた。
魔術書コーナーの前で、真剣に本を物色している。
エルニーも同行していたはずだが、大方自分の趣味の本でも探しに行ったのであろう。近くにいない。
「買いたい本は決まったか?」
そっと囁くと、ルリエルが手元にストックしていた本を差し出してきた。
全部で五冊。買えない値段ではない。
傍らで、ジロが驚いた声を張り上げた。
「買ってやるんすか!?」
勿論だと頷くと、ジロも手に持った本を押し出してくる。
「んじゃ、これも一緒にお会計頼むッス」
差し出された本の題目を一瞥すると、斬は、ぐいっと押し戻した。
「小遣いなら先月渡しただろう。自分で買いなさい」
「えーずるいっす、ルリエルだけ依怙贔屓っすぅ〜」
たちまちブーブー騒ぎだす甥にも、斬は素っ気ない。
「勉学の本なら買ってやってもいいが、趣味の本は別だ」
ジロの欲しがっていた本は『楽して儲ける方法』という、如何にも役に立たなさそうな書物であった。
楽して儲かるなら、誰もが億万長者である。
「ルリエル、魔術師じゃねっすよ?なら、あれも娯楽じゃねーすか」
「魔術書は実用本だ。お前のバカ本と一緒にするな」
今は魔術師じゃなくても魔術に興味があるなら、いずれは、その道に進む可能性もある。
少なくともジロの欲しがっている本よりは、金を出す価値があろう。
「ばっ、バカ本って!酷いッス、叔父さんっ。謝れ!本の著者に謝れっすぅ」
まだギャーギャー騒いでいる甥をほったらかしに、斬はレジへ向かった。

帰り際、小腹が空いたとジロが騒ぐので、飲み物と軽食を買ってからギルドへ戻る。
エルニーとジロは外食したいようであったが、斬は頑なに拒んだ。
三人だけなら構わないが、今はルリエルが一緒にいる。
できるだけ、彼女は人目に触れさせたくない。
本棚に魔術書を並べてみると、古ぼけた棚が急激に引き締まって見えてくるから不思議だ。
きっちり並んだ棚に満足すると、斬は他のメンバーを振り返った。
「本はギルドの共有財産だ。ジロやスージも興味があったら、魔術書を読んでみるといい」
「あー俺はいいッス」
「ボクも、パスパス」
速攻で気のない返事が返ってきて、斬はがっかりする。
「ジロやスージが読むわけありませんわ。ハンターの資格だって未だに取れないんですもの」と言っている彼女だって、ハンター試験で不合格を出し続けている。
スクールの授業料が勿体ないご身分だ。
以前買ってやった『ハンター試験で合格するコツ』というハウツー本も、本棚で埃を被っている。
三人には、学校へ通う以前の何かが足りないのであろう。例えば、やる気とか。
ルリエルの加入で、三人の心持ちも少しは変わってくれるといいのだが。
「つか、叔父さん。ルリエルもギルドのメンバーで登録するんすか?」
ジロの問いに、斬は頷く。
「あぁ」
ただの同居人だと一人分余計に税金を取られるが、ギルドメンバーということにしておけば税金はギルド分だけで済む。
ジロやスージやエルニーも、ギルドメンバーとして登録されている。
厳密にはハンター資格を持っていないので三人はハンターではないのだが、一人の稼ぎで無能三人を養っていくのも楽ではないのだ。
「将来、ルリエルが魔術を使えるようになるんだったら戦力にもなるだろうしな」と斬が言うのを、ルリエルが遮った。
「使えるわ」
「え?何を」と聞き返すジロへも、再度繰り返す。
「魔術を。ここの魔術もすぐに使えるようになるから、心配しないで」
「へ?ここ?」
意味が判らず首をひねる三人には目もくれず、斬が再三尋ね返した。
「ルリエル、君は魔術師なのか?」
ルリエルは少し考え、ポツリと答える。
「魔術師というのが何を指すのかは、よく判らないけれど……魔法を使えるか否かと尋ねられたら、使えるわ」
初の魔術師メンバー誕生だ。
いや、喜ぶのは、まだ早い。
彼女の言葉が本当か、試してみる必要がある。
「……明日、依頼を取ってくる。君の真偽は、その時に試させてもらう」
「叔父さん、まさかルリエルを実戦投与する気っすか!?」
非難めいたジロの視線を真っ向から受け止め、斬は重々しく頷いた。
「当然だ。当ギルドは常に戦力募集中だ、戦力外通知が三人も所属している以上」
「戦力外通知って」
ぷぅっとむくれるスージの横では、エルニーがやけに冷めた反応を示す。
「そう言われてしまうと反論できませんわね」
嫌味を言った側として、ここは反論して欲しいところであるが、ジロの反応もエルニーと大体同じであった。
「そっすね、叔父さん一人じゃ手が回らない事もあるっすから、もう一人戦える奴は必要っすよね」
けして自分達が『もう一人の戦える人物』になろうと思わないのが、この三人の困った点だ。
「ほんじゃ、明日また出かけるとして……今は、おやつにしましょッス」
いそいそとジロが袋からドーナツを取り出す。
キッチンでは、いつの間に移動したのかエルニーがお湯を沸かしている。
こういう時だけ、行動が早い。
普段の依頼でも、キビキビ動いてくれたらいいのに――
無駄な願いを脳裏に浮かべつつ、斬も諦めの溜息と共に、ジロが並べたドーナツの前に腰掛けた。
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