HAND x HAND GLORY's


act1 ハンターギルド

平坦なる世界、ワールドプリズ。
レイザース王国の首都から歩いて、ほどなくの場所にクラウツハーケンという街がある。
この街は、人呼んでハンターの街。至る所にハンターギルドが犇めいている。
クラウツハーケンはハンター達が集結して、しのぎを削っている街なのである。
ひとつところに集まらないほうが儲かるのでは?と考える人もおいでだろう。
だがクラウツハーケンがハンターの街であるという噂が広まってしまった今、この街以外でハンターギルドを開いても全く稼ぎにならないのである。
ハンターに用のある客は全て、クラウツハーケンへ行ってしまうので。
客がこの街にしか来ないのでは仕方なく、ハンター達は狭い街の中、お互い肩をぶつけあうようにして生息しているのであった。

斬率いるハンターギルドもクラウツハーケンにある。
彼のギルドは一向にメンバーが集まらず、客さえ来ているのかどうかも怪しい。
古びた看板は風に揺られるたびにギチギチと嫌な音を立てたし、古ぼけたドアも立てつけが悪い。
だが毎日ギルドマスターの斬が何処かへ出ていく処を見るに、客が来るのではなく、客の処へ出向くタイプのギルドなのかもしれない。
時々あるのだ、そういうギルドが。
大抵は、何のハンターだか判りゃしない。胡散臭さプンプンである。
斬のギルドも、まさにそれ。
表向きには『保護ハンター』となっているが、そんなハンターを名乗っている奴は、ハンター多しのクラウツハーケンでも類を見ない。
ま、そうしたわけで。今日も閑古鳥のギルドでは、ジロとスージがぼんやり受付カウンターに座っていた。
「……マスター、遅いねー」
誰に言うでもなくスージが呟く。
傍らのジロは返事もせず、鼻毛をブチブチ抜くので忙しい。
「昼までには帰るって言ってたのにぃ」
時計を見れば、もう午後の三時を回っている。
依頼が入るにしろ、今から出かけるのは腰が重い。
斬は依頼を取ってくると言って出かけたのだ。
で、そのまま帰ってこない。
こういう日は、たまにあって、大体は依頼主との間で交渉が長引いているのであった。主に報酬の問題で。
斬曰く、当ギルドの客は大半が貴族だ。
向こうが呼び出しをかけてくる。
ギルドマスターが王宮まで出向き、人払いをした上で話を聞く。
いや、何もギルマスが行かなくてもいいのだが、ジロもスージもご用聞きを嫌がるもんだから、毎回斬が行くハメになる。
留守番の二人が何をしているかというと、これがまた、何もしていない。
ただ、受付で座っているだけである。
向こうへ出向くスタイルなんだから受付も本来必要ないのだが、暇を持て余して二階でゴロ寝しているよりは……という、ギルマスの心遣いで作られた。
マヌケ面が二人座っていて一体何の見栄になるんだかは、座っている当人達にも判らなかったのだが。

カランコロン、と扉についたチャイムが鳴った。
入ってきたのは上から下まで黒一色。全身黒ずくめの男だが、不審者ではない。このギルドのマスターだ。
「お帰りなさい、マスター!」
まずは甲高い声でスージが出迎え、ワンテンポ遅れてジロもギルマスを労う。
「どっすか?がっぽり稼げそうな依頼、入りましたか」
黒ずくめの男――斬は笑いもせず、淡々と答える。
「がっぽりかどうかは判らんが、依頼だ。出かける支度をしろ」
「はい!」と返事だけは迅速に、しかしながらスージの足取りはゆっくりと階段へ向かって歩いていく。
一方のジロは「え〜?また俺らも一緒に行くんすか?」と露骨に嫌そうな声色で答え、腰を上げようとしない。
そんなジロの態度にも慣れっこなのか、斬は彼を見もせずに言い返した。
「当然だ。行きたくないなら、それでも構わぬが、今月の小遣いは渡さぬぞ」
小遣いを条件に出されては、言うことを聞くしかない。
渋々立ち上がり、ジロが口を尖らせる。
「ちぇ、叔父さん強引なんだから……俺が怪我して死んだら、どうするんスか」
もちろん、言ってみただけだ。
なんだかんだ口答えしても、毎回依頼にはつれていかれる。
行かなければ本当に小遣いをもらえなくなりそうだし、それだけは絶対に回避せねば。
ジロの駄々にも、やはり斬は素っ気ない。
「なら、死なない範囲まで下がって見ていればいい。とにかく用意しろ、すぐに出かけるぞ」
依頼に行くからといって、ジロ達まで戦わなければいけないとは限らない。
戦うのは斬の役目だ。ジロ達は連絡役として同行するのである。
万が一……あまり考えたくはないが、万が一、斬が負けた場合、依頼主へ失敗を伝えにいく為に。
歩きかけたジロの背中へ、ぐるりとギルド内を見渡した斬が問う。
「やけに静かだと思ったらエルニーがおらんな。何処へ行った?」
「あ、エルニー?エルニーなら二階で寝てるッス」
エルニーというのは、ジロやスージの幼馴染みだ。
ジロと同じく、ご用聞きには頑として出向かない無駄飯食らいメンバーの一人でもある。
「叩き起こしてこい」と斬に命じられ、それにも渋々「へーい」と返事をすると、ジロはのんびり階段を登っていった。

保護ハンターとは何なのか?
ひとくちに言うと、保護指定されたモンスターや動物を捕獲するハンターである。
殺すのではない。倒すのでもない。生け捕りにするのだ。

考えようによっては一番厳しい選択肢とも言える。
大人しい動物なら良いのだが、凶暴な動物となると、生け捕る方が難しい。
ましてや稀少なモンスターは、図鑑にも掲載されていないから、どんな攻撃をしてくるのかも未知の領域。
毎回、スリルの連続だ。
もっとも、戦うのは斬だけなので、スリルを味わうのも彼一人。
他三人は後ろで応援したり、危なくない場所まで逃げるのが、いつものパターンだ。
この日も、稀少モンスターの捕獲を依頼された。
午後の出発なのは、対象が夜にならないと出現しないからだと斬に説明され、ジロはフーンと首を傾げる。
「ずいぶんネボスケな奴っすね」
「夜行性と言え」
大した意見ではなく、斬には、ばっさり切り捨てられた。
「名前は?なんていうんですか、名前っ」
テンションの高いスージに尋ねられ、斬は懐から手帳を取り出した。
「……ガロン。見た目は巨大な犬のような生物だが、犬ではないらしい」
「まぁ、モンスターっすからね」と、ジロ。
「凶暴ではなさそうだとも言われたが……実際に対峙してみなければ何とも言えんな」
犬のような外見のモンスターは多々存在する。
しかし【ガロン】は個体名なのか種族名なのかは判らないが、初めて聞く名前だ。
「近辺にはグードリーも生息しているらしい。こちらのほうが要注意かもしれんな」
「ゲゲッ!グードリー!?」
三人は一様に驚いて、しばらくしてジロが尋ね返してきた。
「……って、何でしたっけ?」
知らないのに驚いていたとは、驚きだ。
甥の無知に眉をひそめ、それでも斬は一応答えてやる。
「熊に似たモンスターだ。ハイイロテッドとも呼ばれている。爪と牙が武器だ、絶対に近寄るなよ」
グードリーは本来森林に住むモンスターだ。
これから行く場所は廃墟。人の手が入った建物内部である。
連中が生息しているとは信じがたいが、他ならぬ依頼主が情報源だし、全くの嘘という事もあるまい。
「なんで依頼主はガロン……でしたっけ?そんなモンスターが欲しいんでしょうね」
スージはポツリと呟き、即座にエルニーがツッコミを入れる。
「そりゃあ、いつものようにペットに欲しいのでしょうよ。上流階級ではモンスターを飼うのが流行と聞いておりますもの」
どこで聞きかじったんだかドヤ顔で語る彼女を横目に、斬が足を止める。
「ついたぞ」
目的地に到着した。


廃墟は、まさしく廃墟と呼ぶ他ないぐらい、あちこちの壁が崩れまくった元建物であった。
かつては神を奉る神殿だったのだろう。今は見る影もないが。
「足下に気をつけろ」
斬に注意され、大荷物を抱えたジロとスージは、おっとっと、とよろめく。
荷物の中身は傷薬や毒消しの他に、キャンプキット一式も入っている。
徹夜仕事は滅多にないが念のため、依頼の時は、いつも持ってくる。
エルニーは手ぶらだが、廃墟に入るのは怖いのか、足取りはジロ達よりも遅い。
「早く早く、エルニー!置いてっちゃうよ〜?」
甲高い声で呼びかけるスージを、斬がシッと制した。
既にグードリーの領域に入っている。
つい先ほど話したばかりの注意事項を、もう忘れたのか。
だが――すぐに四人は廃墟の入口で、とんでもないものに出くわす。
「え、これ……」
床一面に、血の海が広がる。
横たわるのは、グードリーの死体だ。
それも一匹ではない。二、三匹は転がっている。
「ぐ、グードリーって凶暴なモンスター……でしたよねぇ」
ひそひそとスージが囁く。
額には、早くも冷や汗が滲んでいた。
「そのはずだが」
斬も周囲に視線を走らせながら、三人を守れる位置へ、ゆっくりと移動する。
「これ、全部、ガロンってやつが……?」
入り口に転がるのはグードリーの死体だけだ。何者の気配も感じない。
――いや!
「逃げろ!!」と叫ぶや否や、斬は逆に前方へ飛び出す。
手にした小刀が、ガキィン!と打ち鳴らされ、堅い衝撃が伝わってくる。
それが何なのか考える余裕もないまま、一旦後ろに飛びずさった。
鋭い殺気を真正面に感じたからだ。
直後、それまで己のいた場所を突風が駆け抜け、斬の覆面がピッと数ミリ縦に切り裂かれる。
危ない。あと数秒逃げるのが遅れたら、切り裂かれるのは覆面だけじゃ済まなかった。
何者だ?
相手は壁の影にいる。黒い影となって判別できない。
しかも見極める前に動いたので、斬も後を追う。
追いかけられるスピードで良かった。
背中越しにジロの声が響く。
「叔父さん!一人で、どんどこ奥行っちゃ危ねッスよぉ!?」
逃げろと言ったのに、最初の場所から一歩も動いていなかったらしい。
だが斬に確認できたのは、そこまでで。
ジロに一瞬気を取られた瞬間、真横からの殺気に、咄嗟に身を屈めてやり過ごす。
『チィッ!』と襲ってきた何かが舌打ちし、すぐさま距離を置いた。
否、どんどん奥へと遠ざかっていく。
ガロンではない。逃げていく背中は、人型だった。
暗いので、よくは判らないが、背中に羽根が生えていたようにも思う。
追いかける必要は、あるまい。目的は犬の姿のモンスターだ。
立ち止まった斬の元へ、ジロ達が駆け寄ってきた。
「大丈夫ッスか、叔父さん!」
「あっ、血が出てる!!」
大袈裟にスージが騒ぎたてる横では、エルニーが絆創膏を差し出してくる。
「マスター、これをお使いになって下さいませ」
「いい、かすり傷だ」と言い返す斬へ、なおも執拗に絆創膏を勧めてきた。
「駄目ですわ。ちょっとした傷でも甘く見るのは、大きな病気の元ですのよ」
何が何でも額に絆創膏を貼ってこようとするのを無下に払いのけると、斬は息を整える。
血は既に止まっていた。
風圧で切れた傷である。大きな病気の元にはなるまい。
「俺の傷など、どうでもいい。それよりガロンだ、ガロンを探せ」
三人に命じると、「え〜?」という反抗的な返事が返ってきた。
「さっきの奴が、まだウロウロしてるかもしんねーっすのに怖ェッス」
「そうですよ、マスター!さっきの奴を完全にトドメ刺してから探さないと!」
一ミリも手伝わなかったくせに、そんな文句を言ってくる。
エルニーは背伸びして、無理矢理斬の額に絆創膏を貼りつけると、満足したかのような表情を浮かべて言った。
「ガロンですわね、判りました。ですがマスター、先ほどの襲撃者も気になりましてよ。何故、あのような輩が廃墟に潜んでいたのか。奴もガロンが目的、とは考えられなくて?」
彼女の推理には、全員が「えっ!?」となる。
ガロンを狙っていたかどうかはさておき、奴が何故この廃墟に潜んでいたのかは、斬とて気にならないわけじゃない。
襲撃者は明らかに、グードリーよりも数倍強敵だった。
一般人、ジロみたいなか弱い人間から見れば凶暴なのであって、グードリー如きは斬の敵ではない。
仕掛けてくる直前まで気配を消していたのを考えても、相当の手練れだろう。
「大変だ、マスター!さっきの奴がガロンを捕まえる前に、ボク達でガロンを捕まえないと!」
キンキン騒ぐスージを制し、斬が口元に指を当てる。
微量だが、またしても何かの気配を感じた。
殺気ではない。生き物の気配だ。
奥へ続く通路の先で感じる。ガロンだろうか――?
通路の奥は、先ほどの奴も走って逃げていった方向だ。
奥で鉢合わせる可能性は高い。
だがエルニーやスージの言うとおり、奴がガロンを狙っていたとしたら事である。
「……いくぞ」と言いかけて、ちらりと斬は三人を振り返り、言い直した。
「いや、俺一人で行ってくる。お前らは、ここに残れ」
ところが、なんとしたことか。
普段なら一も二もなく素直にハイと答える連中が、この日ばかりは違っていた。
「ままま、待って下さい!ボク達も行きます」
どうせ一ミクロンも戦わないんだろうに、どうした風の吹き回しか。
驚く斬の前で、次々三人は本音を出す。
「ここに置き去りにされるほうが、よっぽど危ねっすよ」
「そ、そうですわ!離ればなれにならないよう、ぴったり同行させていただきます」
なるほど、それもそうである。
「では行くが、出来るだけ離れて、ゆっくり歩いてついてこい」と斬は命じ、三人はぴったり彼の背中にくっつくようにして後に続く。
よほど先ほどの戦闘で、身のすくむ思いをしたのであろう。

入り口は崩壊していたが廃墟の奥は、思ったよりも壁が残っていた。
不意に開けた場所に出た。広間の左右には朽ちた長椅子が置かれている。
中央には祭壇があったようだが、天井が崩れて埋もれてしまっていた。
気配は瓦礫の山の中にある。恐らくは、中が空洞になっているのだろう。
やはり殺気はない。小動物か、或いは人間か。
極力音を立てないように忍び寄ると、斬は、そっと瓦礫の中を覗き込む。
人影を見た。側には、大きな影が蹲っている。
声をかけようとした直後、斬は急いで、その場を飛び退いた。
えっ?とジロ達が驚くよりも先に、斬がいた場所の瓦礫が四散し、小山が勢いよく崩れる。
鋭い殺気。先ほどの襲撃者と同じ気配を発するものが突然襲いかかってきた。
思わぬ奇襲に斬は防戦一方だが、ジロとスージ、エルニーは、この隙にガロンを求めて視線を彷徨わせる。
何しろ斬も奇襲者も、恐ろしいスピードで走り回っているもんだから、戦闘の手助けなんぞ出来ようもない。
だからといって、ボ〜っと眺めていたって意味がない。
ついてきたからには、目的のモンスターを探さねば。
大丈夫。怖いのは、あの奇襲者だけだ。今のところ。
いるとされていたグードリーは入り口で死体の山を築いていた。
「叔父さん、さっき、ここらへんで覗いていたよな……」
斬のいた場所は瓦礫が崩れ落ち、ぽっかりと穴が空いている。
少し考えた後、ゆっくり穴の奥へ降りていくと、ジロは小声で呼びかけた。
「誰かいるのか?」
誰何すると、呼びかけに応じる声がある。
「……誰なの?」
キーの高い、だが落ち着いた声だ。
男ではない、女の子だろう。
女の子だと判るや否や、スージの反応は早かった。
「ジロ、早く助け出してあげようよ!ほら、ボクも手を貸すから」
穴の底には降りようとしないで、手だけ差し出している。
そんなんじゃ届くわけがない。
「ロープ出せよ、ロープ」
イラッとしながら指示を出すジロに、スージも多少イラッとしてやり返す。
「判ってるよ、今そうしようと思っていたところ」だよ、と言い終える前に誰かに横抱きにされたかと思うと、スージは勢いよく宙を舞う。
「だわわぁっ!?」
おかげで変な悲鳴をあげるハメになったが、抱いているのが斬だと判り、スージはますます混乱した。
えっ、なんで奇襲してきた奴と戦っているはずのギルマスが、ボクを抱いて飛び上がって、えっ、えっ!?
スージの疑問は声に出す暇もないまま、手荒く瓦礫の上に身体を解放される。
「あだっ!」
ただならぬ悲鳴に、ジロも慌てて呼びかける。
「どうした、スージ!?」
答えたのはスージではなく、先ほどの声だった。
「今は、出ていかないで。私を追いかけてきた奴が、あなた達も狙っている」
「えっ?」
ようやく目が暗闇に慣れてきた。
声の主は、やはり少女で髪は紫色だ。
紫色なんて初めて見た。少なくとも、レイザース人ではない。
瞳は赤く、これもまた初めて見るカラーである。状況を忘れ、うっかりジロは見とれてしまった。
「戦っているのは、あなたの仲間?でも、危険だわ。痛めつけられる前に逃げないと――」
「大丈夫。叔父さんは強ェっす」
するりと、そんな言葉がジロの口を出て、さらに一歩、少女の元へ近づいた。
彼女の足下に蹲る大きな影は、真っ白くてモサモサとした毛の生えた、大きな犬だった。
ペットだろうか。だが、首輪をしていない。
じろじろ無遠慮に眺めているうちに、ジロの脳裏をかすめてよぎったものがある。
巨大な犬には何か聞き覚えが。
そうそう、ここへ到着する前に叔父さんが言っていたじゃないか。
今回の目的は、巨大な犬みたいなモンスターを捕獲するんだと。
では、これが目的のガロンなのか?
どこからどう見ても、巨大な犬としか思えないけど。
「その犬……君のペット?」
場違いな質問を繰り出すジロに、少女が答える。
「いいえ、ガロンは私の友達」
ガロン。同名別種ってんじゃなければ、やはりこの犬モドキが目的のモンスターでビンゴである。
続けてジロは、もう一つ尋ねた。
およそ戦場と化した場所には相応しくない質問を。
「……君の名は?」
「ルリエル。あなたは?」
間髪入れず少女に尋ね返され、ジロはニッコリ微笑んだ。
「ジロってんだ。よろしく、ルリエル」
差し出された手を握り、ルリエルも微かに微笑む。

それが、ジロとルリエル。二人の出会いであった――

のは、さておき。
『邪魔するんじゃねぇよ、この雑魚がァッ!』
怒声が響き渡り、つかの間のホンワカタイムを過ごしていたジロとルリエルは同時にビクッと身を竦める。
叫んだのは誰だ?
斬でもスージでもエルニーでもない。
ジロがルリエルを振り返ると、怯えた瞳と目があった。
出ていくな、と言われているような気がしたので、ジロは腰を落ち着ける。
そうそう。忘れていたが、今は叔父さんが奇襲者と戦っていたのだった。
出ていくのは自殺行為だ。
今、怒鳴ったのは、その奇襲者だろう。他に、あんな声を出す奴はいないのだし。
ジロの予想通り、怒鳴ったのは斬に襲いかかってきた奴だった。
緑色の肌。真っ白な毛髪。
背中には黒い羽根が生えていて、どこをとっても人間ではない。
しかしモンスターとは違い、言葉が通じる相手らしい。
今だって、こちらに判る言語で話しかけてきたではないか。
「邪魔をするつもりはない。捜し物が見つかり次第、立ち去るつもりだった――が」
『だったが、何だよ!』
会話を途中で打ち切り、斬が反撃に転じる。
『うぉっとぉ!?』
斬りかかった小太刀は寸前で爪に防がれたが、そいつはフェイントだ。
プッと口に含んだ暗器を顔面にお見舞いしてやると、『ぐおっ!』と叫んで奇襲者は仰け反った。
お互い瓦礫に着地し、斬は反撃を予想して間合いを開ける。
だが、相手は反撃に出なかった。
『てっ……てめぇ……ッ!!』
片目を押えて蹲っていたが、やがて憎々しげに斬を睨みつける。
睨み合っていたのは数秒で、奇襲者は唐突に身を翻す。
『クソが!覚えていやがれッ』
陳腐な捨て台詞を残すと、天井に空いた穴から飛び去っていった。
人並み外れた容姿だった割に、去り際は月並みだ。
結局、何者かも判らなかったし。
「……まぁ、いいか」
ようやく緊張が解けて、斬も内心ホッとする。
戦いは嫌いではないのだが、互角の相手とは、あまり戦いたくないものだ。
互角だと周りに気を配る余裕がなくなるし、隙を突かれてジロに危害を加えられては、たまったものではない。
ならジロをつれていかなきゃいいだろうと言われそうだが、それでは彼の修行にならない。
ジロを一人前のハンターにするのが、斬の大きな目標であった。
今のところ、修行は全然身についていないといった状況だが。
ざっと見渡してジロの姿を見つけた斬は、そちらへ近づく。
ジロは一人ではなかった。エルニーも一緒だ。
さらに傍らにいるのは見たこともない紫の毛髪の、綺麗な顔立ちの少女。
それから、もう一匹。
巨大な犬のような、でも犬ではない生き物だ。
きっとあれがガロンに違いない。
俺が戦っている間に目的を見つけてくれるとは、さすがはジロだ。
結果的には何の役にも立っていなかったのだが、斬は一人で納得すると、ギルドメンバー達を呼び寄せる。
「任務達成だ。帰るぞ」
向こうで座り込んでいたスージが駆け寄ってきた。
「あ、いたたた……もぉ〜マスター、次から助ける時は、そっとお願いしますよぉ?」
「助けてもらって文句ですの?良いご身分ですわねぇ、スージ」
エルニーには間近で辛辣な毒を吐きかけられ、スージは涙目に。
HANDxHAND GLORY'sのメンバーは帰路についた。
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