彩の縦糸

練気が出来ても持続は難しく、九十九と南樹の修行は数日置いても進展が見えなかった。
所詮は素人、一年を見越して成長させれば上々であろう。
――と、光来も照蔵も考えていたのだが。

明日には大婆様が戻ろうという五日目に、南樹が手をあげて申し出てきたのだ。
「あの、霊力を感じられるようになったかもしれません」
継続も会得していないというのに、気配感知を先に身につけたのか。
「ほぅ?まことか」と疑う照蔵へ頷くと、南樹は視線で源太を示した。
「長門日くんの身体を、ぼうっと白い光が包み込んでいるんです」
本来霊気とは誰の身にも宿り、そして微量なれど外に溢れているものだ。
しかし源太の場合は量が多い上、自力で放出を制御できない。
修練を重ねた霊媒師なら、自身の意志で放出を抑えることが可能だ。
源太は制御を習う前に、親が没してしまったのであろう。
白い光は霊気だ。
だが、それは霊気を感知できる者にしか見えない。
南樹にそれが見えているとなると、感知を会得できたとみて間違いない。
「芳恵、お主は気を読む能力に長けておるのかもしれん。符術より傀儡術を学んでみては、どうかのう」
照蔵の提案に、南樹は首を傾げている。
光来が横から口を挟んだ。
「傀儡とは、霊を己の支配下に置く術です。ですが、方向性を決めるのは後でも構いませぬ」
術を覚えるにしても、まずは持続を無意識に出来なければ話にならない。
そう締められて、南樹は神妙な顔で頷いた。
「は……はい」
一方の九十九は、霊気を感じるどころか集中力さえ切れかけている。
初日では完璧に出来ていたはずの練気まで、上手くいかなくなった。
「あ〜ッ、駄目だ!」
叫んで道場の床にごろりと横たわった彼の元へ、源太が近づく。
「九十九、くさくさするな。修行は一日にしてならず、じゃぞ」
「けどなぁ……向いてないってのもあるんじゃないか?」
九十九にしては、えらく珍しく弱気な発言が飛び出す。
照蔵も励まそうと近寄るが、励ます役は源太に横取りされた。
「なら、こういうのは、どうじゃろ?俺と雑談している時も無意識で練気するってのは。大学で講義を受けたり飯食ってる時も、常に修行だと思うんじゃ。そのうち無意識を会得できるかもしれんぞ」
源太の無茶提案には、九十九も驚いて飛び起きる。
「講義中に脳内で、うどんを捏ねろっていうのか?無理だよ、どっちも頭から抜けていきそうだ」
目的なしに入ったとはいえ、学費を払っているのだ。
一講義もおろそかにはできないし、卒業しなければ通う意味もない。
「そりゃ意識してやっとるからじゃろ。練気も無意識にやるんじゃ。九十九なら出来る。なんせ、俺にだって出来とるんだからのぅ!」
側で聞いていた照蔵は、思わず大声をあげた。
「なんと!?」
練気の最終型も無意識にある。
練気と持続を無意識にこなせて、やっと一人前になれるのだ。
源太は無意識に気を高められると言う。
彼の場合は常に高いのだから、それを指しているのではあるまいか。
「本当か?」と疑ってかかる照蔵の前で自信満々に頷くと、源太はニィッと口の端をつり上げて、視線の先にある花瓶を睨みつける。
数秒後には皆の見ている前で、花瓶がパァンと勢いよく四散した。
「なっ……!」
照蔵、光来は勿論のこと、南樹にも見えたはずだ。
源太の身体を包んでいた霊気が一段と輝きを増し、一筋の光となって花瓶へ向かったのを。
ダダ漏れの霊気を飛ばしたのではない。
高めた上で、飛ばした。それも瞬時に、だ。
練気と持続を瞬時に行ない、放出までをやってのけた。
さすが、長門日流の看板は伊達ではないということか。
「……そこまで出来るのに、何故制御ができないのでしょう」
照蔵が思ったことを、光来も口にする。
源太はボリボリと頭をかいて、照れ臭そうに呟いた。
「我慢が苦手なんじゃ。九十九、お主と一緒じゃの」
九十九は、じっとしているのが苦手なのだから、多少違う。
「俺も、まだまだ半人前よ」
「そ、それで半人前?」
「そうじゃ。だから、九十九は腐る必要などないぞ。ちょっと頑張れば、こんなのはすぐ会得できる」
その、ちょっと頑張る方法が判らないから腐っているというのに。
何かいい助言はないのかと、こっそり九十九が尋ねれば、源太は先ほどの無茶ぶり提案を繰り返した。
「だからの、生活の一部に修行を混ぜてしまえばエェんじゃ。修行だと気負ってやるから、得意なものも上手くいかなくなる。洗濯したり料理を作ったりするように、気軽にやってみるとエェ」
長門日流のやり方なのか、それとも源太が自ら編み出した結論なのか。
いずれにせよ、にっちもさっちもいかなくなっているのだ。
彼のやり方を真似てみるのも、悪くない。
「生活の一部が修行、か……お前、頭いいんだな」
ぽつりと感想を述べる九十九を見て、源太が無邪気に笑う。
「頭がいい等と俺を褒めてくれたのは、九十九が初めてじゃ。嬉しいのぅ」


翌日。
大婆様が戻ってくると同時に、光来と照蔵は別れを告げて去っていった。
なんでも、個別に引き受けた依頼があるとかで忙しいのだそうだ。
別れ際、照蔵がこっそり今の住まいを九十九に教えてくれた。
いつでも遊びに来い、という意味らしい。
いずれ修行が一段落ついた時には、源太と一緒に遊びに行ってみよう。
南樹が霊気感知できるようになったと知り、大婆様は目を細める。
「これは早い成長じゃのぅ。大したものじゃ。今年は当たり年だったかの」
「当たり年?」と聞き返す九十九の横では、源太がふんぞり返る。
「そりゃあ俺という有名人に加えて本山修行が三人とあれば大当たりじゃろ」
自分で言ってりゃ世話がない。
だが婆様は怒り出したりせず、にこやかに受け流した。
「その通りじゃ。本山修行の出来る門下生は年々少なくなっておるでの」
それが一気に三人も入ってきた。
婆様も内心では期待していたのであろう。
「九十九と源太は、どうじゃ?見てやるぞ」
名を呼ばれて、九十九はどきりとする。
南樹と比べたら、自分は全然成長していない。
緊張で身を固くする九十九の腰辺りを、ぽむぽむと叩き、婆様が微笑んだ。
「ふむ、霊力が益々上昇したようじゃの。良い兆候じゃ」
褒められても、釈然としないのか九十九は複雑な表情を浮かべている。
「安心せぇ。成長速度は人によりけりじゃ。南樹は南樹、お主はお主よ。お主なりのやり方で、力をつけるとよい」
そうは言われても、自分と同じ素人の南樹が霊気感知できるようになった。
悔しさで九十九が焦ったとしても、仕方ないではないか。
内心憤る九十九の肩を、源太が叩いてくる。
「九十九、俺が言った日常修行の件、忘れるでないぞ?ありゃあ俺が実際にやった手段だでの。成果は実証済みじゃ」
とにかく、憤っていたって強くなるわけではない。
焦りのあまり、前が見えなくなりかけていた。
声をかけてくれた源太には感謝だ。
その源太は「源太は全然じゃな」と婆様に罵られ、頭をかいている。
「お主は九十九達と違うて素人ではないのじゃぞ。手本となるべく、そうさの、一ヶ月で制御を会得してみせぃ」
負けず劣らずの無茶要求に、だが源太は文句一つ言い返さずに頷いた。
「ここで逃げれば長門日家の恥じゃな。えぇじゃろ。霊媒師の血筋の意地を見せてくれるわ」
この負けん気こそが、己に足りなかったものかもしれない。
びしばし火花を飛ばして睨み合う婆様と源太を見ながら、九十九も闘志に燃えるのであった。

  
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