彩の縦糸

一ヶ月が過ぎた。
源太に言われたとおり、講義中も家に帰ってからも九十九は毎日、日常の中で練気と継続を繰り返して行なった。
最初のうちは、どうしても意識してしまい、上手くいかなかった。
こんなの無意識にやれというほうが無茶である。
そうしたわけで、半ば投げやりになっていた自主修行であったのだが……


「九十九も霊気を感じられるようになったか、ほぉ。いや、思った以上に早い成長じゃ、喜ばしいのぅ」
婆様に手放しで褒められて、九十九は照れくささに頭をかく。
無意識が身についたのは、それこそ意識していなかったタイミングだった。
ハッと我に返った時には出来ていた。
それも源太との何気ない雑談の最中で、だ。
源太が、ぼんやり光り輝いていたからこそ、気づいたのである。
他の者と話していたら、気づかなかったかもしれない。
源太とは道場でしか会えない。
住所は聞き出しているのだが九十九の家からは遠いせいで、行く気にならなかった。
とにかく、道場での修行中に源太が光っていると叫んだ直後、婆様の褒め言葉である。
見れば、いつも九十九には無関心なはずの南樹も自分に注目している。
「すごいのぅ九十九。やっぱり、お前はやれば出来る男じゃ!」
源太にまで褒められて、照れくささも倍増だ。
「して、源太。お主は制御が出来るようになったのか?」
破顔していた婆様が、一転して厳しい表情になる。
源太はポリポリと顎をかき、正直に答えた。
「いやぁ……なかなかに難しい。だが、一応それっぽいのは出来るようになりましたよ」
座った姿勢で、すぅ……と、源太が息を吸い込んだ。
すると、彼の肉体を包み込んでいた光が弱まったように九十九には見えた。
「ふむ。まぁ、出来て当然なのじゃが」
婆様は面白くもなさそうに呟くと、皆を呼び寄せた。
集まってきた三人を見渡し、宣言する。
「皆、基本は概ね習得できたようじゃな。では本日より、己の進む形を考えよ。決まり次第、儂に教えてくれれば道の先を教えてやるぞ」
「え……?」
「それは、一体どういう」
ぽかんとする南樹と九十九を見比べ、婆様は微笑んだ。
「こういうふうになりたい、といった漠然としたもので構わぬ。術を基本とした戦い方になりたいのか、それとも体術を交えた戦法か。式を使う戦法もあるな。ヌシらは霊媒師について、どれほど知っておる?」
「霊気を使って、悪い幽霊を倒す職業……です」と答えたのは南樹だ。
「大体あっておる」と婆様も頷き、九十九を見た。
「しかし霊気と一口に言っても、解放の方法は様々じゃ。霊気を、そのまま波動としてぶつける方法。符に乗せ、術として放つ方法。式を操る方法……ヌシらが、どれを選ぶかによって、こちらの指南も替わる。無論、あわないと感じたら途中で変更してもよい」
選べる戦法は一つとは限らない。
或いは、全部覚えるのも有りだ。
そう締めくくり、婆様は全員の顔を見渡して笑う。
「なら」
最初に言葉を発したのは源太で、ボリボリ胸元をかきながら言った。
「俺は霊波を極めますわい。そいつが一番性に合っているような気がしますんでね」
「それがよかろう」と、婆様も頷く。
「ヌシは、見るからに不器用そうじゃ」
続けて放たれた毒に源太が苦笑していると、南樹が手を挙げる。
「あの……私、術を学びたいです」
「ほぅ。どうして術を選んだ?」
「えっ?」
聞き返されるとは思っていなかったのか一瞬きょとんとしたものの、すぐに答えを見つけたか、南樹は言った。
「霊波は、霊気の高さに応じるのではないでしょうか。だとすると、私の霊気は長門日くんほどではありませんから、術で加算したほうが攻撃力も高くなるのでは、と予想しました」
どの攻撃がどのようなものであるかも判らないのに、この答えである。
彼女なりに想像したのであろう。
「よぅ判ったのぅ」
しわしわの目元を細め、婆様が頷く。
「その通り。霊波は霊気の高さが、ものをいう攻撃方法じゃ。南樹、ヌシは波長の安定に優れておるようじゃし、術は術でも、傀儡術が一番向いておろう」
傀儡術の名は、以前にも聞いた覚えがある。
照蔵と光来の説明によれば、霊を支配下に置く術だとか。
支配下に置いて、それでどうすればいいのか。
南樹が尋ねると、婆様は「支配下に置くとは、自由自在に操れるという意味よ」と答えた。
「支配下にあれば、ヌシの意思次第で成仏させるも消滅させるも、或いは誰かに取り憑かせるのも自由自在じゃ。霊と同調するまでが至難の業じゃが、それさえ乗り越えてしまえば、な。確実に悪霊を仕留めたいのであれば、術の中でも傀儡術が最強ぞ」
そこまで言われると、逆に素人の自分が会得できるのかが不安になってくる。
しかし、出来ることならば戦いを長引かせたくないと南樹は考えた。
悪霊とはいえ、元は人間だ。あまり苦しまないよう成仏させてやりたい。
「私、やってみます。傀儡術の修行を」
「よし、南樹と源太の方向性は決まった。残るは九十九、お主じゃが」
婆様に一瞥され、腕を組んで考え込んでいた九十九は直立不動の姿勢に戻る。
難しい。
全く自分の進む方向性が見えず、九十九は迷っていた。
漠然と、世のため人のためになりたいと考えての霊媒師志願である。
どういうふうに戦うかなんて、想像した事もなかった。
なかなか結論の出てこない九十九を見、婆様が諭すように微笑んだ。
「己の未来が見えてこぬか?ならば、まずは符術を学んでみるとよい」
「術……どうして、ですか?」
九十九の問いに婆様は笑顔を崩さず、答えてやった。
「符術は霊媒師の基礎じゃ。誰でも覚えられる。符術が面白くない、或いは自分にあわぬと感じたら儂に言え。別の戦法を教えよう」
「でも」と九十九は不安そうに聞き返す。
「先ほど、源太は不器用だから符術は無理、みたいに言って」
「あぁ、それは」
ちらりと源太を見やり、婆様は苦笑した。
「符術は呪文を必要とするでな。頭の悪い奴には難しかろうという話じゃ」
真っ向から源太を馬鹿だと罵る師匠には、九十九の目も丸くなる。
九十九も、あまり頭が賢いほうではない。
覚えられるだろうか。呪文とやらを。
考え込む九十九の耳に「それに」と婆様の話は、まだ続いていたようで。
「そこな源太は基礎を飛ばして霊波を覚えよった。術を覚える気など、ハナからないと言っているも同然じゃ」
そうなのか?と目線で九十九が源太に尋ねれば、本人も頷く。
「ごちゃごちゃした戦法なんぞ、考えるのは苦手でのぅ。なんも考えんと、ぶっぱなす。それが俺の性に合っていると思ったまでよ」
なんとも大雑把な答えが返ってきた。
婆様は苦笑し、かと思えば真面目な表情になって九十九を見つめる。
「この一ヶ月、ヌシらを眺めて大体の性格は掴めた。源太は大雑把、南樹は温厚、そして九十九。ヌシは冷静じゃの」
冷静、などと他人に褒められたのは初めてだ。
友人や身内には、落ち着きがないと見られる事の多い九十九である。
ポカンと大口あけて呆ける九十九の前で、婆様は話を続けた。
「ヌシは判らない言葉が出てくると、まず考える傾向にある。南樹は考えながら思考を、平和な方向へまとめておる。そして源太じゃが、まぁ、こやつは見たまんまじゃろう」
どうも源太にだけ辛辣なのは気になるが、彼が元他流派なせいかもしれない。
それに、源太の扱いについて突っ込んでいる場合でもない。
自分で自分の方向性が判らない以上、師匠の言葉に従ってみよう。
最終的には、全部習得したっていい。
要は、戦える方法が身につきさえすればいいのだ。
「それじゃ……術を学んでみます」
そう言うと、婆様は喜んでくれた。
「よかろう。では、全員それぞれ違う道になったことだし、また照蔵か光来を呼び寄せて補助してもらうかの」
あの二人は、婆様の助手か何かなのだろうか。
気になった九十九が尋ねてみると、婆様は「一番弟子じゃよ」と答えた。
「照蔵は霊波、光来は傀儡術に優れておるでの。九十九、お主は儂が直々に鍛えてやろう」
光栄だ。
だが、同時に疑問もわく。
実力でいえば、源太が一番すごいはずだ。
何故婆様は、源太ではなく九十九を鍛えたがっているのだろう。
九十九はそれも尋ねようとしたが、先に修行時間が終わりを告げる。
ボーンボーンと遠くで鳴る鐘の音を耳にし、婆様は首を傾げた。
「今日の修行は、ここまでじゃの。明日は講義で休みか、九十九」
「あ……はい」
「術の修行は基本を全て習得した後に行う。それまでは、お預けじゃ」
聞く暇を与えず婆様は道場を出ていき、三人も帰り支度を始めた。

  
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