彩の縦糸

その男は、立っているだけで霊圧を感じた。
明らかに、周りの素人とは格が違っていた――


道場の奥にある、一室にて。
「ほぅ、長門日源太と申すのか。なるほど、長門日流の末裔が、うちに下りにくるとはのぅ」
猶神千鶴。
猶神流霊媒師の総帥である。
齢六十、七十という話だが、それ以上にも見える。
しわくちゃの老人だ。
皺と皺の間に挟まれた目を細め、千鶴は笑った。
「長門日家に跡継ぎが残っておったとはのぅ、知らなんだ。うちの門下に入るは、知名度が目的か。一度入ったものを、そう簡単に逃すと思うたら間違いじゃ」
「えぇ、えぇ。大婆様の術にて魅惑してやりましょうぞ」
千鶴の側で相づちを打つのは、門下が一人。
名を光来尊という。
猶神流で三本の指に入る、屈指の霊媒師でもあった。
「なんの、魅惑などせぬわ。物を覚える楽しさ、人を助ける喜びを教えてやろうではないか」
「なるほど……」
頷き、光来が腰を上げる。
「今年、長門日源太の他に合格者は出ますでしょうか……?」
「それは判らぬ。だが、今年は例年より志望者が多い。期待できるかもしれんのぅ」
黙礼し、光来は座を後にした。

例年より志望者が多い。
それは確かだが、年々その志望者の質が落ちてきている。
大学に行きそびれた者や、就職先を迷っている者。
酷いものになると、恋人同士でいちゃつく場所を求めてやってくる。
霊媒師が世間で軽く扱われているように光来は感じた。
霊媒師は普段、表舞台には出てこない。
霊の被害に遭った者の前にだけ、姿を表す。
不必要に目立つのは、こちらの望む形ではない。
風評被害をばらまかれるのは迷惑だし、冷やかしの依頼が増えても困る。
霊力検定のチラシも、全民家にばらまいているわけではない。
霊媒師の資料を請求してきた者だけに渡している。
だというのに、妙な者が紛れ込んでいるのは、どうしたことか。
やはり、どこかで妙な噂が流れていると考えたほうが妥当だろう。
それも調べておかねばなるまい、早急に。


道場へ足を踏み入れたと同時に光来を出迎えたのは「うぉっ!!」という驚愕の叫びと、大きな音を立てて吹き飛ぶ的であった。
叫んだのは、同輩の霊媒師だ。
的は根本から、ぽっきり折れて、上の部分が丸々吹き飛んでいる。
霊力検定で、ここまで吹き飛ばす志願者は珍しい。
否、今まで一度もいなかった。そのような霊力の高い者は。
誰がやったのかなど、考えるまでもない。
光来の目は、一人の男を捉えていた。
山のような体躯。
はち切れんばかりの筋肉がシャツを押し上げている。
筋骨隆々とした男。こいつが長門日源太か。
ただ立っているだけだというのに、霊力の量には気圧される。
知らず、光来の額には汗が浮かんでいた。
これほどの後継者が長門日流にいたとは、驚きだ。
しかも、これだけの霊力を持ちながら猶神流に入りたいという。
大婆様の言うように、こちらの知名度が目的なのだろうか?
「ご、合格!」
ややあって、硬直のとけた同輩が手を挙げる。
道場内は、すっかり静まりかえっていた。
それもそうだろう。
本来なら修行をしていない者には見えないはずの破壊が、誰の目にも見えていては。
「なっ!何やったんだよ、あいつ!」
見物に紛れて騒ぎだしたのは、小柄な女性をつれた男だ。
「ば、爆発した……?えっ、そんなこと出来るの!?」
傍らの女性も目を丸くして驚いている。
「いやはや、すごいのぅ。一発で、しかも完膚無きまで破壊するとは」
いつの間にか光来の側に立ち、照蔵が顎を撫でる。
「さすがは長門日家……というところでございましょう」
「没落しても血は血か。面白くなってきたわい」
互いに頷きあい、ついでとばかりに光来は照蔵へ尋ねる。
「これまでに、他の合格者は出ましたか?」
「おぅ、十人ほどな。本山で修行できそうなのは少ないが」
やはり質が落ちていると言わざるをえない。
以前は、こうではなかった。
どこの流派も、溢れんばかりに高霊力の持ち主が志願してきたというのに。
不意に照蔵がグッフッフと、いやらしい笑みをこぼしたので、やや引きながら光来は彼の様子を伺った。
「如何なさったのです。この暑さで、脳が溶けてしまいましたか」
「いや、のぅ。儂好みの可愛らしいのが合格者におってな?それがまた、本山で修行できそうなほど霊力の高い子なんじゃ。ありゃあ、絶対儂らの良き後輩になるぞ。良きかな、良きかな」
だらしなく鼻の下を伸ばして、デレデレしている。
また悪い病気が出たのか。
照蔵は将来性のありそうな若い男子を見つけると、こうなってしまう。
正しくは、将来、筋肉のつきそうな男子だ。
猶神流は術が主体だというのに、何故か筋骨隆々にしたがるのだ。
「長門日源太は、あなたの好きそうな肉体ですね」
呆れた光来は、長門日源太を見据えて言ってやる。
すると照蔵は首を真横に振り、口をへの字に折り曲げた。
「あれは駄目じゃ。既に完成された肉体よ。儂の好みは、まだ熟成されておらぬ肉体ゆえに」
「勝手になさりなさい」
ますます呆れて光来は溜息をつき、合格者の列へ近寄ってみる。
照蔵お気に入りの将来ムキムキ有望な彼は、どの子だろう。
順繰りに顔を見渡していき、十名のうちの一人が女性であると気づく。
女性の志願者、それも合格者は珍しい。
何年ぶりだろうか。
この子も、将来有望な後輩に育ってくれると嬉しいのだが。

  
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