彩の縦糸

これほどの人口が、この国には住んでいたのか――
思わず唸らずにはいられないほど、本山の広場は人で溢れかえっていた。

門下希望生は全員、四列横隊で並ばされ、長時間そこで待たされた。
最初は大人しかった面々も、次第に焦れて、ざわざわと雑談を始める。
九十九の横に並んでいた二人組の、おしゃべりが聞こえる。
「検定っていうけど、どうやって計るんだろ」
「先輩が審査員席に座ってさ、10点、10点、9点ってやるんじゃね?」
適当な推測である。
そんな適当な方法で決められては、たまったものではない。
「……にしても、おっせーなー……」
「準備に時間かかってるんじゃないかなぁ」
とは、後ろに並ぶカップルらしき男女の弁だ。
日差しに照りつけられた場所での待機だから、文句を言いたくなる気持ちも判る。
「準備って何の準備だよ?」
「だから、検定の」
なおも周囲がざわめく中、じっと黙して待っていると、前方から、よく通る太い声が全体へ話しかけてきた。
「本日は、よくお集まりいただけた、皆の衆!これより霊力検定を始める、列を崩さず並んで入られよ!」
叫んでいるのは鯰髭を生やした、オッサンだ。
筋骨隆々としているが、冊子によれば猶神流とは術師が主体であったはず。
あの筋肉は、どこで必要となるのであろう。
九十九は首を傾げつつ、順番に従って道場へ足を踏み入れた。


霊力検定とは人が本来持つ霊力を、ただ計るだけのものではない。
霊力の放出。その波動を数値化して、ものになるかを見定める。
放出が出来ないものは、その場で失格となり、門下生にも入れてもらえない。
無論、素人がいきなり放出しろと言われても出来なかろう。
故にプロの霊媒師が待機し、やり方を指導する。
それで出来るようになるなら良し、出来ぬものは素質がないと判断される。
一発勝負だ。
狭き門なのである、霊媒師とは。
道場に集まった面々を見据え、達磨照蔵はフムと嘆息する。
有象無象の中にも、なかなかの逸材が紛れているではないか。
その中でも、とびきり高い霊力を三名から感じる。
彼らは本山で修行をする資格も、与えられるであろう。
合格者が全員、本山で修行できるわけではない。
霊力の高い順に、修行場を振り分けられる。
本山での修行がならずの場合は、地方の道場へ飛ばされる。
多くの門下生が、地方で活躍していた。
つまり、本山に近い場所で活動している者ほど優秀という事だ。


検定方法は実にシンプルで、プロの霊媒師となった先輩の前で霊力を放出する。
それだけであった。
ただ、放出と言われても、もちろん九十九には訳が判らず。
後ろに並んでいたカップルも九十九とは別の先輩霊媒師に手ほどきを受けているのだが、始終首を傾げている。

放出とは――
霊力を体内で高めて、外に出す。

検定では精神を集中させ、的にぶちあてろと言われた。
そう九十九に指導してくれたのは、鯰髭のオッサンであった。
最初に皆へ号令をかけていた霊媒師でもある。
達磨照蔵と名乗られ、名は体を示すものだと妙な処で感心してしまった。
「お主の体内には力強い霊力を感じる。欲を言えば、もちっと筋肉をつけるべきであるが、まぁしかし、肉体の基礎は出来ておるようじゃな、むふふ」
やたらベタベタ体中を触りまくってくるのが、気になると言えば気になるのだが腕や胴体を触ることによって気の巡りが良くなるのだと言われては、素人としては、そういうものだと納得するしかない。
「筋肉……必要なんですか?放出に」
「うむ、術師とて基礎体力は必須じゃな。あまりにも肉体が脆弱すぎると、術の負荷に耐えられぬ事もあろう」
術も基本的には、霊力を源とする。
霊力を放出するにあたり、精神力、集中力、体力の三つは必要不可欠と照蔵に諭され、九十九は素直に頷いた。
幸い、自分は虚弱体質ではない。
昔から家よりは外で遊ぶのが好きだったから、体力は人並み以上にある。
「わっかんねーよ、その説明、全然わっかんねーよ!」
先ほどのカップルの片割れが、大声で喚いているのが聞こえた。
照蔵は片眉をあげ、「ああいうのは素質なしじゃな」と、ぼやく。
「でも、いきなり放出って言われても想像しづらいと思います」
九十九が異議を唱えると、そうではないと照蔵は首を振る。
「人の話を聞けぬ奴は、誰かの師事を受ける資格もない」
それは一理あるかもしれない。
合格すれば、今度は師匠の元で話を聞くことになるのだろうから。
散々九十九の身体をペタペタ触っていた手が離れた。
「……さ、そろそろ検定に移ろうか。そこの装置の前に立つがよい」
照蔵に示されたのは、四角い箱だ。
地面に立てられた鉄柱の天辺に、四角い箱が乗っている。
手前には白線が引かれていた。そこに立てという意味だろう。
「わかりました」
今度も九十九は素直に頷き、白線の上に立つ。
直線上には、人型を模した的がある。
あそこ目がけて、霊力を放出すればいいのだ。

精神を研ぎ澄まし――
と言われても、素人には、なんのこっちゃだが。
照蔵曰く『的を、穴が開くほど睨みつけ』――
一点集中し――
やはり照蔵の弁を借りると『的以外のものを視界から外し』――
気合いを込めて、放出させる――
つまりは『意識を的に叩きつける』――

最後の意味は、よく判らずとも。
「……はぁぁっ!」
九十九は気合いを吐き出すと、ぐいっと前のめりになって見えない何かを的に向けて放った気分になった。
イメージ的には自分の体から、なんかすごいオーラが出た、みたいな。
勿論この時点では、そのようなオーラなど九十九自身には見えていない。
しかし審査員である照蔵には、はっきりと見えていた。
的に当たった瞬間のパァンと軽い音でさえも、照蔵の耳には響いていた。
鍛錬を積んだ者だけに聞こえて見えもする、霊波の衝撃である。
「そこまで!」
手を挙げ、合格を知らせる。
「……え……?」
九十九は、呆然としている。
まだ実感がわかないのであろう。合格の実感が。
いや、もしかしたら手を挙げる意味も判らないのかと思い、照蔵は重ねて言った。
「合格じゃよ、十和田九十九。よかったのぅ、お主は晴れて猶神流の門下生となったのじゃ」
「え、あの、一回でいいんですか……?」
「うむ」と頷き、ここぞとばかりに照蔵は九十九を、ぎゅぅっと抱きしめる。
ベタベタ触りまくった時も思ったのだが、この青年の体は実に良い。
柔軟性があり、これならば照蔵の好みの体型に鍛えることも可能であろう。
「えっ、ちょ、えっ!?」
九十九は、慌てて振りほどく。
思ったより簡単に振りほどけたのには驚きだが、もっと驚いたのは抱きつかれた事自体だ。
「な、なんでいきなり抱きついたりっ!」
泡を食う姿も可愛い。
照蔵は内心ムフフと鼻の下を伸ばしながら、しかし悪気のなさそうな顔で謝った。
「おう、すまんすまん。一度で合格点を出す者など久々に見て、つい感極まってしまったのよ」
「あ、そうなんですか」
ドン引きされてしまったかと思いきや案外素直に頷かれて、意外な展開に驚く照蔵の前で九十九は勢いよく頭を下げた。
「じゃ、これから宜しくお願いします、先輩!」

  
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