彩の縦糸

実体験により、悪霊の怖さと結界の重要さを九十九は知った。
季節は夏が終わり、秋になった。
霊波を飛ばすのにも慣れてきた三人は、ついに基本の修行を終えた。

「これから、やっと術の修行に入れるんだな」
嬉しそうな九十九を見、源太が頷く。
「九十九は、どういった霊媒師を目指す予定じゃ?」
「そうだな……」と少し考え、九十九は答えた。
「術と、それから体術も覚えたほうがいいかなと思うんだ」
「ほぅ。それはまた、どうして」
二つ目の問いにも、九十九は重ねて答える。
「前に照蔵さんが言っていたんだ。霊媒師には筋肉も必要だって」
それは、どうだろう。
すらりと細い光来の姿を脳裏に思い浮かべて、源太は首を傾げる。
何度でも言うが、霊媒師は術ないし霊波が基本だ。
どちらかというと筋肉よりは、精神力を強靱に鍛えたほうが良かろう。
しかしキラキラと瞳を輝かせて語る九十九を見ていると、異議を唱えにくい。
照蔵は何故、彼に筋肉が重要と教えたのであろうか。
「照蔵さんは、俺にもっと筋肉をつけろって言うんだ。俺の体は、まだまだ未熟だって、会うたび言ってくる。ああやって何度も言うってことはさ、やっぱ重要なんだよ筋肉は。熟練者の言う事だから、信じていいんだよな?」
なんとなく奴の下心が看破できたようにも思えて、生暖かい笑みを浮かべる源太であった。
「まぁ……霊媒師の敵は霊だけとは限らんしのぅ」
ぽつりと呟いた源太の言葉に、九十九は素早く反応する。
「霊だけじゃない?どういうことだ」
「ん。俺の親が昔言うとったのじゃがの、世の中には自分のちからを悪しきことに使う、悪の霊媒師もおるそうじゃ」
悪事に荷担する者が、悪霊を使役することもある。
そうした依頼が霊媒師の元へ流れてくるのも、さして珍しい話ではない。
「悪い奴って、どこにでもいるんだな」
うぅむと腕を組む九十九を見て、源太は微笑んだ。
「九十九も、そうした悪しき道に踏み込まんよう気をつけぬといかんぞ」
忠告しつつも、九十九なら万が一でも踏み込んだりしないだろうと思った。
素人ながら九十九は最初から、一本の筋が通っている。
世のため人のために、自分の力を使いたい。
この真っ直ぐな志は、どんな邪悪な存在が彼に近づいても歪ませるのは無理であろう。
九十九が九十九である限り。
「当たり前だ。源太は……大丈夫そうだな」
お前こそ踏み外すなよ、と言ってくるかと思いきや、あっさり断言する友を見て、源太が面白そうに尋ねる。
「どうして、そう思う?」
「だって源太は霊媒師の家系だろ?昔から、人を助けるために修行を積んできたんだろ。なら、足を踏み外したりするわけがない」
きっぱり言い切られ、源太はポリポリと頭をかいた。
「んん。それも俺への信頼というやつかのぅ?」
「そうだ」と頷き、九十九が源太を見上げる。
「初めて出会った時から感じたんだ。お前はイイヤツだって」
全く裏表がない。
こうだと感じたら、どんなにクサイ台詞でも面と向かって言ってしまう。
割と利己的な面もある源太にしてみれば、九十九は眩しい存在だ。
「南樹も、きっとイイヤツだ。だって自分を助けてくれた霊媒師に憧れて、霊媒師を目指しているんだから」
「おぅ、その南樹なんじゃがの」
彼女は今日、修行場に来ていない。
今日は講義がある日で休みだ。
女子校に通っているというのを光来が聞き出して、源太が遊びに行きたいと言うと一度はばっさり断られたのだが、九十九も一緒ならどうだと持ちかけたら許可を貰えた。
その件を話しておかねばなるまい。
ついでに九十九が彼女を、どう思っているのかも聞き出したい。
「近々、あいつの大学で学園祭が行なわれるらしい。一緒に見にいってみんか?」
「南樹の?源太、いつの間に彼女の大学を聞き出したんだ」
眉毛を跳ね上げられて、おっ?と源太は驚いた。
南樹は以前、九十九に気があるような言葉を吐いていた。
しかし九十九とは互いに不干渉、全くの平行線な関係を貫いている。
意外や九十九も、南樹が気になっていたとは。
「ん、聞き出したんは光来だがの。女子校らしいぞ。きっと可愛い子がいっぱいじゃ。どうだ、行ってみんか?」
囁くと、九十九の気持ちは大きく動いたかして、彼の喉がグビリと鳴った。
それでもチラリチラリと、こちらを伺う真似をする。
「お、俺も登山の約束があるからな……それほど暇じゃないんだ。行けるかどうかは、学園祭の日取りにもよる」
「うむ、うむ。季節は秋、紅葉祭と呼ぶんだそうじゃ。休日に二日間おこなうそうでの、屋台がいっぱい出るのだそうじゃ」
他にも光来が南樹から聞き出したところによれば、演劇を開催したり大学内コンテストが開かれたりもする。
賑やかで華やかなお祭りだと源太に聞かされ、九十九も断然心が動いた。
九十九は女の子に、全く興味がないわけではない。
常日頃からカノジョが欲しいと思っている。
だが何故か自分は女子に避けられているのか、話しかけられた事が一度もない。
南樹の大学か。一度、遊びに行ってみようか。
それとなく――九十九としては、さりげないつもりで源太と約束する。
南樹の大学の学園祭に行く計画を。

そんな取り決めがあったとは翌日の南樹には与り知らぬ話で、源太も当日まで彼女には秘密にしておくつもりらしい。
九十九もまた、友人に併せる形で南樹には何も言わなかった。
「では、九十九よ。今日より初歩の術を教えて進ぜよう」
それに今は、浮ついている場合ではない。
今日から九十九は、大婆様とのマンツーマンレッスンの始まりだ。
南樹は傀儡術を光来に。源太は霊波動の強化を、照蔵から教わる。
同じ道場におりながら、三人の修行内容はバラバラだ。
「符術とは、呪じゃ。呪により暗示をかけ、符で具現化する。だが難しく考える必要はないぞ、九十九よ。要は呪文を唱えれば、形となって敵に向かうと覚えておけばよい」
婆様の冒頭の言葉は、九十九の耳を右から左へとすり抜けた。
前々から思っていたのだが、この業界は専門用語が多すぎる。
しかし、それについて逐一質問していたら日が暮れる。
婆様の言うように、難しく考えないほうがいいのであろう。
「判りました。つまり、呪文を暗記すればいいんですね」
ばっさり省略した九十九の答えに、婆様も顔を綻ばせる。
「そうじゃ」
本当は、そこまで単純な話ではない。
呪文を覚えても、具現化を脳で構成しなければ符は形を為し得ない。
だが、あれやこれや難しく言っても素人の九十九には厳しかろう。
それに彼は、無意識にやらせたほうが上手くいくようでもある。
光来は九十九を天才だと言っていた。
婆様も、それには同感である。
彼は百年に一度出るか出ないかの、天才だ。
九十九達の一期前、朱雀甚平は回復や補助の術に優れている。
九十九は、どういった術師に育つのか。
いや、どう育てるべきか。
まずは九十九の性格を、きちんと見定めねばなるまい。
キラキラと期待に瞳を輝かせる青年を見て、婆様は、そっと思案した。

  
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