彩の縦糸

其の十八 狐祓い

「こうも、あっさり捕まってしまうとは……解せんな」
兄弟が家へ戻って来るなり、九十九は話をふってよこしてくる。
「向こうに情報が漏れていたって事かな?さよちゃんとレオナ達が手を結んでいるのは、誰にも知られていないと思ったのに」
レオナも腕を組んで考え込み、源太は一人むっつりと黙り込んだ弟の顔を伺った。
「……吉敷。お前は、なんぞ心当たりがないか?」
だが、吉敷は吉敷で別の考えに没頭していたので、兄の言葉を聞き流した。
火霊は。小夜子に護衛としてつけていた火霊は、一体何をやっていたのだ。
何のために護衛につけたと思っているんだ?
彼女を守るためじゃないか、それを――
[火霊を責めないであげて!]
不意に、ぱちん、と大気が弾けて、稲妻が大地に降り注ぐ。
それは小さな子供の姿へと変わり、吉敷の肩先へ舞い降りた。
「雷角……。火霊を責めるな、とは、どういう意味だ?」
[小夜子は、悪霊に取り囲まれて結界の中に連れ去られたんだ。僕たちでは手が出せない]
悲しそうに雷角は呟き、壁に立てかけられた霊刀を見つめる。
[あの時、吉敷が一緒だったら、小夜子を助けられたかもしれないね]
「霊刀か……」
呟く吉敷の肩が、ぐいっと力強く後ろへ引っ張られる。
よろめき、彼が不機嫌に振り向くと、怒り心頭の九十九と目があった。
「吉敷。貴様、まさか聖獣に小夜子殿の後をつけさせたのではあるまいな!?」
「は……はい」
怒りの意味が判らぬままに頷くと、思いっきり怒鳴られた。
「馬鹿野郎!それでは、相手に見つけてくれと言っているようなものではないかッ。小夜子殿が捕まったのは貴様のせいだぞ!」
九十九の一言に頭をがつんとやられた思いで、吉敷は呆然とする。
見れば、兄やレオナも呆れたように肩を竦めていた。
「……よっしー。聖獣の霊波は人間のよりも、ずっと大きいんだよ?そんなのが後をついてまわっていたら、誰でもさよちゃんに不信感を持つって」
「まぁ、お前が小夜子殿を心配して護衛を付ける気持ちも、わからんではないが。小夜子殿の役目は、あくまでも情報収集。目立ってはいかんのじゃ。判るな?」
兄に諭され、レオナに馬鹿にされ、九十九に怒られて、吉敷は目の前が真っ白に染まる。
聖獣は姿を消せるから、気配も探られない。
そんなふうに捉えていたが、吉敷の認識は、またしても間違っていたらしい。
考えてみれば、九十九や源太だって、隠れている敵の気配を読むことができるのだ。
姿を隠した聖獣を、相手が気取れないとは限らない。
先輩の前で恥をかいたのも悔しいが、自分の無知で小夜子を危機にさらしてしまった。
そのことが一番つらい。
言葉をなくして、ぶるぶると震える吉敷の手を、源太は己の両手で優しく包み込む。
「やってしもうたもんは今さらどうしようもない。今わしらに出来ることは、敵を退治し、小夜子殿を迅速に救い出す事じゃ」
掴まれた手を、ぶんッと勢いよく振り払うと、吉敷は血を吐く思いで呟いた。
「申し訳、ございません。この失態は、必ずや依頼の成功で取り返してみせます」
今にも切腹しかねない表情の吉敷に驚いたか、一拍おいて九十九も取りなした。
「確かに源太の言うとおり、やってしまったものは仕方ない。小夜子殿が成功するとも、初めから期待していなかったしな……ならば当初の予定通り、俺と源太が結界を張る作戦に切り替えよう」
だが、ふと、吉敷は雷角の言葉を思い出し、彼を振り仰ぐ。
「雷角!」
[な、なに?吉敷]
「さっき、お前は言っていたな?悪霊が小夜子殿を取り囲んだと」
「悪霊!?」と、レオナが叫び、九十九と源太は顔を見合わせる。
[言ったよ、小夜子は黒い影に取り囲まれて地中に引きずり込まれたんだ。火霊は後を追いかけようとして、逆に力を失わさせられたんだ!]
「悪霊だと?敵は狐遣い一人ではないのか」
九十九が眉根をよせ、源太は、さもあらんと首を振る。
「わしらが結束したことも、向こうにゃ筒抜けのようじゃの。敵さんも、本気になったっちゅうこっちゃろう」
その二人へ、吉敷がさらに衝撃の事実を告げた。
「敵は狐遣いと悪霊遣いだけではありません。雷角の話によれば、聖獣の力を失わせる強力な第三の術師も控えているようです」

とはいえ、いつまでも躊躇していられない。
苑田小夜子が敵の手の内にあるのだ。彼女を、このままにしてはおけない。
結局、当初の予定通り、狐憑きを真っ先に倒すことが決まった。
九十九曰く、この依頼で一番厄介なのは、狐に操られた人々の存在である。
何しろ元は住民だけに、殺したりするのは御法度だ。
傷つけず済ますには、彼らから狐の霊を祓うしかない。
その為にも、親玉を速効で倒す必要がある。他の術師と戦うのは後回しでよい。
「里見、吉敷。お前達は予定通り囮を頼む。源太は狐遣い以外の術師を見つけたら、牽制に回れ。この二人では」
吉敷とレオナの顔を一瞥して、吐き捨てた。
「荷が重かろう」
「ちょっと!レオナまで、よっしーと同列扱いって、どういうこと!?」
即座にレオナが反発するも、九十九は穏やかに答える。
「先ほどの話を思い出してみろ。吉敷は、火霊が敵に力を奪われたと言った。奴らの仲間には、使役された使い魔を無力化できる術師がいるということだ。吉敷も、お前も、使役が得意なのだろう?ならば、奴らとは相性も悪かろう。奴らとの戦いは、霊術が得意な源太に任せておくのだ」
九十九の言うことには一理あり、レオナも渋々納得する。
よっこらしょと立ち上がり、行楽にでもいくかのような気軽さで源太が号令をかけた。
「さて……そんじゃ、出かけるとするかのぅ」


椚区――
街の巡回へ出ていた者達が戻り、一言二言告げては戻ってゆく。
「猶神流の手の者が、停留所についたそうだ。どうする?迎えにでも行ってやるか?」
九鬼の問いに、縁側に座り込んでいた女が鼻を鳴らす。
汚い格好をした女だ。髪にはフケが溜まり、手足も垢でまみれている。
ボロ切れを身に纏い、周囲には、たえず蜂やら蠅が飛び交っていた。
ただの虫ではない。女の体を巣とする、彼女専用の使い魔達であった。
女の隣に座り、茶を飲んでいた老人も九鬼を無言で見やると、黙って首を振った。
「どうせ、こちらへ来るのです。正々堂々と迎え入れてやりましょう」
九鬼の問いに答えたのは、九郎一人であった。
長い髪を腰まで伸ばし、黒の着物を着込んでいる。男だか、女だか判らぬ顔をしていた。
「強気だな。だが、敵は全部で四名もいる。油断はならぬぞ」
尚も奇襲を提案する九鬼を、九郎は僅かに歯を見せて嗤った。
「だからこそ、あなた方を全員呼び寄せたのではありませんか。期待していますよ」
「唾棄は相手を侮った。だから負けた。あたしは違う、相手を侮りなどしない。そこの九鬼とも違ってな」とは、縁側に腰掛けた女の弁。
言葉の端々に嘲笑を感じ、九鬼は悔しさに唇を噛んだ。
「山伏協会は、誰が殺る?」と老人が尋ね、九郎が応える。
「あれは……私の使い魔達にやらせましょう。ただし苑田の娘と同様、殺しません」
九郎の使い魔とは、すなわち、狐に取り憑かれた男達の事である。
南樹を襲わせたように、レオナも彼らの餌食にしようという魂胆だ。
「ふむ……手ぬるいが、まぁ、よいじゃろう。あれは猶神流ではないからのぅ」
老人は納得したが、隣の女は唾を吐き、じろりと九郎を睨み付ける。
「甘いな。前の猶神流といい、あんたは手を抜きすぎだ」
「敵は殺せ――と?しかし、女性を殺すのは私の主義ではありません」
「なら、男は殺すって言うのかい」
女の問いに、九郎は肩を竦めた。
「さて……それも、どうでしょう」
「暁」
なおも九郎を問い詰めようとする女を呼び止め、老人が尋ねる。
「ぬしは、誰とやる?」
「そうだな……九鬼、長門日吉敷は、あんたにくれてやろう。あたしは、長門日源太の首でも狙ってやるよ」
「ならば」と、暁の言葉を九郎が引き継ぎ、老人を見つめた。
「陽炎殿。あなたには十和田九十九をお任せしましょう。彼は猶神流の中でも、五本の指に入る強者と聞きます。努々油断なされぬよう」
「その言葉」
老人が立ち上がり、真っ向から九郎を睨み返す。
「お主に返して進ぜよう。山伏協会は、真の強敵ぞ」
だが、彼は肩を竦めただけであった。
「相手は名も無き新人です。私の狐は、そう易々とやられませんよ」

バスを途中下車し、一行は椚区前の停留所で降りた。
通りは閑散としていたが、まるっきり人気がないというわけでもない。
建物の中には人の気配が感じられ、ごく普通の街として機能していた。
だが――この区域は、狐憑きで大騒ぎになっていたはずだ。
ならば街が平穏というのは、却っておかしいではないか。
「既に全員堕ちたか」
そう呟いたのは、九十九だ。
「人の気配は平常じゃがのぅ」
源太も呟き、素早く周辺を見渡したが、怪しい人影など、どこにもない。
「人がいるからといって、それが平常とは限らないよね?」とは、レオナ。
彼は早くも人魂を何個か呼び寄せていた。
「さ、いくよ!レオナが先陣切るから、よっしーは後できてね」
「あ……あぁ」
吉敷は緊張の面持ちで頷くと、こちらも呼び集めた聖獣に向けて話しかける。
「いいか、お前ら。今回は小夜子殿をさらった卑劣漢が相手だ。狐が憑いた奴らは俺に任せろ。他の敵、つまり術師を見つけたら全力でかかれ。殺してもかまわん!」
物騒なことを言う吉敷に、聖獣たちも頷いた。
[オォー!]
集まったのは雷角に水蛇に風来、金剛。懐の中には管狐もいる。
それに、火霊も一緒だ。
敵に遅れを取り、一旦は精霊界へ逃げ帰った彼だが、力を取り戻してきたものらしい。
「火霊。あまり無理はするなよ?」
心配げに尋ねる吉敷へ、小さな火の馬は、くるん、と一回転してみせた。
[大丈夫!力は戻ってるよ、今度こそ負けないから安心して]
そうこうしているうちに、レオナが勢いよく走り出す。
広場らしき場所で立ち止まり、威勢の良い啖呵を切る声が、ここまで聞こえてきた。
「山伏協会修験者、我が名は里見玲於奈!悪霊は全て討ち取ってくれるッ!」
すると、どうだろう。異変は瞬く間に起った。
あちこちの建物から男性が出てきたかと思うと、レオナの元へ集まって来るではないか。
「ひゃあ、出た!ほらほら、こっちだよ〜」
と言いながら、レオナが林の方面へ走りだす。
それをゾンビの群れの如く男達が、ゆったりした足取りで追いかけていった。
その様子を呆然と見つめて、吉敷は呟く。
「……十和田先輩、大当たりです」
だが返事がないのに気づいた吉敷が周囲を見渡すと、兄貴も九十九も、とうに居ない。
二人とも、とっくに行動へ移っていたようだ。
吉敷も慌てて、その場を立ち去った。


椚区にある、礼拝堂。
目を瞑り、男が結跏趺坐している。
何者かの気配をたぐっているようでもあった。
「ほぅ」
ややあって、男が瞼を開く。
「分散しましたか。これは都合が良い」
男の名は宝和九郎。闇陰庵に属する、狐遣いである。
同志の悪霊遣い、唾棄が破れたと知り、彼はすぐに仲間達を呼び寄せた。
一人で勝つ自信がなかったわけではない。念には念を、それが彼の信条であっただけだ。
残った仲間は、全部で三名。
虫遣いの暁永禮。
悪霊遣いの九鬼辰基。
そして、御魂師の陽炎十三郎。
九鬼はともかく、陽炎と暁は頼りになる味方であった。
霊力だけで計るならば、二人とも九郎には到底及ばない。だが、二人には強力な術がある。
暁の操る虫には九郎の狐憑きも手こずるであろうし、陽炎に至っては、敵の術を跳ね返す。
特に、霊術を得意とする霊媒師が相手ならば、陽炎には敵なしともいえよう。
九郎は再び目を瞑る。
林へ逃げたレオナ。その後を追わせている使い魔達へ、指示を与えるために。
「さぁ、お前達。その者を、二度と刃向かえぬほど痛めつけておやりなさい」

結界の一陣へ符を置いた刹那、十和田九十九は妙な気配を感じ取る。
それは遠いようで近い、つかず離れずの位置で、自分を追いかけてくる。
殺気ではないが、全く邪気が無いとも言い切れない。
その気配は何故か、自分の持つ霊波と似ているような気がして、彼は首を傾げた。
――闇陰庵の手の者か?
そうも考え、四方に気を放つが、返ってくるのは静寂だけ。
気のせいだろうか。
だが、このまま放っていくわけにもいかない。
符陣を崩されては、置いた意味もなくなってしまう。
「先ほどから俺をつけてきている者!姿を現わしたら、どうだ?」
声をかけてみると、背後の草が、がさりと揺れて、一人の老人が立ち上がった。
顔は老いているが、しゃんと背筋を伸ばしている。枯れた雰囲気を、この老人からは感じられない。
「闇陰庵の術師か?」
尋ねる九十九へ頷くと、老人は囁いた。
ぞっとするほど低く、しわがれた声だった。
「我が名は陽炎十三郎。猶神流の霊媒師よ。命が惜しくば、猶神千鶴を呼んでこい」


林へ逃げ込んだレオナは、袋小路へ追い詰められていた。
だが、それも彼にとっては計算のうち。
たとえ倒せないまでも、彼らをこの場へ留めておくのが、レオナの役目なのだから。
くるり、と狐憑き達へ振り返ると、彼は叫んだ。
「みんな、きて!戦いだよ、死なない程度に痛めつけちゃってッ」
途端に足下の地面がボコボコと盛り上がり、腐臭を放つ巨体が次から次へと姿を現わす。
レオナの友達である死霊達が、この世へ召還されてきたのだ。
周りを飛び交う人魂に、彼は命じた。
「さぁ、まずは目、次は足だよ!」
人魂は、もちろん霊体であるから、生身の人間には攻撃できない。
しかし相手は狐に取り憑かれた人間だ。
一度でも人間の中へ入り込んでしまえば、霊体と霊体での戦いに持ち込める。
あとは相手の霊力と、レオナの霊力。どちらが強いかで、勝敗は決まった。
ひゅん、と音もなく人魂が、男達の周りを高速で飛び交う。
鬱陶しいとばかりに手で追い払おうとしているが、その程度で払われる霊ではない。
使役された人魂の意志は、レオナの意志でもあるのだ。野生の霊と同一にされては困る。
一方の死霊も、男達の足を引っ張って倒したり、のしかかったりと奮戦している。
レオナに手を出せる狐憑きもおらず、戦いは一方的なものと化していた。
「ほらほら、どうしたの?そんなんじゃ、レオナは捕まらないよっ♪」
レオナは、死霊達に為す術もなく薙ぎ倒される男達へ、そんな挑発も投げかけてやる。

だが――

戦局が変わったのは、レオナが余裕を見せた、その直後であった。
不意に死霊達の動きが変わり、レオナはハッとなる。
「え、えっ?ど、どうしたの?なんで、戻っちゃうのォ!?」
なんとしたことか、死霊達は突然、ボコボコと地面へ潜ってゆくではないか。
レオナの制止も意味をなさず、次々と人魂は空へ消え、死霊は土へと戻ってしまった。
がさ、と林の奥から音が聞こえ、レオナがそちらへ視線をやると――
「死体は土へ、魂は空へ。自然の摂理だろ」
女が、いた。
体の周辺に、虫がぶんぶんと飛び回っている。見るからに不潔そうな女だ。
しかし、見た目で判断してはいけない。
明らかに、この女が来た直後に局面が変化したのだ。
女が、何かを仕掛けたに違いない。レオナの額を汗が流れた。
「言霊……返し?あなた、言霊返しが使えるの!?」
「さぁてね。それより、あたしばかりに気を取られてて、いいのかい?」
女は肩を竦め、林の奥へ行こうとする。
レオナは彼女の後を追おうと一歩踏み出し、何者かに足を取られて、すっ転んだ。
「きゃあ!」
咄嗟に手をつき、顔面から転ぶのだけは避けた。
だが立ち上がろうとするも、レオナは男達に押さえつけられる。
後ろに回った男が手首を掴み、膝をついた格好にさせられた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、レオナは……ひぅっ!」
背後から伸びる手が着物の上から乳首を強く摘み上げ、レオナは甲高い悲鳴をあげる。
「へっへ、なんだこいつ、ないも同然じゃねぇか」
くりくりと乳首を摘んだ男が言い、別の男がレオナの着物を覗き込んで吐き捨てた。
「そりゃそうだろ、こいつぁ男だ。見ろ、ついてないもんがついてるぜ」
「やんっ……だ、だから、レオナは男だって言おうとしてたのにぃ」
着物の裾は捲り上げられ、生っ白い尻を晒された。
その尻を無遠慮になで回しながら、別の男が言う。
「まぁ、男でもいいか」
「そうだな。女でも男でも、後ろに穴が必ず一つは空いている」
男達が下卑た声で笑い、レオナの背筋は凍りつく。
こいつらは、レオナが女であろうとなかろうと犯す気満々だというのか。
小夜子が拉致されたと聞いた時、レオナが真っ先に心配したのは、彼女の貞操だった。
まさか、自分が狙われることになろうとは……
「いやッ、いやぁッ!」
レオナは身を捩るが、後ろから掴まれていては力も入らない。
却って嫌がる姿が、男達の心に火を付けてしまったようでもあった。
前に回った男は三人、二人は無い胸に、それぞれ吸いついている。
舌で乳首を転がされるたびに、レオナの体には何とも言えぬ痺れが走った。
「いや、やぁッ、やめてぇっ」
髪を振り乱して精一杯の反抗を続けるも、男達の愛撫は止まらない。
残り一人は股の下へと潜り込み、レオナの陰部を舐め回す。
先端を丁寧に舐り、竿から金玉へと舌を這わせ、丹念に玉の後ろを舐めあげた。
女になると決めてからは、じっくりそこを見た記憶もない。
自分でも眺めていたくない場所を、知らない男に舐められている。
男の肌も女の肌も知らぬ十七歳の少年にとって、衝撃は如何ほどのものか。
舌のザラザラ感が気持ち悪い。
先端から滲む汁と涎が混ざりあい、ねっとりとした感触が竿を包み込む。
気持ち悪かったものが徐々に快感へとかわってゆくのを、レオナは体で感じていた。
だが、体では気持ちよくても、理性がそれを認めない。
認めたくない。
操られているような男達に気持ちよくさせられているなど、断じて認めない。
ぐっと唇を噛みしめ、ともすれば出そうになる喘ぎを我慢する。
後ろからレオナを抱きかかえていた男が、それを見た。
「へっへ、我慢してやがるぜ。なら、無理にでも声をあげたくさせてやるか」
丸出しの尻へ指を這わせ、ゆっくりと穴の付近をなぞり出す。
指が穴へ入りそうになるたび、レオナの口からは細い悲鳴が飛び出した。
「ひっ……あッ、あぁっ……ぅあっ……」
怖いのだ。体の震えが自分でも、はっきりと判る。
いつ、穴へ入れられてしまうのか。それが判らないから、怖い。
不意に吉敷の顔が、脳裏に浮かんだ。
吉敷も、こんな怖い思いをしたのだろうか――
彼は、悪霊に犯されかけた。
挿入こそされなかったものの、彼の受けた心の傷も浅くはなかったはずだ。
「おい、根本まで舐ってやれ。そのうちケツを振り出すぜ」
後ろの男に命じられ、前をしゃぶっていた男が根本まで口に頬張った。
喉の奥に先端が当たり、レオナの体が大きく仰け反る。
「ぃやあぁぁぁっ!!」
れろれろと男の舌が竿を舐め、更なる快感と嫌悪に顔を歪ませた。
「ひぃンっ、はぁっ、あぅっ、うぅんっ」
男の舌が動くたび、可愛い喘ぎがレオナの口から絶えず漏れる。
「あはァッ、あぁっ、くぁ……ッ、だ、だめェ、やめてぇ……っ」
「駄目だ。やめて欲しかったら、くちでちゃんと言うんだ」
後ろの男がレオナの耳に口を寄せて、そっと囁いた。
「レオナのチンポをしゃぶらないで下さいって、な」
「れ、れおなの、ちん……ぽぉをォ、しゃ、しゃぶら……」
涙を浮かべ、途切れ途切れに言うレオナを、尺八していた男が見上げてくる。
一旦口を離した。かと思えば、「なんだ?もっとしゃぶってほしいってか」もう一度咥えなおし、今度は勢いよく吸い上げる。
思わず、レオナは絶叫した。
「はぁッ!ち、違っ、しゃ、しゃぶらないでェッ!!」
絶叫も耳に入らなかったか、じゅるじゅると音を立てて男は吸い続ける。
快感は今や恍惚へと代わり、抵抗する力も失われてゆく。
レオナはもう、艶っぽい喘ぎをあげるしか出来ない。
「あぁっ、はぁんっ!」
身をくねらせると、自然と背後の男に尻を擦りつける形になってしまう。
「しゃぶらないで下さい?違うだろ、もっとしゃぶってほしいんだろうがッ」
後ろの男が急に乱暴になり、レオナの肛門へ舌を這わせ始める。
舌の先が穴の奥へ入っては出てを何度か繰り返した後、指も何本か入れられた。
涎で充分なほど濡らされた穴だ、指は大した抵抗もなく潜り込んでゆく。
ぐっちゅぐっちゅ、と、いやらしい音を立てて、男の指が肛門を掻き回す。
「や……ぁっ、ゆび、入れちゃ、だめぇっ……!」
そのたびにレオナは逃れようと体を離すのだが、男には簡単に引き戻された。
ふと、手前に影が落ちる。
乳首に吸いつく男二人と、尺八している男とは別に、もう一人前に回ったようだ。
見上げると、太った男が目に入った。額が、てらてらと脂汗で輝いている。
「レオナちゃん、俺のもしゃぶってほしいんだな」
男は裸となり、醜いものを直立させていた。
そいつを片手で掴み、レオナの顔の近くまで持ってくる。小便の香りがした。
「い……いやっ!」
顔を背けるレオナの顎を引っ掴み、無理矢理に向き直らせると。
太った男は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「その可愛い舌で舐めてほしいんだよね。でも噛みついたら、はり倒すよ?」
「んぶぅッ!」
間髪入れず口の中に汚いものが突っ込まれ、レオナの意識は遠のいていった……


一方、レオナとは反対側へ逃げていった吉敷は、というと。
聖獣達の助けもあってか、吉敷は、彼にしては善戦していた。
大太刀で斬りつけた相手は、地面に転がっている。彼らに取り憑いた狐が除霊されたのだ。
吉敷へ向かってきた数は、レオナを追いかけていった数よりも少なかった。
それが、彼の戦いをより有利に向かわせているとも言えた。
――レオナは大丈夫だろうか?
だが、管狐の[吉敷!]という注意が脳裏に飛ぶ頃には、新たな気配に彼も気がついていた。
木陰から姿を現わす相手を目に留め、吉敷は呟く。
「九鬼……また会うことになろうとはな」
黒のスーツに身を纏い、悪霊を背後に携えた女。
忘れようもない。闇陰庵の悪霊遣いにして、吉敷に土をつけた敵――

  
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