彩の縦糸

其の十七 狐祓い

翌日――
小夜子に符を渡すため、吉敷は早朝から出かけていった。
兄や静には一言も断りをいれなかった。
夕べを思い返すだけで兄の顔を見る勇気はなかったし、静にしても同じだ。
昨日の自分を、吉敷は自分で詛い殺したいとさえ思った。
勢いに負けて胸の内を、打ち明けたりするんじゃなかった。
思いを振り払うように、ぶんぶん、と強く頭を振った時。
吉敷は不意に誰かの気配を感じて、ハッと振り返る。
だが、背後には誰も居ない――気のせいか?
心持ち用心深く歩きながら、途中何度も後を振り返ってみては様子を確かめた。
しかし、気配を感じたと思ったのは最初の一瞬だけで、それ以降はついてくる者もない。
やはり気のせいだったか、と思い直し、吉敷は苑田の家へ向かった。
彼の姿が完全に家の中へ消えた時。
つ、と音もなく、着物の女が姿を現わす。
寸前、その場には気配も察せなかった女だ。
女はまるで建物の影、日に照らされて出来る影の中から現れたようにも見えた。
紅を引いた唇が僅かに動く。
「長門日吉敷。今度は苑田の娘を、お前らが使うというのか。ならばまた、その娘を利用させて貰うとしよう」
満足げに微笑むと、女は影の中に消えた。

戸を叩くよりも前から小夜子に迎え入れられ、吉敷は草履を脱ぐ。
家の中は静まりかえり、小夜子と自分の他には人の気配がしなかった。
それを尋ねると小夜子は、囁くほどの小声で答える。
「父は地域の会合に出ております故、夜までお戻りになられませぬ」
二人きりだと思うと、急に緊張してきた。
額に汗を浮かべながら懐から符を取り出すと、吉敷は小夜子へ手渡す。
「小夜子殿。これを」
「――これは?」
見上げる小夜子へ一つ咳をし、吉敷が解説する。
「これは結界符陣と申します。これを、この地図にある印の場所へ置いてきて頂きたい。置くだけで大丈夫です、が、風で飛ばぬよう置き石などなされると宜しい」
結界と言われても素人には馴染みのない言葉だが、小夜子は符を受け取ると微笑んだ。
「……わかりました。吉敷様」
ごちゃごちゃと聞き返すのは、緊張した吉敷にとって迷惑だと考えたのだろう。
彼女の優しい気遣いに感謝しながら、吉敷は、出発の日時を確認した。
「我等、これより五日後に行動を起こしまする。従って小夜子殿は、我等より先行して村へ向かって頂けるだろうか」
「五日後……わかりました。わたくしは、皆様の出立までに情報を入手すればよろしいのですね。では、荷物をまとめ次第、さっそく出発したいと思います」
決意を込めて頷く彼女の肩に、ぎこちなく手を置き、吉敷も微笑んだ。
がちがちに強張って、相手を安心させるどころか却って不安にさせかねない笑顔であったが。
「気負われる必要などございません。小夜子殿は何も知らぬ旅行者を装っておればいいのです」
「……ふふ。気負われておられるのは、吉敷様のほうですわ。わたくしとお話なさる時は、もう少しお気軽にお話下さいませ」
照れやら恥ずかしやらで吉敷が赤面するうちにも、小夜子は思い出したように手を叩く。
「そうです、吉敷様。わたくし、夕べのうちに、お作りしていたものがございました。どうぞ、これを、お受け取り下さいまし」
彼女が差し出したのは、赤い小さな袋に入ったお守りのようであった。
言われるままに吉敷は受け取り、掌の上に乗せたソレを、しみじみ眺めてみる。
どこぞの神社で配られているものではない。小夜子お手製のようであった。
無事を祈る、そういう意味でのお守りだ。ありがたく頂戴しておくことにした。
と同時に、あげられる物を持ってこなかった自分の気のきかなさにも腹が立つ。
まぁ、彼女には火霊と管狐を同行させるつもりなのだから、それで我慢してもらおう。
[吉敷、吉敷]
管狐のことを考えた途端、懐から管狐の声がして吉敷は慌てる。
慌てずとも、小夜子には彼の声は聞こえないのであるが……
後にしろ、と脳内で答えると、吉敷は別れを小夜子に告げて表へ出た。
「――それで、何だ?」
表に出てから改めて懐をさぐり竹の筒を取り出すと、吉敷は管狐に尋ねた。
[別に、声に出さなくても脳裏で会話すればいいのに]
ぽつりと呟き、白い獣が顔を出す。
「うるさい。同時会話なんぞ出来るほど、俺は器用じゃないんだ」
うっかり管狐に答える分を小夜子に答えて、奇怪な物を見る目で見られるのだけは避けねば。
そうでなくても幼少の頃から、同じ間違いを何度も繰り返していた。
大人になってまで同じ間違いを犯したのでは、いくらなんでも学習力がなさすぎだ。
[あのね。ボクは吉敷と一緒にいたほうがいいと思うの]
「ほぅ?なんだ、小夜子殿についていくのが怖くなったのか」
吉敷のジト目に、慌てて管狐は小さな前足を左右に振り回す。
[ち、違うよ。怖いんじゃなくて。ボクの能力は、吉敷のためにあるようなものだから]
「どういう意味だ?」
[小夜子の居場所を遠方からでも探れるのは、ボクだけだよ]
万が一――そのようなことが起きてしまっては困るのだが、本当に万が一の時。
敵に見つかり小夜子が拉致されるような事があっても、居場所を探知できるというのである。
なんとも頼もしい能力ではないか。
それに小夜子の護衛ならば、火霊だけでもつとまりそうな気がする。
逆に言うと、管狐がいたところで何の護衛にもならないのではないか。
彼はまったくといっていいほど、戦いに向いていない聖獣だった。
「よし、いいだろう。お前は俺と共にいろ」
[ウン]
こくりと頷き、満足げに溜息をつくと、管狐は筒の中に引っ込んだ。
本当は、少し怖かったのかもしれない。小夜子と共に敵地へ単身乗り込んでいくのは。


吉敷が家へ戻ると、レオナも九十九も既に集合していた。
居間に兄も兄嫁の姿もないことに、ホッとしながら九十九へ朝の挨拶をした。
「小夜子殿は出立なされたか?」との問いに、「用意ができ次第、発つそうです」と答える。
「用意?」
少し話を聞いて回って、符を置いてくるだけである。
何を用意するのかと訝しがる九十九へ答えたのはレオナ。
ちゅーちゅーと麦茶をストローで吸っていた彼は、判ったような顔で言った。
「女の子は荷物が多いからね。ちょっとのお出かけでも、色々必要なんだよ?」
「お前は軽装だな。女の子のくせに」
からかいながら、吉敷も彼の隣に腰を下ろす。
レオナは、ちょっとムッとした顔で彼を睨み、ぽつんと呟いた。
「だって、よっしーの前で女の子ぶったって意味ないもん」
昨日さんざんオカマと呼んだことを、まだ根に持っているのだろうか。
「ちょっとー源ちゃん、この麦茶苦い!お砂糖持ってきてよぉ」
かと思えば急にキャンキャン騒ぎだし、源太を召し使い扱い。
「ほいほい、麦茶なんてもんは苦みがあってナンボのもんじゃがのぅ」
文句を言いながらも、お人好しに砂糖壺をもって台所から兄が顔を出す。
すぐさま顔を背け、吉敷は九十九へ尋ねた。
「十和田先輩、それで今日は何を話し合うのですか?」
「あぁ、今日は――」「お、吉敷。帰っておったんかい」
九十九と源太の声が重なり、音量の比から源太の声が勝った。
「急にいなくなるもんだから心配したぞ。で、小夜子殿の家に行ったんか?」
だが、兄の話をぶったぎる勢いで吉敷はぶっきらぼうに言い放つ。
「今は十和田先輩の話が先だ、そうですよね?先輩」
「あ?あぁ」
言われた兄だけでなく九十九も驚いたふうであったが、すぐ持ち直し、彼は続けた。
「符陣が張られるまでの行動を、ことこまかに決めておこうと思ってな。と言っても俺と源太は単独で行動するから、問題はお前達二人の行動だ」
「よっしーは敵の陽動を一手に引き受けての囮だったよね?んじゃあ、レオナは何をすればいい?何でもやるよ!」
明るくレオナが受け答え、九十九が何か指示を出すのを聞き流しながら。
吉敷は、ちらっと横目で兄の様子を伺った。
先ほどは少し強く言いすぎてしまった。しょぼくれていやしないだろうか。
――兄と目があう。彼は、ニコニコと笑い返してきた。落ち込んですらいない。
吉敷が呆れていると、九十九へ声をかけられる。
「おい、きちんと聞いていたか?」
「はぁっ?」
とぼけた返事をしてしまい、しまったという顔つきになる吉敷を九十九は窘めた。
「おいおい、しっかりしろ。話を振ってきたお前が聞かないでどうする」
「す……すみません」
これもそれも、兄貴がニヤニヤ笑っていたりするからだ。
自分の不注意を棚に上げて、吉敷は兄へ八つ当たりする。
レオナも苦笑して、先ほど吉敷が聞き流した部分を丁寧にも繰り返してくれた。
「あのね、レオナとよっしーで二段重ねの囮をする事になったから。まず、レオナが大見得切って宣言するの。『狐憑きを祓いに来た!』ってね。釣られた連中を林の中へ誘い込むから、よっしーは頃合いを見て乗り込んできて。そっちは猶神流であることを明確にして、同じように釣られた連中を中央に集めるの」
「わかった。で、どっちにも釣られなかった連中は、どうするんだ?」
吉敷が尋ねると、九十九は彼の顔を指さして、きっぱりと答える。
「お前が全員を釣るんだ。聖獣を使ってでも、例の大太刀を振り回してでもな。次に、小夜子殿が無事符陣を張れた場合の策だが――これは策も何もない。近場で気配を探れば、すぐに大将の居場所は割れる。大将目指して全員で突っ込む。雑魚は放っておけ」
「判りました」
吉敷が頷き、全ての作戦会議は終了した。
嬉しそうに兄貴がにじりよってくるのを横目で確認した吉敷は、急いで立ち上がる。
「すっきりしたところで、軽く修行でもしてきます」
「修行?今さら何をしたところで、急に強くはなれんだろう」
九十九の辛辣なツッコミにも負けず、吉敷は言い返した。
「それでも、何もしないよりは何かしたほうがマシでしょう。俺は、こう見えても神経が細いんです。少し緊張を解きほぐしてきます」
必死で言いつのると、返事も聞かずに居間を飛び出した。
逃げるように出ていく吉敷の背をポカーンと眺め、九十九が呆れた一言を漏らす。
「……何を焦っているんだ?お前の弟は。親玉を退治するのは俺とお前なのに、な」
話をふられ、呆然としていた源太は弱々しい笑みを返した。
「さぁのぅ。先輩の前だというんで、いいところを見せたいのかもしれん」
「いいところ、ね……せめて、あの太刀を振り回せるようには、なってほしいものだが」
九十九は大きく伸びをし、会ったばかりの吉敷を思い出す。
彼は太刀を振り回すだけでも息を乱し、机に刺さった刀を抜けずにいた。
なんとも非力で頼りないが、彼に囮を任せてしまっても大丈夫だろうか。
まぁ……レオナも囮役を引き受けてくれたのだし、最悪の事態だけは免れるだろう。多分。


最悪だ。
気恥ずかしい、どころの騒ぎではない。九十九も不審に思っただろう。
源太を前にした吉敷は、自分で考えていた以上に落ち着きをなくしていた。
夕べ勢いで好きだと言ってみたものの、覚悟がまだ足りなかったようだ。
兄貴の顔を見ただけで動悸が速まるとは。
こんな状態のままで依頼を無事にこなせるとは、自分でも到底思えない。
どこかで取り返しのつかぬ、大チョンボをしでかしてしまう気がする。
気を、落ち着けなければ。
吉敷の足は滝へと向かっていた。
奥山にある彼らの修行場である。
滝の側で座禅しての精神修行は、大婆様に課せられた修行の一環でもあった。
今のように近辺がごたごたしてくる前は、毎日やっていたものだ。
久しくさぼっていたことを再自覚し、吉敷は一人苦笑した。
岩の上で座禅を組むと、静かに深呼吸する。

そうだ、兄ばかりに気を取られている場合ではないのだ。
今回は素人の小夜子を、危険に晒している。
兄を気にかけるぐらいなら、小夜子の安全を祈願するほうがマシだ。

雑念が浮かび、吉敷は首を振る。
駄目だ駄目だ、そんなことを今は考えるな。
頭をカラッポにして、ひたすら滝の水音に耳を傾けよ。
だが今までなら数秒もすれば無我に入れたものが、今日に限っては無理であった。
兄のことばかりが脳裏にちらつき、集中できない。
源太は、吉敷の告白をどう受け止めたのだろう。
兄弟愛としてか、それとも、別の愛としてかで大きく受け取り方も変わると思うのだが。
そして、己は。吉敷自身は、本当はどう思っているのだろう。兄のことを。
兄貴のことは好きだ、本当に。兄弟としてではない。一人の人間として愛を求めていた。
夜、息を詰めているだけで、兄と兄嫁の行為は、すぐに気取れた。
二人の激しい夜に、興奮したこともある。
男女の行為に、ではない。静を自分に置き換えて、妄想していたのだ。
兄になら体を求められても構わない。
夕べは、そこまで告白しなかったのだが――
もし今からでもいい、言ってみたら兄はどういう反応を示すだろうか。
受け入れてくれる?
それとも――拒絶されてしまう?
不意に「よっしっきー」と、不気味な銅鑼声が背後から忍んできたかと思うと。
服の上から指で両乳首を挟まれて、吉敷は飛び上がった。
「うぁっ、あぁっ!?あ、兄貴?な、なに、してっ」
女の子のように胸元を押さえこむ弟を、面白そうな表情を浮かべて源太が見下ろす。
「何、お前の様子がおかしいってんでな、九十九が慰めてこいと俺に抜かしたのよ」
「だ、だからって、いきなり妙な真似することないだろうが!普通に声をかけろっ、声を!」
ぷんすか怒る弟の抗議も何のその。源太は吉敷の隣にしゃがみこみ、気楽に尋ねる。
「で?どうしたんじゃ。小夜子殿の家でなんぞ不味いことでもやらかしたか」
「な……なんで、そうなるんだよ。別に何もやらかしていない」
ぷい、と横を向こうとする吉敷の横面を押さえ、無理矢理自分のほうへ向かせると。
源太は、にぃっと笑って、吉敷の目を覗き込んだ。
「それとも、俺のことでも考えて徹夜しちまいよったか?」
「なっ……」
かぁっと顔が赤くなるのを、自分でも押さえきれない。
赤面する吉敷を抱き寄せ、口づけると、彼が我へ返る前に草むらに押し倒す。
「やっぱり吉敷は可愛いのぅ。俺もな、昨日はお前のことばかり考えておった」
「……ば、バカ!」
押さえ込まれたまま吉敷がジタバタもがいているが、何しろ源太は巨体である。
そう簡単に跳ね返せるほど、軽くない。
「誰が、徹夜したなんて言ったんだ!してないし、勝手に妄想するなっ」
「ならなんで、今日は集中力が皆無なんじゃ?九十九も心配しとったぞ」
言いながら、そろりと片手は吉敷の股間をまさぐり、首筋から鎖骨まで舌を這わせた。
指の動きを速めてやると、吉敷の腕が源太の首へ回される。
しっかりと源太の体に抱きつき、手の動きに併せて小さな喘ぎを漏らした。
そうした吉敷の反応を充分楽しんだ後、源太はもう一度唇を吸ってから、弟に尋ねる。
「昨日、あんなことを俺に言ったんで、気もそぞろなのか?吉敷。そこまで俺が好きか」
「う、あぁ」
潤んだ瞳で弟は頷き、口を吸い返してきた。
そして聞こえるか聞こえないかほどの、蚊のなくような声で、こうも呟いた。
「俺……兄貴と、やりたい」
本当ならば、昨日ここまで聞き出すつもりだったはずの言葉を今聞けた。
素直じゃない弟の本音を耳にし、俄然源太は張り切り、陽気に答えたのであった。
「よし、やるか!」
だが――
いざ、と吉敷の服に手をかけた直後。
兄弟は聞きたくもない一言をレオナから聞かされることになる。
修行場へ乗り込んできたレオナは、開口一番、こう叫んだのだ。
「大変だよ!さよちゃんが、捕まっちゃった!!」


椚区。
狐に憑かれた者がいる、と猶神流へ依頼が届けられて以降。
この地域では何事もなかったかのように見えた。
表面上、この地域は平和であった。
それもそのはず、住民が全て取り憑かれてしまっては、文句を言う者もいまい。
女性と子供は、真っ先に狐霊への生け贄となった。
巨大な霊であればあるほど、現世では多くの霊力を放出する。
狐遣いが狐を操るには、多くの霊気を狐霊へ与えてやらねばならなかった。
彼は――宝和九郎は、その糧に住民を選んだ。
取り憑かせて戦力となる男達ではなく、力も弱く役に立たない女子供を選んだ。
椚区には、礼拝堂がある。
かつて、この国が大陸文化を受け入れた時に記念として建てられたものだ。
住民が全て取り憑かれてしまった後は、とある者が住居として使っていた。
とある者――
狐を皆へ取り憑かせた原因、狐遣いの九郎。彼が今、住んでいる。
髪の長い男であった。
男か女か見間違うほどの美麗でもあるが、口元の嫌な歪みが、それを崩している。
「猶神千鶴は、ここへ来ると思いますか?」
九郎が暗がりへ声をかける。暗がりから返事がした。
「――こぬな。だが、猶神流の霊媒師は必ず来よう」
低い声だ。だが、僅かに含まれる色香が女のものであると判る。
「猶神流の霊媒師……あなたを倒したという、長門日兄弟ですか」
ふ、と鼻で軽く笑い、九郎は掌に小さな狐を呼び出した。
狐の霊は口から炎を吐き、暗い部屋を明るく照らす。
その片隅に、手足を縛られ床に転がされた女性が一人。小夜子である。
怯えた目の彼女に満足したか、九郎は薄い笑いを浮かべて呟いた。
「しかし、苑田の娘を二度も使うことになるとは。縁とは恐ろしいものです」
「……ふん。その縁、私が嗅ぎつけてきたものであること、忘れるなよ」
挑戦的な女の声に、九郎は肩を竦めただけであった。
「覚えておきましょう。しかし、あなたの名誉挽回はこれからです。長門日兄弟を倒してこそ、あなたの名誉は回復される。覚えておきなさい、九鬼」
暗がりに立ったまま、女は小さく舌打ちする。
灯りを向けると彼女は眩しそうに目をそらし、悔しげに応えた。
「判っている。私とて、負けたままで引っ込むつもりはない。手始めに里見玲於奈。そして長門日吉敷を血祭りにあげてやろうぞ」
女は黒いスーツに身を纏っていた。
長い髪に、紅を引いた唇。
女は闇陰庵の悪霊遣い、九鬼辰基であった――

  
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