番外・三 式神
四方八方を見渡すも絶景かな、とはいかず。今日の天気は、あいにくの曇り空。
それでも早朝の空気は澄み切っており、気持ちが良い。吉敷は深々と深呼吸した。
振り返り、兄へ声をかける。
「……兄貴、大丈夫か?」
だらしなく大地に横たわり、犬のように荒い息をしながら、源太が首だけ持ち上げた。
「は、は。久しぶりの大運動じゃけんのォ……も、もう、足がパンパンじゃ」
「もう、だらしないなぁ〜源ちゃんは。ちょっと登っただけでノビちゃうなんて!」
同じく深呼吸を楽しんでいたレオナも振り返り、小馬鹿にした口調で源太をからかう。
源太は「何とでも言っとれ」と、ふてくされ、のびのび横たわった。
「しかし――」
山頂を見渡して、吉敷が呟く。
「伝説の刀は、なさそうだな」
山頂といっても、そう広くはなく。
テント一つ張ったら、それだけで一杯になりそうな面積であった。
こんなところに、ぽつんと刀が刺さっていたら、もうとっくに誰かが持ち去っているはずだ。
所詮、伝説は伝説。昔話に期待する方が間違っている。
「お?なんじゃ、吉敷。昨日は渋っとったのに、探す気満々だったんじゃないか」
むくりと起き上がってニヤニヤする兄貴の顔を一瞥すると、吉敷はフンと吐き捨てた。
「兄貴ほどじゃないぜ。ホントにあったら、土産話のネタになるかなって思った程度さ」
「まぁ、こんなトコに放置されてたら、誰かが持って帰っちゃってるよね」
吉敷が考えたのと同じ事を、レオナもくちにする。
大きく伸びをしてから、本題を切り出した。
「さってと。さっそくだけど、やろうか!よっしーの修行っ」
足下に転がる大小の岩を片っ端から転がして、一定の平らな場所を作る。
霊力上昇の修行には実戦形式が一番だよ、というレオナの指示によるものだ。
「まず最初に、使い魔使役の簡単な説明をするね」
懐から何枚かの白紙と鉛筆を取り出しながら、レオナが言う。
「使い魔っていうのは、術者の霊力を吸収して生きてるんだよ。具体的に言うと……そうだなぁ、術者が放つ霊気を取り込んで動くの」
白紙に文字を書き込み、ふぅっと息を吹きかける。
すると、ただの薄い紙っぺらだったものが、ふわりと犬の形を取り、地面に着地した。
「式神……か?」
驚く吉敷に頷き、レオナは犬の式神を自分の掌へ乗せる。
「これも使い魔の一つだよね。でも、式神の場合は継続して霊力を与える必要はない。最初の一回だけ霊力を与えてあげれば、しばらくの間は自由に動けるよ」
地面へ降ろし、式神へ命じた。
「やれ!源ちゃんを襲えッ」
「お、おい!」
いきなりな命令に吉敷が止めに入るも、犬の式神は一直線に源太へ飛びかかる。
だが噛みつこうかという直前、源太に摘み上げられ、ふぅっと息で吹き飛ばされた。
ふわり、ひらりと飛んでゆくうちに、犬は元の薄っぺらい紙切れに戻る。
「術者より強い霊気を浴びせられたり燃やされたりすると、元に戻っちゃう。それが式神の弱点であり、駄目な点だよね」
と言って、レオナは肩を竦めた。
「召還で呼び出す使い魔、例えばレオナの場合は死霊だけど、彼らを使う場合は」
目を閉じ、しばらく口の中で呪を唱えていたが、肩の力を抜いて源太を見やる。
「ここ、聖なる気が多くて駄目みたい。源ちゃんは何か使役できるもの、持ってる?」
話を振られた源太は、ぽりぽりと顎を掻いた。
「使役か。そういう細々したもんは苦手でのぅ」
源太の得意とする除霊は、霊波動をぶつける方法。
小細工を一切必要とせず、自身の霊力で強引に霊を吹き飛ばす力業だ。
式神を用いることも希にあるが、レオナのように使役しながらの戦いは不得手である。
けして霊力が低いわけではない。あれこれ策を考えながら戦う、というのが苦手なのだ。
「どうしたんだ?死霊を使う場合は、どう、なんだ」
吉敷が尋ねると、レオナは首を振って答えた。
「この山には神聖な気配が漂ってるから、レオナの死霊は呼び出せないみたいなの」
「神聖な気配?」
「うん。管ちゃんなら、判るんじゃない?」
管ちゃんというのは、管狐のことか。
普段は吉敷が持つ竹の筒に入っている、小さな聖獣の名前だ。
胸ポケットから筒を取り出し、吉敷は囁いた。
「起きてるか?」
もぞもぞ、という気配の動きが筒越しに伝わり、やがて白い小さな狐が顔を出す。
[んー。なぁにぃ、吉敷ィ。ボク、まだ眠いのー]
寝ぼけ眼の管狐は、小さな前足で目を擦っている。
「この山には」
単刀直入に吉敷は切り出した。
「神聖な気配が満ちてるらしいんだが」
[うん]
ひくひくとヒゲを震わせて、管狐が頷く。
[満ちてるね。とても良い気分だよ]
「いい気分?」と尋ね返す吉敷へ管狐は再び頷き、大きく深呼吸する真似をした。
[なんていうのかな。心が洗われる気分?きっと皆もそう思ってるよ。他の聖獣達も]
「ここの地場は、吉敷向きかもしれんのぅ」
源太の呟きが耳に入り、吉敷は振り向いた。
「地場が?どうして、そう言えるんだ」
その問いに答えたのは、源太ではなく管狐。筒の中から出た彼は、吉敷の肩を駆け上る。
[ボク達、聖獣にとって気持ちいい地場だもの。だから吉敷にも良い影響を与えるはず]
「さっきの話に戻るけど。召還された強い使い魔は、術者の霊気を吸収して動くの。しかも常に霊気を補給しているから、より的確な指示を与えられるってわけ」
吉敷の傍らに移動すると、レオナはコチョコチョと指で管狐の顎を撫でてやる。
気持ちよさそうに喉を鳴らす管狐を見ながら、吉敷はオウム返しに尋ねた。
「吸収?」
「そ。判りやすく言うと――術者の霊気を吸い取ってるって感じかな」
使役している間は精神を張り詰めてなければならないし、数を動かそうとすれば疲労もする。
肉体的にではなく精神的に、だ。
「使い魔の力は術者の霊力に大きく左右されるの。でも……」
「吉敷の場合、聖獣が個体として存在してるからのぅ。一般概念とは違うじゃろ」
「そうだね」
源太とレオナだけで理解している。
一人理解し損ねた吉敷は、少し不機嫌になりながら二人へ尋ねた。
「聖獣が個体として存在してるってのは、術者の霊力とは強さが比例しないという事か?」
「その通り!吉敷は賢いのぅ」
頭を撫でる兄の手を邪険に振り払い、吉敷は横を向く。
「それぐらい馬鹿でも判る」
じゃれる兄弟を見て、くすくす笑っていたレオナも口添えした。
「よっしーの場合、聖獣は単体で一定の強さを持っている。しかも単体として現世に存在してるから、召還や使役で神経を使うこともないの。でも、だからといって術者の霊力が関係ないかというと、そうでもないんだよ?よっしーの霊力が強くなればなるほど、霊獣の強さも増加されていくんだから」
「俺の霊力が、彼らに力を与える?」
戸惑う吉敷に「うん」と頷くと、レオナは白紙に何かを書き込んだ。
「聖獣は単騎でも強いけど、術者の霊力を加えれば向かうところ敵なしになるんだよ。霊獣の中でも高位に位置する強い霊なんだから」
「その、高位って、具体的には、どれくらいの強さなんだ?」
[神様の次ぐらい]
管狐が答え、うっとりと目を閉じた。
呪を書き込んだ紙を数枚、レオナが大地へばらまく。
すると紙は見る見るうちに大小様々な物の怪となって、吉敷の前に姿を現わした。
「死霊は呼び出せないみたいだから、即席の式神で特訓するね」
牙を剥きだした赤い鬼。
背中から黒い羽を生やした魔物。
下半身が、ぬるぬると光沢を放っている魔物もいる。
「なんというか……女の子の出す式神とは思えないな」
呟く吉敷に、すかさず源太が突っ込む。
「そりゃそうじゃろ、あいつは元々男だ」
いや、そんなことは突っ込まれずとも判っている。
これから女の子として生きる人間にしては、センスが悪いと言いたかったのだが……
「特訓用の式神だもん。可愛かったら、可哀想すぎて倒せないでしょ?」
レオナは、ころころと笑っている。
式神の数は全部で三体。特訓と称した割には、数が少ない。
「さぁ、いくよ。ナメて手を抜かないでね。レオナの式神は強いんだから!」
「ちょ、ちょっと待て。管狐で戦えっていうのか?」
焦る吉敷の傍らに、突然赤い炎が出現する。
「うわっ!」
驚いて飛び退く間にも赤い炎は激しく回転し、やがて小さな馬を形取る。
全身を炎に包まれた小さな馬だ。炎で渦巻いていても、吉敷には熱く感じない。
[吉敷、何驚いてんの?火霊だよ、火霊]
などと管狐に突っ込まれては、術者も形無しである。
「か、火霊か。なんだ、お前、ついてきてたのか?」
[僕たち、ヨシキのいくトコなら、どこにでもついていけるよ]
差し出された掌の上に飛び乗ると、小さな馬――火霊は嬉しそうに体をすり寄せた。
[僕たち、ヨシキとは一心同体だもの]
「そ、そうだったな……って。お前も、そうなのか!?」
[そうですよ]
今度は耳元で、しゅぽん、と水の弾ける音が聞こえた。
小さな水滴が吉敷の肩に落ちてきたかと思うと、それはすぐに小さな蛇へと姿を変える。
「水蛇。お前も来てたのか」
[えぇ]
蛇は頷くと、先ほどの補足を続けた。
[私達聖獣は皆、吉敷、貴方と意識を共有しています。管狐だけではないのですよ]
知らなかった。
管狐だけが、意識を共有しているのだとばかり思っていた。
[キミの感情は、時々わけのわからない雑音も混ざるけど]
背後で風が吹き、吉敷が振り返ると。
木の葉を体に巻き付けた、小指ほどの少年が宙に舞っていた。
「雷角」
名を呼ばれ、嬉しそうに少年が微笑む。
[でも、キミの考えること。俺は好きだな]
「……たくさんいるんだね、お友達」
ずらっと勢揃いした聖獣を見渡し、レオナが呟く。
「よっしーは幸せ者だよ。そんな沢山の聖獣に愛されてるんだから」
実は、この他にも、まだ居るのである。
姿を現わしていないが、風の力を使う『風来』と大地を揺るがす『金剛』も、そうだ。
吉敷の友達を名乗り、彼と意識を共有する聖獣は。
「それだけいるなら、三対三のチーム戦ができるね。やってみる?」
レオナはそう言うと、源太へ白紙と鉛筆を手渡した。
「源ちゃんも式神作ってね」
「式神は苦手なんじゃがのォ……ほいっと」
ぞんざいに散らされた三枚の紙が、形を成していく。
白い大きな狛犬と、青い鬼と、黒髪の美女だ。まるで統一性のない式神である。
「なんだよ、これじゃレオナのセンスのほうがマシじゃないか?」
呆れて溜息をつく吉敷を、レオナが咎めてきた。
「見かけで判断しちゃ駄目だよ、よっしー。源ちゃんが作った式神、強い気を感じるもん」
そうは言うが……犬ッコロと青鬼はともかくとして、だ。
最後の美女はないだろう、と吉敷は思った。
真っ赤な振り袖を纏っているが、白い素足が裾の間から見え隠れしている。
唇に黒い髪の毛をくわえ込み、やたら色気を放ってくるが、お世辞にも強そうとは言えない。
源太は一体どういうつもりで、露出狂の女なんか作ったのだろうか。
「さってっと。じゃあーレオナのチームは、これでいくね!」
レオナが選んだのは、白い狛犬と赤鬼と悪魔羽の三種類。
「じゃあ、俺達は」
三匹選ぼうとする吉敷に、待ったをかけたのは源太。
「吉敷は選ばんでえぇ。じゃろ?レオナ」「うん」
即答し、吉敷からの不服が出る前にレオナは、こう言った。
「これは的確な命令を出せるようにする特訓だからね。皆の特性を掴むのが勝利への鍵だよ」
右から狛犬、悪魔羽、鬼と並べる。
「それじゃ、ルールを説明するね。とにかく相手の手駒を全部潰したほうの勝ちっ!」
なんというシンプル且つ野蛮なルール。
「狛ちゃん、よっしーに噛みつけ!」
レオナの指示で白い犬が、走り出す。
地を蹴り大きく飛び上がった犬が、吉敷の腕に噛みつこうかという瞬間――
「水蛇ッ」
[え?は、はいッ]
吉敷に呼ばれ、あたふたと水蛇が水泡を飛ばす。
もろに犬の顔面に直撃し、狛犬が怯んだところで、レオナが素早く別の指示を出す。
「狛ちゃん退避、赤鬼ちゃん行けぇッ!悪魔くんは狛ちゃんのフォローをお願いっ」
「そうはさせるかッ。水蛇、犬を追いかけるんだ!!」
命じられ、狛犬の後を小さな蛇が追跡する。
だが飛ばした水泡は犬の頭にぶつかるかという直前、鎌の風圧で散り散りになった。
鎌を振りかざした悪魔に視界をとられ、水蛇に一瞬の隙が生まれる。
その時、くるりと狛犬が方向転換したかと思うと、隙だらけの蛇へ勢いよく飛びかかってきた。
[きゃあ!]
犬の鋭い牙が、小さな蛇を二分断する。
気をかき乱され、これ以上は形を留めておけず水蛇は、ふわりと掻き消えた。
「水蛇……ッ、死んじまったのか!?」
驚愕の吉敷に答えたのは管狐。
[死んでないよ!戻っただけッ]と耳元で怒鳴り返す。
「霊気を失った聖獣は霊界へ戻って気を蓄えなおす。こんなの、基礎の常識だよ」
ふふんとレオナに鼻で笑われ、吉敷はカァーッと頭に血が上るのを覚えた。
考えてみれば、吉敷が知っている聖獣の知識とは、なんと少ないことか。
元々使い魔を使役する霊媒師としての修行を積んできたわけではない。
源太のように、己の霊力だけで戦う霊媒師を目指していたのだ。
だから吉敷は使役に関しては、素人以下と言ってもよい。
「し、しかたないだろ?大婆様は何も教えてくれなかったんだ!」
言い訳がましく弁解する吉敷へ冷めた目を送ると、レオナは肩を竦めた。
そりゃあもう、これみよがしに、頭から馬鹿にするポーズのおまけつきで。
「一から百まで全部誰かに教えてもらわなきゃ、よっしーは満足に戦えないんだ?それでよく、プロの霊媒師になろうなんて考えたもんだよね!」
いくらレオナのほうがプロとしての年期が長かろうと。
たかが十七の小僧に、そこまで言われて黙ってるわけにはいかぬ。
「全員かかれ!目標はレオナだッ」
眉尻をつり上げ、誰がどう見ても逆ギレしてる状態の吉敷に命じられ。
聖獣たちは、戸惑いの視線を彼に送り返した。
[レオナ?式神じゃなくて?]と尋ねたのは、雷角。
「文句あるのか!」
怒りの矛先を向けられ、雷角は、ひゃっと飛び退き、口を尖らせる。
[いや、キミがやれっていうならやるけどさ。この勝負は式神を全部倒したもん勝ちだろ?]
「だから、レオナを倒せば全部片がつくだろうがっ」
[式神って、そういうもんじゃないと思うけどな……]
納得がいかないのか、雷角は尚もブツブツ言っている。
[キミって時々子供みたいになるよね。俺はキミの、そういうとこ。好きじゃないなァ]
そっと憎まれ口を叩き、さっそく吉敷に怒鳴られた。
「子供っぽくて悪かったな!!」
ま、いいか。
俺はキミの、そういうところも含めて好きになったんだからね――
怒り狂う吉敷の前で、小さな少年は苦笑する。
「作戦は決まった?」
二人の遣り取りを黙って見ていたレオナに問われ、吉敷よりも先に雷角が答える。
[あぁ。久しぶりに本気で戦うとしようか]
火霊も頷き、雷角と並んで宙に立つ。
管狐は怯えた目で吉敷を見つめていたが、吉敷に一瞥されると、筒の中に引っ込んだ。
風が、どこからともなく、そよと吹いてきた。
それが、再開の合図となった。
雷角の周りを、無数の木の葉が舞っている。
木の葉が彼の体へ触れるたびに、黄色い電気の火花が飛び散った。
火霊の周りに集まってきたのは人魂のようだ。青白い炎の魂魄が、炎の馬を囲んでいる。
やれと命じたものの、吉敷は段々不安になってきた。
雷角と火霊は今、本気でレオナを倒そうと、力を溜めているようである。
こんな二匹は初めて見た。
吉敷の知る二匹は、時折家事を手伝ったりしてくれる世話焼きな獣だったはずだ。
まさか、本気で殺したりしないだろうな?そんな思いが、脳裏を掠めたりもした。
レオナがひゅぅっと口笛を吹く。
「雷角は雷、火霊は炎の聖獣なんだね。惜しいなぁ〜」
[惜しい?]と雷角が反応するのへ、レオナは頷く。
「うん。いくら素材が揃ってても、指揮官が無能だと全く無意味だよね!」
邪気のない笑顔。
だが、吉敷へ好意を持つ者達の怒りを煽るには、充分な笑顔でもあった。
[ヨシキを馬鹿にするなぁッ!]
先に動いたのは火霊だった。
大きく反り返って嘶くと、猛々しくレオナへ向かってゆく。
駆けるうちに何倍にも何十倍にも膨れあがり、小さな馬は大きな赤い炎の塊と化す。
「うおっ!なんじゃあ、ありゃあっ」
源太が叫ぶ。彼にも火霊の姿が見えているようだ。
だが、肝心のレオナは冷静そのもの。火霊が炎を吐こうかという瞬間、ぽつりと命じた。
「狛犬ちゃん、お水を火霊ちゃんにお返ししてあげて?」
喉の奥を鳴らしていた狛犬が一声吼えると同時に、口から勢いよく水泡が吐き出される。
[んなっ!?ぶわっぱっぱぷぅっっ]
勢いがついて止まれない火霊、思いっきり水泡を身に受け、あっという間に消えてしまった。
これには雷角も吉敷もびっくりして、言葉も出てこない。
目を見開いた彼らに微笑むと、レオナは狛犬の頭を撫でながら言った。
「狛ちゃんはね、受けた攻撃を倍加して返す能力を持ってるの。今の攻撃は水蛇ちゃんから受けた攻撃を、蓄積しておいただけなんだよ」
見かけだけで判断するな。始める前、レオナが言った言葉だ。
狛犬は源太の作った式神だ。
つまりレオナは源太の作った式神の能力を、予め把握していたということになる。
源太は何も教えていないのに、だ。
「そ……そうなのか?兄貴」
劣勢で弱気になる吉敷へ、兄は無情にも大きく頷いた。
「うむ。まぁ、見抜こうと思えば吉敷、お前にも出来たんだがの」
「俺が……どうやって?」
「ほら、また誰かに聞こうとしてる〜。自分で考えなきゃ駄目だよ?よっしー」
背後から冷やかしが飛んできたが、吉敷はあえてレオナを無視して兄へ尋ねる。
「うむ、まぁ、ヒントぐらいなら教えてやろう。吉敷、お前の手持ちの聖獣だが……のぞき見の得意な奴がおったじゃろ?」
[覗き見じゃないよ!!]
ひょこ、と筒の中から小さな狐が顔を出す。
そういや、こいつもいたんだった。すっかり存在を忘れていたが……
「管狐に何をやらそうっていうんだ?こいつが戦えるわけ、ないだろ」
反論しようとキーキー鳴きわめく管狐を指で挟み、筒の中から引きずり出す。
小さな狐は一度だけ吉敷を見上げた後、すねたように丸まってしまった。
「別に戦わせんでも、見るだけならできるじゃろ」
「見る?」
首を傾げる吉敷だが、すぐに兄の言いたいことが判って、手を打った。
「ああ!」
弟の様子に、源太も満足そうに頷く。
「そういうことじゃ。管狐は、相手の能力を見極めることができるでの」
ふわ、と白い紙が飛んできた。
目をやると、レオナが白紙を拾い上げている。式神を紙へ戻したものらしい。
こちらの視線に気付くと、彼は苦笑して言った。
「せっかくいい聖獣がたくさんいるんだし、ちょっとは作戦立てるようにしようよ」
[そうそう。じゃないと、俺達の能力も宝の持ち腐れだしね!]
耳元で雷角にも突っ込まれ、吉敷はポリポリと頭を掻いた。
カッカして、そんな簡単なことまで考えつかなかった自分が恥ずかしい。
「すまん。皆にも謝っておいてくれ」
[いいよ。次は頑張ってくれれば]
にっか、と歯を見せて笑うと、雷角の姿は空に紛れた。
「指示の練習は、ひとまず、これでお終い。あとは基礎霊力特訓かな?」
白紙を懐へしまい込み、レオナは山頂を見渡した。
「んー……まずは基本として座禅から始めてみよっか」
さっきも言ったけど、と、今度は風呂敷を懐から出して岩だらけの大地へ敷いた。
「ここは聖なる気に満ちてるから、よっしーに良い影響を与えると思うの」
「その『良い影響』って、具体的には何なんだ?」
渋る吉敷を無理矢理座らせ、源太は結論を急ぎたがる弟を軽く諫めた。
「お前の霊力が高まるかもしれんっちゅう話じゃ。まぁ百聞は一見にしかず。いつもの修行をしてみぃ。気持ちがよくなるかもしれんぞ?」
「気持ちが、ねぇ……って、何やってるんだ兄貴ッ!」
しゃがみ込んで何をするのかと思えば、源太は吉敷の足を縄で縛っているではないか。
両足を縛られたら歩いて帰ることも、ままならない。
「途中で飽きても帰れんように、こうして縛っておくだけじゃ」
「アホか!兄貴と違って、俺は途中で飽きたりしないッ」
吉敷は立ち上がろうとして、ころんと無様に転がった。
駄目だ。この馬鹿兄貴、きっちり結びやがって。歩くどころか立つことも出来ない。
「よっしー。レオナ達は帰るから、一晩ここでみっちり座禅組んでてねっ」
なにやらレオナまでもが、恐ろしいことを言い出した。
吉敷を山の上に放置して宿へ帰る、みたいなことを……
「吉敷。風邪を引いたら、兄ちゃんが密着で看病してやるけんのぅ。まぁ、そうならんよう気張って修行するんだぞ!」
どうやら源太も山を下りるつもりらしい。吉敷をここに置き去りにしたままで。
「お、おい!冗談だろ!?この縄、くそ、固結びにしやがって」
爪で縄をひっかいていると、源太がノコノコと近づいてきた。
さっさと解いてくれと哀願する弟の腕を取るや否や、後ろ手に縛り出す。
「ちょ、ま、待て!何やって、あぅっ」
ぐきっとあらぬ方向に引っ張られて呻いているうちに、両手も縛られてしまった。
「うむ。これで完璧じゃのー」
「なにがだ!」
噛みつかんばかりの勢いで怒鳴る吉敷の頭をナデナデしてから、源太は立ち上がる。
「明日になったら縄は全部解いてやるからの。今夜はここで修行するんじゃぞ」
とても血を分けた兄とは思えぬほどの非情な一言。吉敷の冷めた頭に、もう一度、血が上る。
レオナと源太は吉敷の罵声を背に受けながら、山を下りていった。
△上へ