Dagoo

ダ・グー

23.反撃のターン

――翌日、雪島、森垣、龍騎の三人は学校へ来なかった。
それもそうだろう。
あんな写真を皆の前に晒されては、来たくても来られるもんじゃない。
掲示板に貼られたやつは早々に教師が回収してくれたけれど、公開された裸写真は、あの一枚だけではなかった。
なんと各教室や男女及び教員のトイレなど、学校の至る処に写真の焼き増しが貼り付けられていたのだ。
恐らくは、その日登校していた全生徒が目撃したに違いない。三人のヌード写真を。
全部、キエラとクォードの仕業である。
正確に言うと悪ノリしたキエラ一人の仕業だ。
そこまでやる必要はないと渋るクォードを無視し、片っ端から写真をベタベタ貼り付けて回った。
一教室に一枚なんて可愛らしいもんじゃなく、壁一面に貼り付けた部屋もある。
おかげで昨日は教師達が大変な掃除作業に追われるハメになり、ほとんど授業にならなかったぐらいだ。
「あいつら、自殺するんじゃねぇか?」
肩をすくめるクォードへ、屋上の手すりへ腰掛けたキエラが悪びれずに笑う。
「そんな繊細なタマかねぇ。それよっか白鳥くんは報復を警戒したほうがいいんじゃね〜の?」
「人間風情が何人かかってこようと、俺の敵じゃねぇよ」
吐き捨てると、クォードは屋上からグラウンドを見下ろした。
昨日あんな騒ぎがあったというのに、学校は、もう平穏を取り戻している。
今の時刻は三時間目。体育の授業か、ボールを追い回す生徒達が見えた。
「ダグーは雪島の家に行ったのか?」とクォードに尋ねられ、キエラが頷く。
「らしいね」
少しばかりふてくされて付け足した。
「アフターケアだってよ。ついでに森垣と龍騎の弱みも聞き出してくるってさ」
「……それで、なんでお前が不機嫌になってんだ?」
「だって」とキエラは手すりに寄りかかると、はぁっと大きく溜息をつく。
「俺のダグーちゃんが雪島と一線越えちゃうかもしんないってのに、落ち着いて待ってられますかっての」
「だから」とクォードは眉間に皺を寄せ、再度言う。
「お前は奴の魅了に惑わされているだけなんだよ。さっさと目を覚ましやがれ」
キエラは目を覚ますどころか、胸の辺りをぎゅっと押さえて悩ましげに呟いた。
「あ〜、こんなことなら、あの夜ブチュっとやっときゃよかった!」
魅了は全く覚めそうにない。
呆れて突っ込む気力もなくなったのか、クォードは人の姿――白鳥の姿に変身する。
「なんでもいいが、嫉妬に狂って作戦の邪魔をするんじゃねぇぞ」と忠告してから、屋上を後にした。

その頃、ダグーは雪島の家のチャイムを鳴らしていた。
彼の住所を調べるのは造作もない、犬神が易々と情報を仕入れてきてくれた。
どうやって調べたのかまでは聞かなかったが、大凡の予想がつく。
それに調べる方法が知りたかった訳じゃないから、深く突っ込むのは意味がない。
傷心の雪島に会って、慰めるついでに裸写真を撮るイジメへの反省を促すのが目的だ。
人は自分が実際に酷い目にあってみないと、どれだけ他人に酷い真似をしたのかが理解できない。
今の雪島なら、お説教も素直に聞いてくれるんじゃないかと、ダグーは密かに期待している。
「どちらさまですか?」と呼び鈴に応答したのは、母親ではなく本人だった。
ダグーが「蔵田だけど」の「く」を言うより先に「あっ!」と驚く雪島の声がドアホンから聞こえてくる。
「あの、昨日は大変だったね」
「どうして、俺の家が」
二人の声が重なって、雪島が沈黙する。
もう一度、ダグーは話しかけた。
「君が、昨日酷い目にあったと他の生徒から聞いて、それで心配になって……ドアを、開けてくれるかい?」
すぐさまダダダダッと廊下を走る物音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には表玄関の扉が開かれて。
「うわぁぁ〜〜ん、蔵田さんっ!俺、俺ぇ〜」
泣きながら飛びついてきた雪島を、ダグーはガッチリ受け止めた。

「俺、俺は嫌だったのに、森垣と淀塚が、すっごいやる気になってて、それで」
ひとしきり泣きじゃくって、ようやく落ちついた雪島に通され、ダグーは部屋におじゃまする。
雪島の部屋は思春期の子供にしては片付いており、壁にもポスターの類が貼られていない。
机の上には教科書が散乱していた。
ノートも置かれているが、勉強していたようには見えない。
「嫌々プールんとこ行って、そんで……」
ぐすっと鼻をひとすすりしてから、雪島は上目遣いにダグーを見る。
ダグーは、すかさず彼の頭を優しく撫でて囁いた。
「……撮られてしまったんだね、あの写真を」
「はい……」
「裸になった時は、意識があった?それとも」
気絶中に脱がされたんだろうな、というのはダグーでも予想できる。
秋吉が、そうだったように。
「ないです!ないですっ!!」
何度も首を振って否定すると、雪島はダグーにしがみついた。
「気絶している間に、無理矢理……ッ」
「そうなんだ、酷いよね」と震える背中をさすってやりながら、ダグーはそろりと本題を切り出す。
「前にも、同じ事件があったと聞いたよ。他の子から」
ぴくり、と雪島の肩が反応する。ダグーは構わず続けた。
「前にも掲示板に、裸の写真が貼り付けられたらしいね。もっとも、その時は誰の写真か判らなかったそうだけど。モザイクで顔と大事な部分が隠れていたから」
「そ、そうなんですよォ!」と、雪島が素っ頓狂に声を張り上げる。
「俺はちゃんと加工したのに、白鳥は、あいつは無修正で貼りやがって!!」
言ってしまってから、あっとなる雪島へ、重ねてダグーが尋ねる。
「君が作ったのかい?」
「あ、い、いえ、その……」
もごもご口の中で呟いていた雪島であるが、ダグーにじっと無言で見つめられては、ごまかそうにもごまかしきれず、がっくりと項垂れ自分の罪を小さく認めた。
「はい……」
「その時の、裸写真を貼り付けられた子も、きっと傷ついただろうな」
姿勢を崩さず、ダグーは追い打ちをかける。
「顔がモザイクかけられていたから皆には判らなかったとしても、本人には判っただろうし。その子も気絶していたんだろ?服を脱がした時には。君達と同じ状況だよね。その子が写真を貼り出された日以降、学校に来ていないってのも聞いたよ。不登校児になったそうだ」
じっと厳しく見つめただけでも、雪島は身をすくめてダグーの視線から逃れようとする。
ダグーは逃げようとする雪島の腕を掴んで自分のほうへ向かせると、強い口調で彼に尋ねた。
「君達は、その子に謝ったのかい?もし謝っていないんだったら、今すぐにでも謝ってくるんだ。自分がやられた今なら判るだろ。どれだけ恥ずかしくて、悔しくて、悲しい気持ちになったのか」
反論は許さない。
もっとも、雪島は反論する元気もなくなったのか、うちしおれた表情でダグーの言葉を聞いていた。
「……の……」
「ん?」
「あのっ……俺、謝りに行きます、だから……」
視線を逸らして雪島がどもる。
だからの後に続くであろう言葉を予想して、ダグーも応えた。
「行くなら一緒に行こう。あぁ、それと」
雪島の耳元で、小さく囁く。
「君を嫌いになったりしないから」
途端にパァァッと顔を輝かせる少年の肩を叩いて立ち上がらせると、ダグーはニッコリ微笑んでやった。
もう、それだけで雪島は頬を紅潮させ、瞳をうるませる。
「す、すぐ行きましょう蔵田さん!」
秋吉に謝りたい、というよりは蔵田と一緒にいたいが為のようにも見えたが、贅沢は言うまい。
雪島に謝らせる。やられたら嫌だという気持ちを味わわせる。それには一応成功したのだから。


机の上でスマホが点滅する。
授業中だというのに一切お構いなしで白鳥は電話に出た。
教師は、それを注意するでもなく、黒板に向かっている。
白鳥が金持ちの息子だから?
いやいや、そうじゃない。一応、初めのうちは注意したのだ。
だが女子の猛烈な抗議に遭い、先生は一日で白鳥の素行をどうにかするのを諦めてしまった。
何しろ一旦騒ぎが始まってしまうと、授業にならなくなってしまうのだから仕方ない。
どの子も血走った目で一斉に、がなり立ててくる。
何かに取り憑かれているのではないかと不安になるほど、彼女達の瞳は狂気に彩られていた。
女子だけが反発してくるというのも不思議であった。
男子は何をしているかというと、我関せずノートに向かったり、さも迷惑そうに視線を外したり。
女子の大騒ぎを止めるかと思えば、そんなことは全くなく、嵐が収まるのを大人しく待っている始末。
まるで女子と白鳥にクラス全体を乗っ取られてしまったかのようだ。
フランクな調子で白鳥が電話の相手と話している。
静まりかえった教室に、彼の声が響き渡った。
「あぁ、俺だ。そうか、雪島がこっちに向かってんのか。あぁ、まだ五時間目の最中だぜ」
雪島の名前に、ぴくりと数人が反応する。
昨日の写真騒ぎは皆の記憶にも新しい。全裸の主が誰なのかも、はっきり判っている。
三年の淀塚と雪島、そして一年の森垣。
森垣は背が大きいから目立つ存在だったし、雪島は剣道部の主力選手だ。
淀塚に至っては学園のアイドル的存在である。知らない生徒のほうが少なかろう。
「判った、あいつを捕まえとく。さっさと来いよ」
ニヤリと笑って通話を切った白鳥は、教師の背中へ声をかけた。
「悪ィな、授業を邪魔しちまって」
ちっとも悪いと思っていなさそうな表情であったが、教師は「いや、構わない」だのと呟くと、何事もなかったかのように授業を再開した。

全く別の場所、佐熊達が待機している犬神事務所にもダグーからの電話が入る。
すぐさま犬神が受け取り、受話器を肩で挟み込みながら、キーボードで素早くメモを取る。
「はい、はい……そうですか、ご苦労様です。ダグーさんは、これからどちらへ?……あぁ、そうですか。判りました。では引き続き、頑張って下さい」
通話が切れるや否や、御堂がせっついてくる。
「どうした?なんだって、ダグーのやつ」
「雪島くんから二人の情報を聞き出したそうです。ダグーさんは、これから彼と一緒に秋吉くんへ謝罪にゆかれるのだとか」
「ほぉ、謝る気になったってぇのか。今時のガキにしちゃ素直じゃね〜か」
ひゅう、と口笛を鳴らす御堂の横では、佐熊が素直ではない感想を漏らす。
「どうですかね。素直な心で謝るならいいんですけど、下心がありそうですよ」
ダグーも一緒に行くというのが、引っかかるのだろう。
雪島は、笹川の話によればダグーの魅力にクラクラになっているらしいので。
犬神は何も言わなかったが、御堂は一瞬、彼の瞳の奥に暗い嫉妬の炎を見たような気がした。
あえて気づかぬふりで先を促す。
「で?連中の裏情報ってなぁ、どんなんだ」
「まず、ですね」と先ほどメモッた画面を見ながら、犬神が読み上げる。
「龍騎くんは足が臭くて、夏場は靴下をかかさないそうです」
「ハ?」とハモる二人を横目に、次々読み上げた。
「あと、おならも相当臭いらしく、特に芋系の放屁は息も出来ない臭さだそうで……」
実際に嗅いでしまったかのように、犬神が鼻の上に皺を寄せる。
「酷い裏情報ですね」と佐熊も文句をつけ、御堂が犬神のパソコンを覗き込んだ。
「ほぅほぅ?龍騎ってやつぁ脇もヤベーのか。全部匂いでごまかしているってよ!」
「ワキガの王子様、ですか。学園のアイドルにしちゃあ、体臭の強い男ですね」
等と辛辣な感想を述べつつ、早くも佐熊は裏サイトを開いている。
「まだあるぞ。森垣は重度のキモオタだってよ、部屋に等身大ポスターが貼ってあるって」
「えぇ、それも二次元美少女の等身大ポスターです。抱き枕も所持しているようですね、同じキャラクターの裸体が描かれたものを。洗濯してはいるのですが、ところどころ染みがついているそうです。使い込まれているようですね」
顔色一つ変えずに犬神も読み上げ、ふぅっと溜息を一つ漏らす。
「どうした?」と御堂に尋ねられ、彼は物憂げに頷いた。
「……これ、全部ダグーさんが雪島くんから聞き出したんですよね?」
「あぁ」
「友達の秘密を、こうもあっさりしゃべってしまうというのは、どうなんでしょう?人として。しかも、ほとんど知らない相手じゃないですか、ダグーさんは彼にとって。彼らの友情とは、ここまで儚いものだったのですか」
「そんだけダグーの誘惑が強いってこったろ」と、御堂はさして問題にしていないようであったが。
さすがに佐熊は犬神の落胆に気づいたのか、同情するような言い方をよこしてきた。
「俺達が思っていたよりは、堅い友情じゃなかったのかもしれませんよ。あの三人。単に三人いっしょにつるんでいただけ、なんてのは学生時代には、よくある話ですしね」
「そう……なんでしょうか」
やはり犬神は浮かない顔をしていたけれど、でも、と気合いを入れ直して、こちらも裏サイトを立ち上げる。
「せっかくダグーさんが聞き込んでくれた情報ですし、活用しないといけませんね」
「その通りです」と両手は忙しなくキーボードを叩きながら、佐熊が同意する。
「奴らが二度と学校に来られなくなるぐらい、徹底的に有効活用するとしましょう」
佐熊の口元に邪悪な笑みを見つけて、犬神が眉をひそめる横では。
御堂が掲示板に打ち込みながら、ぼそっと付け加えた。
「どうせなら、尾ひれつけて盛大に誇張してやろうぜ」
「あのヌード写真はワキガ王子の趣味だったとでも?」
「そうそう、昨日の写真と絡めてみるってのも面白そうじゃね〜か」
クックックッと大人げなく笑う二人にドン引きしたか、その後の犬神は殆ど無言で時を過ごした。


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