Dagoo

ダ・グー

21.作戦開始!

その日、森垣は自分の目を疑い、耳をも疑った。
「剣道ってのに興味がわいてきたぜ」
以前くだらないの一言で誘いを蹴った白鳥が、一転して笑顔で言い出すものだから。
次の作戦は既に立ててあった。
しかし彼と一対一になる場面がなくて、手をこまねいていた状態であった。
まさか、今頃になって前の作戦に引っかかってくれるとは。
好都合だ。新しい作戦は前の作戦よりも難易度が高くなっていたから、前ので済むなら幸いである。
森垣も笑顔で頷き返し、「それじゃ放課後、プール横の更衣室前で待ち合わせましょう」と答えた。
「プール横?部室じゃねぇのか」と白鳥に聞き返され、段取り通り説明する。
「部室だと声がよく聞こえないでしょ?剣道やるなら最初は簡単に説明しとかないと。まずは部長と話してみて下さい。体験は、そのあとでってことで」
剣道部の部長――ダグーの話では、淀塚 龍騎という名だったか。
三年生、文武両道で学園のアイドルと聞いている。
そんな奴が何故、緑 秋吉などという超雑魚を虐めていたのかは理解に苦しむ。
緑 秋吉は何の取り柄もなさそうな、平凡な少年だった。
廃屋ビルで出会った時は人畜無害そうにも見えた。
誰かと対立したり、気を悪くさせるような人間にも見えなかった。
だが人間は時々、理解しがたい不可解な行動を取る。
龍騎の行動も、その一端なのかもしれない。
白鳥ことクォードは口の端を歪めて笑うと、もう一度頷いた。
「いいだろ。それじゃ放課後、また会おうぜ」
去っていく白鳥の背中を見つめていた森垣は、さっそく携帯電話を取り出すと龍騎の番号をプッシュした。
「あ、淀塚先輩。俺です、森垣です。今ね、白鳥のやつが……」
しばらく電話で指示を仰いだ後。電話を切った森垣は、いそいそと部室の並ぶ棟に向かう。
カメラを用意しなきゃいけない。暗闇でも撮れる、高性能なやつをだ。
写真部の備品を、こっそり拝借させてもらおう。

一方、雪島にも転機が訪れていた。
嫌だ嫌だと思っているうちに、嫌悪が恋心に変わってしまったガードマンの蔵田と、ばったり鉢合わせたのだ。
場所は中庭、あと十分足らずで一時間目が始まろうという頃。最初に彼と出会った場所でもある。
ばったり鉢合わせた、というのは正確ではないかもしれない。
雪島は無意識に蔵田の姿を追い求め、蔵田のほうでも雪島を探していたようであった。
こんな朝早くにガードマンが出勤してきているのは珍しい。
教師に見咎められなかったのだろうか?
……といった理性は、既に雪島の脳裏から消え去っていた。
彼は、うわずった声で蔵田に話しかける。
「あ、あ、あの……会いたかった、です……」
蔵田はニッコリ微笑み、雪島の肩に手を置いた。
「俺もだよ。あの時、君の様子がおかしかったからね。ずっと心配していたんだ」
そうしただけでも少年の頬は真っ赤に染まり、潤んだ瞳が蔵田を見上げる。
「あ、く、蔵田さん……っ!俺、俺……あなたのことが」
ぐびっと生唾を飲み込み、一気に「すっ、好きです!!」と言い終えると、ぎゅっと蔵田に抱きついてくる。
出会って二回目という態度じゃない。まるで恋する乙女のような振る舞いだ。
やはり笹川の言うとおり、自分には魅了の力があるようだ、と蔵田――いや、ダグーは思った。
ボサボサの頭を撫でてやりながら、ダグーは優しく囁いてやる。
「雪島くん……ありがとう、嬉しいよ」
「え、あ、お、俺の名前、どうして……?」
顔をあげる雪島へ、間髪入れずイケメンスマイルを浮かべたダグーが答える。
「調べたんだ。君が、心配だったから」
ちょっと微笑むだけでも相手は心拍を高鳴らせ、ほぅっと歓喜にふるえた吐息を漏らし、強く抱きついてくる。
何か気の利いたことでも言わなきゃいけないかと思っていたのに、案外チョロイものだ。
ダグーの役目は雪島を味方につけて、森垣や龍騎との連携を崩す事にあった。
クォードは森垣と一度会ったことがあるらしく、殴り倒す役を買って出てくれた。
他の皆も、秋吉のイジメの仇を討つ方向で動いている。
何しろイジメっ子三人には、見えない場所で殴りまくって、ネットで嘘八百のデッチアゲ話を流しまくって恥ずかしい写真を学校のあちこちに貼りつけて、泣きながら土下座させてやらなければならないのだ。忙しい。
ダグー一人では手一杯でも、強力な仲間が何人も増えた今なら出来ない内容ではない。
そっと抱きついた手を離させると、ダグーは雪島の側にしゃがみ込む。
「雪島くん。俺のことを好きなら、聞いて欲しい話があるんだ」
「な、何ですか……?」
雪島の唇にくっつきそうな距離まで顔を近づけて、そっと尋ねる。
「君にしか出来ない頼みだよ。俺のことが好きなら、やってくれるよね?」
緊張のあまり硬直した雪島少年が、きちんと返事をするまで、何度も耳元で悪魔の誘惑を囁いた――
すなわち、森垣と龍騎へのスパイ行動を雪島に頼んだのである。

学内でクォードとダグーが行動を起こしている間、佐熊と犬神、それから御堂の三人はネットを開いていた。
「こいつが裏サイトってやつか。ったく、今時のガキは陰険だねぇ〜」
悪態をつく御堂を横目に、犬神が画面をスクロールしていく。
裏サイトと呼ばれるサイトの殆どが匿名の掲示板形式だ。
学校の生徒じゃないと判らないような内容で書き込みが埋まっており、その大半が誹謗中傷である。
表には出せない、だから裏サイトと呼ばれているのだろう。URLも、知る人ぞ知るアンダーな存在だ。
一時期話題になり、今ではだいぶ数も減った。
それでも完全に消滅しないというのは、需要がある証拠だろう。
「学生にもガス抜きの場が必要なんでしょう」
暗い瞳で眺めながら、犬神は応えた。
「にしたってよ、本人の見てねー場所で悪口三昧たぁやることがせこっちくねぇか?」
まだ探偵は言い足りなさそうであったが、一通り目を通した佐熊に愚痴の続きを遮られる。
「だったら御堂さんは学生諸君に直接そう言ってあげるといいですよ」
「言おうにも匿名ばっかじゃねぇか」
「そうです、匿名ばかりです。誰が言ったのか判らない、だからこそ悪口大会は盛り上がる」
「陰険だな……」
何度目かの同じ言葉を御堂が呟き、佐熊は大きく伸びをした。
「三人のうちの一人に詳しい内部事情を教えてもらったら、反撃開始といきましょうか」
ネットであることないことイジメっ子達の中傷を書き込みまくるのが、三人に与えられた役目だ。
無論、あまりに荒唐無稽すぎる嘘は駄目だ。ある程度のリアリティーが必要とされる。
「こういった場で一番ダメージを与えられそうなのが、こいつですよね」
イジメっ子リストの一番上に書かれた、龍騎の名前を指で突いて佐熊がニヤリと口の端をつり上げる。
「あん?どうしてだ」と、よく判っていない探偵には、薄い笑みを浮かべて補足した。
「こういう常に人の目を気にしているような奴はね、精神攻撃に弱いもんです。こいつの致命的な弱みが見つかれば、いいんですがねぇ」
「なんか嬉しそうだな?お前……」
御堂にドン引きされたが、構う事はない。
文武両道、学園のアイドルで女の子にはモッテモテ。
顔は美形でスタイルもよく、運動能力抜群。
チートの塊みたいな龍騎少年は、佐熊の一番嫌いなタイプであった。
一見完璧な奴というのは、どこかに大きな弱点を抱えているものだ。そいつを白日の下に晒してやりたい。
女の子に見向きもされなくなり、学力が落ちてスポーツでも目立たなくなった時が、こいつの最後だ。
一刻も早く敗北を味わわせる為には、情報が必要だ。女の子をガッカリさせるレベルの致命的な情報が。
もはや秋吉の仇討ちなどそっちのけで、佐熊は己の野望に燃えるのであった……


残りの面々は廃屋ビルの屋上に集まっていた。
「我々は何をしましょう?」とクローカーに話をふられ、笹川が答える。
「今のトコは、あいつらにお任せして、どうしても手が必要ってなった時に手伝えばいいんじゃね?」
だが、その前にやっておかなければいけない事がある。
侵入者騒ぎへの決着だ。警備員の大原と山岸は、未だ侵入者がウロウロしていると信じ切っている。
「一応お前らを警備員とこに連れてって、これこれこういうわけで捕まえましたって報告しなきゃな」
「で、その後は?俺らをケーサツにでも突き出すわけ?」とキエラが尋ねるのへは、肩をすくめた。
「警察にゃ〜突き出さないでしょうよ、あの二人だって内密に事を終わらせたいはずだし」
「では、ごめんなさいと謝罪しておきましょうかね」
軽口で加わったクローカーに頷き、笹川はクローカー、キエラ、ランカの三人の顔を見渡した。
いや、一番最後のランカをじっと見つめた後、「お前はいいや」と彼女だけ外した。
「なんだ、ランカだけ仲間はずれか!?ずるいのだ、ランカも混ぜるのだ!!」
たちまち色めき立つランカへ、キエラがフォローに入る。
「違うって、お前はダグーんとこで世話になってんだろ?お前とダグーの繋がりが連中にバレた時が面倒だから、ひとまずお留守番してろっつってんだ。そうだろ?笹川」
「そうそう」と笹川も頷き、再度念を押す。
「ついて来ちゃ駄目だぞ?ダグーを不利な状況に陥れたくなかったら」
「ブー……判ったのだぁ」
不承不承頷く少女を置き去りに、クローカーとキエラを従えて笹川は一旦、近場の喫茶店に落ち着いた。
今の時間で用務員室へ行っても誰もいまい。かといって学内を歩き回るのは言語道断。
報告は日没になってからでいい。作戦は始まったばかりだ。


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