Dagoo

ダ・グー

20.共同作戦

ごうごうと激しい風の音が、耳の中で唸りをあげている。
顔面に風が当たってきて息苦しい。
しかし佐熊には拒否する権利は勿論のこと、首を横に背ける権利すらも与えられていなかった。
「…………あ、あぁぁぁぁ〜〜〜ッ!?
悲鳴と共に高級住宅地の真上をすっ飛び、白鳥邸の二階の窓へ体当たりするまでは。
恐らく動力もなしに生身で空を長距離飛んだのなんて、自分達が世界初だろう。
体に降り注ぐガラスの破片を手で落としながら、ヤレヤレと佐熊は愚痴垂れた。
「……おやおや。随分と乱暴なご登場で」
皮肉めいた言葉に顔をあげれば、そこに立っていたのは黒服長髪のクローカー。
奴だけじゃない。魔族大集合だ。その中には、ダグーもいた。
「さぁ、ダグーさんを返してもらおうか!」
威勢良く犬神が叫ぶのへは、当のダグーが返答する。
「いや、待って犬神くん。流れが変わってきたんだ、まずは俺の話を」
そいつを笹川が遮った。
「魔族どもっ、いよいよ年貢の納め時だぞ!」
「不法侵入して、言いたいのはそれだけか?」と、クォードが不敵に笑う。
笹川も鷹揚に言い返した。
「だが、ご家族が駆けつけてくる事はないんだぜ。結界を張らせてもらったんでな」
一触即発な雰囲気で、ダグーが再度騒ぐ。
「あ、あの、皆、俺の話を聞いてくれないか?」
しかし、逆上している犬神の耳には届かない。
彼は小箱を取り出すと、とんとんと指で二回軽く叩いた。
「おいぬ様、出ませぃ。かの魔族達を打ち払え!!」
途端に小箱からは、ぶわぁっと黒い影が飛び出し、魔族達へ一直線に遅いかかる。
だがキエラとクォードを飲み込まんとする直前で、何かに弾かれ後ろへ退いた。
「お前の手は何度も見せてもらったかんな、二度は効かねーよ」
キエラにせせら笑われて、犬神はギリッと歯がみした。
「くそ……だが、僕のおいぬ様は飛びかかるだけが能じゃありません」
「ほぉ?他にどんな手があるってんだ、お手並み拝見といこうじゃないか」
あざ笑うクォード、犬神が口の中で呪詛を唱える横では、笹川とクローカーが睨み合う。
「一番魔力の高い奴がリーダーと見た……つまり、お前がリーダー格だな?」
「さぁて。どうでしょう」
涼しい顔で笹川の追求を退けたクローカーは、逆に問い返してきた。
「あなたを雇い、我々を捜して退治しようともくろむ首謀者の名前を教えて頂きましょうか」
「聞かれて素直に言うと思うか?」と、笹川。
クローカーも鼻で軽く笑うと「そうでしたね」と小さく呟き、両手に魔力を集め始める。
二人の攻撃が完成する前に、犬神がキエラとクォードに仕掛けた。
「ゆけ、おいぬ様!奴らの呪鎖を断ち切ってやれ」
――いや、仕掛けようとして寸前で「ま、待て!!」と己の式神を呼び戻す。
なんとダグーがキエラとクォードを庇う位置に飛び込んできて、「待って!犬神くん」と叫んできたからだ。
「ど、どうして……?ダグーさん」
困惑する犬神へ、ダグーの叫びが重なる。
「どうして俺を無視するんだ、皆!話を聞いてくれって言っているのに!!」
よくよく見てみれば、ダグーは涙ぐんでいる。
皆によってたかって無視されたのが、相当堪えた様子だ。
一人出遅れた佐熊が話を促した。
「話とは、なんです?まさかダグーさん、あなた魔族側へ寝返ったなんて言うつもりじゃ……」
「違うよ」
ぐすっと鼻をすすり上げ、それでも多少は機嫌を治した彼が言うことには。
「さっきクローカー達と話したんだ。学校からクローカー達が出て行く条件として、代わりにイジメッ子退治を手伝ってもらうことになったんだ」
にっこり微笑むダグーに誰もが沈黙し、一時の間を置いてから、けたたましく騒ぐ佐熊と笹川で室内は蜂の巣を突いた如くの大騒ぎになった。
「なんですって!?寝返るよりも最悪じゃないですか!」
「ダグーちん、本気なのん?そいつらに手を貸してもらったらイジメッ子達は死亡フラグだぞよ?」
「い、いや、もちろん手加減はしてもらうよ。だから皆とも協力して貰って」
ダグーの申し出は、間髪入れず佐熊が拒否する。
「言っとくけど、俺はしませんよ?俺が手伝いを依頼されたのは魔族の捕物帖だけですからね!」
「俺だってそーだよ」とは、笹川の弁。
「俺ぁ元々魔族が狙いだもんね、イジメッ子問題はそっちでやってちょ」
ぽかーんとしていた犬神も、ようやく我に返る。
「あ、あの、ダグーさん……一つ、質問が」
「なんだい?」と振り返るダグーへ、小声で尋ねた。
「見返りは、何なんですか?魔族があなたの手伝いをする見返り」
「あぁ、だから学校から手を引くって」
「それの他にもあるんでしょう……?」
心配の目で見つめられ、ダグーは内心ギクリとする。
さすが犬神くんだ、鋭い。
「え、えぇと、魔族の手伝いを少しだけ」
「結局寝返ったんじゃないですか!」
ヒステリックな佐熊の非難をBGMに、キエラがダグーの肩を抱き寄せる。
「ま、ダグーちゃんとしては仕方ないよな。手伝わないと痛い目に遭ったりするもんねぇ」
ダグーは震える声で魔族の挑発を遮った。
「そ、それが怖くて引き受けたんじゃないよ」
じゃあ何故?と視線で三人に尋ねられ、だんだん弱気になってきたのか、ぼそぼそと続けた。
「クライアントに危害が及びそうだと判ったら、言うことを聞くしかないだろ……?」
「結局脅迫に屈したよーなもんやね」と笹川が言い、犬神は両者を見比べて沈黙する。
佐熊には敵意の目で睨まれているしで、ダグーは非常に居心地が悪くなってきた。
確かに、自分が佐熊達の立場だったら裏切り以外の何物でもない。
だが、それを言うなら――もし佐熊達が自分の立場に陥ったとしたら、彼らはどう対処したというのか。
「俺は、どうすればよかったのかな……?どうすれば、皆が納得できる結果へ持っていくことが出来たんだろう。ねぇ、犬神くん」
すがりつく想いで一番仲の良い相手に尋ねると、犬神はしばし思案した後、小箱に式神をしまい込んで言った。
「ダグーさん。彼らは何故魔力を集めているのか、尋ねてみましたか?」
「え、あ、えぇっと」と今度はクォードにすがる視線を向けると、クォードが答えた。
「あぁ、そういやまだダグーにゃ教えてなかったな。俺達は上位魔族の命令で魔力を一定量集めるよう言われている。安心しろ、人間界に害を及ぼす物じゃない。魔力は魔界で使われる手はずだ」
「本当ですか?」
犬神が念を押す。クォードは真面目な表情で頷いた。
「あぁ。最初っから俺達は魔力の抽出だけを目的としていたんだ。人間に危害を加える気なんか全くなかったのに襲いかかってきたのは、お前らのほうだぜ」
「けど、魔力を抜かれた人間は――どうなってしまうんだ?」
佐熊の疑問にもクォードは素直に答える。
「どうもしやしねぇよ。普段より多少疲労を感じるのが早くなる程度だ。それだって時間の経過と共に慣れて、そのうち何でもなくなる」
「えっと、じゃあ、神隠しの件は?」
ついでとばかりにダグーも質問してみた。
「神隠し?なんだそりゃ」
クォードが怪訝に眉をひそめる横で、クローカーが何かに思い当たって頷く。
「結界に閉じこめて魔力を抽出した少女達ですね。彼女達の時間を止めさせて頂きましたから、記憶に時間のズレが生じたのかもしれません」
「魔力を抜かれても命に別状はない、ですか……」
佐熊と犬神は考え込んでいる。
クォードの言葉に、だいぶ心を動かされているようだ。
一人大人しい笹川へダグーが視線を向けてみると、彼もまた考えに耽っていた。
ダグーの視線に気づいたのか、笹川が顔を上げた。
「……お前らの話が正しかったとしても、だ。魔族が人間界へ勝手に干渉するのは禁じられている」
「誰が禁じたっていうんだ?勝手に決めるなよ、俺達に断りもなく」
茶化しに入るキエラを制し、クォードが話に応じる。
「なるほどな。お前の背後は国家や政治家と言ったチャチなもんじゃなさそうだ。で?そいつらの依頼通り、お前は俺達と敵対する側を選ぶってわけか?」
対する笹川の答えは、意外なものであった。
「いんや」
両手を挙げて首を真横に振ると、彼は笑顔でこう答えた。
「お前ら魔族だけを相手にするってんなら、ともかくも……ダグーに犬神くん、それに多分佐熊くんも敵に回るってんじゃ面倒臭いしね。それに、ダグーらを倒すのは任務に入っていないことだしィ?仕方ないね、俺も一応ダグーの手伝いをする間は味方についてやんよ」
「いや、ちょっと待ってください、俺はまだ」
なにやら反論しかける佐熊の声に、犬神の声が重なる。
「僕の依頼主はダグーさんです。ダグーさんが依頼するのであれば、僕はどこまでも従います。ダグーさんに危惧をなすというのであれば、笹川さん……あなたでも容赦しません。しかし味方に回るというのならば、歓迎しますよ」
「でっしょぉ〜?」
笹川はニヤニヤ笑い、犬神も口の端をほんのり歪める。
そんな二人を交互に見比べて、最後にダグーを見やると、佐熊は大きく溜息を吐いた。
「さ、佐熊くん。あの、イヤならいいんだよ?断っても」
もごもご申し訳なさげに呟くダグーを遮り、さも嫌そうに佐熊が言い放つ。
「仕方ありませんね。俺の依頼主もあなたです、ダグーさん。いいでしょう、あなたが望むままに依頼してもらいましょう」
「佐熊くん……」と潤みかけるダグーの涙腺の流れをも遮り、佐熊は素っ気なく付け足した。
「誤解しないでください、俺があなたに協力するのはビジネスだからです。何しろまだ、依頼料を頂いていませんのでね。このまま帰ったら、とんだ無駄足だ」
素直じゃない佐熊の言い分に、ますますダグーの涙腺は緩み、感激する彼をそっちのけに笹川が場を仕切り始めた。
「んで、手始めに何をやる?つかイジメっ子退治っつーけど、そもそも誰よ?そいつら」
そういや詳しい事を知る者が誰もいない。
感激して嬉し泣きするダグーと、新宿に残してきた御堂以外は。
「じゃあ、さっそくココで作戦会議といこうぜ。そこのダグーに概要を聞いて」
クォードが頷き、後から入ってきた一同は適当な場所に腰を下ろした。


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