Chapter3-3 暗躍する影
ソレイアはガイワイア星の北に位置する国であり、先の大戦では一番被害の少なかった国でもあった。
終戦後、国の傭兵部隊スリーフォックスは解散となり、SAYCSは限られた一部の者だけに扱える機械へ指定された。
「――その一部が、あんただってのかい?」とエリーに問われ、ゼインが頷く。
「俺とフェンは大戦を終わらせた功績を讃えられて、SAYCSの研究を許されている」
先の大戦とは如何なる戦いだったのか。
簡単に言うと、全ての人工バイノアを創り出したサイラックス=アゲインが母国オーソリアンにて反旗を翻し、使い捨ての駒とされてきた人工バイノアに生命権を与えた戦いであった。
「というのは世間へ向けた建前で、実際には今でも人工バイノアは使い勝手のいい傭兵止まりです」との若葉の愚痴を交え、フェイ達は、この惑星の今を教えてもらう。
大戦後、ノンポリは武器を捨て、メキシクとツェッペリンはオーソリアンと同盟を結び、ソレイアは鎖国する。
敗戦国のメキシクとツェッペリンは治安や物価が最低まで落ち込み、多くの国民がオーソリアンへ移住した。
それが辺境にいる今の住民である。
「さっきメキシクとツェッペリンに行くっつってたけど、この二つは誰でも入国可能なのかい?」
エリーの問いに若葉は首を真横に振って答えた。
「いえ、入れるのは一部の研究者と傭兵ぐらいで……バイノアは人工、天然関係なく入れませんし、SAYCSを持たないヒトは問答無用で却下です」
フェイが首を傾げる。
「どうして?サイクスを持っている人のほうが物騒じゃないの」
「彼らが早急に欲しているのはSAYCSの知識なんです。ですから、バイノア以外の研究者と傭兵は無条件で入国できます」
戦争が終わっても、この星の文明を支えているのはSAYCSの知識であり、特に重要なのが"再生"と"記憶"の二つだという。
「再生とはSAYCS及び機乗者の命を復活させる機能で、記憶とは死者の残した戦闘記録を他者へ移す機能です」
「命を!?」と驚く四人に、若葉は物憂げな表情で頷く。
「再生機能を持つSAYCSの近くで戦う限り、ヒトは不死身になれる。大戦でも僕らは苦戦させられました。メキシクのアルフレッド=アルファーが開発した機体に」
「そんなの、よく倒したねぇ」と感心するフェイに、ジャックが微笑む。
「再生機能を持っていても、本体は再生できないからね」
「あくまでも再生機能は他者へ向けて使われる機能です。アルフレッドの所持するフェザーリングを倒すことで、僕らはメキシクとツェッペリンの大軍を打ち破りました」
若葉いわく、再生も記憶も本来はバイノアが持つ異能力で、それを移植することでSAYCSでも使えるようにしたのだと言う。
「移植って?」と首を傾げるフェイには「簡単だ。死したバイノアの脳をSAYCSに組み込むんだ」とゼインが答える。
なんでもないことのようにサラッと言われて、フェイ達は咄嗟に言葉が出てこない。
死ぬ前も死んだ後も道具のように扱われたんじゃ、そりゃ〜サイラックスも反旗を翻すわけである。
終戦後のバイノアは道具扱いを免れたのかとヒョウが尋ねると、「表向きには、な」と歯切れ悪く答え、ゼインは続けて言った。
「バイノアには天然と人工、素体の三種類がいるんだが、素体に再生と記憶、両方の能力を加える研究が水面下で行われている」
「素体、って?」
またまた首を傾げるフェイに、フェンが「人工バイノアの基礎として創り出された実験体です。本来は疑似人格を与えて戦闘記録を取る為に誕生した存在だったんですが、今は素体に直接能力を植え付けるのが流行っているようです。素体は人工バイノアと違って、生命権利を持ちませんからね……」と、どこか浮かない顔で答える。
「なんだい、じゃあ、その素体ってのが人工バイノアの代わりになっただけじゃないか!」
エリーが憤慨する横で、エデンは結論を急ぐ。
「ふむ、現状は概ね把握したぞ。さて、お前さんがたは各自乗り物に武器を取り付けた後、先の二国へ侵入するとして、儂らは何をすればよいのかの?」
「さしあたって、情報収集を手伝ってもらえますか?」と、若葉。
「情報収集?」と首を傾げるフェイ、エリー、エデンの三人に「そうです。ここ最近、二つの国で変わった出来事が起きたかどうかを聞き出して下さい。どんな些細な出来事でも構いません」と付け加える。
「些細な出来事って、どこそこのおばさんが再婚したとか、そういうのでもいいの?」と、これはフェイの聞き返しに苦笑しつつも若葉は頷く。
「えぇ。そういうのでも構いません。全ての出来事を照らし合わせてみたいんです。新しい情報が出てくるかもしれませんので」
「何が出てくると予想しているんだ?」とヒョウに尋ねられて、若葉は「アルフレッドは再生に強いこだわりを持っていました。戦犯として財産全てを剥奪された彼が、未だ良からぬ画策をしている可能性もあります」と答えた。
「アルフレッドって倒したんじゃなかったの?」と驚くフェイにも「倒しはしましたが、殺してはいません」と答え、若葉は、どこか遠くを見る視線になる。
「あれだけの罪を犯した彼が財産没収程度で済んだのは奇跡という他ありませんね……或いは、僕らの知らないコネクションを持っていたのか。ともかく、僕は彼の足取りを追ってみます」
あれだけの罪というが、アルフレッド=アルファーは戦争で一体何をやらかしたのか。
それもヒョウが聞き出すと若葉は、民間で高名を馳せていたSAYCS研究者アレックス=ワンダーラインを殺害したり、オーソリアンの貴族連中を扇動で散々かき回して国中を混乱に陥れた件や、ソレイアの傭兵部隊リーダーを唆して反乱を起こさせたり、ツェッペリンの英雄アンカード=レキを手駒の如く何度も再生利用したことなどを挙げた。
「行動力が、やたらあるんだねぇ。そいつぁ厄介だ。今回の移民騒動にもアルフレッドが関わっているんじゃないかと、あんたは予想しているんだね?」
エリーに尋ねられた若葉は頷き、こうも続けた。
「アルフレッドはアンカード=レキにも強い執着を持っているように僕は感じました。再びの対決も頭に入れておかないと」
「けどレキの墓ってなぁ、ツェッペリンにあるんだろ?アルは大戦犯だし、ツェッペリンにゃ入れねーんじゃねーの」とはリックスの反論だが、それにも若葉は首を真横に否定する。
「研究機材を全部取り上げられたとしても、アルフレッドは研究者なんだ。知識は常に頭の中にある。レキ本人を再生しなくたって、レキの能力を素体に植え付ければ似たような人材が作れるだろ?」
「似てるったって、行動パターンが」と言いかけるリックスを遮って、フェンが叫んだ。
「そうか!若葉さんは、先の大戦でアルフレッドがアンカードの行動パターン全ての記録を素体保存していたと見ているんですね?」
若葉は「えぇ」と頷き「十中八九、素体保存していると思いますよ。これは同じ研究者としての見解ですが」と断言した上で、皆の顔を見渡した。
「二つの国を全員で回るのは効率が悪いので分散しましょう。今のうちに誰と誰が、どこへ行くか決めておきませんか」
「なら、俺とフェンはツェッペリンへ行こう」と言い出したのはゼインで、リックスはジャックを見ながら「俺らはメキシク行ってみるか?」と軽い調子でコンビが決まっていき、フェイは仲間たちと相談する。
「俺達は全員一緒のほうがいいよな……」
「そりゃそうだ」とヒョウも頷き、エリーに「んで、どっちの国へ行ってみる?」と尋ねられた際にはエデンが「若葉との同行でいいんじゃないかのぅ」と提案した。
「若葉と?なんで」「僕に同行してくださるんですか?ありがとうございます!」
若葉とフェイの答えが重なり、エデンは尤もらしく頷く。
「うむ、若葉しか残らんじゃろ。この世にまるっきり無知な田舎者の引率者は」
「ほんで、デコッパチは放置でいいのか?」とリックスに問われた若葉が「仕方ないよ、今はオーソリアンに戻れないんだから」と答えるのを聞きながら、鴉を模した空飛ぶ乗り物が、ようやくゼインの家へ到着する。
家と呼ぶには些か広大な敷地で、背の高い建物が幾つも聳え立っていた。
「そういやリックスとジャックの乗り物は、あの家に置きっぱなしにしてきちまったけど、どうやって改造するのさ」
今更な疑問をエリーが放ち、対するゼインの答えは「SAYCSは何処にいようと自動で呼び出せる」といったシンプルなもので。
「これ、これ」とリックスが自慢げに、腕へ装着したバンドを見せつけてくる。
「こいつをポチッと押すと、瞬時にSAYCSが送られてくるってスンポーよ!」
バンドの真ん中にあるボタンを彼が押すと、二、三秒の間を置いて、黒い獅子と桃色の兎を模した二体の乗り物が目の前に出現した。
「す……
すっげぇーー!」
馬鹿正直に驚くフェイやエリーを横目に「回収もボタン一つで楽々なのか?」と尋ねるヒョウには「電波妨害の出ていない場所でなら、な」とゼインが答える。
SAYCSに電波を送って転送する仕様だとも説明され、これから行くメキシクとツェッペリンでも使えるのかと聞こうとして、ヒョウは言葉を飲み込む。
この二国はSAYCS知識を緊急で要しているような国だ。使えるに決まっている。
建物の一つに入り、ゼインの乗り物ともご対面する。
彼のSAYCSは銀色の狼を模したものであった。
どれも動物がモチーフなのには何の意味があるのかとヒョウが問うと、リックスは「自分が格好いいと思う動物にするのがハヤリなんだぜ!」とお気楽な返事をよこしてきて、単に乗り手の好みの問題であったらしい。
「部隊によっちゃ統一しているところもあるが。例えばオーツォメンのSAYCSは全部ビーストと呼ばれる茶色の獣スタイルだ」
ゼイン曰く、国家に属する傭兵部隊は量産型の機体を使うのが主流で、彼のSAYCSも以前所属していた傭兵部隊スリーフォックスの標準機体を個人用にカスタマイズしたのだと言う。
「そういえばオーソリアンの王様って、元傭兵なんだったよね。あの人も乗り物を持っていたりするの?」
横道にそれたフェンの疑問には「大戦中はビーストProって名前のSAYCSに乗ってたぜ」とリックスが答え、若葉に確認を取る。
「名前からすっと、ビーストのプロ用だったのか?」
「なんだい、プロ用って……」と一瞬は呆れ顔になりつつも、若葉はリックスの勘違いを訂正する。
「Proはプロトタイプの略称だよ。あれがオーツォメンの量産型ビーストの原型だったんだ」
ビーストは全機同じ茶色の熊を模した造形で、サイラックスだけは母艦とされる大型SAYCSを専用機としていた。
「サイラックスさんもアルフレッドと同じぐらい厄介な研究者でね……大戦中は意識増幅装置なんていう洗脳装置まで作り上げて、人工バイノアを操っていたんだ」
王様の横にいた糸目の金髪男性を脳裏へ描きながら、フェイは若葉の顔色を伺う。
王様に良くない印象を抱いているようだし、側近にも良い思い出がないのだろう。眉間に皺を寄せての不満顔だ。
「さて……前の装備に戻すか?それともパワーアップがお好みか」と、これはリックスとジャックへ向けたゼインの質問で、リックスは即座に「パワーアップさせるに決まってんだろ!」と頷き、ジャックも「ボクもパワーアップしてぇ〜」と破顔した。
「パワーアップって?」と尋ねるエリーには「ドカーンでボカーンな武器を取り付けるんだよ!」といった漠然とした答えが返ってきて、改造は彼らに全任したほうが良さそうだと判断したヒョウは、一旦表へ出てみる。
そして、こちらへ向かって飛んでくる黒い大群を空の彼方に見つけたのであった――
二度、三度、パチパチ忙しなく瞬きした後、それらが幻覚ではなく現実であると確認したヒョウは、身を翻して出てきたばかりの建物へと駆け込む。
「大変だ!大群が、こっち向かって飛んできてやがるッ」
「えーーーー!?大群って何?」と驚くフェイや「まさかバレちまったのかい?若葉がココにいるってのが」と騒ぐエリーなんかを放ったらかして、フェンが自機に乗り込んだ。
「ボクが囮になって引き離します!皆さんは、地下シェルターへ避難して下さい」
「待て、一人じゃ危険だ!」と叫ぶゼインや「出撃したら余計怪しまれちゃうんじゃ!?」とパニックに陥るジャックを地上へ残し、アイアンクロウは再び空へ舞い上がった。
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