夜の風

Chapter3-2 移民問題

犬の乗り物でフェイたちを救出した青年は、若葉 翔と名乗る。
やたら乗り物を珍しがるフェイを見て、SAYCSを見るのは初めてですか?と尋ねられた際、名乗りをあげるついでにヒョウは訊いてみた。
俺達は外惑星から来た旅人だが、お前は宇宙の概念を知っているか?――と。
答えはYES、なんと若葉は外惑星-地球-から派遣された開拓者の末裔だと言うではないか。
地球ならば、つい最近出てきたばかりだ。
あの星の子孫にしては、文明が進み過ぎだとヒョウは内心首を傾げる。
とはいえ、地球を隅々まで探検してもいない。きっと、どこかには宇宙船を作れて宇宙の概念を持つ住民もいたのだろう。
何故ガイワイアへ来たのかとも尋ねられ、フェイが答える。
「俺達は黒い風を探しているんだ。風が言うには、黒い禍々しい風が全ての世界に広がっているらしいんだ。だから、黒い風の気配を追いかけて、ここへ来たんだ」
「風、ですか?」と首を傾げる若葉へヒョウも付け足した。
「フェイは風の言葉が聴こえる。で、俺達は風の言葉を頼りに、世界で何が起きているのかを調査しているってわけだ」
若葉は目を丸くして「世界というのは、全惑星ってことですか?はぁー、壮大な任務ですねぇ……僕らなんて、自分の星で起きそうな内乱一つにアタフタしているってのに」と愚痴をこぼす。
「内乱だって?」とエリーに聞き返されて、若葉が現状を話す。それによると――

惑星ガイワイアは近年、大きな戦争が終わったばかりである。
国を二つ滅ぼしかける規模の戦いで、その滅びかけた国二つと若葉の母国が平和同盟を結んだ。
しかしながら現王の統治力はまだ未熟、辺境までは統治しきれず、辺境では移民と原住民との間で諍いが絶えない。
首都と比較しても辺境は貧困に喘いでおり、ついに移住民が反乱を起こした。
彼らはSAYCSで首都へ攻め入ろうとしている。
だが、首都の防衛は並大抵の戦力で何とかなるものではない。
今回の反乱は鎮圧されるとしても、第二第三の内乱が起きたら、いずれ一方的な移民粛清が各辺境で始まってしまうのでは?というのが、概ね学者の立てた推測だ。

「王宮の兵士は辺境の連中がSAYCSを持っているのは変だってな言い方してやがったが、お前から見てもおかしいのか?」
ヒョウの問いに若葉は頷き、眉間に皺を寄せる。
「満足に暮らせない財力なのに、移住民が何処でSAYCSを調達したのかは僕達学者も不思議に思っています。もしかしたら、内乱の裏で糸引く存在がいるのかもしれません」
「移住民なんだろ?だったら移住前の国じゃないのかい、黒幕は」
エリーの推理にも難しい視線を崩さず、若葉は首をふる。
「今のツェッペリンとメキシクはSAYCS開発へ回せる予算がありません。今、あの二国は内部の立て直しで必死なはずですから、とても他国へ移住した民のフォローにまで回れるとは考えられません」
「今の王が未熟だと思ったのは、どうしてなんじゃ?」と、これはエデンの疑問に。
若葉は、ちらりとエデンを見てから答えた。
「彼は戦争中、傭兵の立場にあったんです。ですので未熟と称しました。実際、辺境での暮らしは酷いですよ。物資も、ろくに届かないんですから」
「傭兵が王に?そりゃまた、えらく出世したもんじゃの」
「えぇ。詳しい事情は省きますが、戦時中にもオーソリアンでは内乱がありまして、そのゴタゴタで王に就いたようなものです」
エデンに答える若葉の表情は明るくない。まるで、現王は問題だらけだと言わんばかりに。
辺境の様子を実際に見て酷いと判断したようだし、心情は移民に同情的なのかもしれない。
「若葉、お主は学者なんじゃったの。なのに何でSAYCSに乗っとるんじゃ?」
エデンの素朴なツッコミに、若葉は一瞬虚を突かれたような顔を見せたが、割合すぐに答えた。
「僕は学者ですが、SAYCSの研究者でもあります。このSAYCSは僕が自前で開発しました。名前はワンダーフォー、以前の液漏れ問題も改良して今では永久機関の」
「あー、いい、いい。説明されても、こいつらにゃー判らねぇから」と説明途中で手を振って、ヒョウは話を軌道に戻す。
「それよか、お前が俺達を助けた理由を知りてぇな。どうして助けたんだ?」
「……それは」「内乱を収めてほしいんだろ!?」
若葉とエリーの言葉が重なり、驚く若葉へエリーが畳み掛ける。
「あたし達に出来ることがあったら遠慮なく言いな!なんだってしてやるよ、助けてもらったお礼だ」
勢いの激しさに、しばらく言葉を失っていた若葉は、やがてヘラッと笑って答えた。
「え、えーと。別に見返りを求めて助けたわけでは……だって罪なき罪で捕まったヒトがいたら、助けるのは当然でしょう」
「だが、お主は、この国の学者じゃ。壁を破壊して罪人を開放したとなれば、なんらかのお咎めが下るんじゃないかの?」
エデンの懸念にフェイも頷いた。
「そうだよ、そこまでして助けられたんだったら、やっぱり恩返ししなきゃ!ねぇ、俺にも何か手伝えることはない?」
そんな寄り道している暇はあるのか――と言いかけてヒョウは考え込む。
風の声を頼りに世界で何が起きているのかを知れというなら、寄り道に見える行動であっても必然と考えられる。
少なくとも、この惑星で起きている事象を知るには、積極的に関わっていかねばなるまい。
「それで、今は何処に向かっているんだ?」
全く違うことを尋ねると、若葉は笑顔で答えた。
「国境を越えて、一旦ノンポリまで出ます。仲間と相談して、辺境の移住民を助ける算段を練ろうかと」
「仲間?国境を越えて?」と声を揃えての質問にも、微笑んで前方を指さした。
「えぇ。かつては大戦で共に手を組んだ傭兵仲間です。ほら、見えてきましたよ国境が。兵士とは僕が交渉しますので、しばらくお静かにお願いしますね」


簡易な柵で区切られた国境を越えた先は長い通路へと突入して、再び表に出たら、もう他国の領土だと言う。
若葉いわく通路は海の底を掘って作られており、ここはオーソリアンのある大陸とは別の大地に位置するのだそうだ。
青と白の色調で外観を整えていたオーソリアンの首都と比べたら、確かにノンポリの首都は違う国としか言いようがない。
何しろ建物と呼べるものが一切ない。360°見渡しても、岩壁に掘られた穴がポツポツあるだけだ。
「え、なに、これ。家どこぉ?」と叫ぶフェイや「ホワイトアイルの田舎にだって洒落た家の一つや二つはあったよ?それ以下だね!」と扱き下ろすエリーを横目に、若葉が苦笑する。
「大戦後、ノンポリは大自然と共に生きることを選択しましたので、現在の住民は岩壁に穴を掘って暮らしています。文明はSAYCSしか残していませんし、そのSAYCSも戦闘用ではなく道具としての扱いになりました。平和な国でしょう?未だにSAYCSで防衛を固めているオーソリアンとは大違いだ」
穴だらけの岩壁を抜けた先には、青々とした大樹海が広がり、かつての仲間は樹海の中で暮らしているらしい。
文明を捨てた住民と何を相談したら、貧困に苦しむ移住民を救える手立てになるのか甚だ疑問だ。
しかし若葉には、そうした疑問が一切わかないようで、仲間と相談すれば新たな道が開くと信じて疑っていないようでもある。
道なき道をワンダーフォーで踏み倒しながら突き進み、「えぇんかのう、自然と共に生きる国で、このような自然破壊してしもうて……」と呟くエデンを置き去りに、やがて森の中で開けた場所に出た。
ポツンと一軒だけ家が建っている。
家、そう称したが、そのへんの草をかき集めて固めた大きなテントといったほうが正しい。
近づく騒音には気づいていたのか、のそりと顔を出したのは、やたら大柄で屈強な肉体の青年だった。
ぼうぼうに生えたオレンジ色の髪といい、ボロボロなズボンしか身にまとっていないスタイルといい、腕や太腿、胴回りの太さといい、野生児――そんな言葉が似合う風貌だ。
「よぉ、若葉!久しぶりだなーっ。今日はどうした?」
「リックス、お久しぶり。君は全然変わっていないね。うん、今日は君に相談したいことがあってさ。さっそくだけど、ゼインさんとは今でも連絡が取れるかい?」
「おう、なんなら今すぐ呼んでみるか?」
久々の再会にしては軽快に話が進んでいく。
「え、ちょ、ちょっと待ちなよ、ゼインさんって?」と割り込もうとしたエリーは、背後から「ゼイン兄ちゃんは、ぼくらのリーダーだったヒトだよぉ〜。お姉ちゃんは誰?若葉兄ちゃんのコイビト?」と甘えた声に尋ねられて、泡食って後ろを振り向いた。
目にも鮮やかなピンク色の髪の毛、大きな瞳は緑色の光を携えている。
媚びっ媚びに甘えた声を出す割には若葉と背丈が同じぐらいで、パッと見は年齢不詳だ。
じろじろ品定めするエリーの視線に気づいているのかいないのか、にっこり笑って少年が名乗りを上げる。
「ぼくはジャック、リックス兄ちゃんの弟分だよぉ。よろしくね!」
「ジャック、このヒト達は冤罪で牢屋に放り込まれていたんだ。例の移住民問題に力を貸してくれるそうだよ」
見返りなく助けたと言っていたのに、いつの間にかエリーやフェイの助太刀案が若葉にも採用されている。
「あ〜、前にお前言ってたな、オーソリアンの移民問題!あれだったのか、今日来た理由は」
「そうなんだよ」と頷き、改めて若葉は切り出した。
「詳しくはゼインさんが来てから話すけど、僕達がやるべき最初の一歩は誰が移民にSAYCSを与えているのかの調査だね」
通信機を片手にリックスが切り返す。
「ゼインを呼ぶのはいいけどよ、デコッパチは、どうしたんでぃ。一緒に来なかったのか?」
途端に若葉は「あー……」と歯切れが悪くなり、ぽつりと呟いた。
「シェンオーは宮廷研究者に任命されちゃってね……最近は面会すら出来ないんだ」
「あー、あいつ変な力持ってたもんなぁ。バイノアと同じ扱いってか」とリックスも相槌をうち、かと思えば「ゼイン、今すぐ来るってよ。フェンも一緒だ」と通信機をベッドの上へ放り投げる。
次から次へと新しい人名や言葉が出てきて、質問も追いつかない。
ゼインとやらが到着するまでの間に、お互い簡単な自己紹介を済ませる。
フェイたちが他の惑星から来たという下りには、リックスもジャックもポカンとなり、ややあってリックスが「そっか!つまり若葉も他の惑星から来たヒトの子孫だったんだな!」と今更な理解を見せた。
「はは……」と乾いた笑いを浮かべた若葉は「それにしても、翻訳機ですか。世の中には素晴らしい発明をする惑星もあるんですね。僕のご先祖さまは、ここの言語を理解するのに何十年もかかったそうですよ」とヒョウの生まれを褒め称える。
生まれ故郷に良い感情のないヒョウも、内心苦笑いするしかない。
ザハドの文明が優れているのは、ヒョウの手柄ではないのだし。
バイノアとは何ぞや?といったエデンの疑問には若葉が答える。
「特殊な能力を生まれつき持っている、ヒトの手で作られた命です。一般に生まれたヒトと区別するためにバイノアと呼んでいます」
「ノンポリにも、いるのかな?」とのフェイには首を真横に「いいえ、バイノアはオーソリアンのみで生み出されていますし、他国への移住も許されていません」と答えた若葉は、少しばかり寂しそうに付け足した。
「優遇されているようで実は便利な手足扱いなんですよね、バイノアって。だから、同じ扱いを受けたシェンオーが心配で」
シェンオーというのも昔一緒に戦った傭兵仲間で、今は宮廷に属する学者になった。
バイノアとは異なる生まれ、それも他国出身のヒトでありながら特殊な能力-超能力-を持っていた為、王宮の兵士に組み込まれたのではというのが若葉の予想だ。
「シェンオーは故郷へ戻らなかったんだ?」とフェイに尋ねられて、若葉は頷く。
「彼は言っていたよ、オーソリアンが二度と同じ過ちをしないよう見張るのが自分の使命だって。だからって、王宮の任命に応じなくてもいいのにね……」
王宮に組み込まれるのは、王の忠実な兵士となることを暗黙のうちに承諾するのと同意だ。
それが嫌で、若葉は招集を蹴ったと言う。民間で学者兼研究者をやるのは資金繰りの難あれど、自由な身分を貫ける。
若葉が話す王宮への愚痴をあれこれ延々聞かされているうちに、ボフボフと扉を叩く音がして、リックスが反応する。
「おっ、来たか?」
「森の入口から、ここまで一直線に道が出来ていたが、誰の仕業だ?」との軽口を叩きながら入ってきたのは、銀髪の男と青い髪の女の二人組だった。
男は目が隠れるほど前髪を伸ばしており、年齢どころか顔の造形すらも、よく判らない。
ただ、声の低さからすると、若葉やリックスよりは年上だと思われた。
「あ、ははは……お久しぶりです、ゼインさん。それにフェンさんも」
引きつった笑顔で会釈する若葉に、ゼインも口元をほころばせる。
「やはり、お前か、若葉。歳を取っても全く変わらないな、その無茶ぶりは」
「いやぁ、急がなきゃって思ったら森林を気にしている余裕がなかったんです」
ゼインの背後で苦笑していた女性も、ぺこりと頭を下げてフェイやヒョウを物珍しげな目で眺めた。
「お久しぶりです、皆さん。若葉さん、そちらの方は?」
「あ、こちらは他惑星の旅行者で、世界で起きている時事を調査しているそうです。右から順にフェイさん、エリーさん、ヒョウさん、エデンさん」
「他惑星!?」と、またまた一騒ぎ持ち上がり、それにも若葉が説明して、会話が一段落した後。
「それで元傭兵が雁首揃えて、どうやって貧困の移民を救おうってんだ?」と本題へ舵を切ったのは、余所者のヒョウであった。
「貧困自体は現王とかけあって、辺境専用の流通を作ってもらおうと考えています」と、若葉。
「僕達が成すべきことは、移民のSAYCS入手ルートの調査と反乱の首謀者探しです。戦闘も予想されますので、SAYCSを所持しているヒトなら安全かな、と」
言葉途中でリックスが遮った。
「あ、戦力を期待しているんだったら俺とジャックは外してくれや」
「え?」となる若葉へ彼が言うには、「ノンポリが非戦闘国家になったのは、お前も知ってんだろ?今じゃSAYCSは全機道具扱い、俺のダークライオンも農耕器具に生まれ変わっちまったぜ」との内訳だ。
一旦表に出た青い髪の女性フェンが「あ、本当だ。鍬と草刈り鎌が装着してある」と言うのが聞こえた。
ちなみに「ラビット3は農作物の運搬に使っているよ☆」とはジャック談。
傭兵を引退した後、二人はすっかり農耕民族に染まりきっていた。
非武装を国が推奨しているのでは、仕方ないとも言えよう。
「い、いや、僕の研究所へ運び込めば武器の再装着は可能だから!」と若葉がフォローを入れる側から「あたし達を脱獄させたのは、さすがにもう王様の耳にも入っているんじゃないのかい?あんた、国に戻ったら逮捕されるんじゃ」とエリーが追い打ちをかまし、エデンもしたり顔で頷く。
「そうじゃの、有無を言わさず旅人を牢へ放り込むような国じゃし、今頃は若葉、お主の研究所とやらも差し押さえられとるんじゃないかのぅ」
「有無を言わさず?」と驚くフェンの横ではリックスが腕を組む。
「ったく、ギアは何やってんだよ。昔以上の悪政になってんじゃねーのか?」
友人にまで悪態をつかれた若葉は、面目なさそうに俯いた。
「そう言うなよ……前王に従っていた生き残りには意識増幅装置が効かないらしくってさ、彼も苦労しているみたいなんだ」
「まだ使っているのか、あの洗脳装置」と呟いたゼインが若葉を見据える。
「サイラックスの見解は、どうなんだ。反乱を抑えるには冤罪も已むなしなのか」
「公式告知は出ていませんが、首都の住民以外は現在首都への立ち入りを禁じられています。そうですね……冤罪やむなしと捉えられても仕方がないほど、首都への無断侵入で牢屋へ入れられるヒトは多くて」
首都への出入りが封じられている以上、そして若葉の首にお縄がかかっているであろう点を踏まえても、首都に戻るのは危険だ。
非公式の別通路を使えば、辺境に出られないこともない。だが出たら出たで、今度は移民と一悶着起こりそうだ。
「内に入らず外から調べるしかあるまい」と結論付けて、ゼインが皆の顔を見渡した。
「オーソリアンの内情を調べるには、同盟国のツェッペリンかメキシクで情報を集めるのが良かろう。まずはダークライオンとラビット3の装備を戻す為にも、ソレイアへ行こう」
リーダーだっただけはあって、指示もテキパキしている。
「ソレイアって?」とのフェイの質問に答える形でフェンが「ソレイアはゼインさんの故郷です。ボクのアイアンクロウで飛んでいけば、すぐにつきますよ」と遮り、一行は一路ソレイアへ向かった。


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