Chapter3-1 おおきなケモノ
世界全体に広がる、黒くて禍々しい気配の風。
その風が漂う方向を目指して、宇宙船は星の海を突き進む。
やがて到着したのは、緑に光る惑星であった。
「ふぁー、大・自・然……!」
今度こそは民家のある場所へ不時着したりせず、だだっ広い草原へ静かに舞い降りた。
地上へ降り立っての第一声が、今のフェイの感想である。
「大自然はいいけど」と言いかけるエリーを遮って、フェイが言う。
「風が言っているよ。人の住んでいる場所は、ここをあっちへ抜けた先にあるんだって!」
あっちと真正面を指差す方向には、地平線が広がるばかりで何も見えない。
だが、風が言うからには、あるんだろう。遠く離れた場所に集落か街が。
「いこうぜ」と歩き出すヒョウへ「そうだね、いつまでも此処で立ちんぼしていたって意味がないし」と、食料と工具を背負い鞄に詰め込んだエリーも続く。
「宇宙船は、ここに置きっぱなしで大丈夫かな?」とフェイに尋ねられたエデンは「この船はフェイ以外には動かせんし、大丈夫じゃろ」と安請け合いしながら歩き出す。
歩き出してから一時間、いや二時間以上が経過する頃には。
「ま……まだなのかい」と、足を引きずるエリーにフェイの歓声が響き渡る。
「ねぇ、あそこ!あそこに見えるのって、民家じゃない?」
「いやはや、のぅフェイ、次に着陸する時は集落近くに着陸してくれんかのう」と、ぼやくエデンも足が止まりがちだ。
それはともかくフェイの指差す影は、建物の集合体で間違いあるまい。
近づくにつれ、結構な広さの街であると判る。
「ところで。街に行く必要あったか?」
今更な質問を繰り出すヒョウに、エリーとエデンの双方が反発する。
「ここまで来といて、そりゃないだろ!大体、行こうって言ったのは、あんたじゃないか!?」
「そりゃ〜風が知る以上の情報が手に入るかもしれんからのぅ」
肝心のナイトウィンドたるフェイは、あちこちを見渡してから頷いた。
「そうだね。風が言うには、人の住む場所で揉め事が起きているみたいだし」
「揉め事が!?」と声を揃えて驚く仲間へ彼が言うには。
長く平和の続いた星だが、ここ最近、人の動きがおかしい。
辺境では、おおきなケモノを用いて弱きものを虐げる人も出てきている。
近く、支配するものが手下を辺境へ向かわせるつもりだから、両者の間で戦いが起きるのではないか――
といったことを、風はフェイに教えてくれたというのだ。
「王政なのかよ。なら、文明レベルは高そうだな」
ポツリ呟くヒョウをそっちのけに、「そこまで人の動きを理解しているのかい、ここの風は!」とエリーが驚く。
「そうじゃな、えらく具体的じゃのう」とエデンも顎をさすり、フェイに確認を取る。
「風は他に何を教えてくれよったんじゃ?」
「えっと、おおきなケモノは全てを破壊する威力だから、戦いが始まったら逃げろってさ」
「おおきなケモノとは?」との追加質問には首をふり、「よくわかんない。人の戦いに使われる道具だと風は言ってたけど」とフェイも困惑の表情を浮かべた。
「また機械ってやつがあるのかねぇ」とエリーも首を傾げ、ヒョウに振る。
「もし機械が出てきたら、今度もあんたの出番だね」
「機械つったって、俺はザハド製以外にゃ詳しくねーぜ?」と返し、ヒョウは全ての権限をフェイに委ねる。
「きな臭い動きがあるのは判明したことだし、まずは街で情報集めしとくか?」
「うん!」と大きく頷き、フェイが走り出す。
「あ、待っておくれよ!すぐそこなんだし、走らなくても」
エリーもつられて早足になり、エデンとヒョウは、のんびり歩いて追いかけた。
彼らが到着したのは、全ての建物が青と白で統一された美しい街並みであった。
遠目に見える細長い塔、あれが王城であろう。
王城から伸びる大通りを中心として、一定間隔で細道が連なり、住宅地へと続いている。
大通りの両端に並ぶのは、多くが商店だ。
パッと見で判るのは雑貨と日用品、あとは何が何やら、よく判らない品物が店頭に並べられている。
人々の服装は、前をボタンで閉じて襟元のしまった、えらく窮屈なスタイルばかりに見える。
髪の毛は大半が緑、緑で埋め尽くされている。
たまにチラホラ黒や金色の髪が混ざっているから、緑は、この街住民特有の色であろうか。
髪と異なり肌は色白から褐色まで色とりどり、ここならフェイ達が色黒だろうと騒がれないと思われた。
乗り物は、今のところ見つからない。人々は徒歩で闊歩している。
近々争いが勃発しそうな割には、どの住民も、のんびりした様子だ。不穏な気配も漂っていない。
「さて、誰に話を聞くか……」と一歩、ヒョウが街に踏み入れた直後。
ビービービー!と耳を劈く大音量の警告音が鳴り響きわたり、ばらばらっと駆け寄ってきた人の群れに周囲を囲まれる。
「な、なんだ?」と騒ぐ住民、「危険ですので、皆様はお下がりください!」と怒鳴る者、「動くな!」と牽制してくる者などで辺りは一気に騒がしくなり、何が何だか判らないまま、フェイ達は城の牢獄へと連行された。
フェイ達が有無を言わせず強制連行で牢屋へ放り込まれた頃、王城にて。
「見慣れぬ余所者が侵入したとの情報が入り、ただちに捕獲。牢獄への収監が完了しました」
そう報告するのは金髪の男性だ。
報告を受けて頷いたのは黒髪の青年で、この国を治める王でもある。
ギア=エートウヴェ。
この惑星ガイワイアで、唯一無二の能力を持ち得る人工生命体だ。
傍らに控える金髪男性は、臣下でありながらギアの創造主でもある。
名をサイラックス=アゲインといった。
この星で長く続いた戦乱が終結を迎え、やっと世界情勢が安定してきたと思えるようになった矢先、辺境で良からぬ動きがあるとの報告を受けて警戒態勢に入っていたのだが、こうも早く侵入者が現れるとは。
こちらが考えているよりも向こうの動きは早いのか。
ひっ捕らえた下級兵士の話では、全員色黒で見たこともない格好をした一団だという。
色黒、いわゆる褐色肌は辺境住民に多い特徴ではあるが、一度じかに見てみないことには、何とも判断がつきかねる。
「牢を見てくる」
踵を返した王の後をサイラックスも追う。
「では、私も一緒に行きましょう」
牢獄は世界が平和になってからは、一度も使われていない。
この国、オーソリアンで王に逆らう住民など、ただの一人もいなかった。
少なくとも、辺境で怪しい動きが出てくるまでは。
元来オーソリアンを構成する純血国民の全てが、サイラックスに創造された人工生命体であるが故に。
反乱を起こそうとしているのは三国同盟以降に移住してきた民で違いあるまい、というのが概ねの家臣が出した結論であった。
三国同盟は、戦争終結後に結ばれた。
戦争で敗れたツェッペル国とメキシク国、それからオーソリアン国の間で結ばれた同盟で、三国の住民は三つの国を自由に行き来できるし、移住も思いのままだ。
ツェッペルとメキシクに住んでいた者は、サイラックスの作った人工生命体――またの名を人工バイノア――ではないから、オーソリアンの新国王への忠義もゼロに等しい。
そうした移住民の多くは大概が首都の独特な雰囲気に馴染めず、辺境の街で落ち着く。
今、首都にいるバイノア以外は、戦前から住んでいる者だけだ。
人工生命体ではない先住民も、王政には従順だ。
辺境の街は、首都で生まれ育った者には厳しい環境だと、彼らも情報づてに知っているのであろう。
今のオーソリアンは一つの国家でありながら、首都と辺境で生活や財政基準での落差が生じている。
いずれ反乱が起きるのは、想定内だったかもしれない。
だが、この星での反乱は大規模な戦乱を意味する。
新しく王になった時、ギアとサイラックスは前王の墓前で誓ったのだ。
あのような戦争は、二度と起こさないと。
牢獄に到着したギアは、見張り兵の案内で不審者の元へ案内される。
「あれー?今度は金色だ」と中にいる少年には指をさされて驚かれたが、さて、彼らの風貌は一見すると茶髪に黒髪、赤い髪の毛なんてのもいて、移住民に見えないこともない。
だがオーソリアンの天然バイノアを知らないとは、些か妙だ。
戦後に生まれた者でも、人工と天然、双方のバイノア及び超能力者の存在を学校で教わる。
これは全世界に義務化された教育で、生まれが何処であろうと関係ない。
少年は未教育とは思えないほど発育しているし、となると義務教育を受けていない重罪者か。
未学習の者を首都へ送り込む意図が判らない。
しかしながら三国以外の住民、すなわち流浪の旅人が首都へ迷い込む、それもあり得ない。
三国以外の住民は、三つの、どの国にも入り込めない。各国の王直々に招待でも受けない限りは。
「こいつらが来た痕跡を探せ」と傍らの兵に命じ、ギアは柵越しに不審人物へ声をかけた。
「お前らが首都に来た目的は何だ?」
「俺達は黒い風を探しているんだ」と、少年が答えて笑う。
「おい、フェイ」と隣に座る青年が口を挟むのも無視して、続けた。
「風が教えてくれたんだ、黒く禍々しい気配が全ての世界に広がっているんだって。きっと、良くないことが起きるんじゃないかと思う。だから、黒い風の気配を」
「待てよ、そんな説明じゃ誰も理解できないだろ」と再び止めに入る青年の声を掻き消す大音量で、下級兵士が叫んだ。
「こいつら、言っていることが意味不明です!サイラックス様、如何致しましょう」
いわんこっちゃない。思いっきり不審がられている。
自分なら他惑星の住民が理解できる範囲での説明が出来たものを、フェイが勝手に話を進めるとはヒョウにも誤算であった。
柵の向こう側では、「確かにな」と頷いた金髪男性が黒髪青年へ「では、王よ。実験室への連行許可をお願いします」と申し出ており、このまま黙って見守っていたんじゃ、遅かれ早かれ良からぬ実験台にされるのは目に見えている。
「ちょいとお待ちよ!一言二言話しただけで人を狂人扱いたぁ、酷いんじゃないか!」
おまけにエリーまでが騒ぎ出して、状況を悪化させにかかってくる。
「貴様、頭が高いぞ!王の御前である」
金髪男性も声を荒らげ、察するに黒髪の青年が、この国の王で、糸目の金髪男――サイラックスは直属の部下であろう。
王は無言でエリーを眺めた後、フェイ、ヒョウと視線を移していき、エデンまで見てからエリーへ視線を戻す。
かと思えばサイラックスに何事か小声で囁き、互いに頷きあう。
言葉の聞こえない遣り取りにエリーが焦れて「なーに二人だけでコソコソ話し合ってんのさ!この国は、有無を言わせず旅人を不審者扱いするのが礼儀なのかい!?」と怒鳴り散らすのへは「大人しくしていろ!」と緑髪の男、恐らくは下っ端兵士が此方に向けて手をかざした直後、エリーの身体は後方の壁までふっ飛ばされた。
「げふっ!?」
これにはフェイも「えっ!?」と驚いて振り返るのへは、柵の向こう側で「安心しろよ、ただの当て身だ」と王の注釈が入る。
今のは呪を必要としない特殊能力、それも下っ端までが持ち得る星か。厄介なことになってきた。
如何に、こいつらを騙して逃げ出そうかと考えるヒョウの耳に、かすかな地響きが聴こえてくる。
否、地響きは柵の向こうの連中にも聴こえたようで、「な、なんでしょう、この音は」と怯える下っ端兵士に、サイラックスが緊迫の面持ちで命じた。
「まさか、もう反乱の狼煙があがったのでは……ただちに
SAYCSを発進させるのです!」
「さいくす?」と首を傾げるフェイなんぞは、もはや王の目にも入っていない。
振動の大きさから考えても、何か巨大な乗り物が複数で、この街を目標に近づいてきているのは疑うべくもない。
「そ、そんな、移住民が、どうしてSAYCSを」と狼狽えながらも走っていく兵士を横目に、王が踵を返す。
「こいつらの詮索は後回しだ。防衛するぞ!」
「了解です!」と王に続いてサイラックスも走っていき、牢獄の前には見張り兵すら居なくなった。
逃げ出すなら今しかないが
「うーーーっ!」「フンガーッ!」と、フェイとエデンの二人が顔を真っ赤に、力いっぱい引っ張っても押しても鉄格子は開く兆しすら見えない。
エリーは先ほどの当て身とやらで気絶したままだし、鞄の中をガサゴソしたって役に立ちそうな道具は見つからない。
窓は一つしかなく、嵌殺しになっている。やはり通りがかった誰かを騙すしか、ここを抜け出る方法がないのではないか。
そんなふうにヒョウが考え始めた時、コツコツと嵌殺しの窓を叩く音がある。
立ち上がって窓を覗いたヒョウと、何者かの視線がかち合った。
そいつは優しそうな目元の黒髪青年で、前口上もなく「不審者として捕まった方々ですか?」と尋ねてくる。
「あぁ」と頷くヒョウへ「あぁ、やはり!では……少し下がっていてください」と手で追い払う真似をしてきて、言われた通りヒョウが少し下がった直後。
ドォン!
と轟音が弾けて、ついでに窓も壁ごと吹き飛んで、外にいた青年が声をかけてくる。
「よし、上手くいった!こっそり逃げ出しましょう」
いや、今のは、とてもコッソリとは思えない音量だった。
「な、なんじゃ今のは、爆雷か!?」と泡食うエデンや「び、びっくりしたー!」と腰を抜かすフェイを置き去りに、ヒョウは穴から外へ出てみる。
目の前にいたのは青年ではなく、薄黄色の胴体を持つ、おおきなケモノ――犬の形を模した巨大な乗り物であった。
↑Top