Chapter2-8 さらば、蒼き星
いざ木曽村跡地へ辿り着いてみると、フェイの言う通り、宇宙船の側に人影が倒れていた。
やはり黒い肌に「お知り合い?」と尋ねてくる月影を無視して、ヒョウは駆け寄った。
抱え起こすと何者かは意識を取り戻し、息も絶え絶えに「ヒョ……ヒョウ、か……」と呟くもんだから、フェイやエリーも驚いた。
「だ、誰なんだいっ!?」「どうしてヒョウを知ってんの!?」
さらには「アイス、どうして此処に?」と、ヒョウも相手を知っているかのような反応だ。
彼が知っているとなると、惑星ザハドなる故郷の知人で間違いない。
だが――ここにあるウチュウセンは、フェイ達の乗ってきた一つしかない。こいつは、どうやって此処へ辿り着いたのであろうか。
「よかった……やっと、あえた」と囁くアイスは、身体のあちこちから血を流している。
「俺を探していたのか」とのヒョウの問いへ頷くと、アイスが手を伸ばす。
手はヒョウの頬を撫でて首筋へと流れていき、力なく離れた。
「お前が、星を逃げ出した後……追手が差し向けられたと聞いた。それを聞いた時、私は、なんとしてでも、お前を探さなければ、と思った」
「追手が?けど」
ヒョウは、あの時を思い出す。
自分がザハドを抜け出す時のことだ。
母が用意したポッド――小型宇宙船に乗り込み、支配者でさえも寝静まる時刻に音一つ立てず発射された。
誰も気づかなかったはずだ。見送りに来た母以外は。
なら、母が密告したのか?
ありえない。彼女は最後に言った。
人生が見つかったら、戻ってきてもいいのだと。戻ってきてほしいようでもあった。
その彼女が支配者へ密告するとは到底思えない。ありえるとしたら、密告者は、もう一人の親だ。
「あぁ、お前の母は、よくやった。だが……お前の父は、それをよく思わなかったようだな」
ヒョウの星脱出は翌日発覚し、その日のうちに住民全てが知る大事件となった。
支配者は近況の星に潜伏したのだとアタリをつけ、部下に追跡させる。
見つけたら即座に殺せ――といった命令も交えて。
彼らの動きを知ったアイスは、ヒョウに伝えるべく他惑星を飛びに飛んで、ようやく、この星で気配を掴んだ。
「惑星を飛びに飛び?えっ、宇宙って生身で移動できるもんだったの?」
きょとんとなるフェイ及び月影らへ答えることなく、ヒョウとアイスは二人にだけ判る会話を続ける。
「無茶しやがって……その身体じゃ、もう戻れないだろ」
「まぁな……だが、伝えることはできた。なら、この結果も本望さ」
「なわけないだろ。人生、せっかく見つけたのに手放す気か?」
「お前が側にいなきゃ……人生も色褪せたよ」
ヒョウに抱きかかえられた男が衰弱しているのは、誰の目にも明らかだ。
「なぁ」と二人の会話へ割って入り、炎道が尋ねる。
「なんか怪我してるみたいだしよ、こんなとこでダベッてねーで治療所行こうや。応急手当ぐらいだったら、俺らにも出来るしよ」
「いや、この怪我は」と言いかけて、アイスが激しく咳き込む。
後を継ぐ形でヒョウは説明した。
「脳がイカれちまったんだ。この怪我は機能を酷使しすぎちまった代償ってやつでな」
「ハァ?」と、よく判っていない炎道の横で「あなた達の頭の中にある機械が壊れたんなら、砂州丸に直せるんじゃない?」と月影も口添えするが、やはりヒョウの返事は思わしくなく。
「俺達の脳を直せるのは支配者だけなんだ。残念ながら、な。こいつは俺を見つけるために空間移動を繰り返して、あげく制限距離をオーバーしちまった」
「は?なんで、お前を探して」との問いにはアイス本人が答えた。
「ヒョウへ差し向けられた悪しき追手の存在を教えたかった……だが、もう伝達は終えた。私の役目は、ここまでだ」
「追手!?」
ようやく全員に事の次第が伝わり、エリーが叫ぶ。
「そんじゃ、急がないとやばいんじゃないのかい!?その追手が来たら、ヒョウがやばいんじゃ」
「で、でも、その人はどうするの?ここに置いていくの?」
うろたえるフェイと比べたら、ヒョウは落ち着き払っており。
「ま、そうなるだろうな。ザハドにも戻れない、そもそも自力移動が無理ってんじゃ」
とても同郷の知人とは思えない非情な結論に、真っ先にブチキレたのは炎道とエリーであった。
「ざっけんなテメェ!仲間を見捨てようってのか!?」
「支配者にしか直せないってんなら、この船でザハドに向かえばいいだろ!そんで直したら、とっとと逃げりゃいいんだッ」
「いやいや」と即座に突っ込んだのは比叡だ。
「追手を撒こうというのに戻ってどうするんだ。みすみすヒョウを捕まえさせるだけだぞ」
エデンも「脳をやられて治療不可能となったら、儂らの旅に連れて行くのも酷じゃろうて。のぅ、お前さん。お前さんだって、そう思っとるんじゃろ?」とは後半、アイスに尋ねたもので、ヒョウに抱きかかえられた格好でアイスが頷く。
「……そうだ。私の脳は、やがて全ての機能を停止する。旅に同行したとしても、近い死は免れない。優しいお仲間の皆さん、私を哀れに思うなら、ここで終わりにさせてもらえないか」
「どうして、そこまでしてコイツを追いかけてきたんだ!?」
炎道を見もせず、瞼を伏せてアイスが答えた。
「使命感、同情、友情。どう捉えても構わない。好きな言葉で語るといい……或いはヒョウへの友情など二の次で、本当は私も支配者の手を逃れたかっただけもしれない、な……」
ちらりとヒョウを見上げて、僅かに口元を緩める。
「あの星で生まれていない者には、到底理解できないだろう……私の行動も、ヒョウの父親の行動も、支配者の思惑も」
「ありがとよ、アイス。お前の伝言、無駄にしねぇ」
ポツリと呟き、ヒョウはアイスを地面へ横たわせる。
徐ろに己の耳へ銅線を突っ込んだかと思うと、反対側の先っぽをアイスの耳へも突っ込む。
何をするのかと見守る仲間へは一切の説明なく、ただ、時間だけが過ぎてゆく。
次第に焦れてきたのか、再びエリーが喚き出した。
「何をしているんだいッ。そいつを置いて行くんだったら、早く船へ乗り込まないと!」
どれだけ急かされてもヒョウは身じろぎ一つしない。
しまいにはエリーが癇癪を起こして「もうアッタマきた!フェイ、ヒョウは置いて行くよ!」と足音勇ましく宇宙船へ乗り込んだ辺りで、ようやく立ち上がる。
「待たせたな、フェイ。行こうぜ」
「……何をやっていたの?」と尋ねてくる少年には、短く「こいつの持つ情報を移した」と答えると、宇宙船へ入ってゆく。
「あ、行くの?じゃあねー!」「二度とくんなよー!」といった別れの言葉を聴きながらエデンとフェイも乗り込み、ややあって物音一つ立てずに巨大な岩がフワリと浮き上がる。
「あっ」の一言が月影の口から漏れた直後、宇宙船は、さぁーっと上空へ舞い上がり、あっという間に見えなくなってしまった。
「いっちまったな……」
空を見上げてポツリと呟いた後、炎道の目が地面へ向き直る。
「で、こいつは、どうすりゃいいんだ?」
つられて比叡や月影の視線も下に落ちる。
異郷の地に一人残されたアイスは、身を横たえて空を眺めていた。
「私に構う必要はない。ここに残してくれれば、そのうち生命線も消えるだろう」
「本当に、それでいいの?」とは月影の問いに「それでいいの、とは?」と質問でアイスが返す。
「もしかしたら、砂州丸が直せるかもしれないのに」
諦めの悪い彼女へ苦笑し、アイスは重ねて言い含めた。
「無理だ。ザハドより遥か劣る、この星の文明では解析すら不可能だろう」
ザハドの住民たる本人が、ここまで断言するからには、砂州丸に見せるのは時間の無駄だ。
致し方ない。
いつまでも異形の者に構っている暇は、四人の誰にもない。
後ろ髪を引かれつつも、比叡の「城へ戻るとしよう」との号令を受けて、戦士四人は、この場を後にした。
アイス経由でヒョウが得た情報によると、追手はザハドを中心とした範囲で知的生命体の住む惑星全てが対象らしい。
そう言われても、どの星に何が住んでいるやらもフェイ達には判らない。
「次の目的地は?」とヒョウに尋ねられ、フェイは「漠然としないんだけど」といった前置きの上で話し始める。
あの星の風が伝えたのは、宇宙船の側で横たわる不審人物だけではなかった。
黒く禍々しい気配が空全域に広がっており、黒い風を追いかけていけば原因も判明するのでは――という結論であった。
「黒い風ェ?」
当然ながらエリーは素っ頓狂に声を荒げ、エデンも首を傾げる。
「して、フェイ。お主は、その黒い風の声も聴こえるんか?」
「声は聴こえない」と答えたフェイが重ねて言う。
「けど……嫌な気配を感じるんだ。その気配を手繰っていけば、次の目的地へ辿り着けるんじゃないかな」
「なら、決まりだ。気配を辿っていこうぜ」
あっさりヒョウは丸投げし、エリーは座席に沈み込む。
「仕方ないねぇ、風の声に従えってんじゃ。まったく、あたし達の旅は行き当たりばったりもいいとこだよ!」
「次の目的地につくまで、お土産の保存食でも試食するとするかいの」
さっそく保存食の袋をやぶるエデンを横目に、ヒョウは先ほど出てきたばかりの星を窓から眺める。
青く光る美しい星だ。
全ての旅が終わった後でなら、もう一度来てみたいと思うほどの。
しかし、偶然で墜落した星だ。二度と来ることもあるまい。風が教えてくれない限り。
脳内装置へ書き移したアイスの知識によると『地球』――そういう名前らしい。
「現地の奴は誰も知らなかったのに、あいつは知ってたのかよ」
思わず呟くヒョウに「あいつって?」とエリーが尋ねるも、船の速度が急にグインッと高まり「ぐぇっ」と席に押しつけられる。
みるみるうちに地球は遠ざかり、星の海へと消えていった。
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