夜の風

Chapter2-7 城下町にて

体中に白粉を塗りたくり、町人と同じ格好に着替えたフェイ一行は、ひとまず城内にある砂州丸の研究室で腰を落ち着ける。
「旅支度っていうけど、具体的には何が必要なの?」
月影の問いにヒョウが答える。
「そうだな、まずは翻訳機の製造か」
「ホンヤクキ?ってなぁ、機械の一種か?作れるのかよ、そんなもん。ウチュウセンを自力で直せねーくせに?」とは炎道の疑問にも、ヒョウは肩を竦める。
「そりゃ、あの宇宙船は俺が作ったもんじゃねーしな。ゼロから作り出せないとは一言も言ってねぇぜ」
「ホーォ?で?材料は」
こめかみを引きつらせる炎道へ片手を差し出した。
「あんたらが使っている端末、あれでいい。あれを分解すりゃ作れんだろ」
「ハァ?ありゃー支給品だぞ!?下手にぶっ壊したりなくそうもんなら般若姫にキレられっし、修理代だって高ェんだぞ!」とキレる炎道の横で、さっと月影が差し出したのは例の小型端末だ。
「これでいいの?なら、どうぞ」
「ちょっと月影おねぇちゅわぁぁぁん!それ、ボクの!ボクの端末、勝手に差し出さないでくれるぅ!?」
背後で喚き散らす砂州丸なんぞは当然無視の姿勢で。
「いいじゃない、砂州丸は。ちょっと姫に媚び売れば幾らでも貰える身分でしょ?」
しれっと言う月影には、砂州丸の怒りもヒートアップするばかり。
「一回媚び売るたびにボクが、どんだけ精神消耗してるか知らないくせに!それに、あんま媚びの無駄撃ちしちゃうと、いざって時、ホントに欲しいものが手に入らなくなるじゃないっ」
口喧嘩をBGMに、ヒョウは小型端末を弄くり回す。
表カバーはネジ止めではなく嵌め込み式で、手でこじ開けると簡単にパカッと取れた。
「これの内部構造、判る奴いるか?」とヒョウに尋ねられて、答えたのは月影とやりあっていた砂州丸ではなくヒョウの作業を側で眺めていた比叡であった。
「中央の大きな基板が学習装置、左右にあるのは情報を記録する装置だ」
意外な相手の知識に驚いて「へぇ……機械は、あいつだけの専門知識じゃなかったのか」と聞き返すヒョウへ首を振り、「あぁ、全部あいつからの受け売りだ。最初に端末を受け取った時に、聴かされたんだ」と比叡が微笑む。
ついでとばかりに「あいつは何に当たる立ち位置なんだ?上司のウケもいいようだが」との横道にそれた疑問にも、彼は快く答えた。
「一応あれが直接の上司なんだ、俺達から見ると。姫への取次や俺達配下の者へ全体命令を出すのも、砂州丸の役目だ。俺達の持つ装備は全部あいつが作っているが、機械弄りは役目に含まれていない。言ってしまえば、あいつの趣味みたいなもんだ」
「上司の割には、あんま敬ってねーよな?お前ら」
眼の前では月影や炎道に軽くあしらわれている砂州丸が見える。
口喧嘩は比叡との関係にまで及び、月影には頭をポンポン撫でられての子供扱いまで受けていて、とても上司に対する態度ではない。
「所詮は立場上の上司だからな」と比叡は雑談を締めると、ヒョウの手元を覗き込む。
「それよりも、作れそうか?」
「あぁ。学習装置と記録回路、こいつを貰う」
「それじゃ〜ほとんどスッカラカンになるじゃねーか」と横から首を突っ込んできた炎道へは頷きで返し、ヒョウは端末内部から引っ張り出した銅線を己の耳に差し込む。
「それは何を?」と尋ねてきた比叡にヒョウが答えた。
「俺の中にある翻訳機と繋ぐ。機能を、この学習装置にそっくり移すんだ」
「え?ホンヤクキって、あなたの体の中にあるの?えー、じゃあ、もしかしてヒョウって機械だったの!?」
斜め上に素っ頓狂なことを抜かすのは、この場では一人しかいない。
彼女のほうなど見もせずに、ヒョウは足りない説明を付け足す。
「身体は生身だ。刃物で切られりゃ血を吹くし、心臓を刺されたら即死する。ただ、頭の中身だけが他の星の奴らとは違っていてな……ザハドで生まれた奴は、頭ん中に一通りの機械を埋め込まれるんだ。どんな人生の目標だろうと難なくこなせるように」
「き、機械を、頭の中に埋め込むだぁ……?そんじゃオメーの脳みそは、ほとんど機械仕掛けだってぇのか?」
炎道らがドン引きするのもお構いなしに、暗い目で吐き出した。
故郷の想い出は、思い出すだけでも憂鬱になる。
人生の目標――
それが見つからなかったばかりに、役立たずのゴミクズ扱いされた身にとって。
「あぁ。材料なしに武器が作れるのも脳内にある成形機能のおかげだ。ただ、全部でどれだけの機能があるのかは俺自身にも判らねぇのさ。だから、材料なしに機械を成形する機能があったとしても俺には使いこなせねぇ。誰も使い方を教えちゃくれなかったからな」
「そっかー。取説なしに埋め込まれるのって、設計側の不備だよねぇ。今まで苦労したんだね、ヒョウ」
どこか斜め上の労りをかましてくる月影には苦笑して、ヒョウは身の上話を終わりにした。
手元の学習装置にOKサインが表示されている。機能のコピーが終わったようだ。
脳内に埋め込むのでなければ、翻訳機を人数分作る必要はない。これ一つあれば事足りるだろう。
元通りに学習装置を端末へはめ込み、カバーをつけたら完成だ。
結局丸々一つ貰ってしまったようなものだが、重要な機能を上書きしてしまった以上、残りを返しても意味がない。
「……ところで」と、意味ありげに比叡を見つめて「こいつは砂州丸の持ち物なんだったよな?」と確認を取ってくるヒョウには、月影や炎道も首を傾げて「えぇ、そうだけど、どうかした?」と尋ね返す。
「いや、なんで記録回路に比叡の裸画像ばっかり残されてんのかと思ってよ」
「は?」「砂州丸ーーーっ!また風呂場を盗撮したのねッ」
唖然となる炎道を置き去りに月影と砂州丸の取っ組み合いが始まり、場を取り繕うかのように比叡がヒョウを急かしてくる。
「そ、それよりも。他に入り用の道具があるなら城下町へ買い出しに行かないか?」
「だな。ひとまずは保存食が一年分くらいありゃーいいか」
「一年分!?」と驚く炎道へ「何年かかるか判んねぇ旅だ。食いもんは多いに越したこたぁねーだろ」と答えると、ヒョウは手元の翻訳機をエデンに手渡した。
「なんじゃ、これは?」
首を傾げる彼には「翻訳機だ。そいつがあれば、余所の星の人間とも会話ができるようになる。使い方は簡単だ、側面にある電源をオンにすりゃーいい」と簡単な説明を添えて、言われた通りエデンが横っちょのボタンを上に押し上げる。
「あーあー、儂の声は聴こえるじゃろうか」と動作テストするエデンに炎道が「喋った!?こいつ、急に言葉が喋れるようになったぞ!」と叫び、「これがホンヤクキの実力か……!恐るべし」と比叡も驚愕するのを見て、ヒョウの脳裏には疑問が湧く。
端末には学習回路が含まれていた。
あれは本来、何を学習するための機能だったのだろう?
砂州丸は写真を保存する記録機能しか使っていないようだった。
取説不足は、この星の住民にも言えることかもしれない。皆が皆、機械の使い方を全て知っているわけではないのだと。


城下町は人混みでごった返していた。
縦に細長い町並みを眺め回して「ふぇ〜、いっぱいいるねぇ〜人!」と感嘆を漏らすフェイに、月影が「どう?広いでしょう、城下町は」とドヤ顔で相槌を求めるのを横目に、炎道と比叡、それから大胡の男三人は所持金を照らし合わせる。
ヒョウ達は余所者だ。したがって、保存食を買うにも金がない。
彼らの入り用な道具代は、全て自分たちが肩代わりしてやるしかなかろう。
ヒョウは保存食が一年分必要だと言っていた。
一番安価な缶詰タイプを購入するにしても、一年分となると五年分の給金が吹っ飛ぶ。
「あの乗り物に入る一年分だろ?缶詰じゃ詰め切れんぜ」と、額に皺を寄せて炎道が言う。
腕を組み、比叡も天井を見上げて考え込む。
「……となれば、チップで買うしかあるまい」
チップとはチップタイプ、財布にも入る大きさの薄い板状保存食だ。
小さくても腹の膨れ具合は缶詰と大差ない。ただ、価格がべらぼうに高いってだけで。
比叡が脳内換算したところによると、全部で二十年分の給金を犠牲にする計算になった。
冗談ではない。いくら早く出ていってほしいとは言え、そこまでしてやる義理がない。
「どうするよ、保存食だけで全財産使い果たしちまうぜ」
ヒソヒソ声を潜めての相談は、ばっちりヒョウにも聴こえていたようで。
「一年分が高いってんなら一ヶ月分でもいいぜ」と気遣いされて、安堵の溜息をつく比叡達の前に差し出されたのは青い巾着袋。
「は?」と差し出した相手を炎道が見てみると、いつの間についてきたのやらな雷華であった。
「これ、砂州丸の財布。これならチップで一年分買えるから」
「砂州丸から預かってきたの?」
月影の問いに緩く首を振り、少女は小声で囁いた。
「きっと、皆が困ると思って。持ってきた」
「えっ、勝手に持ってきちまったら、あんたが後で怒られるんじゃないかい!?」とのエリーの問いにも、雷華は黙って俯くだけだ。
代わりに月影が「なら、比叡が持ってきたってことにしときましょ。それなら、あいつだって怒れないし」と、さりげに仲間に罪をなすりつけ、ますますエリーをポカンとさせる。
だが、傍らの炎道も「そりゃいい!比叡、ついでに全額使い込んじまおうぜ」と笑っているし、大胡までもが「オラ達のおやつも買っちゃおうよ」と悪乗りしているではないか。
もはや尊敬どころか遠慮もゼロだ。直接の上司のはずなのに。
雷華から巾着袋を受け取った比叡は中身を確認後、「いや、それほど入っていないな」と呟き、踵を返す。
「ひとまずチップを一年分購入してから、あとの使い道を考えよう」
「いや、あの、全部使う気なのかい?あんたも」
真面目だと思っていた比叡まで、まさかの着服宣言に、もうエリーは開いた口が塞がらない。
そんな彼女の驚きも、月影にはクスッと微笑み一つでかき消された。
「だって砂州丸には私達、いつも煮え湯を飲まされているんだもの。これぐらいの仕返し、大した額じゃないって」
ここまでのつきあいを見た限り、煮え湯を飲まされているのは、むしろ砂州丸のほうでは?
なんて思ったりもしたのだが、保存食を奢ってもらう身にあたり、下手なツッコミは厳禁だとヒョウは口を閉じる。
改めて比叡達の後に続いて城下町を見渡してみると、機械文明があるにしては建ち並ぶ建物が全て平屋建てと古風な造りである。
そのうちの一つにあがりこみ、「親父、いるかい?一年分のチップを買いたいんだけどよ」と炎道が声を掛ける。
「一年分たぁ、豪気だねぇ!さすがは、お城の戦士様だ。ほらよ、箱で持ってけ」
店の奥から顔を出したオッサンに、どんっ!と箱ごと渡されても、五人の顔に驚きはない。
代わりにボソッと炎道が小声で「何言ってんだ、侍ぐらいっきゃ買えねー値段つけといてよォ」とボヤくのが聴こえた。
「一部の人しか買えないの?じゃあ、すっごく高いんだ!」と大声で驚くフェイには「そうそう、保存食なんて滅多に使わないのに超ぼったくってるんだよ」と月影が、よく通る声で毒を吐く。
それに対して店長が何か言うよりも早く比叡が「次は何を買う?」と話を振ってきたので、ヒョウも急いで答えた。
「あとは簡単な工具がありゃ〜充分だ」
「それだけで間に合うのか?」との追及へ頷き、店の親父と月影が喧々囂々やりあうのを聞き流しながら、ヒョウが次の旅へ思いを馳せていた時だった。
不意にフェイが「あっ!」と大声で叫んだのは。
「ど、どうしたんだい!?」
エリーに肩を掴まれた彼が泡くって言うには。
「今、風が言ったんだ!変なやつがいるって、あっちに!」
あっちと指をさすフェイを見て、動揺が他の者にも広がってゆく。
「あっち!?って、そっちにあるのは、あなた達のウチュウセンだけど!?」
わーーーーっ!バカ、月影!声がでけぇ!」
同じぐらい泡食う現地人を余所に、ヒョウがフェイへ問いただす。
「そいつは、この地での方角なのか?それとも他惑星のある方角なのか」
「俺達の乗ってきた船の近くに、見たことのない奴がいるって言っているんだ!どうしよう」
どうしようもこうしようもない。唯一の足を壊されたら大事だ。
「いくぞ、木曽村跡地へ!」
比叡に腕を引っ張られ、たたらを踏みながら「急ぐって走っていくのか?」とヒョウは問い返したのだが、代わりに返ってきたのはピィーッという甲高い口笛で。
城の方面から例の巨大虎の発する咆哮が轟くや否や、砂埃を巻き上げて巨大な影が近づいてくる。
巨大虎の到着と同時にフェイ一行は有無を言わさずオンブやらダッコで抱え上げられて、戦士五人と一緒に背へ飛び乗った。
「急げ!」との号令を受けて虎が全速力で走り出すもんだから、あとは振り落とされないよう必死でしがみつくしかなかった――


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