夜の風

Chapter2-6 四つのちから

霧崎城――
曲者全てを檻から出していた件は、砂州丸配下の侍により般若姫にも伝わっていた。
だが、お咎めを受ける代わりに直属戦士に与えられた新たな命令は、曲者の乗り物とされる巨大岩の徹底調査であった。
驚く四人に砂州丸が告げたところによると、詳しい事情を城へ届けたのは雷華が操る雷獣だそうだ。
雷獣に尾行させて、四人のやることなすこと全てを記憶させた。
ひとまず彼女が伝えた情報は、三人は折檻じゃ、比叡は姫の寝室付きにせよと口から泡を吹いて滅茶苦茶な命令を下す姫を落ち着かせるに充分な内容であったと言えよう。
「ありがと、雷華」
月影に礼を言われて、雷華は視線をそらす。
「……みんな、無事でいてほしかったから」
ぽそっと呟かれた言葉には炎道も大胡も、そして比叡も感謝しかない。
「木曽村へはボクも同行するからネッ、比叡お兄ちゅわわぁぁぁ〜ん」
両手で拳を作り、ふるふる可愛い子ぶる砂州丸を冷たい視線で睨みつけ、月影が突っ込む。
「一応これは公務でしょ?あんたも真面目にやんなさい」
「えっ心外。いつもおちゃらけてる月影お姉ちゅわんに突っ込まれるなんて」
「誰がおちゃらけてるってーのよ!」
延々続きそうな口喧嘩にマッタをかけたのは比叡で「他に同行者は」と尋ねられた砂州丸は「ボクだけだよ」と答えると。
急にキリリと真面目顔になって、全員を促した。
「では公務への道案内をお願い致す。行く先は木曽村跡地!」
「急に真面目ぶってもキメェっての」と文句を言いつつ炎道が一番に飛び乗り、大胡がエデンを背負い、月影は背中にフェイをおんぶしてエリーを抱きかかえた状態で幼獣へ飛び乗る。
二人抱えての跳躍に、フェイは有無を言わさずおんぶされた件へ怒るのも忘れて「ふえ〜」と感嘆を漏らす。
エデンが「この星の人間は力持ちじゃのぅ」と呟くのを聴きながら、比叡の手を借りてヒョウも妖獣の背へよじ登る。
上から改めて眺めてみると、目眩を覚えるほどの高さだ。
だというのに命綱も使わず荷物を抱えた状態で飛び乗れる、こいつらの身体能力も、かなりの高さだろう。
ただ、木曽村の住民が為すすべもなく死んだのを考えると、能力値が高いのは、この四人だけなのかもしれない。
「そうだ、村へ近づく前に、そいつらにコレを塗っといて」と、砂州丸が比叡に渡したのは白粉だ。
月影が「あ、そっか。また大騒ぎになっちゃうもんね」と納得する中、フェイはキョトンと「何あれ?粉?」とヒョウに尋ねたのだが、これまた有無を言わさず顔にパタパタとはたきつけられて「ぶふっ!」と悲鳴をあげる。
「なんだい、こいつら。あたしらが黒いのが、そんなに気に入らないってか!?」
いきり立つエリーにはエデンの「違うじゃろ、儂らは村を壊滅させた張本人じゃからの。特徴のある肌を隠せば見分けもつかなくなるわい」といったフォローが入り、到着する前にヒョウも尋ねておいた。
「そういやぁよ、ナイトウィンドってな具体的にどういった能力を持つんだ?」
「ん?」と首を傾げる相手に繰り返す。
「風の声を訊けるって触れ込みだが、そいつは無意識に出来るもんなのか?それとも」
「うむ、無意識ではない。覚醒すれば意図的に会話を引き出せるようになるんじゃ」と、エデン。
「覚醒?」と尋ね返すヒョウへ頷くと、こうも続けた。

ホワイトアイルの伝承とは。
選ばれし称号を持つ者が力を併せれば、どんな危機をも退けられるであろうといった内容であった。
称号を持つのは風の一族だけではない。
水の称号――クリアーブルー
炎の称号――カディナフレア
大地の称号――カーミアース
これら称号を得ただけでは能力は発揮されず、長き旅の末に覚醒すると伝えられている。

「長き旅が具体的に何処を意味するのかは、儂にも判らんかった。まさか外の世界じゃったとはなぁ」
「え、それだと俺以外の一族も必要っぽいんだけど。連れてこなくてよかったの?」と口を挟んできたのはフェイだ。
エリーが「何言ってんだい、水以外は揃っているじゃないか」と突っ込んでから、「え、じゃあ、何かい?あたしらも覚醒しなきゃいけないってことかい!?」と驚く。
それら全部を聞き流し、なおもヒョウはエデンへ質問をかます。
「で、何をすりゃ覚醒したってなるんだ?」
「そりゃあ、能力を自発的に使いこなせるようになった瞬間に決まっとるわい」とエデンは答えて、フェイを見やる。
「さっきは上手くいかんかったようじゃが、質問がまずかったのかもしれんのぅ」
「漠然としすぎてたってか」
ヒョウの呟きに頷き、エデンはフェイから空へ視線を移した。
「未曾有の災害か……考えもせなんだ。なんせ世界は混沌としておりながらも平和を保っておるからのぅ、ホワイトアイルも此処も」
やがて不意に思い出したかのように、付け足した。
「そういやミディアは覚醒しておるよ」
「え!?あいつが水の一族だったのかい」と騒ぐエリーへは首を真横に「いいや、あれは月の巫女じゃよ」と訂正する。
「月の?木の、じゃなくて?」といったフェイのツッコミも否定し、エデンは話を締めくくる。
「や、樹木と融合しとるのは別の理由があっての。それはともかく、月の称号はエターナルライトじゃ。巫女は神託を受けることで覚醒するようじゃのぅ。四つのちからは、月を囲んだ時に発動すると伝えられておるんじゃよ」
ミディアが樹木と融合した理由とやらも気になるが、今はナイトウィンドを覚醒させるのが先だ。
質問が漠然だと言われても、未曾有の災害が何であるか判らない以上、どうやって尋ねればよいのか。
それとも、旅を続けるうちに見えてくるのか?
一つの惑星を巡っただけで判るとはヒョウだって思っちゃいない。だが、えらく長旅になりそうな予感がした。
それに現地人のエリーでも出会ったことがない幻の存在――水の一族。
一つ欠けた状態では、ナイトウィンドが覚醒できても無駄ではないのか。
「その、一族代表だがよ。代用ってのはアリなのか?」
ふと思いついたことを口にすれば、エデンは即座に頷いた。
「うむ。どれかの一族、あるいは全ての一族が滅びを迎えたとしても、代わりは見つかるもんだとミディアが言っとったような」
「えー?なら、俺が行く必要」
「じゃが!生き残っておるんだったら、その中の一人が選ばれる。そうしたもんじゃ」
エデンとフェイのやり取りを聴きながら、ヒョウに一つの確信が生まれる。
もし水の一族が滅びていたとしても、自分が代わりになれるんじゃないかといった。
何をすればクリアーブルーの覚醒と呼べるのかは、ナイトウィンド以上に不明だ。
だが、それも長旅をするうちに解明されるのではないか。そんな気がした。
そうだ。それを調べるのを、自分の生きがいにすればいい。
やっと己の"人生"が見つかりそうな可能性に、ヒョウの胸は高鳴った。
突然大きな振動が全員を襲い、妖獣が咆哮する。
木曽村跡地へ到着したのだ。


ざっと巨大岩改め宇宙船を調べた砂州丸が出した答えは「これ、機械じゃないよ」とのことであった。
「はぁ!?」と全員が合唱するのを見渡して、詳しく言い直す。
「この珠、これが操縦桿みたいなんだけど、これに術式が施されているんだ。特定の人物じゃないと動かせないように、ね。術式の解析は土民言語の解読から始めなきゃだけど」
「で、ぶっちゃけ、これは直るのか?それとも言語がわかんなきゃ直せねーのか!?」と短気に詰め寄る炎道を両手で押し返し、砂州丸は結論付けた。
「壊れてないってのが正解。たぶんだけど、操縦者が平常心で動かせば飛ぶんじゃない?」
なら墜落した時、フェイは邪念でも思い浮かべていたんだろうか。
本人に尋ねてみると「あの時?腹減ったな〜って考えてた!」と邪気のない笑顔で言われて、三人は大きく溜息を吐き出した。
考えてみりゃ、ろくな準備もないまま旅立ったのだ。
食料はおろか、文具や雑貨などの生活用品だって一つも持っちゃいない。
なんとも無謀な旅だ。これじゃ他惑星の住民に呆れられても当然だろう。
この星に不時着してからの食事はどうしていたのかと問うと、「そのへんにいた動物を捕まえて食った!」との答えがフェイやエリーからは返ってきて、なんともハングリーな食生活だ。
尤もヒョウも、そのへんに生えていた植物を摘んで食べていたのだから、ハングリー具合は似たりよったりだろう。
ひとまずは長旅に耐えうる食料の確保、それから必要最低限な道具の確保。
それらを比叡に提案すると、意外や彼らは快く承諾してくれた。
きっと向こうとしても、さっさと出ていってもらいたい一心なのであろう。
「それなら、着ているものも一応替えておこう?そのほうが、もっと目立たなくなるし」との月影案に頷き、一行は城へ帰還した。


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