夜の風

Chapter2-5 風の声

「いやいや、待て待て。ウチュウから来たって、ついさっき本人が言ってたじゃねーか」
突拍子もない月影の発言へ冷静に突っ込んだのは、意外にも炎道で。
「コイツは妖獣じゃなくてウチュウ人ってやつなんだろ?」
「そうだ」とヒョウも頷き、月影へも再度言い含める。
「俺とこいつらは仲間だが、生まれた星が違う。だから見た目も、俺だけ異なるってわけだ」
「そうなんだぁ。その耳、本物?」
どうにもヒョウの耳が気になって仕方ないのか、月影がふにふに耳を触ってきて、くすぐったいったらありゃしない。
笑いたいのを堪えて「あぁ」と答えるヒョウの側にしゃがみこんで比叡が何事か唱える。
「――では、貴殿を信じるとして草原へゆこう。術を解いた、自力で移動してくれ」
「おっ、お前、んな簡単に解呪しちまって大丈夫なのかよ!?こいつァ武器を形成するんだろ、材料なしで!」
騒ぎ立てる炎道にも、比叡は冷ややかに「万が一襲われたとしても、この人数で抑え込めない俺達ではなかろう」と答えたのみだ。
完全に信用してもらえたわけではなさそうで、動きが自由になったのはヒョウだけだ。
「んじゃー草原いっとく?」
大胡がエデンをヒョイッと担ぎ上げ、月影はフェイを抱きかかえあげる。
「ちょ、ちょっとー!自分で歩くから俺のしびれも取ってよぉ」と騒ぐ彼なんぞ全く無視して。
「お?お?この流れだと、そこのべっぴんさんをダッコすんのは俺の役目か?う、へへへへ……」
いやらしい手つきで近づいてくる炎道には、エリーも警戒心バリバリで「ち、近寄ってくんじゃないよ、このスケベ!」と騒ぎ出し、ヒョウは比叡に言うだけ言っておいた。
「風の声を聴くのはフェイの役目だ。体がしびれてたんじゃ、それもできねぇ……何度も言うが、俺達は戦う気がねーんだ。フェイやエデンは戦える力でもねぇしな。ってわけで、フェイの拘束を解いてもらえると有り難いんだが」
「いや、子供の足では歩くのも遅かろう。呪縛は草原で解く」
あっさり比叡には却下され、フェイ達は屈辱のダッコで草原へと向かった。
エリーは月影に抱きかかえられ、炎道も嫌々渋々フェイをダッコしながら。


一行は徒歩で移動して、やがて何もない、だだっぴろい草原に到着した。
まずは風の声をフェイに聴かせて、その後の予定を立てるとしよう。
比叡がフェイの側で何事か唱えると、途端にフェイはヒョイッと炎道の腕から飛び降りる。
「やっと自由になったー!うわ、肩も腰もグッキグキ!」と喜ぶ彼へ近づき、ヒョウは尋ねた。
「どうだ、何か聴こえるか?」
「それなんだけどねぇ……」と、少しばかりテンションの落ちたフェイが言うには。
ここへ連れてこられる前までにも何度か話しかけてみたのだが、風は何も答えてくれず、鳥の囀りさえも聴こえない。
こうして大地に足をおろした今も、風の声が聴こえてこない。
まったくの無風ではない。風は、そよそよ吹いている。なのに声が聴こえない。
ホワイトアイルでは常に、耳をすませば鳥や風が何かを語っていた。
フェイが問いかければ彼らは答えたし、自ら語りかけてきもした。
「言葉が通じないのと関係あるんじゃないのかい?」とはエリーの推測だが、そのような注意事項はヴァリも言っていなかった。
だが風の声はフェイにしか聴こえないのだから、言語が違うかどうかも闇の巫女には判るまい。
「それにしたって、何も聴こえないのはおかしいよ」と、フェイが反論する。
「その声じゃがの」とエデンも口を挟み、フェイに問う。
「お前さん、いつも風と話す時は何を尋ねておるんじゃ?」
「え?特に何も聞いてないけど?」と本人は首を傾げており、意識してやっているものでもなさそうだ。
然るに、風の声とは風側の一方的なお喋りをフェイが聞き取っているだけのようだ。
こちらから話しかける時は何と言っているのか?といったヒョウの具体的な疑問にも、フェイの返事は漠然としていた。
「なにか面白いことなかった?とか、皆と話す時と大体同じだよ」
「じゃあ、こう尋ねてみな」とエリーが重ねて提案する。
「今、世界で何が起きているのか、何か知っていたら教えて欲しいってね」
闇の巫女ヴァリによると、今、この世界――ホワイトアイルに限らず、全ての世界で何かが起きようとしているらしい。
何かが何なのかを調べるために、彼女は宇宙船の使用を許可した。
風の使い手ナイトウィンドと称されたフェイへ調査を託して。
「何が起きているのかよりも、何が起ころうとしているのか、のほうがいいかもな」
ヒョウの訂正に「近い未来に災厄が起きると予想しておるのか?」とエデンが問う。
あぁと頷き、ヒョウは己の推理を口にする。
既に起きているのであれば、ヴァリも悠長な調査を依頼するまい。現場へ飛ぶよう指示するはずだ。
神託を受けた巫女なのに漠然とした内容しか言えないのは、現時点では、まだ何も起きていないからだ――と考えるのが妥当だろう。
「わかった」
頷き、フェイは風に呼びかける。
君たちは何か知っている?この世界で、近い将来なにかが起きるらしいんだけど……
風と話している間の彼は傍目に見ると、ぼーっと突っ立っているようにしか見えない。
「ね、風と話すってホントかな?」と月影に囁かれ、炎道も首を傾げる。
「霊能者みたいなもんじゃねーの?ま、それが真実かどうかを確かめる術もねぇんだがよ」
「霊もだけどさ、風って喋ったりするの?普段なにも聴こえないけど」
「だからよ、聞き取る能力がないと聴こえないんだろ」
したり顔で結論づける炎道の横で「風と話す能力か……」と呟いた比叡に、月影が小声で尋ねる。
「ねぇ比叡は風とお話できたら、どんなことを訊きたい?」
「どんなこと、とは?」
質問に質問で返されて、「風って、どんなことを知っているんだろうね?」と月影は更に質問で返す。
「おめーのパンティの色を知ってるかもよ?」と言って、ヒヒッと下品に笑った炎道のことは軽く睨む真似をして。
「私の下着の色なんか知ってどうしようってのよ、炎道は」
「好きな人の事なら何だって知っときたいもんよ、なぁ比叡」と下ネタに巻き込まれては、比叡もたまったもんじゃない。
「し、下着の色など来たるべき日まで非公開で良かろう。別に今、知りたいとは」
「月影のパンティは全部純白だよぉ」
足元にて衝撃の事実が暴かれて、三人してエッと声の出ドコロ、大胡を見下ろした。
「なんでテメーが知ってやがんだ!?」
「洗濯で干すのを見てたら判るだぁよ、干してたのは全部純白パンティだっただ」と言って、大胡はニヘラッと笑う。
「失礼ね、漆黒パンティだって持っているもん!」
ふてくされる月影も、どこかピントがずれている。
「漆黒のパンティは洗わねーのか?」と、ますます話題は下着一本に絞られて、風と話せる能力考察は何処へいったのやらだ。
ヒョウの視線に気づいたか、ごほんと激しく咳払いをして比叡が仕切り直す。
「俺は」
「お、比叡は純白より漆黒が好きってか?」と冷やかす炎道を無視する形で、最初の話題に無理矢理戻した。
「風と話せるのであれば、戦国の未来について訊き出したい。今は平穏なれど、いずれ戦いが起きるのであれば未然に防いでおきたいからな」
しばし、しんと場は静まり返り。
「オメー、真面目だなァ」と呆れ返る炎道を押しのけて、月影が言う。
「比叡……漆黒パンティは、あなたとする時に履くからね」
「その話を蒸し返すんじゃない!」と頬を染める比叡に「戦いの起きる予感があるの?」と真面目に切り返す。
「あぁ」と比叡が頷き、「平穏な世は長く続かない。かつての戦国の歴史がそうであったように」と答えるのを横目に伺いながら、ようやく本筋に戻ったかとヒョウも溜息をつく。
平和が長続きしないのは過去の歴史に紐づく結果論だ。
実際に近い未来で何かが起きる予兆は、この星には見えていないのかもしれない。
そして人型知的生命体が持つ以上の情報を、風や鳥が知っているとも思えない。
しばらく黙っていたフェイが「駄目だ、やっぱ何も喋ってくんない」とぼやくのを見、エデンとエリーに話をふる。
「今んとこ、この星にゃ争いの火種が根付いてもいねぇようだ。さて、どうする?」
「どうするって?何も情報がないんだったら、別の星に行くしかないじゃないか」
エリーの弁に被せるようにして、エデンも頷いた。
「その前に宇宙船を修理せんとな。じゃが儂らの中で、あれに詳しい者はおったかのぅ」
言うまでもなく、機械文明はヒョウ以外さっぱりだ。
その彼も、他星文化で作られた宇宙船に詳しいかと言われたら。
大体あれは操作方法だって奇妙だったのだ。
フェイが中央の玉に手を触れるまで、うんともすんとも動かなかったのだから。
「おい、情報は得られたのか?」
上目線に炎道から尋ねられて、ヒョウは「あぁ」と頷くと、こちらの要求を切り出してみる。
今まで散々要求を却下されまくってきた相手だけに言い出すのは憂鬱であったが、言わないことには、どうにもならない。
「情報に基づいて次の星を探したいんだが、肝心の乗り物が壊れちまった。あれを直せる人手が欲しいんだが」
「おめーら、自力で直せねーのかよ?」
当然の疑問が炎道から飛んできて、ヒョウは素直に答えた。
「あぁ。俺達にも未知の道具だったもんでな」
「そんな危険な旅ってあるぅ?」と月影にも驚かれてしまったが、全く以て同感だ。
未知の道具を使って知らない星へ行って、未来の災厄を風から訊き出せというなんざぁ、正気の沙汰ではない。
――しかし、その無茶ぶりにヒョウは乗ってしまった。
どうしても未開の地で一生を終えたくないが為に。
それに、フェイの旅へ同行すれば或いは見つかるかもしれないと期待した。母星では見つけられなかった、己の人生を。
「なら、もう一回調べてみるしかあるまい。機械ではあるんだな?」と、比叡の問いの後半はヒョウへ尋ねたもので。
「まーな」と頷くヒョウに頷き返すと、仲間を促した。
「砂州丸に打診してみよう。未知の道具だろうと機械であるなら、あいつにも判るはずだ」
「え〜?わかんないと、すぐ破壊しちゃうじゃない、あいつ!」
不安がよぎる月影の文句を聞きながら、一行は城までトンボ返りした。
やはりエリーは月影がダッコして、エデンは大胡に運ばれながら。
「あの人、力持ちだね。エデンを軽々ダッコしちゃうなんて!」
大胡とエデンは大体同じぐらいの背格好だが、大胡のほうがエデンよりも筋肉質に見える。
月影とエリーも凡そ似たような背丈なのに、彼女も軽々エリーを抱き上げている。
あれぐらいの荷物を運べないようじゃ、城の戦士としてやっていけないのかもしれない。
それにしても――風が、何も語らなかった件が地味に気になる。
フェイは『無口な風』だと結論付けてしまったようだが、もし原因がフェイ自身にあるとしたら、この先どんな星へ行こうと何も訊き出せないのではあるまいか。
もう少し詳しく、ナイトウィンドの持つ能力について巫女から訊き出しておけばよかったとヒョウは後悔する。
だが大胡に運ばれるエデンを見ながら、不意に思い出した点もあった。
そういや、エデンも伝承に詳しかったじゃないか。
宇宙船が直るまで、彼に今一度訊いてみよう。ホワイトアイルの伝承、正しくはナイトウィンドに関する情報を詳しく。


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