夜の風

Chapter2-4 いつでも恋の始まりは

ひとまず、異形の者への尋問が始まった。
「お前、さっき自分が神だっつってたけどよ、嘘だろ?」
炎道のストレートな問いに、ヒョウは「俺が真実を話したとして、お前らは信じるのか?」と質問で返す。
「信じられるかっつわれたら信じらんねーよ。けど、お前だけは俺達と言葉が通じるしなァ……」
考え込む炎道を押しのけて、次なる質問をかましたのは月影だ。
「それよりも真実って?一応聞くだけは聞くから、話してみて」
「その前に聞いときたいんだがよ」と寝転がった状態で、ヒョウが確認を取る。
「お前らは宇宙の概念……いや、存在を知ってんのか?」
「ウチュウ?」と四人が声を揃え、その横で砂州丸が「ボクは比叡お兄ちゅわんに夢中だよ☆」と叫んだ。
「って、うるせーよ。んなこた誰も聞いてねぇってんだよッ」
炎道が砂州丸の後頭部へ蹴りを入れるのを横目に、比叡が改めて答える。
「知らぬ。ウチュウとは一体どういったものなんだ?」
「そうさなぁ」と天井を見上げ、ヒョウは思いつく限り彼らにも判るような言葉で並べ立てた。

宇宙とは――
空の向こうに広がる別世界だ。
人々は星と星を渡り歩くために宇宙へ出る。
そこには大気がないから、宇宙専用の乗り物で移動するしかない。
この地に落ちた隕石、あれは実のところ、その乗り物であった。
フェイが運転を誤って墜落してしまった。悪気はなかったので勘弁して欲しい。

「木曽村が壊滅したのは、やっぱオメーらの仕業か!」
怒りに任せて炎道が怒鳴る。
さっき信じないと言ったばかりなのに、あっさり信じた彼には驚きだが、他の三人も概ね似たような反応であった。
「然るにウチュウとは、妖獣の地と同等、我らの住む土地とは似て非なる別世界……なのか?」
眉間に皺を寄せて呟く比叡に、月影が勢い込む。
「きっとそうだよ!すごーい、空にも海にも大地にも、全部異なる別世界が広がっているなんて」
宇宙の概念がないくせに、別次元や異世界の概念はあるようだ。
この惑星の文明が、いまいち把握できない。
それに妖獣、彼らの言葉を借りるなら異世界に住む生き物も平然と混ざり込んでいる。
一応「妖獣ってなぁ何だ?」と尋ねたヒョウに大胡が答える。
「戦国とは別の世界に住むケモノだよぉ。昔々、妖獣使いが召喚したって言われているんだ」
この惑星には魔法に近いものが存在する。ヒョウ達を縛り付けている術も、それの類だろう。
「でも、妖獣のいる世界へ行く方法はないのよね。妖獣使いもいなくなって久しいし」
月影が言うのへは炎道が肩を竦める。
「行きたいと思ったこともねぇがよ」
「そういや」
ポンと手をうち、砂州丸が思いつきを口にする。
「昔は霧崎城にもいたよね、異世界の住民!」
「あー、いたいた」と炎道が相槌をうち、それにもヒョウが促すと、懇切丁寧に月影が教えてくれる。
彼女たちが城直属の戦士になるよりも前の時代、この地、戦国は戦乱の世で明け暮れており、戦争を終結させるために時の城主が召喚したのが、異世界の住民だった。
そればかりじゃない。子のいない城主の跡継ぎとして召喚された女子もいた。
現在の姫、霧崎 般若は元異世界の住民にして霧崎城を継いだ霧崎 比芽の直系である。
「比芽姫は、めっちゃ可愛かったんだけど、ホントめっちゃ可愛かったんだけど、どこで何の血が混ざっちゃったんだろー?ってぐらい、初代姫君の面影ないよね般若姫様」
めっちゃを強調する月影には、ヒョウよりも仲間たちがドン引きだ。
「……お前、あんま部外者に姫の悪口を吹き込むなよ」
炎道に突っ込まれても、月影はキョトンとしている。
「えー?悪口じゃないよ、何で似てないのかなっていう純粋な疑問じゃない。あったあった、ほら、これ比芽様の肖像画」と彼女が見せてくれたのは、小さな端末に映った肖像画で、長い黒髪で真摯な眼差しの女子が、こちらを見つめている。
だが昔の城主の肖像画云々よりも、ヒョウを驚かせたのは端末の存在だった。
異世界を知り別次元も知っていて、且つコンパクトな端末を作れる技術まであるのに、宇宙進出へは進化しなかった。
さては異世界召喚で満足してしまい、成長が止まったパターンか。
或いは別世界への移動に対して、アクティブではない種族なのかもしれない。
先程触れた妖獣界にしても然り。月影は興味があれど、炎道は、まるで興味なさげだったではないか。
「――それで」と脱線しまくった軌道を修正してきたのは比叡で。
「貴殿らが戦国へ来たのは墜落事故が原因なのか?」
「墜落は結果だ」と答え、ヒョウは付け足した。
「俺達は、この惑星で探さなきゃいけないもんがある。風通りのいい場所を知らねーか?ふきっさらしの草原だと、もっといい」
「だだっぴろい草原なら城下町を出て、すぐの場所にありやがるが、そんな場所で何を探そうってんだ?」
問いに問いで返す炎道へも「草原が探しものだよ」とだけ答え、ヒョウは彼らのリーダーと思わしき比叡へ懇願する。
「何度も言うが、俺達はお前らに危害を加えに来たんじゃねぇ。風の通り道を探しに来たんだ。異世界を信じてんなら、俺等が他惑星の住民だってのも信じちゃくんねーか?」
「貴殿らが他から来た住民だと証明できるものはあるのか」と尋ねる比叡にかぶせて叫んだのは砂州丸と雷華だ。
「危害を加えない!?だが、そこの女は襲いかかってきたじゃないかッ」
「雷獣、使わなかったら負けてた……!侍、勝てない」
「あ、やっぱり雷華だったんだ、あれを捕まえたの」と小声で納得する月影は、さておき。
ヒョウはエリーを見て、彼女が掠り傷一つ負っていないのを確認する。
砂州丸が帯刀している点から、この惑星の"侍"とやらは刃物を持つ役職という認識でよかろう。
その侍と戦ったのに怪我一つないというのは――
「手加減したのか?」
ヒョウに問われて、即座に「とんでもない!むしろ斬りかかったら、刀がボッキンしたんだけど!?」と砂州丸が手をぶんぶん振って否定する。
「刀が折れたって?嘘だろ」と呟いたのはヒョウではなく、炎道だ。
だが「嘘じゃない……刀、真っ二つになった!」と雷華も、すさまじき戦闘を物語っており、しかしエリーに金属を折り曲げる怪力があるともヒョウは聞かされていない。
第一、そんな能力があったらケモノをけしかけられようと逃げおおせられたはずだ。
「その刀、見せてみろ」と言われて、砂州丸は当然「や、やだっ。お前も折る気だろ!修理代が、いくらすると思っているんだ!?」と拒絶するも、傍らの月影が「はい、どうぞ。あなたも真っ二つに出来るの?」と、あっさり砂州丸の腰から刀を抜き取った。
「ちょっと月影お姉ちゃわんっ!人のもんだと思って勝手な真似しないでくれるゥ!?」
本人が泣こうと喚こうと知らぬ存ぜぬだ。
手に取らずとも、刀が鋭利な輝きを見せているのは判る。
これを本当にエリーが真っ二つに折ったとは到底信じられない。
黙して刀を品定めするヒョウを一瞥した後、比叡が「刀が素手で折られるとは俺にも信じがたいんだが、折られた刀は何処にしまったんだ?」と二人へ尋ねる。
砂州丸が部屋の奥へ走っていき、すぐに「これだよ、これっ。これでも信じられない?」と一振りの刀を持って戻ってきた。
差し出されたのは、かつて刀であったもの。
刃部分が赤黒く錆びついた鉄の棒……とでも言えばいいのか。
刀は折られたのではない。溶かされたのだ。
ヒョウは、もう一度エリーを振り返り、そっとホワイトアイルの言葉で尋ねた。
「炎の力か?」
だが、あれは惚れた男がいないと発動しないんじゃなかったか。
エデンも同じことを考えたようで、「ヒョウがおらんのに炎の力を発動させたんか?いや、それはありえんのう」と首をふる。
エリーは何故か視線をそらし、ぼそっと答えた。
「襲ってきた中に、いい男が居てさ。カッコイイって思った瞬間、手から炎が出たんだ」
「ハ?」とは、フェイの反応で。
いや、エデンもヒョウも叫びこそしなかったが目が点になった。
刃物を持って殺気立つ連中に囲まれていながら色気づいていたとは、これまた想定外の事態だった。
もっと言うなら一生に一度の命がけな恋愛が条件かと思いきや、一目惚れ程度で発動してしまうのにも拍子抜けだ。
伝承は案外あてにならない。
「襲われている最中に男を物色してたってか?余裕だねェ」
ヒョウに毒づかれて、エリーは怒鳴り返した。
「仕方ないだろ、イケメンに敵も味方もありゃしないんだから!あたし好みだったんだ、あいつの顔が。そう思った瞬間、一目惚れしちまったーって思ったんだよ!けど、そいつが突進してきた直後、あたしの手は炎を吹き出して刃物を溶かしちまったんだ」
溶かしたのが刀だけで済んだのは、不幸中の幸いというべきか。
もし一人でも死者が出ていたら、きっとエリーの命は消されていただろうから。
「おい、テメーらだけで何を話してんだ!こっちにも教えろィ」
炎道に苛ついた様子で急かされようと、ヒョウは内密の話を続けた。
エリーは発火、フェイは風と話す能力があるとして、残り一人エデンの能力が判明していない。
「エデン、奴らに俺達の特殊能力を説明しておきたい。お前の能力、あるんだったら教えてくれや」
「あ、それ、俺も知りたい!エデンって何の一族だったっけ」とはフェイの前フリに、すかさずエリーが「大地の一族だろ。樽の一族って言ったほうが、お似合いだけど」と軽口を飛ばす。
「酷いのう、嬢ちゃんは儂にだけ辛辣なんじゃから」
エデンはブチブチ文句を呟いていたが、再三の催促には頷いて訥々と語りだす。
「フェイ、エリー、お前さんらもホワイトアイルに生まれた一族として知っておくがよい。各一族は、それぞれに能力を持つんじゃよ。風の一族は自然と親しみ、炎の一族は炎を操る。水の一族は氷を操り、大地の一族は地震を起こすといった具合にな」
「へぇー」と素直に感心するフェイとは異なり、エリーが口を尖らせる。
「そんなの初耳だよ。あたしが炎の一族だってのは人づてに聞いたからだし、それに水の一族?首都でも見かけなかった奴らを、どうやって知れってのさ」
「そうさの」と頷き、エデンは何処か遠くを見やる表情を浮かべた。
「一族の血は、そうでない者と交わり、年々薄くなっておった。大地の一族は今や儂一人だし、おそらくは風や炎、水も生き残りが少ないのではないかな」
「お、い!何を話してんのか教えろーってんだ!!」
炎道に怒鳴られて、エリーが間髪入れずに怒鳴り返す。
「うるさいねぇ!何言ってんのか全然わかんないんだよ!」
が、炎道には「あー、言葉が通じないってなぁ不便だよな」と、ぼやかれるに終わった。
近いうち劣化版でもいいから翻訳機を人数分作り出さなければな、と考えながら、ヒョウは彼らに伝えた。
「刀が真っ二つになった理由を聞いていたんだ。エリーは発火能力を持つ……つまり、炎で溶かしたが正解ってわけだ」
「溶かした、だぁ!?」
驚く炎道の隣で月影も「やだ、炎って炎道と被ってんじゃない!」と叫んだ。
本人が「かぶってねーよ!」と顔真っ赤に言い返すのへは、砂州丸までもが調子に乗って冷やかした。
「そうだよ月影お姉ちゅわん、炎道のへっぽこ火じゃ炙るのがせいぜいだって」
「てめっ、異形に武器溶かされたヘタレの分際で俺をバカにしよーってのか!」
「溶かされたのはボクの刀じゃないもーん、へーんだっ!」
周りの騒音をものともせずに比叡はヒョウを促す。
「そこの二人は?」
「フェイは風の声が聴こえる。んで、エデンは地震が起こせる」
「ふむ。それで貴殿は?貴殿も何か能力を持つのだろう」
――答えには、少々間が空いた。
素直に答えていいものか、どうか。
ヒョウの能力は、ホワイトアイル住民とは一線を画す。
先に仲間だといった手前、一人だけ能力が異質なのは疑問を生じさせやしないか。
だが嘘をついても、実際に見せてみろと言われたら窮地に追い込まれるのは目に見えている。
仕方ない。能力を問われた時点で詰んでいたのだ。
「武器を……形成すんだ。材料なしで、な」
言った直後、静寂が場を包み込む。
ややあって月影が発したのは、ヒョウが予想もしない一言であった。
「もしかして、ヒョウって妖獣なの?人にしか見えないけど、でも獣の耳が生えているもんね!」


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