Chapter2-3 ファーストコンタクト
「神、だと……?」
神とは。
天界におわす、姿なき代物である。
時に地上へ降りてきて人を依代とすることもあるが、現代においては御伽噺だとされている。
今の時代に生きる人々には縁遠くありながら、行事や婚式の際には祈りを捧げる存在だ。
苦しい時の神頼みなんつって、つらい時に心の拠り所とする存在でもある。
その神が、地上へ降りてきた。黒い面々を依代として。
一人を除いて言葉が通じなかったのは、神の言語だったから?
しかし神なら万能を利かせて、こちらの言語ぐらい操れそうなもんだが……
或いは神の中でもデキる奴とデキない奴がいて、兎耳飾りの男以外は無能なのかもしれない。
無能の神。神として、どうなんだそりゃ。
そもそも本当に奴等は神なのか?
でも攻撃して、ホントに神だったらシャレんなんねーしなぁ。
考えれば考えるほど結論からは遠ざかっていき、炎道は目眩と苛つきを覚える。
「それで、貴殿の目から見て我々は合格なのですか?それとも」
言葉を改める比叡を見て、兎耳飾りの男は薄く笑う。
「正しさを見極めるには、大地を司る者に会わなきゃ何とも言えないな。案内してもらおうか、あの城へ」
あの城――霧崎城を指さした。
ヤロウ、やっぱ城主の命が狙いか!?
と、炎道は咄嗟に考えたのだが、相手の強さが判らないんじゃ仕掛けようもない。
下手に仕掛けてガチで強かったら、ここいらにいる面々は全滅だ。
仲間は勿論、付近の住民まで巻き添えにするわけにはいかない。
「あの大岩……神なら判るよな。なんなんだ?」
つい口からポロリと、そんな言葉が溢れだして炎道は慌てる。
「炎道!神様相手に気安すぎるよ!せめて敬語を使って!」
月影が些か見当違いな注意を発する中、兎耳飾りの男は彼女を手で制し、四人の顔を見渡した。
「あれの正体を調べるのも地上へ降りてきた理由の一つだ。ま、とにかく自由に動き回れる許可ってのをもらっとこうと思ってな、城主に会っておきたいんだ。案内してもらえるか?」
「神様でも判らないの!?」と、月影。
先ほど仲間に敬語を使えと言っていたのに、自分は堂々のタメ語だ。
比叡は先ほどから無言、大胡に至っては昼飯を広げている。
炎道は、こちらへ向けた殺気を隠そうともしていない。
こいつらを見る限り、この星は未開地でありながら信仰心は果てしなく薄い。
神だと名乗ったのは失敗だったか――?
一旦は、そう思ったヒョウだが、今更後には引けない。
「あぁ。隕石が落ちてくるなんざぁ、これまでの歴史上ありえなかった。そうだろ?」
「イン……セキ?インセキっていうの?あれ。うん、あんな巨大な岩が落ちてきたのは初めてだよ!」
月影に警戒心は微塵も疑えない。すっかり、こちらへ気を許しているようにも見えた。
城の戦士にしては不用心だ。尤も、これが演技ではないとは言い切れない。
権威者直属の部下なら、なんらかの術や特技を持つはずだ。これまでに他の惑星で見てきた奴らのように。
こちらは武器を成形する能力ぐらいしか持ち合わせていない。戦いは不利だ。
とにかく道案内させたら、とっとと別れたい。この場から一刻も早く去りたい。
ここまでの会話を考えても、こいつらから得られた情報は微々たるものだ。
こいつらよりも話の道理が判る者か、或いは風の声が聴こえる場所を探し当てねばならないというのに、ここで、いつまでも足止めを食っているわけには行かない。
この星での捜し物――フェイがナイトウィンドとなる、きっかけを掴むためにも。
風の声を聴け。
闇の巫女ヴァリの神託は曖昧だったが、ヒョウは世間を見聞きして見解を深めるのだと解釈した。
あの言い方だと近い未来、ホワイトアイルのみならず、全惑星を巻き込んだ災厄が起きるかのようでもあった。
そんな災厄はヒョウの故郷、惑星ザハドでも感知されていなかった。
機械では予測できない、超常現象なのかもしれない。
実際、風使いの素質を持つフェイにしか、風や鳥達の声を翻訳することは叶わない。
ヒョウの翻訳機も動物や風なんてのは範囲外だ。ザハド製の翻訳機は基本、人型知的生命体にしか通用しない。
フェイ自身が風から何かを聞き取って、きっかけを掴むしかないのだ。
ちらりと傍らのフェイを見ると、不安げな視線とかち合った。
今のところ、風は何も彼に語りかけていないようだ。いれば、必ずフェイは自分に伝えてくる。
比叡の手を逃れたエデンはブチブチ「全く乱暴な奴らじゃのぅ、嫌な星に落っこちてしもうたもんじゃ」とぼやき、ヒョウを見やる。
「で、話し合いは上手く進みそうかの?お前さんだけは、あいつらと会話できておるようじゃが」
「まーな。今、おえらいさんの場所まで連れて行ってくれって、あいつらに頼んでっとこだ」と頷き、ヒョウは残る一人の仲間を脳裏に思い浮かべる。
エリーは、どこまで逃げていってしまったのだろう。
どこかで誰かに捕らえられた可能性は遥かに高い。
彼女は気が強いし、下手に反発して酷い目に遭わせられていないといいが……
一瞬でも気をそらすべきではなかった。
比叡がポツリと「――影縛の術、捕らえたぞ」と呟くや否や嫌な痺れがヒョウ達を襲い、手足一本動かせなくなる。
「なっ……!?」
足に力が入らない。とても立っていられない。
ヒョウが膝をつき、エデンは「ぐぇぇ」と呻いて地面に突っ伏した。
フェイも「な、なにこれ、力が抜けるぅぅ」と呟いて地面に横たわったのを見て、炎道がガッツポーズを決める。
「おっしゃあ!神にしちゃ、あっさり捕縛できたぜ」
ずっと黙っていたと思いきや、小声なりで術を唱えていたのか。不覚を取った。
月影もキャッキャと手を叩いての大喜びだ。
「さっすが比叡!やったね」
「俺達を前に油断するとは……こいつらは本当に余所から来た異形なのかもしれんな」
小さく呟き比叡は仲間を促した。
「ひとまず全員、城へ連れ帰ろう。砂州丸に頼めば何か判るかもしれん」
「砂州丸にぃ〜?あいつの実験って、ぶっちゃけ殺すだけじゃねーか。あんなんで何が判るんだよ」
炎道の不吉な一言を耳にしながら、しかし体を動かせないのでは為すすべもなく。
途中の道で小柄な少女と合流しつつ、巨大な怪物の上に乗せられたヒョウ達は否応なく霧崎城へ連行された。
城に到着した直後。
「比叡おにいちゃわわぁぁ〜ん、おかえりなさぁぁ〜〜い!んもぉ〜ボク、おにいちゃんがいなくってェ、寂しかったんだからネッ」
格好を崩した砂州丸に門前で出迎えられて、ついでに両腕を回して抱きつかれまでされて、やんわり身を離してから比叡は促した。
「曲者を三人捕らえた。お前が俺達の留守中に捕らえた曲者と同じ牢に入れておいてくれ」
それとなく留守中に起きた城での騒ぎを教えてくれたのは、帰路で合流した雷華だった。
砂州丸の命令で四人を迎えに来たのだと言う。
曲者を捕らえたのは砂州丸のお手柄だとも言っていたが、四人は即座に雷華自身の手柄だと解釈した。
比叡に始終媚びっ媚びな砂州丸が曲者を自力で捕らえられるとは、誰も思っちゃいない。
一応侍の出だから自分たちの上司ということになっているだけで、実力は一番のヘタレだ。新人の雷華よりも頼りにならない。
城を襲ってきた曲者は、黒くて禍々しい姿をしていたらしい。
捕まえた自称神の仲間かもしれない。
「まだ地下牢に入れてあるのか?」と尋ねる比叡の後を、チョコチョコかわいこぶった小走りでついてきた砂州丸が答える。
「うぅん、ボクのお部屋に移したのっ。比叡おにいちゅわんにだけは見せて、あ・げ・る。あ、お部屋に移したのは姫様には内緒だよ。ボクとぉ〜おにいちゅわん、二人だけのヒ・ミ・ツだよぉ〜?」
鳥肌が立つほど不気味な発言を「何言ってんのよ」と冷たい声で遮ったのは月影だ。
「私達全員に見せるに決まってんでしょ。さっきの奴らと仲間かもしれないんだから」
「ん〜〜?何、嫉妬?嫉妬してるの、月影おねーちゅわん」
「なんで、あんたなんかに嫉妬しなきゃいけないのよ。寝言は布団の中で言ってなさい」
ばっさりぶった切ったかと思えば比叡へ向き直り、月影は彼にも念を押す。
「砂州丸の部屋なら逃げられないと思うけど……とりあえず影縛の術は、かけっぱなしにしといて」
「勿論だ」と比叡も頷き、一行は砂州丸の部屋へ足を踏み入れる。
座布団と机が置かれただけの簡素な部屋に見えるが、壁と床、それから天井にも結界術符が、びっちり埋め込まれており、そんじょそこらの妖獣には入り込めないし、ここへ連れ込まれたら逃げ出すことも叶わない。
部屋の中央に檻が置かれ、その中にいた。城を襲ったという曲者が。
真っ黒い肌、真っ赤な髪の毛。
目鼻の整った顔立ちなれど、敵意むき出しの視線で、こちらを睨みつけている。
草色の布が覆うのは胸元と股間の周辺だけで、やたら露出の高い格好だ。
それでいて胸は大きく腰はくびれ、お尻もバイーンと突き出ているとなりゃあ「ウヒョォ、えれぇベッピンさんじゃねーか!」と炎道が涎を垂らさんばかりに喜ぶのも当然であろう。
「炎道って絶対、美人妖獣の手にかかって死ぬ末路だよね〜」
呆れジト目で突っ込みつつ、月影が檻の隣へヒョウ、フェイ、エデンの三人を放り投げる。
「ハクッ!」と叫んだ子供を見て、檻の中の女も叫んだ。
「ファイ!」
「ファイ?それが、こいつの名前だってのか」と呟いた炎道に、兎耳飾りの男が反応した。
そういや、こいつだけは、こちらの言葉が判るんだった。
完全自由にするのは危険だが、口ぐらいは訊けるようにしてやったほうが調べやすくなるのではなかろうか。
比叡にそっと目配せされて、月影も無言で頷く。
その様子を、しっかり見咎めた砂州丸には冷やかされた。
「なーに?比叡おにいちゅわんと月影おねえちゅわんったら目と目で通じ合ったりしちゃって、仲良しっぷりアピールしてくれるじゃないのぉ〜。んでも、ボクと比叡おにいちゅわんだって唇と唇でチュウじあっちゃえるもんね、チュウゥゥ〜〜〜」
突き出された蛸口を両手で押しのけると、比叡はヒョウの傍へ屈み込む。
「なにがチューじあえるだよ、うまいこと言った気になってんじゃねーぞ」
「え?チュウはアイコンタクトよりも上級のコンタクトだよ?」
「ワケわかんねぇって言ってんだ。第一、オメーと比叡は、そこまで仲良くねーだろが」
「うっせーオッサンだなぁ。オッサンだって本音じゃ月影おねーちゅわんとチューじあいたいくせにヨォ」
「バッ……バッッッカじゃねーの!?いやバカだバカだとは前々から思ってたけどマジバカだなテメーは!それとオッサンって呼ぶの、いい加減やめろ!オメーと俺は大して違わねーだろーが、歳ィ!」
「オッサンでいいよ、炎道なんか。おにいちゅわんと呼ぶにも値しないね。あと大胡は肉ね、反論は許さないから」
「これも前々から思ってたけどよ、オメー温度差酷すぎねー!?露骨な部下差別してんじゃねーよ!」
背後で延々どうでもいい口論を繰り広げる炎道と砂州丸をBGMに、比叡は小さく口の中で呪を唱える。
影縛の術は一つ一つの呪が、それぞれの部位に対応していて、全ての呪を唱えると全身を拘束できる。
部位ごとにつけるも外すも自由という、大変便利な術だ。
覚えるのに一苦労した甲斐あって、この術を使えるのは仲間内じゃ比叡だけである。
炎道は名が示す通り炎の術しか使わないし、月影は腕力で片付けるのが大好きな脳筋だし、大胡は体重で押しつぶす強引な手管だ。
それでも、刀を振り回すしかできない侍よりは格段に強い。
やっと口を解放されたヒョウは、一言「ファイじゃねぇ、フェイだ」と炎道の聞き間違いを訂正した。
「それで、あなたの名前は?」
月影に尋ねられ、それにもヒョウは答えた。
「さっきも名乗った気がするんだがな……まぁいい、ヒョウだ。その檻に捕まってんのはエリーな、そいつも俺達の仲間だよ」
彼らが知りたいと思っているであろう点も付け足して。
↑Top