夜の風

Chapter2-2 さもやあらん

「何?誰!?その人っ」と駆け寄ってきた月影に、やはり男を押さえつけたままの比叡が答える。
「判らん。だが俺と目があった瞬間、逃げ出そうとした」
炎道も近寄って、つぶさに男を調べた。
大胡が唯の肥満なのと比べると、こいつは筋肉質の肥満だ。
背は大胡よりも低い。立ち上がっても比叡の腰までしかいくまい。
子どものような背丈でありながら、顔は老けている。中年、或いは老人か?
戦国の何処へ行っても見かけたことのない黒ずんだ肌が、服の隙間から覗いている。
その服も服と呼んでいいのか曖昧で、しわくちゃになった草色の布を体に巻きつけているようにしか見えない。
何者だ。城直属戦士の比叡に見つかっては困る存在――
知らず、四人の目が正体不明な乗り物へと向かう。
その時、押さえつけられていた男が言葉を発した。
「スヤイ!マナム、イスカヤライヤプチュ、カニ」
「え?」
呆気にとられる人々の前で、男が更に何事かを叫ぶ。
「ハック、アマナマタム、カニ!マナン、イマパス、ソスペチョソチュ!ノパパ、エデミ」
「え、えっ?な、なんて言っているの」と月影に尋ねられたって、その場にいる全員が答えられない。
どこの方言にも当てはまらない、意味のわからない言葉だ。
「こいつ……まさか、あれに乗ってきた化物ってんじゃねぇだろうな」
炎道の推測に住民が色めき立つ。
「きっと、そうに違いありません!炎道様ッ」
「なんと薄汚れた浅ましい肌……禍々しい姿じゃぁ、この化物めが」
騒ぎはするが、誰一人、異形の者に近寄ろうとしない。
ひとまず押さえつけたままでは如何ともし難いので、比叡は男を引っ張り上げた。
「この生き物がなんであれ、ここに放置するわけにもいかん。一度城へ連れ帰り、徹底分析するとしよう」
比叡の案に炎道が声を荒げる。
「こんな得体のしれねぇ化物を城へ連れ帰るだって!?正気か、テメェッ」
「けど、ここに置いとくわけにいかないでしょ?」と月影は比叡の肩を持ち、大胡は森の方角を見て「あ」と小さく呟く。
つられて月影も「え?どうしたの、大胡」と彼の見つめる方角を振り返り、同じ驚愕に囚われた。
何やら黒い肌の生き物がもう一人、こちらへ向かって爆走してくるではないか。
「ヤァァァ!クァンカナ、エデミイイアタムナンタ、イイオクスティス!」と叫びながら。
「仲間!?」「仲間が、いやがったのか!」
月影と炎道が同時に叫び、腰の短刀を抜いて構える。
正体不明の男を大胡に任せると、比叡も先手必勝とばかりに飛び十字を投げつけるが、そいつは走ってきた何者かへ当たる寸前、堅い衝撃と共に弾き返された!
「――っ!」
飛び十字を間一髪でかわし、なおも追撃しようと走り出す比叡の動きを止めるが如く、低い声が横手から飛んでくる。
「あー。ちょっと待て、こっちに敵意はねぇ。武器をしまってもらえるか」
急停止で足を止めた比叡が森へ向かって叫んだ。
「誰だ!」
はたして木々の間から姿を現したのは、これまた真っ黒な肌の男だった。
筋肉質の男よりは若い風貌で、黒髪を肩の辺りまで伸ばしていた。
袖のない羽織を纏い、野良着に近い下袴を履いている。
服は、おかしくない。ただ頭につけた兎の耳、そこだけが奇妙なぐらいで。
「俺の名はヒョウ。お前らが捕まえている、そいつはエデン。俺の仲間だ」
「やっぱ仲間だったのかよ!」と熱り立つ炎道を片手で制し、なおもヒョウは穏やかな調子で続ける。
「まぁ、待て。俺達は、お前らとやりあうために来たんじゃねぇんだ」
少しでも敵意を見せてはいけない。先ほどは已むなくナイフで防衛したが、なるべく話し合いで片をつけたい。
この星の原住民は、やたら好戦的だ。ただ走ってきただけのフェイに凶器を投げつけるなんて。
幸い、ヒョウの脳に埋め込まれた外惑星翻訳装置が効く範囲の言語ではあるらしい。
フェイへ攻撃を仕掛けたのは比叡、背後に立つ女が月影で、苦無を構えているのが炎道、太ったのは大胡。
四人は城に仕える戦士で、住民に慕われる存在のようだ。ここへは、墜落した宇宙船を調査しにきたのであろう。
さて、どう話したもんか。ヒョウは、しばし思案する。
エデンを宇宙船の乗組員だと推測したまではいいが、化物だとも決めつけていた辺り、宇宙の概念はないと見ていい。
外惑星から来たと言っても、狂人扱いされて終わりだ。
宇宙船とのつながりを知られるのも厄介だ。墜落した際、村を丸々一つ壊滅させたとあっては。
罪人扱いされて処刑されるわけにはいかない。
文明の偏った惑星人を諭すには下手な言い訳よりも絶対的なもの、彼らが恐れそうなもので威圧するしかない。
「ヒョウ、こいつら何なんだ?どうしてエデンを捕まえているんだ」
近寄ってきたフェイがズボンの端を引っ張ってくるのも手で制し、ヒョウはリーダー格と思わしき比叡を真っ向見据える。
「エデンを化物とみなしたか。いいのか?」
「いいのかって、何がだよ!」
吠える炎道へも視線を向けて、なるべく厳かに聴こえる声でヒョウは告げた。
「俺達は……神だ。空より貴様らを見定めに来た。貴様らが、この地において正しく生きているのかを」


同刻――霧崎城にて。
般若姫と向かい合って話す若侍、彼の名は長戸門 砂州丸ながともん さすまる。城の防衛頭を勤める侍である。
傍らに控える少女は雷華。共に城へ仕える戦士でありながら、身分は砂州丸が上だ。
比叡ら四人がいない間、事件が起きた。
何者かが城へ忍び込み、砂州丸へ襲いかかってきたのだ。
「ほぉ、では、こたびの曲者捕物帳は雷華の手柄であったと!」
喜ぶ姫へ頷き、ここぞとばかりに砂州丸は雷華を売り込む。
なにせ直属戦士は例の四人ばかりが重宝され、新参の雷華まで任務が回ってくる機会は稀だ。
「えぇ、手前が殴り飛ばされる寸前、曲者を倒したのが雷華でございます。変幻自在の鎖が宙を舞い、飛び交う雷の雨あられ。さしもの化物とて手も足も出ないとは、これ如何に。今は座敷牢に閉じ込めておりますが、周りを雷獣に囲まれては逃げ出せますまい」
刀も飛び道具も使いこなせない代わり、彼女は雷を武器とする。
雷獣は雷を凝縮して生み出した怪物だ。
直属戦士で怪物を手駒として扱えるのも彼女だけの特権である。
雷は武器で防げない。怪物をも感電させる。威力を高めれば一撃必殺にもなりえる。
これだけ強くありながら、生まれが謎に包まれているというだけで不当な扱いを受けている。
砂州丸は雷華に同情したのだ。
だから、やりすぎで曲者を殺す一歩手前だった彼女を、己が部下を使って止めた下りなどは省略して報告した。
可哀想に部下たちは、一ヶ月以上の養生を免れまい。全員ビリビリに感電して寝込んでいる。
死者が出なかったのが不思議なぐらいの激闘であった。主に味方同士での。
「ほほほ。いい気味じゃ。おなごの姿を用いて、お主に近づくとは愚かな化物よの。存分に弱らせてから処刑といこうかのぉ」
高笑いする般若姫に、砂州丸が切り出す。
「餓死でじわじわ弱らせるのも一興ではありますが、時間がかかりましょう。確実に弱らせるには比叡か月影を呼び戻すのが幸いかと思います。して、彼らは今どこに?」
すると姫は高笑いをやめ、つんと唇を突き出すもんだから、砂州丸は咄嗟にヒョットコのお面を思い浮かべる。
「あやつら、揃って落石を調べにいきよったのじゃ。わらわは比叡一人に命じたというに」
この姫は顔も弁えず部下たる比叡に懸想しており、彼と月影が一緒に行動するのを頑として許さない。
直属戦士は一人より二人、連携で戦わせたほうが、より強くなる。
効率を重視する砂州丸的に姫の命令には納得いかないが、なんといっても上司。逆らえない宮勤めの悲しさよ。
「木曽村ですか。では部下を……いや、雷華をやって呼び戻しましょうぞ」
「うむ、そちに任せるぞよ。わらわは曲者を見物にゆこうかの」
座を後にした砂州丸は雷華へ命じる。
「全員呼び戻したら、曲者を俺の家へ連れてこい。あんな珍しい生き物、ただトドメを刺すのは勿体ないだろ。どうせ殺すんだったら思う存分、実験に使わせてもらおうぜ」
姫の趣旨とは異なる命令でも雷華は言い返したりせず黙って頷くと、即座に姿を消した。


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