Chapter2-1 遥かなる異郷
惑星ホワイトアイルを飛び出した宇宙船は、真っ暗な海を漂いながら、何処へとも知れぬ星へ辿り着く。
――正確に言うと、落っこちた。
ナイトウィンドの力を使いこなせていないフェイの仕業により……
「号外ー号外ー!大異変だよ、大惨事だよ!木曽の村が一夜にして壊滅だ、空から降ってきた巨岩が原因だー!」
片手に紙の束を抱えた男が大声を張り上げる。
道ゆく人が次々と買い求め、大通りは立ち止まって瓦版を読む人だかりで混雑した。
しゃなりしゃなりと気取った足運びなれど、誰かにぶつかることなく歩みを進める女の姿がある。
真紫色の振り袖をまとい、唇に塗りたくった紅は、どぎつい赤で周囲からも浮きまくった化粧だ。
否、浮いているのは化粧ばかりではない。
ゴン太眉毛に三白眼気味の瞳、そばに立たれるだけで強烈な威圧を感じる顔立ちであった。
「木曽の村に巨大な岩が落ちてきたと、もっぱらの噂でごじゃる。こたびの騒動、そちはどう受け止めておるのじゃ?」
女は一人ではない。連れの男がいた。
彼が前を歩き、人混みをかきわけて女にも歩きやすくしていたのだ。
女の派手な格好と比べると紺の着物と些か地味な出で立ちでありながら、それでいて精悍な顔立ちをしていた。
「火のないところに煙は立たないと申します。噂が本物である可能性は高いでしょう」
男は控えめに答え、瓦版を一枚購入する。
巨岩落つ!の文字が、でかでかと紙面を踊り、挿絵でも巨大な岩が村全体を押し潰していた。
まさか、ここまで巨大ではなかろうが、岩が落ちてきた衝撃で村一つ壊滅というのは徒事ではない。
木曽の村は霧崎城より五百里ほど離れた場所にあり、人口三十名の小さな集落だ。
挿絵通りの岩が落ちてきたとなれば、衝撃も本城まで届きそうなものだが、そうした地震等は起きていない。
まずは、岩が落ちてきたのが事実かどうかを確かめに行かねばなるまい。
「
比叡、
月影と共に……あ、いや、月影は駄目じゃな、イチャイチャされてはかなわぬゆえ」
己の本音丸出しで悩む女に、そっと男が申し出る。
「姫、まずは私一人にお任せください。数を使うのは、真実か否かが判明してからでも宜しいでしょう」
この星が、なんという名なのかを知る住民は一人もいない。
幼獣と人の住まう大地には国が一つあり、二十の村が首都の周辺を囲っていた。
国の名は戦国。中央にそびえる土と石で作られし建築物の名は霧崎城――
現城主は十七代目の霧崎を継ぐ者で、
藤之助といった。
可もなく不可もなく、これといって不祥事も起こさない温和な人物である。
妻には先立たれ、十七になる娘が一人いる。
般若姫。名は怖いが、見た目も怖く、お世辞にも愛らしいとは到底言い難い。
先ほど城下町を散策していた女こそが、この姫君であった。
共として従えていたのは城の直属戦士、比叡。
彼は城へ帰るや否や、旅支度を始めた。
姫に命じられ――というよりは自ら志願して、首都より遠く離れた木曽村への出立だ。
村周辺に落ちたと噂の巨大岩を確認しにいく。
それだけの用事なのだが、仲間は思いっきり食いついた。
「えー何ー?比叡、一人でおでかけ?いいなーいいなー、私も連れてって!」
超軽いノリで背後から飛びついてきた女を振り払うでもなく、比叡が答える。
「旅行じゃない、任務だ。来たけりゃ一緒に来ても構わんが、姫には見つからないようにしろよ」
「ホント!?やったー!比叡と二人で旅行なんて、久しぶりっ」
「だから旅行じゃないと言っているのに……ほんっとに人の話を訊かないなー、月影は」
そこに「二人っきりで旅行たぁ新婚気分か?エェ、このやろう」と捻くれた声が絡んできて、やはり相手を見ようとせずに比叡はやり返した。
「旅行じゃないと何度言えば判るんだ?任務だ任務、瓦版はもう見たか?」
「あぁ、これね」
部屋の隅で、ひっきりなしに握り飯を頬張っていた肥満体が一枚の紙を取り出す。
「巨岩、落つ!木曽村壊滅!!
か?」
「どんだけデケェ岩だってんだよ、村一つ壊滅するってなぁ」と捻た声の男も頷き、肥満体が彼を見上げた。
「後ろに小さく疑問形で『か?』って書いてんのが保身だよねー」
「で?任務って、岩を見たついでに村の無事を確かめること?だったら一緒に行くよ、比叡一人じゃ何かあった時、心配だもん」
比叡に抱きついていた手を放して、月影が笑う。
「
炎道、
大胡、二人は、どうする?」
「行くに決まってんだろ。ここんと平和続きで腕がなまって仕方ねぇ」と頷いたのは捻くれた声のほうで、名を炎道。
彼の足元に座る肥満体は立ち上がることなく「いってらっしゃーい」と、ノリの悪さを披露した。
「なんでだよ大胡、オメーも来いや。城で暇して無駄飯食ってる場合じゃねーだろォ?」
口の周りに米粒をいっぱいくっつけながら、大胡は「全員で城を空けちゃったら何かあった時大変だしー」と尚も居残りを希望したのだが、そんな言い訳が炎道に通じるはずもなく、数分後には四人揃って出かける羽目になった。
「頭上には澄み切った青空、遠目には城、文明レベルはDってとこか……」
ぽつりと呟き、ヒョウは大きく溜息をつく。
新たな星が近づいてきたと思う暇もなく、突如バランスを崩した宇宙船は何かの強い力に引き寄せられるかのように墜落した。
宇宙船は地上にあった家屋を軒並み吹き飛ばし、大地に巨大なクレーターを作る。
表に出たら出たで原住民に囲まれて、奴らが斧や鍬で殴りかかってくるものだから、全員バラバラに逃げ出した。
一刻も早く三人を見つけて、人里のある場所まで出なければ一息つくことも叶うまい。
しかし現在、ヒョウは森で足止めを食らっている。
もう何日も森林に潜んでいるが、墜落現場近辺にて住処を構えていた原住民の警戒は解かれそうにない。
眼の前の街道でも殺気走った原住民が鍬や鎌を持って、毎日うろついている。
戦えないわけではないが、無用な戦いは控えていきたい。この星での探しものが終わるまでは。
森林に飛び込んだのは失敗だった。フェイのように街道を突っ走って遠くへ逃げればよかった。
ああ、しかしフェイもエリーも、そしてエデンもだが、何故バラバラの方角へ逃げようと思ったんだ。
おかげで探すのに手間取りそうだ。
ヒョウが思考を巡らせていると、街道に新たな旅人が現れる。
若い男だ。
編笠を深めに被り、外套を羽織った姿で早足に歩いていく。
途中、人相悪くうろつく住民へ目をやったが、声をかけずに歩き去った。
この星の住民は皆、徒歩での移動ばかりだ。乗り物という概念は存在しないのであろうか。
城があるから文明レベルはホワイトアイル星よりも高いのかと思ったが、乗り物がないのでは案外低いのかもしれない。
そんなふうに考えていると、ヒョウの耳が遥か遠くからゴーッと響く重低音を聴きつける。
乗り物があったのか?目を凝らすと、小さな黒い影は見る見るうちに大きくなり、ヒョウの潜む森林の前で動きを止めた。
そいつは止まると同時に『アオォォォォ!』と吼えて、首を回す。
黒い影の正体は樹木を軽く超える背丈の巨大な虎だった。
やたらバカでかい上、背中には噴射機をつけており、あれで加速をつけているのであろう。
この星には機械がある。なのに、何故旅行者は徒歩で行くのか。使用の際に制限があるのかもしれない。
巨大な虎は背に人を四人乗せていた。
一番に飛び降りてきたのは、袖のない忍び装束を纏った女だった。
「んーっ!やっぱ外って気持ちいいっ。ほらー、比叡、炎道、早く降りなよ」
「おうよ」とヒネた声で応えて飛び降りてきたのも、やはり女と似たような装束に身を包む男であった。
続けて髪の毛を逆立てた男が飛び降りて、最後に極限まで太った肥満体の男が虎の足をつたって降りてくる。
全員同じ格好をしているからには、何らかのチームを組んだメンツであろう。
彼らを指さし、集落の住民が騒ぎ出す。
「あっ、あれは!お城の戦士様じゃ!」
「巨大岩墜落の噂を聞きつけて、駆けつけて来てくださったんじゃ!」
「はーい、はいはい、どうどう」と手で抑える真似をしながら、ヒネた声の男が住民に問いかける。
「オメーら、なんでこんなトコで殺気立ってんの?村に落ちたっつー岩はどーした、岩は」
途端に泣きついてきた住民の証言によると。
「訊いてくだされ、炎道様!突如苔むした巨大な岩が空から落ちてきたかと思うと、我らの村を吹き飛ばしましたのじゃ!村は一瞬にして壊滅、生き残った者も住む家を無くしまして、野宿で夜を明かしております」
「我ら男衆は仕事に出ており無事でしたが、女子供は犠牲となり……うぅっ」
家と共に家族まで吹き飛ばされたんじゃ、生き残った住民が毎日血眼になってヒョウ達を探し回るのも道理である。
「えっ、マジで!?」と驚く月影の横で、炎道も「あの挿絵、フカシじゃなかったってのかよ」と片眉をあげる。
「それで、巨岩は何処に」
言いかけて、すぐに比叡は気がついた。
森の向こうに何やら苔むした巨大なものが見えているではないか。
岩と呼ぶには、些か丸すぎるようにも思える。
村人の案内で近づいてみると、家屋が軒並み吹き飛ばされており、村は文字通り跡形もない。
中央に大穴を作った原因こそが、落ちてきたという謎の巨岩であろう。
巨岩は人の背丈を軽く越え、表面に扉らしき四角い隙間が目視で確認できる。
「なーんだ、こりゃ。お月さんが落っこちてきたのかねぇ」
訳のわからない物体を前に、炎道は頭をかく。傍らで、すかさす月影が突っ込んだ。
「まさか。昨日もお月様は空にあったよ」
扉を念入りに調べていた比叡が、そっと手をかけた途端、扉が音もなく開くもんだから、その場にいた全員がド肝を抜かされた。
「なっ!何やってやがんでぇ、比叡!」
「危ない!なんか出てきたら、どうするの!?もぉー何かする時は私に声かけてって、いつも言っているじゃない!」
仲間に喧々囂々文句を言われても、比叡は涼しい顔で「大丈夫だ、中に生き物の気配はない」と答えて、中に入り込む。
「そういう問題じゃ……」と続けて入った月影、そして炎道も内部を見渡して言葉をなくす。
岩の中には四人分の椅子が据え置かれており、中央に輝くのは緑の球体だ。
球体は、どこにも設置されておらず、宙に浮いている。
外からは岩肌にしか見えなかった壁には窓があって、中から外の様子が見えるようになっていた。
「の、乗り物、なの……?」
唖然とする月影に「けど、操縦桿が何処にもねぇぜ」と炎道も途方に暮れる。
「あの緑ぃ球がそうじゃないの?」とは大胡の推理だが、それにも炎道は首を傾げた。
「球を、どうやって動かせっつーんだよ。コロコロ転がすのか?つか、ありゃーなんで宙に浮いてんだ」
「そんなの、オラに訊かれても知らないよぉ」
やりあう二人をよそに、ふと月影は気がついた。
真っ先に入ったはずの比叡が、いつの間にか、いなくなっていることに。
「あれ?比叡は?」
「なんか、急に外へ出てったよ」とは大胡の弁で、すぐに外が騒がしくなって、何事かと三人も出てみると。
生き残った住民たちが人垣を作り、中央に比叡がいる。
そして比叡が地に押さえつけているのは、大胡と似たりよったりな肥満体の小男であった――!
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