夜の風

Chapter1-8 闇の声を聞け


「優しき人、エリーよ。自分のために人が死ぬのは、そんなにつらいですか?」
「そんなに……って、当たり前じゃないか!残されるこっちの身にもなってごらんよ」
「つまり言い換えれば、それは、あなたが傷つくから死ぬな……とも取れますね。あなたの心が痛むから、相手には死んで欲しくない。一見相手を思いやっているようで、実はあなたを庇う、あなた自身の身勝手ではないのですか?」
「そ、それは……それもあるけど、でも、やっぱり目の前で人に死んで欲しくない!死んで欲しくないと願っちゃいけないってのかい!?」
「いけなくありません。ただ、それについて、あなたがどう思っているのかを問いたまで」
「あたしが自分のエゴだって認めりゃ、あんたは納得するってわけかい!」
「……いいえ。私はただ、あなたの本心が聞きたかっただけ」
「ヴァリとかいったか。俺からも質問がある」
「正直な人、ヒョウ。あなたの質問はされずとも判ります。この星の文明について、ですね?過去、この星にも宇宙へ飛び立てる文明がありました。しかし自然を重んじる長老の手により、それらは深い闇の中へ葬られたのです」
「……もう、ないってことか?」
「いいえ。文字通り、深い闇の中へ封じ込められました。つまり、この奈落の滝の水底に……奈落の滝は再生の滝。そして永遠の闇を司る死の滝でもあります。過去、長老の意にそぐわぬものたちは、全て滝の底に封じられてきました。ですから、底から引き揚げることができれば、ヒョウ、あなたの望む宇宙船も手に入れることができるでしょう。ただ……」
「ただ?」
「再生を望む者……死地にある者でしか、この滝の底に挑むことはできません」
「フェイにお任せ、というわけじゃな」
「……さて、大地の賢人エデン。あなたにも質問があります」
「ほいほい。わしゃ〜お嬢ちゃんの質問になら何だってお答えするぞい」
「あなたはホワイトアイルの長老が一人、月のミディアを、どう捉えていますか?」
「どうと言われてもの〜。いろんな事を知っとる嬢ちゃんだと思うとるよ」
「それだけですか?」
「強いて言えば、どーして木から生えてるんじゃろうなぁ?下も、ちゃんと再現して欲しかったぞい」

エデンの答えの後に、ヴァリは沈黙する。
だが、すぐに皆の顔を見渡した。

「いいでしょう。では、最後に皆さん全員にお聞きしたいことがあります……」
「まだかい?さっきから質問攻めだねぇ」
「ま、いいじゃねーか。どうせフェイが復活するまで暇なんだ」
「あなた達は何故、フェイの旅についてきたのですか?」
「何故って……儂はミディアに道案内をしろと頼まれたからのぉ」
「あんな子供一人を重大な旅とやらに出すわけにゃいかないじゃないかッ。心配だよ!」
「でもエリー、あなたとフェイは出会ったばかりの他人。彼がどうなろうと、あなたの知ったことではないのでは」
「そこまで、このエリー様は腐っちゃいないよ!」
「結果として盗賊仲間を置いてきてしまったわけですが、あの人達は心配してあげないのですか」
「あの島にはミディアが住んでるんだろ?それに、あいつらは……あたしがいなくても充分生きていける」
「でも、あなたを頼りにしていたのでしょう?」
「頼りにしちゃーいたさ。けど同時に疎ましがられてもいた……女同士だからね、所詮はそんなもんだよ」
「嬢ちゃんは綺麗だからのぉ。ヒョウの出現で女同士の醜い部分が突出したか」
「なんで俺の出現で醜くなるんだ……?」
「ヒョウ、それはあなたが、男性だからです。今まで女性だけで生活していたところに現れたから」
「女の本能ってやつが蘇っちまったのさ。ボスになりゃーあんたをモノにできると思ったんだろ。あんたが来てから、あいつら殺気ぷんぷん振りまいて……今まで仲良くやってたのに、迷惑千万ってやつサ」
「だから島を出たのですね……」
「べ、別に怖くて逃げ出したわけじゃないんだからね!誤解しないよーにっ」
「判っています。あなたは少し、自己犠牲が強い方のようですから」
「笑うな!ったくもう……」
「それでヒョウ、あなたは?あなたはどうしてフェイの旅についてきたのですか」
「決まってるだろ?宇宙船を探すためだ」
「でも探すだけならフェイの旅に同行しなくても、一人で探しに行くこともできたはず……」
「一人より二人、旅は大勢のほうが目新しい発見があると思うが」
「つまり、あなたにとって旅の仲間は誰でもよかったのですね」
「まーな」
「なっ、なんだいそりゃあ!?」
「なんで、そこでブーイングがあがるんだ」
「……では先ほどエリーを庇ってフェイがやられた時、どうしてヒョウ、あなたは怒ったのですか?」
「!」
「旅の仲間がフェイでなくても良かったのなら、彼がやられようが構わないのではないですか?旅先で新しい仲間を補充すればよいだけのこと」
「補充できるか?ここで」
「別に、ここでなくても良いではありませんか。死にかけている仲間よりも生きている仲間をつれて、ここから逃げた後、新しい地で仲間を捜せばよかったのです」
「死にかけている奴をほっとくほど冷血じゃないぜ」
「どうして?どうして死にかけている人を、ほうっておけないのですか」
「……どうして、だろうな」
「あなたにも判りませんか」
「そりゃ、いっときとはいえ、仲間になったんじゃから捨ててはおけんじゃろ」
「それは、あなたの感情ですよね、エデン」
「うむ。ヒョウはどう思ってるか知らんがの。わしゃ〜ヒョウではないから判らぬよ」
「では、質問を変えましょう。エリーが襲われた時、ヒョウ、あなたはエリーを助けようと思いましたか?」
「……いや」
「なんだってぇ!?こ、この冷血ヤローッ、あたしを見殺しにする気だったんだな!」
「お前なら自力で何とかできるだろうと思ってた」
「あんな見たことないバケモノのやっつけかたなんて、あたしが知ってるわけないだろ!!」
「では、襲われていたのがエデンでもエリーでもなく、フェイだったとしたら……」
「……助けたかもしれねー」
「ぶーぶーっ、エコヒイキじゃよぅ」
「どうして?フェイだって冒険に慣れているはず。自力でなんとかできそうではありませんか?」
「子供だからな。ほっとけねーだろ」
「子供でも強い人は強いですよ」
「フェイは強かないだろ」
「たかが一日、二日のつきあいで判るものなのですか?」
「ああ。あいつは、ただの好奇心旺盛なガキだよ」
「……では、全員にお聞きします。フェイのことは、どう思っていますか?」
「そうじゃの〜。リーダーとするには頼りないが、良い子ではあるのぅ」
「ちょっとバカだけどね」
「だいぶだろ」
「子供はバカでいいんだよ。バカで素直なほうが可愛いじゃないか。あたしはフェイのこと、可愛いと思っているよ」
「そうだな。バカで考えなしで直線的な野郎だが、悪い奴じゃぁない」

ふぅ、と小さく溜息をついて皆の顔を見渡した後。
ヴァリは滝に向かって呼びかける。

「闇よ、今の答えを聞きましたか。フェイの命を、お前に預けます。その上で判断なさい、フェイ。あなたは、あなたの意志で復活をお決めなさい」
「ちょ、ちょっと待ってよ、あんた確かさっきフェイは必ず治すとか言ってなかったかい!?」
「……この中で一人、私に嘘をついた者がいます。だから、私も考えが変わりました」
「だ、誰だい、嘘なんかつきやがったのは!エデン、お前か!?」
「な、なんで儂と決めつけるんじゃ!?」
「るさいっ!そのどもりが怪しいんだよ!」
「それに……望まれていないのなら、いっそ復活しないほうが良いのかもしれません」
「どうして!復活できるなら復活した方がいいじゃないのさ」
「復活しても、誰も自分を待っていない世界では……生きている意味など、ないのかもしれませんよ」


心地よい風が
体を包み込む。

上へ 上へと
体を押し上げる。
皆が待っている
地上へと。

だが待て――
心に問いかけてくる、この声は何だ。


「あたしは待っている!少なくとも、あたしはフェイの復活を待っているよ!」
「どうして?」
「フェイが好きだからに決まってんじゃないか!」
「出会って間もない子供のことが?」
「人を好きになるのに年月の長さなんて関係あるか!」
「……惚れっぽいんだな」
「直感だよ、あたしゃ感性で人を好きになるのさ」
「フェイと俺とじゃ、だいぶタイプが違うと思うがね」
「いいや、同じじゃよ。ヒョウ、お前さんもフェイも素直すぎる。素直すぎて儂のようなヒネクレ者には眩しいわい」
「俺が素直?」
「そうじゃ。もっともフェイが言葉で素直を表しているのに対し、お前さんは言葉ではなく態度で示しとるがの」
「……てぇことは……やっぱり嘘つき一名はあんたかい、エデン!」
「わわっ、大人はそう簡単に本音を吐かないもんじゃよ〜」
「大人の主張も結構ですが、時と場合を弁えてくださいね」
「ほっほ。本音から言えば、儂もフェイは好きじゃよ。恐らくは……ミディアよりもじゃ」
「あーそうだろうねぇ。木人間だし」
「木であることは大した問題ではない。ミディアは堅物すぎて、しばしば意見が対立しておったのじゃよ」
「では少なからず憎く思っていた……と?」
「まぁのぅ。じゃが見捨てることもできなんだ。なまじ小娘の顔をしているだけにな」
「ヒョウ、あなたも……」
「ああ、復活を望んでいる。あいつが俺を旅に誘ってきたんだからな……あいつは生きて俺と旅する義務がある」
「ったく素直じゃないねぇ。素直にフェイが好きって言ったらどうなんだい」
「別に好きってわけじゃない。息があうっちゃあうけどよ」
「それもまた好きって事なんじゃがのぅ……むっ!見よ皆の衆!滝が!!」

ごぼごぼと音を立てていた水面から、下から押し上げられるかのようにフェイが飛び出してくる。

「げへっげふっ!あ゛ー、気管に水がー、げほっげほっへぶっち!」
「お帰りなさい、フェイランド=クー……いえ、ナイトウィンド。復活したということは、闇の風を聞いたのでしょう?」
「え?誰」

きょとんとするフェイにヒョウが教える。

「ヴァリ、だそうだ。で、フェイ。闇の風ってな何のこった?」
「風の声なら聞いたよ。えっとねー、傷を治すかわりに、ヴァリって人のシンタクを聞けってさ。ねぇヒョウ、しんたくって何?」
「神の声を代弁、とでも申し上げておきましょうか。はじめまして、風に認められし使い手よ」
「え?俺、なにかに認められたの!?ひゃっほーい♪」
「えぇ。あなたは今、この瞬間からナイトウィンドと名乗ることを許されました。ですが、今のままでは立派な風使いとは言えません。これから私の言うことをよくお聞きなさい。ナイトウィンドが正式に風の使い手となるには、この星を一度出る必要があります」

全員が驚く中、ヴァリは淡々と神託を告げた。

「風使いとなるには、ホワイトアイルの風だけではなく、世界全ての風と通じる力を必要とします。ナイトウィンドよ、旅に出て全ての風の声を聞くのです。そして、何が起ころうとしているのかを知りなさい」
「何が起きるって?何が起きてんのさ!」
「それを調べるために旅へ出るんだろ?ちゃんと話を聞いておきなよ」
「ん、オッケ〜。任せといてよ!」
「では――ミディア、私に同調しなさい。太古より封じ込められた宇宙船を復活させます!」

水面が再び泡立ちはじめ、押し上げられるように浮き上がってきたもの――
それは苔むした小さな宇宙船だった。

「お……おい。これ、動くのかよ?」
「動きますとも。ただし原動は自然の力、つまりナイトウィンド、あなたにしか動かせない船です」
「じゃあヒョウが勝手にコレを使って、どっかに行っちゃうって心配もなくなるわけだ!あっははは」
「どこに行けってんだよ……どこにも行かねーよ」
「そうだよ、だってヒョウは俺と一緒に旅するんだもんね!」
「フェイ……」
「ん?何驚いてんの?ヒョウ」
「フェイ、お前さんは儂らのこと、どう思っておるんじゃ?」
「どうって、仲間でしょ?違うの?」
「いやいや、違わないよ。闇の巫女・ヴァリよ、この子を風が選んでホントによかったのぅ」
「そうですね。そしてエデン、あなたにも自然の加護がありますように」
「ビヤ樽!今なんて言った?こいつが闇の巫女だって!?あんたもしかして、こいつの事はハナッから……あんた一体どこからどこまで知ってたのさ!!」
「ほっほっほ〜。言ったじゃろ、大人は素直に本音を言わないものだとな」
「……食えねーおっさんだぜ。さてと、フェイ。そろそろ出かけるか?」
「OK!それじゃえっと、ヴァリ、出会ったばっかで何だけど、バイバイ!」
「えぇ……ナイトウィンド、気をつけていってらっしゃい」

フェイ達を乗せた宇宙船は音もなく浮き上がると、そのまま一直線に空へと吸い込まれていった。


風の使い手・ナイトウィンド。
彼が少し大きくなって世界を変える勇者と出会うのは、もう少し後の話になる。

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