夜の風

Chapter1-7 奈落の滝


「違わんよ、その通りじゃ。炎の一族は、秘めた力として炎の力を体内に宿しておる。じゃが、それは普段から使えるものではなく、心がある域に達した時に初めて使えるようになるのじゃ」
「ある域……?」
「愛じゃよ。愛を知った時に、初めて炎の力を授かるのじゃ。じゃが一つ問題があってのぅ……炎の一族に愛された相手が一族の者ではない場合、その炎によって焼き焦がされてしまうのじゃ」
「つまり、死ぬってことか」
「うむ。じゃからの……今の危機を乗り越えるには、儂か、お前さんが死ぬことになるかのぅ」
「その炎の力ってやつで、必ず奴は倒せると思うか?」
「炎の力とて愛の力じゃから、無駄ではなかろうよ」
「なるほど。他に方法もないしな、それしかないか」
「勝手に話を進めるんじゃないよッ。あたしは御免だね、あんたとエデン、どっちも好きになんてなれないよ!だって、あたしのせいで、どっちかが死ぬなんて、そんなの耐えられないじゃないか……」
「じゃが、このままでは儂ら全員揃ってお陀仏じゃ。フェイを生かすためにも、先に進むためにも、決断しておくれ、エリー」
「一人の犠牲で皆が助かるなら安いもんだろ」
「そ、そんなこと言ったって……いきなり好きになれって言われたって、好きになれるもんでもないし」
「おや?お前さんはヒョウが好きではなかったのかね」
「そ、そんなことない!勝手に決めつけるんじゃないよ、このデボビヤ樽!!あああ、あたしはヒョウなんて、ヒョウなんて別に好きじゃないよっ!!」
「図星か」
「……っ。し、しるもんかっ」
「しかし、なら、何で俺は死なない?エリーも、どっか変わったようには見えねーし」
「炎の一族が愛を誓うのは心のみならず、体をも相手に許した時じゃ」
「んなぁッ!?じゃ、じゃー、もしかしてココでしろってことなのかい!?」
「うむ」
「じょっ、ジョーダンじゃないよ!そ、そんな恥ずかしいこと、できるわけないじゃないか!」

三人が話し合う間にも、じわじわとフェイの命は削られてゆく。

「覚悟決めろよ、エリー」
「でもっ」
「でももクソもねぇ、じれったい女だな」
「あぅっ!なななな、なにすんのさッ!!」

いつまでも渋っているエリーの上にまたがると、ヒョウは彼女に無理矢理口づけようとする。
だが激しい抵抗に遭い、顔をひっかかれて仰け反った。
エリーは殺気立っている。目が本気で怒っている。

「ふざけんじゃないよッ」
「ぬぅ……愛ではなく殺意の力になってしもた。仕方ない、では儂が代わりに」
「どっちも嫌だっつってんだろ!あたしはねぇ、あたしが好きな奴は、あたしのことも好きじゃなきゃ許さない」
「なら心配無用じゃ。儂は、お前さんを愛しておるよ」
「嘘つけッ!あたしの体だけが目当てのくせに!!」
「そんなこたぁないぞい。お前さんが望むのなら、心も体も全て愛してやるつもりじゃ」
「愛してやるなんて恩着せがましいッ。愛って、そういうモンじゃないだろ!?」
「ありゃりゃ、言い方がまずかったかの。では言い直そう……好きじゃよエリー、愛しておる」
「だから!うさんくさいっての、あんたみたいなエロ樽に言われても」
「愛しておるからこそ体を求め合う……そうではないのかね、エリー」
「そ、そうかもしれないけど、でも、あたしはアンタが好きじゃない!」
「そう言わずに儂を愛しておくれ、な」
「やだ!!」

説けば説くほど娘の心は頑なに閉じられる。
ぐいぐい迫るエデンの顔を、これでもかとエリーは両手でもって押しのけた。

「いや……まずいだろ。エデン、フェイの旅に道案内は必要だ。エリー、この中で要らない奴は誰だと思う?」
「エ?」
「お前はあのバケモンを倒すための武器だ。だから当然必要とされてる奴だよな。そしてフェイ。フェイは、この旅の主役なんだから当然必要だ。エデンもフェイの道しるべとして生きていて貰う必要がある……」
「自分だけが必要とされていない、とでも言うつもりかの?」
「そうだ。この中じゃ俺だけが異端だ。なら要らない奴が犠牲になりゃーいいだけのこった」
「ここで燃え尽きるのが誰かの……そう、フェイの役に立つ、とでも?本気で言うとるのかいの」
「どのみち時間もないんだろ」
「まぁ、それはそうじゃが。しかしエリーが嫌だと言うておる限り、お前さんが決断したとしても無意味じゃよ」
「ごめん……フェイの事が心配じゃないわけじゃないんだ。でもあたし……あたし、やっぱり嫌だよ。だって悲しいじゃないか!せっかく好きになれた人が、自分の力のせいで消えちゃうなんて!!」

泣き崩れるエリーを見下ろし、ヒョウがぽつりと呟く。

「……エリーはアテにできないか」
「そういうことじゃ。ゲートバングルにも判ったようじゃの。気をつけよ、襲いかかってくる気満々じゃぞい。あーあ。儂らはこんなとこで死んでしまうんかのー、エリーのせいでのぉ」
「まぁ、エリーを責めてやるなよ」

至って気楽な調子で言い捨てて、ヒョウがゲートバングルへ近寄っていく。
泣きぬれていたエリーも慌てて顔を上げた。

「あ、ちょっと!迂闊に近づいたら危険だよ、危ないよ!?」
「……エデン、エリーとフェイを抱えて逃げろ。俺が食われている間に遠くまで行けるだろ」
「逃げろと言われてものぉ。谷底じゃから、いつかは追いつかれるぞい」
「それでも数日は保つ。生き延びれば、どっかで脱出できる道が開けるんじゃないか?」
「しかし、お前さんを犠牲にするというのはのぅ。気がひけるわい」
「さっきも言っただろ。要らない奴が犠牲になればいいだけの話だって」
「お待ちよ、ヒョウ!そんなことして、あんたがいなくなったとフェイが気づいたら!フェイが悲しむよッ!?」
「いなくなれば、それだけのモノだったとして諦めもつくだろ。人と人の繋がりなんざ、そんなもんじゃねぇのか」
「お前さんが考えているほど、人と人のつながりは軽いもんじゃないぞい。見てみよ」

エデンの示す方向を見てみると、出血多量で横たわっていたはずのフェイが立ち上がっているではないか。
顔は血の気がない。
おぼつかない足取りで近づいてくるフェイに、ヒョウのほうが駆け寄って彼を支えた。

「ひょ、ヒョウ……簡単に犠牲になる、なんて言っちゃやだよ……やく、そく、しただろ……?俺と一緒に、旅するってさぁ……」
「肉体は滅んでも魂は永遠だ……お前と一緒に旅は続ける、たとえ体がなくなったとしても大した問題じゃない。だろ?」
「やだよぅ、ヒョウとは体ごと一緒で旅したいんだぁ……一緒に喜べる相手が、一緒の場所にいなかったら、それは一緒にいる意味がまったく意味がないんだ。おれ、お前とまだ一緒に喜んだり遊んだりしてないのに、そんなのやだよぅ……魂だけいたって、いたって……嬉しくないやい……」

そこまで言うと、フェイはがくりと身を垂れた。
叫んで体力を随分浪費したらしい。
不意にエリーが、ハッとした様子で扉を見やる。
つられて他の二人も目をやると、開いた扉の向こう側から強い風が吹いてきている。
やがて魔物の身体は風に乗って四散した。

「なんでだ……?誰も愛の力なんか発動しちゃいないだろうに」
「いや、したよ。他ならぬその人、フェイがな。さて、奧に進もうかいな。ヒョウ、フェイを担いでおくれ」
「……フェイが誰に愛を発動したってんだ。あのビヤ樽、何言ってんだ……?」
「ふふっ。あたしも先に行ってるから、フェイを頼んだよ!」

気を失ったフェイをヒョウが担ぎ、三人は扉を潜り抜ける。
入って真正面に滝が流れていた。
ちょっとした広さの花畑となっており、一面に色とりどりの花が敷き詰められている。
また、断崖の絶壁では見あたらなかった小動物の姿も見られ、穏やかな景色が広がっていた。

「フーム。もしかすると、ここが奈落の滝なのかもしれんのぅ」
「あってるんじゃねーか?ここは滝から落ちてきた先の奈落だぜ」
「……で、エロ樽。ここについたはいいけど、これからどうすれば?」
「さあのぅ?儂はただ、フェイをここに連れて行けばよいとミディアに言われただけじゃから」
「そんないい加減な!第一フェイはどうすんのさ、このままじゃ出血多量で!」
「一応処置はしといたが、すみやかに輸血が必要だ。道具を何も持ち合わせちゃいないがね」
「そんな!助けたと思ったのに、結局駄目だなんて……」

――そのものを、滝へ。滝へ放り込みなさい。早くしなさい。手遅れにならないうちに――

「えっ?誰、どこで喋ってんだい!?」
「滝の中から聞こえとるようじゃのう……」
「瀕死の仲間を放り込めだって!?冗談じゃない、そんなことしたら死ぬのが早まっちまうじゃないか!」

――奈落の滝は浄化の滝。死にかけた者をも再生する力を持っています。さぁ、早く――

「信用できるかってんだい!この」
「入れればいいんだな?」

どぶん、と音があがる。ヒョウがフェイを滝に投げ入れた。
エリーが怒声を張り上げる中、姿なき声もまた、彼に問いかける。

――随分あっさり納得するのですね。私を信用したのですか?――

「まさか。だが、あいつをこのまま死なせるつもりもない。どうせ死ぬなら可能性にかけてみたまでだ」

――どうしてこの者を死なせたくないのですか?仲間だから?――

「たぶんな」

――たぶん、とは……?――

「仲間とか友とか、そんなのはまだ、俺には理解できねぇ。だが、目の前で人に死なれるのは後味が悪い。それじゃ答えになんねーか?」

――いいでしょう、正直な方。あなたはまだ、己の内にある感情をうまく把握できていないのですね。フェイは助けます。私の面目にかけて。さて、彼が復活するまでの間、私からも質問があります――

「質問はいいけどッ。その前に姿ぐらい見せたらどうなのさ!」

――姿がないと不安ですか?炎の民・エリー――

「当たり前だろ!?」

――どうして当たり前なのですか?――

「どうしてって……姿が見えないと、どこに話しかけていいか判らないし、言った言葉がどう受け取られたのか相手の顔を見なくちゃ対話のしようがないからに決まってんだろ!?」

――なるほど……相手の心を見て、言葉尻を併せようというおつもりですか――

「違うよ!できれば傷つけるような言葉を言わないようにしたいから、相手の顔を見て話したいんじゃないか!話し相手が傷つくのは、こっちだってつらいんだからね!」

――判りました、お優しい方。では、これでどうでしょう――

カーテンを引くように二つに分かれた滝の中から、彼女は、ゆっくりと歩いて出ていった。
薄いローブを身に纏う小柄な体躯。口元には僅かな笑みを頌えている。

「ついでに嬢ちゃんの名前も教えてもらえると、ありがたいんじゃがのー」
「名前は会話に必要ですか?大地の民・エデン」
「そりゃそうじゃろ。こうやって多人数いるときは特に必要じゃよ。誰が誰に話しているのか判らなくなるからの」
「判りました、賢き方。私の名はヴァリ。奈落の滝を見守る巫女です」

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