夜の風

Chapter1-6 絶望の断崖


「――イ、フェイ。おい起きろ……フェイッ!」
「ん、む、む……」
「いつまで寝てるんだ……いい加減起きろ」
「いてて、いてっ……むー、このぉ〜……ていこーするならぁ」
「いつッ!?このバカヤロウ!!」
「ふげっ!?」

あいった〜。
いきなり頭を襲った衝撃で目が覚めた。見上げるとヒョウと目が合う。
あっ!
なんだ俺、だっこされちゃってるじゃん!かっこわる〜。

「ちょ、ちょっと、降ろしてよぉ!」
「っつ〜……人の首筋に思いっきり牙立てやがって。何の夢見てたんだ?」
「えっ?あっ!……へへ、ごっめーん。こーんなでっかいギガンスを調理する夢を、ネ」
「ギガンス?なんだそりゃ。それよりどうする、これから」
「へ?どうする……って、そーいや、ここ、どこ?」
「滝の終着点だ。見ろよ、あれが俺達の落ちてきた滝……絶望の断崖なんだろうぜ」

地におろしてもらったついでに、空を見上げた。
高い谷間に水の流れる轟音が響いて、空の上の上に滝が見える。
俺の身長より、うぅん、俺達全員の身長を足しても全然足りないぐらい上の方に。
俺達、あんな高いトコから落ちたのか……ぞっとするなぁ。

「あっ!イカダは?!俺のイカダァ!」
「さぁな。どっかでバラバラになっているんじゃないか」
「えーっ。最高傑作だったのになぁ、アレ!」
「筏の心配より、エリーとエデンの心配でもしてやれよ。二人とも見あたらねぇ」
「うそっ、ホント!?」
「死んじゃいないとは、思いたいが……」
「死ぬはずないだろ!縁起でもないこと言うなっ」
「なんで死ぬはずないんだ?」
「だって俺達が生きてたんだもん、あの二人だって死ぬはずないよ!」

断言したそばから、エリーの悲鳴が轟いた。
絶叫しながら、こっちに走ってくる。落ちた時に破れちゃったのかな、服がボロボロだ。

「ヒョウ、助けて!エデンが、あのエロデブが、あたしのことを!」
「……また発情してんのかよ、あのおっさんは」
「発情とは酷いのぅ。目を覚まさないようじゃから、人工呼吸を施してやっただけじゃ。くちと、くちをこう、併せて儂の息を吹き込んで、な。むふ」
「その後、胸も揉んだだろッ!」
「苦しそうに水を吐いているから、その、な?苦しみを和らげてやろーと思って」
「余計なお世話なんだよ、バカッ!」
「……なーんか俺、放り出された先がヒョウと同じでよかったー」
「フェイまで。酷いのぉ、お前ら本当に酷いのぉ」
「だって、エデンの息って臭そ〜なんだもん」
「そんなこたぁないぞい。なんなら嗅いでみるか?」
「あっ、いい匂い!意外ー」
「馬鹿やってんじゃないよ!それより、どうするんだい?いきなり旅の初めで躓いちゃったじゃないか」
「そうなんだよねぇ。イカダも壊れちゃったし……」

ミディアと別れた後、エデンの道案内で俺達は海から川に下ったんだ。
でも奈落の滝につく前に、すごい勢いで流されて落っこっちゃったんだよね。
エデンの話だと、奈落の滝に行く前に必ず絶望の断崖ってところを通らなきゃいけないらしいんだけど……ココがそうなのかな?

「なぁ、おっさん」
「エデンじゃ」
「……エデン、ここが絶望の断崖なのか?」
「そうじゃ。一度谷底まで落ちたら二度と這い上がれない……だからこその絶望じゃよ」
「あ、じゃあ、ここを這い上がれば、また滝が待ってるの?」
「そういうことになるかの」
「奈落の滝で、また落っこっちゃったら、今度はどーなるの?」
「さぁのぅ……行く先は地獄か、はたまた魔界か……落っこちたことがないから判らんよ」
「あー、もうッ!今は落ちる心配をするより、上がる計画を立てる方が先だろ?」
「この高さでは空でも飛ばんことには登れんのぉ……フェイよ、良い考えはないもんかの」
「うーん……この辺ってさ、木がいっぱい生えているよねぇ。ツタを使ってロープ、作れないかな?」
「ロープか、ナイスアイディアじゃぞい」
「作るはいいとして、誰が上に引っかけるんだ?」
「あぅ、そ、そっか。上に引っかけなきゃロープも役立たずか……う、うーんうーん……あーもうっ、わかんないよ!」
「ちょっと、どこ行くんだい?」
「色々歩き回ってみる!そんでイイ物見つけたら、それ使う!」
「ガキらしい発想だが、確かにココで考えていてもラチがあかねぇ……行こうぜ」

ガキらしい発想で悪かったなぁ!と言い返そうと思ったんだけど、やめた。
とにかく今は歩き回って、少しでも上にあがれそうな場所を見つけるのが先だもんね。
そう考えて俺は皆と一緒に歩き回ったんだけど……ハァ。全然足場になりそーな場所が見つかんないよ〜。
エリーは肩で息をしている。だいぶ歩き回ったもん、そりゃ疲れるよね。

「辛そうじゃのぅ、お嬢ちゃん。儂がダッコしてやろうか?」
「じょ、冗談!あんたなんかに抱きかかえられるぐらいだったら、水に飛び込んで流された方がマシだよッ」
「そこまで嫌わんでもえぇのにー」
「もうちょっとだけ探したら、少し休む?」
「あたしに気遣いは無用だよ、フェイ。さ、がんばろ」
「うん。でも辛くなったら言ってね。……っとと」

何もないトコで躓いちゃって、転ぶ前に踏ん張ったんだけど、ヒョウにはバッチリ見られたみたいだ。

「お前こそ大丈夫か?」
「平気平気!ちょっと足がクタクタだけど、まだいけるって……うわぁっ!?」
「無理すんなよ」
「ちょっと、ちょっとぉ!やだ!やめろよ、おろせよ!恥ずかしいだろ!?」

頼んでもいないのにヒョウのやつ、俺のことをダッコするんだ。
恥ずかしくてバタバタ暴れていたら、頭まで殴ってきた。ムカーッ!

「わぁわぁ騒いでんじゃねぇ。いいから静かにしてろ」
「うるさいやい、恥ずかしいもんは恥ずかしーんだ!俺よりエリーをダッコしてあげろよ!」
「ば、馬鹿っ、何言い出すんだい、この子は!あたしは大丈夫だっつってんだろ!?」
「お前が倒れたら、この旅は終わりなんだ。少しでも体力温存して貰わなきゃ、こっちも困るんでね」
「でも、でもだからってダッコはないだろダッコは!うぇぇん恥ずかし〜よぉ〜」
「泣くこたないだろ」
「っていうか元気いっぱいじゃないか、フェイ。その元気があるなら自分で歩き回れるんじゃないかい?」
「へへ、その通り!ヒョウも余計な気、回さなくていいよ。これは俺の冒険なんだから、自分で駄目だと思ったら、その時、皆に伝えるよ」
「……あっ!見てごらんよ、あっちの方!あからさまに岩肌と違う面が見えるよ」

エリーの指差す方向を目指して駆けつけてみたら、確かに岩とは違う壁が見えてきた。
いや、正確に言うと、両脇に岩の壁があって、その間に鉄の扉が挟まってるって感じ?

「なんだこりゃ……あからさまに怪しいな」
「この扉の先は何があるんじゃろうか」
「開けてみればわかるよ。うーん、うぅぅーん、あ、あかない……」
「お約束じゃのぅ。この手の扉の場合じゃと……なんらかの謎かけがあるもんじゃが」
「謎かけ?」
「そうじゃ。扉に封じ込められた魂が儂らに質問を投げかけてくるんじゃよ」
「それが謎かけかー、へぇー面白そう!やい扉っ!謎かけしてこいよ!」

エデンと二人で扉を見つめること、どれだけ待っても、全く無反応。

「エデン〜、本当に謎かけなんてしてくるもんなの?扉がー」
「……普通は、どっかに鍵が落ちてないか調べるのが先だと思うんだがな」
「はぅっ。そ、それじゃ〜調べてみよっか」

うぅっ、そんな呆れきった顔で言わなくてもいいじゃんか。ヒョウのいじわるっ。
ってわけで俺達は扉の周りをウロウロして鍵みたいな物を探したんだけど、やっぱり落ちてなかった。
やっぱね〜。そんな簡単にいくんだったら、誰かが既に開けているはずだもんね。

「やっぱり謎かけ説が有効じゃのーこうなってくると」
「扉の中に魂がって、エデン、正気なのか?」
「むむっ。お前さんは空の民だから知らんのじゃろうが、物には昔から魂が込められておるとされ」
「昔話はいいよ、今は先に進む方法を考えなきゃ駄目だろ」

――愛――

「えっ?ヒョウ、なんか言った?」
「いや、なにも」

――愛を――

「うわっ!?な、なんだい今の声、どっから?」

――愛の、力を……我に――

「扉じゃ!扉がしゃべっておるぞい!」
「……嘘だろ?」

うぅん、嘘じゃない。声は間違いなく扉の中から聞こえてくる。
もしかしたら、扉の向こうにいる人が俺達に話しかけているだけかもしれないけど。

――愛の力を、我に見せてみよ……愛を――

「さっきっから何だい、愛、愛って。背中が痒くなるような質問投げてよこすねぇ」
「愛の力ったって、どうやって見せればいいわけ?エリー、お手本見せてよ」
「え!?な、なんであたしが!」
「え〜?エリーなら知ってそうだと思って……女の人って、そういうの好きじゃない?」
「見せてやろうかの、エリー。儂とお前さんで愛の力を!」
「そーくると思ったよ!このエロ樽、あっちで魚とでもハァハァしてなッ」
「魚は駄目じゃ。のぅエリー、魚よりもお前さんの暖かい乳で」
「寄るな触るな近づくな!人肌が恋しいならフェイだっているだろ?」
「儂は男児に興味がないでのぉ」
「何にしても抽象的すぎる謎かけだぜ。ま、何も親切に謎かけに答えてやる義務もないが、この扉の向こうにいる奴は、どんな愛を見たがってんだろうな」
「そもそも愛ってナニ?」
「そりゃ愛って言ったら親子の愛とか、兄弟の愛とか、いろいろあるじゃないのさ」
「そんなの知らないもん」
「あっ……そっか、ごめんよ。フェイ、あんた孤児だったんだっけね……」
「お前さんとて、そうじゃろ?エリー、お前さんは親子愛を知っとるのかね」
「そりゃあ、あたし自身は受けたことないさ。でも、受けている奴を見る機会はあったよ、街でならしょっちゅうね。ああ、あいつ、親に可愛がられてんだな、愛されてんだなーって」

――愛の――

「わぁ!きゅ、急にしゃべるんじゃないよ、ビックリするじゃないかっ」
「心臓に悪い扉じゃのー」

――絆を、我に見せてみよ。我の……しもべを愛の力で……うち破ってみせよ――

扉が勢いよく開いて、中から何かが飛び出してきたんだ。
そのあとすぐ扉は閉まっちゃうし、出てきた変な奴は雄叫びをあげているし!
なんなんだよ、も〜っ!

「なんだこいつぁ。エリー、判るか?」
「知るわけないだろ、こんなバケモノッ」
「原住民のお前らですら判らないんじゃお手上げか……」

変な奴は低い唸り声をあげながら、四つ足で立っている。
毛並みは真っ黄色、目が真っ赤に光っていて、もう、見るからにバケモノって感じ!

「こりゃあ……ゲートバングルか!」
「知ってるの!?エデンッ」
「うむ、ミディアから話は聞いとった。世界のどこかに事始めを語る場所があり」
「バカッ、危ない!」

わぁ間一髪!
エリーが助けてくれなかったら、今頃エデンは怪物に食べられちゃってたトコだった。

「儂を助けるとは、これが愛じゃな、愛。エリーの愛が儂を救ってくれたのじゃよ」
「黙れ。あと、さっさと離しな!いつまでもべったり抱きついてんじゃないよッ」

エリーとエデンがじゃれ合っている間に、ヒョウがどこからか取り出したナイフをバケモノに投げつける。
ナイフは胴体に刺さったけど、あまり効いているようには見えないなぁ……

「やっぱ駄目か。ナイフぐらいじゃ倒せねぇな……お前ら、他に策はあるか」
「愛の力じゃないと倒せないのかな?ねぇエリー、エデンと愛の力でやっつけちゃってよ」
「だから何であたしなの!フェイだって、その、あたし達が好きなら愛の力ぐらい」
「エリー、危ないっ!」

うぎゃ!!

い、いってぇ〜……うわ、マジで洒落んなんないよ、これ……
……血が、どくどく出てきてるぅ。うへぇ。

「フェイッ、しっかりしな!馬鹿、どうしてあたしなんか助けたんだい」
「エ、エリー…………無事でよかったぁ」
「あんたが無事じゃないよ!くそぉ、血が止まらないじゃないかッ」
「ッの野郎……!よくもフェイを」
「……愛の力か……エリー。扉の主は、お前さんを知っているのかもしれんぞ」
「この非常時に何ノンキなこと抜かしてんだい!?その腹ブチ破いて、あいつに食わせてやろうかッ」
「まぁ聞け……お前が本当に炎の一族ならば、知っていよう。その秘められた能力にもな」
「知るか!あたしは首都パームで産まれた、ただの孤児だよ!炎の一族の伝説なんて知るもんかッ」
「何なんだ?この際どんな話だっていい、倒せる手段があるなら話してくれ」
「あんたまで、こんなビヤ樽の与太話を聞こうってのかい!?炎の一族の伝説なんて今は関係な」
「フェイを助けたくねぇのか?倒す手段が見つからない以上、あいつからは逃れられねぇ。このまんまじゃフェイが出血多量で死んじまう。エデン、お前はあのバケモノに勝つ方法を思い当たった。だから、そんな話を始めたんだろ……違うか?」

バケモノは、じっと佇んで襲ってこない。
まるで、何かを待ってるみたいだ……
炎の一族、秘められた能力……?
でも、エリーに何をしろっていうんだろ。
エデンも知っているなら、もっとはやくに……教えてほしかったなァ……

ああ…………きがとおくなってきた…………
も、もう……しんじゃうのかな…………?
おれ………………

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