夜の風

Chapter1-5 月のミディア


私は待っていた。
長い間、彼らが訪れるのを待っていた――

足音が近づいてくる。
彼らが近づいてくる。
月が私の身体を映し出す。
私は自分の身体を両手で抱きしめた。

「すげぇ!木から人が生えてるぞ!」
「こりゃ。なんて事を言うんじゃ、このガキはっ」

エデンがポカリとフェイの頭を叩く。
だが、私の身体は誰が見ても奇異だろう。
長き刻を経て大樹と融合した、この身体は。

「私の名はミディア。お待ちしておりました、フェイ……そしてエリー」
「なっ……なんで、あ、あたしの名前をっ!?」
「時が、あなたを私に引き合わせてくれたのです。風と共に」
「風……?」

首を傾げる少年に、私は微笑みかける。

「フェイ、あなたは彼らを連れて旅立たねばなりません。それが、あなたの宿命なのです」
「……おいおい、大丈夫かい?あんた」
「私は正気です、異星の方。あなたは予想外の来訪者でしたが……フェイが、あなたを連れてきたのであれば仕方の無いこと」

異星の民ヒョウは耳を伏せて、しばし考えあぐねていたが、ややあって顔をあげる。
私をまっすぐ見つめて、尋ねてくる。

「やっと知的生命体に出会えたか。俺が異星人だってわかるなら、宇宙船の存在も知っているんだろ?教えてくれ、この星にはあるのか?宇宙船は」
「ホワイトアイルにおいて宇宙船を作る技術はおろか、科学文明そのものが遠い過去に失われました。あなたの求める物は、フェイの旅路にかかってくるでしょう」

私の答えにヒョウは落胆を隠せずにいる。
フェイが無邪気な顔で横入りした。

「なになに?俺の旅路が何だって?俺、どっか行かなきゃいけないってワケ?」
「まだ見ぬ土地、まだ見ぬ世界。フェイ、あなたには世界の果てと呼ばれた奈落の滝へ旅立ってもらいます」
「奈落の滝だってェ!?あんた、ミディアとか言ったかいッ。フェイを、どーしてそんなトコに行かせるってんだい!」
「多くの物を知り、多くの事を理解する為です。そして、それはフェイにしか許されない旅なのです」

語気を荒げるエリーを見据え、私は告げる。
彼女の背後では、ヒョウとエデンが小声で話していた。

「奈落の滝ってのは、そんなにヤバイ所なのか?」
「地の果てと呼ばれとる場所じゃよ。その向こうは断崖絶壁、落ちたら地獄まで一直線じゃの」
「ハッ、古くさい迷信だねぇ。今時そんなのガキだって信じねェぜ?」
「悪かったね、信じててッ」

くるっと振り返り、ふくれてみせるエリー。
その様子を眺めながら、私は更に告げた。

「炎のエリー、そして大地のエデン。あなた方もフェイと共に旅立つ仲間なのです」
「ヒョウは?」

フェイに尋ねられ、私は沈黙する。
この人は違う。
神託に彼の名は出てこなかった。
私は、緩やかに首を振った。

「え〜っ!?ヒョウも一緒じゃなきゃ俺、旅になんか出ねーぞっ!だって俺達一緒に旅するって約束したもん!」
「約束か……ここでサヨナラしたって俺は構わないんだが?」
「えっ!?ヒョウは、一緒に行きたくないの?」

フェイは、ヒョウの呟きに心底驚いたようだった。
見開いた瞳が、悲しみに揺れる。
それには構わず、ヒョウが再び私に問う。

「ミディア、フェイの旅路の先に宇宙船を製造できる技術があるってな確証はあんのか?」
「どういう意味ですか?」
「そのまんまだよ。俺は未開地で一生を終えるつもりはねぇ。船が造れるなら、それに乗って出ていくつもりだ」

彼の言葉は予想以上に二人を――エリーとフェイの心を傷つけた。
たったの二日で、彼らは私が思ったよりも深く彼に心を許してしまったのだ。
これもまた、風が定めた運命だというのだろうか。
フェイは大きな瞳に涙をためて、彼を見つめている。
私はヒョウへ静かに問いかけた。

「フェイとエリーを捨てて?」
「捨てるも何も、こいつらとは偶然、知り合った程度の仲じゃねぇか」
「……信頼されているということに気づいていないようですね。少なくとも、私より二人を見れば明らかでしょう。彼らの目を見てご覧なさい」
「あんたの、その自信は何だ?予知か、それとも同情か」
「これは同情ではありません。ましてや、予知でも……フェイはあなたを選んだ。ただ、それだけです」

遠慮がちにエデンが問う。

「ミディア、儂も行かねばならんのかのぉ。奈落の滝に」
「えぇ。エデン、長い間ご苦労様でした。そして、彼らを導いて下さい。先人が残した過去の遺産へと」
「って事は宇宙船技術は間違いなくあるんだなッ?その、奈落の滝ってトコに!」

口を挟んできたヒョウを冷ややかに見つめ、私は頷いた。

「ある、かもしれません。しかし、もう失われているかもしれません」
「嫌だよ!そんなモン、俺は探しに行かないっ!」
「フェイ……」
「だって……だって、それを見つけたらヒョウは、どっか行っちゃうんだろ!?だったら俺、探さない!ヒョウが、どっか行っちゃうなんて、俺、嫌だよ!」
「フェイ、何故一緒についていくと思わないのですか?彼が、この星を出ていくのであれば、あなたも同乗すればいい。まだ見ぬ世界を知る……旅は、とても長いものとなるでしょう。ですが、あなたは知らなければならない」
「何のために?」
「これからの為に。今は、そうとしか言えませんが……」

癇癪を起こすフェイを宥める間にも、エリーは不審な視線を私に浴びせる。

「うっさんクサイ話だねぇ……で、どうするんだい、フェイ?」
「……なぁ、ヒョウ。星の外って、どんなんなんだ?」
「お前が宇宙船のありそうな場所へ俺を連れていってくれたら、教えてやらない事もないな」

肩をすくめておどけてみせるヒョウをも薄目で睨み、エリーは私に尋ねた。

「何でフェイじゃないといけないんだい?フェイ以外の奴は、行っちゃいけないのかい?」
「……風が、フェイを選んだのです。選ばれた以上、フェイでないと行き着くことは不可能でしょう」


――旅立ちを決めた彼らを見送りながら、私はそっと溜息をついた。
嘘をついてしまったことに対する罪悪感。
きっと彼らの乗る船は、奈落の滝まで行きつかないだろう。
途中で大破するに違いない。
私は知っているのだ。
何故なら、私は未来を視ることができる者――試練の巫女だから。

それでも、彼らを行かさねばならない。
試練の巫女として、彼らを大海に放り出さねばならなかった。
フェイは旅先で、ある人物と会う未来を持っている。
そして風の使い手は導く者として、その者を導かねばならない。

その者こそが、この星を救う人物なのだ。
この滅びゆくホワイトアイルの未来を、救う勇者なのだ――

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