Chapter1-4 大地のエデン
その日、儂が漁に出たのは、なんということはない、ただの気まぐれじゃった。
いつも木の実ばかり食べさせているのでは、ミディアが可哀想じゃからのう。
手に魚籠ぶら下げて森を出たら話し声が聞こえてきよったもんだから、儂は木陰で立ち聞きする事にした。
悪気は、なかったんだがの。
「あー、つまり、耳からもわかるように俺とお前らの種族は違うと言いたかったんだ」
「胡散臭いねェ。証拠はあるのかい、証拠はッ。あんたが、あたしらと違う決定的な証拠ってやつをお見せ!じゃなきゃ、キャッ!」
男がいきなり脱ぎ始め、嬢ちゃんが恥じらいの声をあげる。
あのお嬢ちゃんには見覚えがあった。
嵐の晩、儂らの住むこの島――月明かりの島に流れ着いてきた海賊のボスじゃ。
若くて綺麗だったので、ちゃ〜んと覚えておったのじゃよ。
「キャッて年でもねぇだろうに……」
「うるさいなッ、あたしはまだ二十一だよッ。そ、それより何だいッ、いきなり脱ぎだしたりなんかして」
「これを見ても、まだ俺をこの星の住民だと思うかい?」
なんと男の尻には、ふさふさした尻尾が生えておった。
それにあの耳、どうもホワイトアイルの生物とは違うようじゃ。
あれがミディアの言っていた"空の民"なんじゃろうか?もっとよく見えんかのう……ととっ!
儂は乗り出すあまり、二人の前に姿を現してしもうた。
二人が同時に振り返り、儂は立場をなくして、もじもじと突っ立っているばかり。
「あ…………見つかってしもうた」
「な……何だい、あんたはッ!?」
「知らない奴か?」
「知るもんかッ!あんな奴……この島はあたしらのテリトリーなのに勝手に入ってんじゃないよ、そこのデブ!!」
「ふむ、デブというのは儂の事かのう?(口が悪いお嬢ちゃんじゃのぉ)この島(いや、別に隠す必要はないかの)月明かりの島は、お前さんらのテリトリーじゃあない。月明かりの島は、ミディアの地じゃ。お前さんらこそ、ここで何をしている?なにもんじゃ」
儂の返事はお嬢ちゃんの逆鱗に触れたようじゃ。
見る見るうちに綺麗な顔がゆがみ、紅潮していきよる。
「こっ……この野郎ォッ!エリー様をナメんじゃないよッ!」
「ま……落ちつけ。話を聞く限りじゃ、あいつの方が先住民らしい」
「落ちつけだって!?これが落ち着いてなんか……っんッ……きゃああああぁぁっ!!」
男は困ったように頭を掻いている。
しかし、もう服を着てもよさそうなもんじゃが。
儂が指摘すると男は服を着替え始めた。やれやれ、世話が焼けるのぅ。
儂らは浜辺に座り込んで延々と話を始めた。
儂とミディアが先住民であることを、このお嬢ちゃんに納得させねばのぅ。
「で、あんたはミディアって奴と昔っから住んでいたって言い張るつもりなんだね?」
「言い張るとは、ひどいのぅ。ミディアに会ってみれば全てが判ると言っておろうが」
「ふん、あたしはねェ、ブ男の誘いは受けない事にしてんのさ!」
「そんなに儂はブ男かのぉ?」
「一度水面に自分の顔を映してみな!!」
目見麗しいお嬢ちゃんじゃが、口の悪さは最悪じゃ。
怒涛の罵倒を遮る形で、男が口を挟む。
「こいつがブ男かどうかは、ともかくとして、だ。どうする?フェイ。ミディアって奴に会ってみるか?」
「エ?」
この儂の背後を取るとは――お嬢ちゃんと共に慌てて振り返ると、そこには褐色の肌の少年が立っておった。
黒い髪に黒い肌、恐らくは首都バームの子供じゃろう。
ひどくボロボロの服を着ておるのは旅の途中か、あるいは孤児か……
少年は、ゆっくりと男の隣まで歩いてくると、にっこり微笑んで答えた。
「と〜ぜん!会いに行くに決まってんじゃんっ。エリーも一緒に行くよな?なっ?」
「えっ?う、ま、まぁ、フェイが行くって言うなら行ってやってもいいけど……」
「ってワケだ。おっさん、道案内頼むぜ」
「おっさん……(おっさんとは酷いのぅ)儂はエデン、大地のエデンと呼ばれておる」
「大地の?あんた、大地の部族かいッ。あの、とうに滅びたって言われている」
「勝手に滅ぼされても困るがのぅ。そういうお嬢ちゃん、あんたは炎の部落の血をついでいなさるな。炎の一族の伝承は忘れちゃおるまい?あまりそいつと、いちゃいちゃせんようにな」
「なっ……!」
男を指さすと、嬢ちゃんの顔は再び紅潮していきおった。
怒りか、それとも図星か?
二人まとめてひやかそうとする儂を遮って、男が言う。
「おっさん、道案内するのか、しねぇのか?」
「(なんじゃこいつ…………淡泊じゃのぅ。つまらんのぅ)してやるわい、そうせかすな」
「その前に、っと。俺はフェイランド=クー。そんでもって、こっちがエリーで、あっちはヒョウ。へへっ、名前教えておくよ!名前わかんないと呼びにくいだろ?」
「おぉ、そうじゃった。そう言われてみれば、お前さん達の名前を聞くのを忘れておったわい」
いつまでも男が〜だの嬢ちゃんが〜だのでは、儂も説明しづらいしのぅ。
ナイス自己紹介じゃ。
ガサゴソと草をかき分けて進む音だけが耳に聞こえる。
儂らがゆくのはミディアの元へ続く道じゃ。
――ところで。今更言うまでもないが、儂は男やもめじゃ。
ミディアは……おなごじゃが、儂には手がだせん娘なのじゃ。
で、先ほどから共に歩いているお嬢ちゃん、エリーに視線がいくのは仕方ないと言えよう。
露わな太股には、草で切ったのか赤い筋が幾つもついておる。
痛々しいのぅ。舐めて癒してやろうかいの。
それにしても……なかなかどうして胸元の開き具合も、そそるのぅ。儂は生唾を飲み込んだ。
「じろじろ見てんじゃないよッ!」
「気になるかのぅ?儂の視線が」
ヒョウとフェイ、あの二人は木の上を走っておる。
儂らには到底真似のできん芸当じゃがの。この会話が聞かれることは、あるまいて。
「あぁ、スケベな目で、じろじろ見られたんじゃ気になってしょうがないよっ!」
「ホッホッホ。お前さん、あの男と知り合ってどれぐらいじゃ?」
上を行くヒョウを指さして尋ねると、エリーはふてくされて答える。
「知り合って、まだ二日目だよ」
「ほっほう、そいつは好都合。エリー。儂は一人暮らしが長くてのぅ。どうじゃろう?今晩にでも、いやさ今すぐに」
「ちょっと!?何にじり寄ってんのさッ!」
「何痛くはせん、痛くはせんよ。ちょっと味見させてもらうだけじゃ」
「やっ、やめろってんだィ、このエロデブ!ヒョウ、フェイッッ!!」
枝をつたい渡っていた二人が足を止めて、頭上から話しかけてくる。
「ん?どーしたの、エリー?」
「蛇にでも噛まれたか?」
儂は笑って答えた。
「なぁに、心配はいらんよ。儂とエリーはここで乳くりあうからの。ちょっと向こうで待っておれ」
「乳くりあうだぁ?物好きだねぇ、おっさん」
「ちょっとッ!!ヒョウッ、あんたコイツを何とかしてよ!」
「何とかって言われてもなぁ……フェイ、どうする?」
「とりあえず降りようよ。エリーもエデンも首が疲れちゃうからね」
ちっ、余計な気をまわしおるわい。
降りてきた二人は儂とエリーを交互に見比べて、ヒョウが頭を掻く。
「しかしまぁ、降りたところで、なんだ?特に話すこともねぇんだよな」
「うーん……ねーエデン、ホントに、ちゃんと案内してくれるんだよね?」
「当たり前じゃ。だからのぉ、早く二人きりにしてくれんかの?」
「よっしゃ、約束だかんなっ♪」
木を登りかけたフェイの背中にマッタがかけられる。
かけたのはエリーじゃった。
「待てぇぇぇぇいっ!フェイッ、あたしが昔、男にどんな目に遭わされたか、もう忘れちまったのかい!?」
「あー、あの、男の人にオ……カサ、レた……とかいうやつのこと?」
「そうさ、だから男と二人っきりになるってのは怖いんだッ。上じゃなくて下を一緒に歩いておくれよ!」
「なぁに、怖がるこたぁない。ちょっとキスして乳を揉ませてもらうだけじゃ」
「やかましいッ、このデブ!あたしは、あたしはアンタみたいなビヤダルにゃ興味ないんだよッ!」
「そう言わんと、な?優しくしてやるでのぉ」
儂の逸物は、はちきれんばかりにエキサイトしておった。
二人が見ているにも関わらずエリーを押し倒し、豊満な胸にむしゃぶりつこうとした寸前。
恐らくは、全員の頭の中に響いたであろう。ヤメナサイという声が――
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