夜の風

Chapter1-3 炎のエリー

あたしの名はエリー。
大昔に滅びたって言われている"炎の一族"の血を引く女が戦争中に産み落としたのが、このあたしなんだ。
親の顔なんざ覚えちゃいない。気がついたらバームって国にいた。
自分で言うのもなんだが、あたしは他の女より綺麗にできていたらしい。
だから、あっという間に飢えた男どもの餌食になった。
奴らは獣のように襲いかかり、腹を殴り、頭を打ち、倒れ込んだあたしの上に折り重なった。
そんな事もあって、あたしは同じ身の上の奴らと共にバームを後にし、この島へ上陸した。
何もない島だが食べ物に困ることはないように思えた。
それに、周りは海で囲まれている。時々通る輸送船を襲えば、金だって手に入るはずだ。

あたし達は、いつの間にか近辺の商人から"バンデッド"と呼ばれ恐れられるようになっていた。
そのバンデッドのテリトリーに、無謀にも入ってきた奴らがいる。
そいつらの内、一人は、あたし達の気配を完全に読みやがった。
暗がりから見ても、かなりの上玉だ。つまり――色男って事だ。
縛り上げて売り飛ばせば金になる。

「おい、隠れている奴。殺気が見え見えだ。出てこいよ?」

あたし達は二人の前に姿を現した。
こいつ、そうとうできる――と読んだ時、仲間の一人が話しかけてきた。

「エリー親分、こいつら、どっからきやがったんでしょう?身ぐるみ這いじまいますか?」
「おだまり、そいつを今から聞くんだッ。その上で……バールから来た奴らなら、あんた達の好きにしな」

髪を掻きあげ近づいた途端、ガキが素っ頓狂な声をあげる。

「バール?あ、そこ俺の出身地!でもね、飛び出してきちゃったんだけど♪」
「やっぱり、こいつら……!」

いきり立つ仲間を制して、あたしは尋ねた。

「飛び出してきたぁ?ぼうや、それはどういう意味だい」
「え?だって俺孤児だもん!なんていうかさぁ、皆は優しくしてくれるけどツライんだよね。皆が優しくしてくれるのが、ツライんだ。俺が孤児だから?だから優しいのかなって。それに、俺は皆に優しくしてもらってるのに、俺は皆に何もしてやれないのも……ツライよ」
「孤児……そう、ぼうやも孤児なのか。可哀想に、苦労してきたんだろうね」
「ま、ね」
「それじゃあ、ぼうや。今日から、あんたもあたしの仲間になりな!歓迎するよッ」
「おーっ♪」

このガキも苦労してるんだ……ふと、あたしの心の中に忘れかけていた涙が蘇る。
後は、ぽかんと間抜けヅラを晒している男の身元を暴くだけだ。
ガキと同じ孤児だったら仲間に入れてやってもいいだろう。

「……で、残ったのは、あんただ。あんたは、この子の何なんだい?」
「……あ?」
「あ?じゃないよ、あんたの素性を聞いてんのさッ」
「ヒョウのこと?ヒョウはねー、俺が海で拾ったんだよ♪」
「えっ?」
「海で遭難してたから、一緒に冒険へ行こうって誘ったんだ♪」
「……ホント、なのかい?」

男は苦笑しつつ頷いた。漂流していたというのは本当らしい。
もっとも、拾われたというのは、多少の語弊があるのかもしれないが……
その夜。
あたし達は二人の新しい仲間に酒を振る舞い肉を焼いて、ささやかな宴を開いた。
すっかり酔った仲間の中にはヒョウにすり寄る者もいたが、奴は相手にする気など更々ないように見えた。

「バールってのはねぇ、他の国に比べて、ずーっとずっと大きいんだぜ!アニュエラやバフォーも、たくさんいて」
「資源が豊かな分、人の心が腐っちまってる国さ」
「そんなことないやい!!俺のいたとこは、皆優しかったよ!?」
「ぼうやはツイてたんだよ。あたしは、あたしのいた所は、ひどいもんだった。孤児ってだけで、このあたしに……あんな屈辱を与えてくれたんだからねッ!」
「へー、どんなこと?」
「数人がかりで、あたしを押し倒して、無理矢理犯したんだよ……まだあたしが小さかった頃の話さ」

あたしの言葉にヒョウが眉を顰める。

「……顔しかめちゃって、何だい?あんた、こういう話は苦手なのかい」
「別に」
「ふん、何だいッ、スカしちゃってさ!だいたい、あんたは漂流していたこと以外、何も話してないじゃないか。フェイもあたしも昔を話した!今度はあんたの番だよッ」
「何勝手なことを抜かしやがる。過去を話してくれって、俺がいつ頼んだ?」
「いいじゃん、ヒョウ!俺もヒョウの昔話が聞きたいし」
「……あんま面白いもんじゃねぇぞ?」

――あたし達は、すぐに話をせかしたことを後悔した。全く面白いものじゃなかったからだ。
ヒョウの昔話は、あたしよりも残酷かもしれなかった。
聞き覚えのない"指導者"について話しているうちに、ヒョウの手が小刻みに震えているのが判った。
伏せられた耳も震えている。

「も……もういい、もういいよッ!もうたくさんだッ。もうツライ話なんか、たくさんだよッ!辛いことを思い出すのも……もう、やめようじゃないか……」
「エリー……」

フェイの小さい手が、あたしの肩を優しく叩いてくる。
あたしは涙を流していた。知らずのうちに。


次の日、朝。早くに起き出したあたしはヤリを片手に浜辺に向かった。
なんとなく顔を合わせたくなくて、あの二人を起こさずにいたのだが、ヒョウの方が先に起きていたらしい。
浜辺であたし達は鉢合わせた。
沈黙に耐えきれず、あたしがそっぽを向くとヒョウの方から話しかけてきた。

「昨日フェイが言っていた、アニュエラとかバフォーってのは何なんだ?それと、あいつが俺の耳を、しきりに草原ワイルみたいだって言うんだが、そいつの正体も知りてぇな」
「知らないのかい?こいつは、とんだ箱入りお坊ちゃんだね!アニュエラやバフォーは、あんたも昨日食べたじゃないか。ワイルってのは……ほら、あそこで跳ねている小さな茶色の毛むくじゃら、あれがそうだよ」

あたしの指先で跳ねていたワイルは視線に気づいたのか、森の方へと飛び込んでいった。
ワイルは細長い黄色の耳を持っている。
ヒョウの耳はワイルの耳と瓜二つだから、フェイがそう思うのも無理はない。

「言っただろ、俺は余所の星からの漂流者なんだ。この星の生物なんぞ知るわけがねぇ」
「何わけわかんないこと言ってんだいッ」
「エリー、俺は幾つに見える?」
「は?幾つって……そうさねぇ、二十歳前後ってところかい?」
「今年で三十六になる。そうは見えねぇだろ?ザハドの民は三十年を同じ姿で生きる。俺は二十年前から、ずっとこの姿だ」
「……って、それがどうしたッてのさ!第一、あたしは二十年前のあんたなんか知らないよッ」
「それもそうだな。……あー、つまり、耳からもわかるように俺とお前らの種族は違うと言いたかったんだ」
「胡散臭いねェ。証拠はあるのかい、証拠はッ。あんたが、あたしらと違う決定的な証拠ってやつをお見せ!じゃなきゃ、キャッ!」

ヒョウのやつが、いきなり脱ぎ始めるもんだから、あたしは思わず十代の少女のように甲高い声をあげてしまった。

「キャッて年でもねぇだろうに……」
「うるさいなッ、あたしはまだ二十一だよッ。そ、それより何だいッ、いきなり脱ぎだしたりなんかして」
「これを見ても、まだ俺をこの星の住民だと思うかい?」

ヒョウの尻には尻尾が生えていた。耳と同じ毛で覆われた、ふさふさとした尻尾が。
その時、がさりという音を聞き、あたしとヒョウは同時に振り返る。
視線の先には見知らぬ小太りの男が立っていた。

「あ…………見つかってしもうた」
「な……何だい、あんたはッ!?」
「知らない奴か?」

ヒョウに問われ、あたしは即座に叫び返す。

「知るもんかッ!あんな奴……この島はあたしらのテリトリーなのに勝手に入ってんじゃないよ、そこのデブ!!」
「ふむ、デブというのは儂の事かのう?この島――月明かりの島は、お前さんらのテリトリーじゃあない。月明かりの島は、ミディアの地じゃ。お前さんらこそ、ここで何をしている?なにもんじゃ」

デブは、すっとぼけた面で汚く髭の生えた顎を掻いている。

「こっ……この野郎ォッ!エリー様をナメんじゃないよッ!」
「ま……落ちつけ。話を聞く限りじゃ、あいつの方が先住民らしい」
「落ちつけだって!?これが落ち着いてなんか……」

思わずヒョウを振り返ったあたしは、もう一度少女のように悲鳴をあげてしまった。


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