Chapter1-2 霧のヒョウ
もう帰って来なくてもいいぞ――
そいつが俺の親父の最後の言葉だった。そして、その言葉通り、俺が故郷に帰ることは二度となかった。
何故なら、俺の宇宙船は大破して、どっかの星に不時着したからだ。
辺りは一面の海原で、何も見えやしねぇ。
呆然と漂う俺の前に、やがて小さな板っきれが近づいてくるのが見えてきた。
「なぁッ、お前、そんなトコで何やってるんだ?」
板の上に、ちょこんと乗っかっていやがるのは、どう見ても十歳そこそこのガキんちょだ。
白いシャツに履き古したズボン。
黒い瞳が無邪気そうに俺を見つめている。この星の原住民だろうか?
「……流れてるのさ」
「流れて、る?」
「何をするわけでもなし、俺は流されている。ところでぼうず、ここはどこだ?なんて星なんだ」
「星?ここは……えっと〜、海の真ん中だ!だいたいエル・ラーの北北東って所かな?」
「そうじゃねぇ、この星の名……いや、いい。忘れてくれ」
この星の文明ランクは良くてC、悪けりゃE以下といったところか……
念のため、奴が宇宙船を知っているかどうかを尋ねておくことにした。
「質問を変えよう。ぼうず、このボディを見た事はあるか?」
「ボディ〜?その変な船、ボディっていうのか?」
「……なるほどな」
ランクE……未開地ってトコか。
「何だよ、何が”なるほど”なんだよ〜!」
「何でもねぇさ」
「で、さっき流されてるって言ってたよな!てことはお前、漂流してんのか?」
「漂流というか、墜落というか……ま、似たようなもんだ」
「やっぱなぁっ。えへへ……行く宛ないんだったら、俺と一緒に冒険しようぜ!」
こいつ、何考えていやがる?
だが、その時の俺は生きる意味を探していたところだった。
だから、つい、そいつの誘いに乗っちまった。
「いいねぇ……俺も生き方を探していたところだったのさ」
「へ?」
「何でもねぇよ。ぼうず、名はなんて言う?」
「お、俺はフェイ!フェイランド=クーっていうんだ。お前は?」
「ヒョウ」
「ヒョウ?ヒョウ、なんてーのさ?」
「セカンドネームなんざねぇ、ただのヒョウだ」
「おっ、お前!ひょっとして、もう称号持ってるのかぁ?すげーなっ!」
「称号……?おい、勘違いしてんじゃねぇぞ。俺はお前の星の住民じゃねぇ、よそから来た漂流者だ」
「よその星……?星って、あの夜空に輝いて見える星?」
「やれやれ……こいつぁ宇宙の説明から始めないと駄目か」
宇宙を知らない原住民ってのは、未開地レベルの星じゃよくあることだ。
俺は説明するのも、面倒くさくなってきた。
「ま、いい……説明したって、ぼうずの頭じゃ理解できっこねぇだろうからな」
「ぼうずじゃないよ、フェイ!!」
「ハイハイ。で、フェイ。そのオンボロ板は、どこへ流れていく途中だったんだ?」
「おんぼろじゃないやい!ラ・グーの森を海から目指して進行中なんだっ」
「森を海から……ね。何で海路をとった?」
「意味なんてないよ!冒険ってのは楽しまなきゃ、ね?」
行き当たりばったりだ。
こいつ――フェイの旅は、俺の旅と同じなのだ。
「何だよー、何がおかしいんだよーっ」
「悪ィな……どうやら俺とお前は気が合いそうだって思ったのさ」
「も〜っ、何だかなぁっ」
「そう、むくれんなよ。俺は少なくとも、お前を気に入ったぜ」
「わっわわわわ!?」
飛び乗ってみたところ、板は意外にも頑丈に作られていると気がついた。
このガキが作ったんなら、結構旅慣れているってことか。
「よろしくな、フェイ」
「あ、うん。こっちこそヨロシク、ヒョウ!さぁって、それじゃ〜西南に進路変更〜!!目指すはラ・グーの森だぁっ」
「その森には、何があるんだ?」
「知らないから、冒険するんだってば。まだ見ぬ未開の地への冒険!わくわくしちゃうよなっ!?」
――翌日。
フェイを揺り起こして遭難を告げると、奴は、おろおろと泣き出し始めやがった。
「ここどこぉ!?」
「さぁな」
「……けど、これって、ひょっとしたらラ・グーへ行くよりも、ずっと冒険心わくわく気分!?ねぇっ、ヒョウ!さっそく冒険してみようよっ。色々と歩き回ってみるんだ♪レッツゴー!」
「………懲りねぇな。まぁ、浜でぼーっとしてても、しゃあねぇが」
「どうしたのー?早く来いってバ♪」
やれやれ。さっきまで泣きそうなツラしていやがったのは、どこの誰だ?
フェイは、もうすっかり辺りの様子に馴染んでいる。
「……………………………………」
「おい、フェイ……?」
奴はぴたりと押し黙り、何も無い宙を見つめて突っ立っている。
何度呼びかけても返事をしやがらねぇんで、しまいには耳元で怒鳴ってやった。
「フェイ!」
「んわっ!?……なんだよぉ、耳元で怒鳴んなよな〜」
「ぼ〜っとしてんじゃねぇ。冒険しようっつったのは、お前だぞ」
「ぼーっとしてないやい!風と話してたんじゃないかッ」
「風と……?お前、頭大丈夫か?」
「ぶー!ヒョウには聞こえなかったのかよっ!!」
「聞こえねぇよ、そんなもん。ふざけてねーで先行くぜ」
変な奴だ。今更ながら、俺は少しだけ不安を覚えた。
「おい、見ろよ。お誂え向きに洞窟があるぜ……フェイ、今日はここで野宿といこうや」
「ホントだ……すごいっ、中はどうなってんだろ!?」
「あ、おいっ!待てっ!!」
奴の足は止まることを知らないかのように、闇の中へと消えていった。
俺は舌打ちしつつ、その後を追う。
そう先を行かない場所で俺とフェイは鉢合わせした。フェイは尻餅をついている。
「ヒョウ〜〜、滑って転んじゃったァ〜〜。ひーっ、痛ぇ〜〜っ」
「ふ……はははっ」
「何だよぅ、何がおかしいんだよぅ」
「さぁ、な。 先を急ごうぜ?」
「うぅ〜。ケツ痛いから、おぶってくんない?」
「甘ッたれんなよ」
背中にかかる奴の抗議の声を聞き流していた俺は、突然嫌な予感に襲われる。
はっと身構えると、フェイも真面目な表情で俺を見ていた。
俺が構えたナイフに視線は集中している。
「なぁ、そのナイフ……どっから出したんだ?」
「間抜けな質問してる場合じゃねぇぜ……おい、隠れている奴。殺気が見え見えだ。出てこいよ?」
俺の呼びかけに応えたのは一人ではなかった。
まず、にゅっと逞しい足が暗闇から出てきたかと思うと、次々に似たような大根足……
もとい、女の足が現れる。
どいつもこいつも薄汚ぇ衣類に身を包んでッとこを見ると、この島を根城にしている野盗くずれどもか。
変わっているのは、メンバー全員が女である点だけだ。
不細工だらけだが、リーダー格らしき女だけは群を抜いていた。
「エリー親分、こいつら、どっからきやがったんでしょう?身ぐるみ這いじまいますか?」
「おだまり、そいつを今から聞くんだッ。その上で……バールから来た奴らなら、あんた達の好きにしな」
真っ赤な髪を掻き上げ、女リーダーは偉そうに鼻で笑う。
バールという地名が出た途端、フェイが陽気に叫んだ。
「バール?あ、そこ俺の出身地!でもね、飛び出してきちゃったんだけど♪」
「やっぱり、こいつら……!」
いきり立つ部下を制して、女リーダーがフェイに尋ね返す。
「飛び出してきたぁ?ぼうや、それはどういう意味だい」
「え?だって俺孤児だもん!なんていうかさぁ、皆は優しくしてくれるけどツライんだよね。皆が優しくしてくれるのが、ツライんだ。俺が孤児だから?だから優しいのかなって。それに、俺は皆に優しくしてもらってるのに、俺は皆に何もしてやれないのも……ツライよ」
「孤児……そう、ぼうやも孤児なのか。可哀想に、苦労してきたんだろうね」
「ま、ね」
「それじゃあ、ぼうや。今日からあんたもあたしの仲間になりな!歓迎するよッ」
「おーっ♪」
俺は、ぼんやりと原住民どもの会話を聞いていた。
孤児ってだけで簡単に信用する強盗。そして何のためらいもなく、強盗の仲間に入るフェイ……
こいつら、やっぱり、どっかおかしいんじゃねぇのか?
「……で、残ったのは、あんただ。あんたは、この子の何なんだい?」
「……あ?」
「あ?じゃないよ、あんたの素性を聞いてんのさッ」
「ヒョウのこと?ヒョウはねー、俺が海で拾ったんだよ♪」
「えっ?」
「海で遭難してたから、一緒に冒険へ行こうって誘ったんだ♪」
俺は再度尋ねてきた女強盗へ苦笑まじりに頷き返した。
その晩の宴で俺はフェイに、そっと尋ねてみる。
バールというのは、どんな土地なのか、そして、この星全体の世界についても。
「バールってのはねぇ、他の国に比べて、ずーっとずっと大きいんだぜ!アニュエラやバフォーも、たくさんいて」
「資源が豊かな分、人の心が腐っちまってる国さ」
「そんなことないやい!!俺のいたとこは、皆優しかったよ!?」
「ぼうやはツイてたんだよ。あたしは、あたしのいた所は、ひどいもんだった。孤児ってだけで、このあたしに……あんな屈辱を与えてくれたんだからねッ!」
「へー、どんなこと?」
「数人がかりで、あたしを押し倒して、無理矢理犯したんだよ……まだあたしが小さかった頃の話さ」
聞く方が聞く方なら、言う方も言う方だ。
案の定、フェイは、よくわからないという顔をしている。
「……顔しかめちゃって、何だい?あんた、こういう話は苦手なのかい」
「別に」
「ふん、何だいッ、スカしちゃってさ!だいたい、あんたは漂流していたこと以外、何も話してないじゃないか。フェイもあたしも昔を話した!今度はあんたの番だよッ」
「何勝手なことを抜かしやがる。過去を話してくれって、俺がいつ頼んだ?」
「いいじゃん、ヒョウ!俺もヒョウの昔話が聞きたいし」
「……あんま面白いもんじゃねぇぞ?」
そう。全く面白いもんじゃない。
俺の旅は、俺自身を捜す旅だったのだ。
「母さん、もう疲れちゃったわ。あなたが何をしたいのか、全然わからないんですもの」
目の前にいる、俺をこの世に送り出した女は、そう言うと目元の涙をぬぐいとった。
もう泣いてはいない瞳は、すっかり乾ききっているようにさえ見えた。
――惑星ザハド。
それが俺の故郷だ。
母親の耳が小刻みに震えている。
怖いのだ、俺が自分の生き方を見つけていないことを知られるのが。
連中に見つかれば、自分がどういう目に遭わされるのか――それを恐れている。
「自分の方向性が判らない奴に生きる資格は与えられぬ。それを生み出した者にも同様の罪があるのだ」
スクリーンに映し出された支配者は、確かそんな事を言っていた。
ザハドを治める支配者ソレッド――
奴の支配は絶大であり、人一人の命ですら奴の支配下にあった。
自分の方向性。すなわち、それは将来の夢だとか目標だとかいった陳腐な言葉で片づけられる、生きる目的ってやつだ。
俺は十年以上生きてきたが、まだ見つけられずにいた。
「方向性のない奴は死人だ!死者に生きる資格などない。死者は与えられた地へ赴くがよかろう」
母親の鼻をかむ音が、俺を現実に引き戻した。
だが、いくら泣かれても俺の人生――
生きる全てを人生というが、それは見つかりそうにない。
腕組みして壁に寄りかかっていた父親が、不意に口を開いた。
「ヒョウ……旅に出てみてはどうだ?」
「旅……?」
「そうだ。何か見つけようとするには、家に居るだけでは駄目だ。もっと遠い……この星より遠くへ出かけねばならん」
「だけど親父、あんたは、この星で見つけられたんだろう?だったら俺だって」
「そう言って三十年……お前は見つけることができたのか?」
……できなかった。
うつむく俺に言葉を続ける父親。
「遠い惑星に行けば、ソレッドの追求からも逃れられるやもしれん」
「……親父。俺を厄介払いするつもりなのか?」
「そうではない、だが……お前が生きる目的をみつけ、更に処刑されなければ越したことはないと思わんか」
言っているのだ、出て行けと。
この星から出て行けと言っているのだ、この男は。
お前さえいなければ、自分たちも穏便に暮らせると――処罰されないと言っているのだ。
俺は心を決めた。
もう二度と、ここへは戻るまい。
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