夜の風

Chapter1-1 風のフェイ

俺がそいつを見つけたのは、よく晴れた海の上だった。
見たこともない丸い白い物が、ぷかぷかと浮かんでいて、そいつはその中で、ぼ〜っと座っていたんだ!
黒い、真っ黒な服に身を包んでいて、緑のバンダナだけが奇妙に目立っていた。
目つきがちょっと鋭くて、びっくりしちゃったけど、近づいて見てみると、そんな怖くもなさそうだった。

「なぁッ、お前、そんなトコで何やってるんだ?」
「……流れてるのさ」
「流れて、る?」
「何をするわけでもなし、俺は流されている。ところでぼうず、ここはどこだ?なんて星なんだ」
「星?ここは……えっと〜、海の真ん中だ!だいたいエル・ラーの北北東って所かな?」
「そうじゃねぇ、この星の名……いや、いい。忘れてくれ」

ふるふる、と頭を振って、そいつは言い直した。

「質問を変えよう。ぼうず、このボディを見た事はあるか?」
「ボディ〜?その変な船、ボディっていうのか?」
「……なるほどな」
「何だよ、何が”なるほど”なんだよ〜!」
「何でもねぇさ」
「で、さっき流されてるって言ってたよな!てことはお前、漂流してんのか?」
「漂流というか、墜落というか……ま、似たようなもんだ」
「やっぱなぁっ。えへへ……行く宛ないんだったら、俺と一緒に冒険しようぜ!」

何で見たこともない変な奴を、冒険に誘ったかって?
実を言うと、一人旅にも飽きてきた頃だったんだ。

「いいねぇ……俺も生き方を探していたところだったのさ」

俺の言葉を聞いて、そいつの耳が、ぴんと跳ね上がった。
変わった耳の形をしている。まるで野をかける獣みたいな。

「へ?」
「何でもねぇよ。ぼうず、名はなんて言う?」
「お、俺はフェイ!フェイランド=クーっていうんだ。お前は?」
「ヒョウ」
「ヒョウ?ヒョウ、なんてーのさ?」
「セカンドネームなんざねぇ、ただのヒョウだ」
「おっ、お前!ひょっとして、もう称号持ってるのかぁ?すげーなっ!」
「称号……?おい、勘違いしてんじゃねぇぞ。俺はお前の星の住民じゃねぇ、よそから来た漂流者だ」
「よその星……?星って、あの夜空に輝いて見える星?」
「やれやれ……こいつぁ宇宙の説明から始めないと駄目か」

むーっ。子供だと思ってバカにしてるぅ!
深い溜息なんかついちゃってさ。

「ま、いい……説明したって、ぼうずの頭じゃ理解できっこねぇだろうからな」
「ぼうずじゃないよ、フェイ!!」
「ハイハイ。で、フェイ。そのオンボロ板は、どこへ流れていく途中だったんだ?」
「おんぼろじゃないやい!ラ・グーの森を海から目指して進行中なんだっ」
「森を海から……ね。何で海路をとった?」
「意味なんてないよ!冒険ってのは楽しまなきゃ、ね?」

何がおかしいのか、俺が言ったとたんヒョウは体を折り曲げて忍び笑いを漏らす。

「何だよー、何がおかしいんだよーっ」
「悪ィな……どうやら俺とお前は気が合いそうだって思ったのさ」
「も〜っ、何だかなぁっ」
「そう、むくれんなよ。俺は少なくとも、お前を気に入ったぜ」
「わっわわわわ!?」

思ったよりも身軽な動作で、ヒョウは自分の乗ってた白い船から俺のイカダへ乗り移ってきた。

「よろしくな、フェイ」
「あ、うん。こっちこそヨロシク、ヒョウ!さぁって、それじゃ〜西南に進路変更〜!!目指すはラ・グーの森だぁっ」
「その森には、何があるんだ?」
「知らないから、冒険するんだってば。まだ見ぬ未開の地への冒険!わくわくしちゃうよなっ!?」


――俺達が遭難したのは、この日の夜だった。
朝、浜辺で打ち上げられていた俺は、ヒョウに揺り起こされて、遭難した事実を知ったんだ。
なんてこったい!

「ここどこぉ!?」
「さぁな」
「……けど、これって、ひょっとしたらラ・グーへ行くよりも、ずっと冒険心わくわく気分!?ねぇっ、ヒョウ!さっそく冒険してみようよっ。色々と歩き回ってみるんだ♪レッツゴー!」
「………懲りねぇな。まぁ、浜でぼーっとしてても、しゃあねぇが」
「どうしたのー?早く来いってバ♪」

その島は、俺が今まで見てきた場所とは明らかに違った。
花は良い香りを一面に振りまいていたし、またその匂いが、なんともいえず甘くておいしそうな匂いなんだ!
木々の間を赤や黄色の小鳥たちが空を縫うように飛んでいく。
時折聞こえるのは他愛のないおしゃべりで、今日のご飯は何にしようかしらとか、そんなのばかりだ。

(ねぇ………ここはなんて島なのかな?…………え?月明かりの島………?へぇ………)
「……?おい、フェイ……」
(月明かりの島に、人はいるの………?………ふぅん、いるんだ、ちぇっ)
「フェイ!」
「んわっ!?……なんだよぉ、耳元で怒鳴んなよな〜」
「ぼ〜っとしてんじゃねぇ。冒険しようっつったのは、お前だぞ」
「ぼーっとしてないやい!風と話してたんじゃないかッ」
「風と……?お前、頭大丈夫か?」
「ぶー!ヒョウには聞こえなかったのかよっ!!」
「聞こえねぇよ、そんなもん。ふざけてねーで先行くぜ」

ヒョウって、やっぱり何か変だ。
風の声を聞くことができないなんて。

「おい、見ろよ。お誂え向きに洞窟があるぜ……フェイ、今日はここで野宿といこうや」
「ホントだ……すごいっ、中はどうなってんだろ!?」
「あ、おいっ!待てっ!!」

待ってなんかいられない!冒険は始まったばかりだもんっ。
俺は中へと走りだしていた。


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