川口親子が連れて行かれたのは、アジニア一般領にある、とある民家であった。
表札には『日下部』と書かれた家の居間で「手荒な方法ですまなかったな、まぁ、そのへんでくつろいでくれや」とソファーまで誘導されたって、真琴は落ち着けない。
クヴェラのリーダーらしき少年が言っていた救助とは、彼らのことだったのか。
あの子は真琴と彼らがグルだと思ったようだけど、真琴にしてみたら、紫のギアをまとっていた男にも、白のギアの持ち主にも、全く見覚えがない。
判るのはアジアのルーツを持つ人種であろうこと、ただそれだけだ。
白のギア適合者は、まだ年若い。真っ黒な髪の毛を逆立てて、意志の強そうな眼差しの少年だ。
それと比べると紫のギアの適合者は無精髭など生やして、髪はボサボサ、くたびれた中年に見える。
じろじろ二人を値踏みする真琴の目前で、改めて白いギアの持ち主が自己紹介する。
「はじめまして、川口さん。俺はユニオンのリーダー、草薙 勇馬と申します」
「草薙……?」と反応した託麻へ頷き、「えぇ、あなたの知る草薙で間違いありません」と勇馬が答えるのを見、真琴は首を傾げる。
救出に来るのは、アスラーダ軍ではなかったのだろうか。
確か例の少年が、そのようなことを言っていたように思う。
それに、こいつ、草薙も父を何の情報で知ったのだろう。父がギアを研究しているのは、国にも近所にも極秘裏だったはずだ。
クヴェラを襲ったのは最初から父の誘拐が目当てだったようだが、自分たちがクヴェラに監禁されている事も何処で知ったのか。
誘拐現場に居合わせた誰かが、彼らに教えた?
それは、あり得る。なんせ神社に火を放たれる大惨事にまで発展したのだから。
だというのに、今、日下部家の居間でTVのチャンネルを回しても、どの局も神社放火事件を取り扱っていない。
密かに首を傾げる真琴を余所に、紫のギア適合者も名乗りを上げた。
「松田 春一です。草薙の名に聞き覚えがおありの川口さんでしたら、この名も覚えておいででしょうね」
父は僅かに顎を引き、小さく呟いた。
「そうか、処刑を免れて外へ逃げたのか」
「えぇ」と頷き返して、勇馬が託麻を真っ向見据える。
「アジニア逃亡後、俺の父はノビスビルクにて対アスラーダ組織を立ち上げました。それがユニオンです。俺達は正義と自由の下に集った仲間たちと共に戦う覚悟ですが、如何せん足りないものが多すぎる。その一つが、ギアの研究者です」
と、言うが彼らはギアを既にニ体も所持している。
勇馬の父がギア知識を持っていたんだとすれば、それで充分じゃないのか。
「この二つのギアは父の記憶を元に、見様見真似で作り上げた試作品に過ぎません。量産するには、構造をきちんと理解した研究者が必要なんだ。お願いします、川口さん。我々に力を貸していただけませんか」
「見様見真似で装脱着まで可能に!?そこまで作れるんなら、私の協力など必要なかろう」
驚く託麻へ畳み掛けるように勇馬が懇願する。
「えぇ、見様見真似です。ですから武器が内蔵できません。その構造の設計図は、父も見せてもらえなかったんです」
ちらりと視線を部屋の隅へ移す。そこには、松田の担いできた銃一式が投げ出されていた。
白も紫も、武器は内蔵されていない。
出来るのは、あくまでも装着と脱着、この二つのみだと聞かされて、託麻は開いた口が塞がらない。
よくも、その貧弱な装備でクヴェラでの誘拐劇を成功させられたもんだ。
研究室に監禁されていた託麻には何処のギアも見る機会がなかったのだが、軍のギアの構造は知っている。
どれだけ厳重に箝口令を敷いたとしても、何処からかは情報が漏れるものだ。軍の脱走者は、上層部が把握する数よりも多かろう。
そうした情報流出を寄せ集めたのが、託麻の持つギアノウハウだ。断片をつなぎ合わせた、ほぼ自己流と言ってもいい。
つまり、ギア知識に関しては勇馬の父親のほうが託麻よりも優れているはずだ。
彼の父親が草薙 一朗――かつてアスラーダ軍に所属していた、草薙中尉であるならば。
何故生まれも育ちも一般領の託麻が貴族領に住んでいた中尉を知っているのかと言われたら、人伝えで聞いたからに他ならない。
川口神社は仮初の姿だが、抱えた悩みを吐き出しに来る者は少なくない。
その中には軍の脱走者もいた。
彼らの口から出た情報だ。内部告発と言ってもいい。
草薙 一朗は軍の極秘情報を一部持ち出して、そのまま行方をくらました。
軍の追手を振り切って、街の外まで逃亡したのだ。外に出られてしまっては、逮捕権限が失われる。
草薙の名を託麻に教えたのは、捕らえきれなかった諜報員の懺悔であった。
極秘情報がギアの製造に携わるものだというのは、託麻でなくても予想できるだろう。
そうでなくては、ユニオンにてギアを製造することも出来まい。
彼らには材料の調達だって自力で出来るのだ。託麻が加わる必要もなさそうに思える。
「ユニオンには彼の父親、松田 平太郎氏も所属しています」と松田を示して、勇馬が付け加える。
「軍の元関係者が二人いても、ギアの武器内蔵に関する機構の糸口が掴めません。やはり本格的に研究を重ねた人物が必要なんだと痛感しました」
現状、貴族領の門は閉ざされている。
脱走者は、ちらほらいるのだが、一般領から貴族領へゲートを抜けるには厳しい条件を課されている。
だから、ユニオンは託麻に目をつけた。
どれだけ極秘裏に動いていようと、それとなく誰かしらに挙動を見張られていたりする世の中だ。
託麻が何やら怪しい研究に没頭しているのを知る者がいたのだろう、近所に。
だが先にクヴェラが誘拐してしまったせいで、彼らは奪還を余儀なくされた。
ギアで派手に戦闘する必要はあったのかと託麻に問われ、勇馬が答える。
「こちらの有志がアスラーダの動向を逐一チェックしておりまして、クヴェラの調査を始めたという情報を掴んだんです。だから……良い機会だと思いまして。双方の戦力を同時に確かめるには、こちらもギアを使うしかないでしょう?」
勇馬曰くアスラーダは他三つの都市制圧を企んでおり、一朗が軍に所属していた時点で、その傾向は見えていた。
また、軍はギアの量産化を計り、ギアに合う人間を探すのではなく、ギアを誰にでも使えるよう調整する方法を試行錯誤していた。
実現されたら、人間兵器の完成だ。人類の未来を守るためにも、アスラーダは叩き潰さなければなるまい。
「技術で遅れを取っている面は、人海戦術でいくしかない。しかし、根本を知る者がいないのでは戦う以前の問題です」
「だが私のノウハウは、所詮又聞きの寄せ集めだぞ?こんな付け焼き刃で戦える相手ではなかろう、軍も」
「では、お聞きします」と松田が割って入り、託麻を見据える。
「あなたは何故、ギアの技術を研究しているんです?ただの趣味ではないですよね」
言葉に詰まる父に替わり、真琴が答えた。
「私達の目的も軍への抵抗です……いずれ武力で全ての領土を押さえつけられた時の保険を考えて、父はギアの研究を始めました」
今の御時世、ギアと戦えるのはギアだけだ。たとえ微力でも、ないよりはマシであろう。
「協力と考えるから重荷になるんでしたら、我々のことはスポンサーだと捉えてくださって構いません」と松田が言う。
「こちらで材料を揃えますので、今まで通り研究なさって下さい」
費用負担を聞かされて託麻の心も動かされたか、「う、うむ」と頷く父を見てから、真琴は尋ねる。
「それで……父はいいとして、私は」
「君も来るかい?」と勇馬に問い返されて、迷わず頷いた。
「はい。よろしくお願いします、草薙さん」
クヴェラの奇襲にユニオンの乱入と続き、鬼島達は一旦本部まで退散する。
向こうのギアは深雪のギアで映像を撮っておいたから、作戦の一部は完了できたと言えなくもない。
アジトの場所もギア内臓の地図に記した。
残る使命はアジトの壊滅だが、たった三機では無理だと判断を下しての撤退である。
戻ってきて、伊原の第一声は獅子塚へのクレームであった。
「なんすか、ありゃあ!聞いてないっすよ、誰っすかギアで戦えば無敵だなんて太鼓判押したのはっ。殴られたらメッチャ振動は響くし内部でぶつかってアチコチ痛ェし、どいつもこいつも武術の達人か?ってぐらい強いってのも想定外っしたよ!?」
ガーッと放たれた愚痴を黙って聞いていた獅子塚は、一息ついたところで懐からメモ帳を取り出して、したり顔で頷く。
「衝撃の問題点に関しては、後ほど研究室へ伝えておこう。アジトの場所も判明、三森くんのカメラは素晴らしいアングルでの映像だった。これなら映像解析だけで、もっと詳しい戦力が判るだろう。よくやった、諸君」
「いや、ちゃんと聞いてましたか?俺のハナシ!あんな強いのがいるなんて、アンタ一言も言ってなかったでしょーが」
上司をアンタ呼びする伊原には、鬼島も呆気にとられるしかない。
「そりゃ言えるわけあるまい。あいつらの持つギアは、未曾有の戦力なんだからな。諸君らが身体を張って調べる、これも任務のうちだったんだよ」と、伊原の無礼を注意するでもなく涼しい顔で受け流す獅子塚にも驚きだが。
ここは軍隊、規律の厳しい場所ではなかったのだろうか。
「クヴェラのギアのみならず未確認の白までオマケについた、こいつは大収穫映像だ」
「この分じゃ、まだまだ出てきそうでしたぜ。ったく、たった三体で壊滅しろなんざぁ無茶ぶりにも程がありますよ」
横で毒づく伊原も何のその、獅子塚は笑顔で会議を締めくくる。
「お疲れ様だったな、諸君。では、しばしの休暇を過ごしたまえ」
会議が終わっても即解散とならず、廊下に出た途端、鬼島は伊原に呼び止められる。
「待てよ、テッペイちゃん。まさか次の任務が来るまで、自室でのんべんだらり過ごそうなんざ思っちゃいねーだろうな?」
「えっ……」と戸惑う鬼島に、深雪も言葉を重ねた。
「私達、もっと基本の訓練をしておいたほうがいいと思うんです。つまり、武術特訓ですね。どうですか?隊長。私の叔父が拳法道場を開いているんですけど、ご一緒しませんか」
拳法なら一応、一般領にいた頃に学んでいた鬼島である。
グローブナー体術。一般領で最もポピュラーな護身術だ。
自ら打って出るのではなく、相手の攻撃を受け流して反撃に持ち込む返し技を主流とする。
しかし、武術の基本を学んでいても黒のギアには手も足も出なかった。
それを話すと、伊原には鼻で笑われた。
「一般人にも出来るような、お稽古ごとの護身術で戦えるわきゃね〜だろ?深雪ちゃんの叔父さんトコは実戦派らしいぜ」
「実戦派?」とも首を傾げる鬼島には、深雪が解説する。
「無手で暴漢と戦えるようになるんだそうです。荒々しいので、一般受けしないのだと叔父さんは苦笑していましたけどね」
自ら攻撃に出る流派なら、襲いかかってくるような輩と互角に戦えるようになれるかもしれない。
鬼島は頷いた。
「やろう、今すぐにでも」
「今すぐゥ?今日はもう、クッタクタなんすけど?せめて一日休んで明日からってのは、どーです」と、これには伊原が異を唱えるも、深雪は「判りました。では外出許可を取り次第、案内しましょう!」と熱血に答えて踵を返す。
「ハ?嘘でしょ、何だよ、この熱血展開」
まだグズグズ言う伊原の尻を物理的にバシッとひっぱたき、「なんですか、言い出しっぺのくせに往生際が悪いですよ伊原さん。さぁ、隊長も自室に戻ったら動きやすい服に着替えといて下さいね!」と言い残して、深雪は廊下を駆けていった。
-つづく-