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act7 正義の旗の名のもとに

「市街地で仕掛けてしまいましたか……仕方ありませんね、指示を出すのが遅すぎました」
――クヴェラ支部中央の練、司令室にてポツリと呟かれたジャスパの独り言に、アイグランは片眉を跳ね上げる。
指示を出すのが遅いと言われるのは心外だ。厳密には、指示を出す暇すらなかった。
何者かの反応がレーダーに出るか否かのタイミングで、クライヴが飛び出していったとの報告を聞いたのだ。
ナサーシャに彼を追いかけさせたのはアイグの指示だが、クライヴと合流する前に不審者と遭遇した。
クライヴと合流しても戦わず様子見に徹しろとの命令を無視して、彼女は戦い始めてしまった。
指示も連携もあったもんじゃない。
ギア適合者は、どいつも自分勝手でアイグの手に負える。
ここに残ったジャスパとて、そうだ。
本当はナサーシャではなく彼を援護へ向かわせたかったのに、残ると言い張られた。
支部を手薄にするのは危険だと言う。
アイグランも残っているというのに、一体何を心配するというのだ。
モニターには今、三対一で戦う銀色ギアが映っている。
不審者は三人ともギアの適合者だ。
動きは素人なのに即席で連携を覚えたと見えて、赤い奴が捕まれば緑のギアが突っ込んでいき、緑に攻撃を仕掛ければ青い奴がミサイルを撃ち込んでくる。
ナサーシャは戦いの素人ではない。とはいえ、ギアが三人も相手となると苦戦しよう。
「クライヴを見つけました、不確定ギアと交戦中!」
別のモニターに黒いギア、それと白いギアも映る。
白いボディに三本赤いラインの入ったギアには見覚えがあった。
あれはユニオン所有のギアだ。何故アイグが知っているかといえば、何のことはない。
奴ら自身が全世界報道パブリックにて発表したのだ。ギアを開発したと。
ユニオンの本拠地はノビスビルクにある。
正義と自由を盾に、クヴェラ本部のあるニアイーストにも何度かちょっかいをかけてくる厄介な連中だ。
民衆から金を巻き上げて洗脳する悪の組織――連中には、そう取られている節もあった。
とんでもない誤解だ。
まず、お布施は強制していない。仲間入りしたい者が自発的に差し出しただけだ。
リミテッド・ギアは、あくまでも対アスラーダの防衛用に過ぎない。
クヴェラには侵略の意思など更々ない。アジニアに支部を建てたのも、アスラーダを監視するためだ。
こちらから言わせてもらえば、警戒すべき対象はアスラーダであり、奴らこそが真の敵だ。
完全組織化された都市構成といい、鋼鉄の壁で囲んで住民にも不可視な軍部といい、ナロンの能力を持ってしても読み取れなかった貴族領住民のマインドコントロールといい、まるで何かの実験としてアジニアを統括しているようにも思われる。
いずれは他三つの都市に侵攻して、世界征服する予定でもあるのではあるまいか。
所有ギアの具体的な数も不明だ。軍隊を率いる都市が、一体も持っていないとは到底思えない。
アジニアに支部を作るのは、こちらの本部に攻め込まれる口実になるんじゃないかといった反対意見はあった。
しかし、こうも見通せないんじゃ結局は乗り込むしか方法がなかった。
アジニア支部は餌だ。やっと奴らが食いついてくれた。
だからこそ迂闊に手を出すべきじゃないというのに、約一名が突っ走って暴走してしまった。
そのことに関するナロンからの指示は出ていない。尋ねれば、自由に動かせばいいんじゃない?ときたもんだ。
大体、ナロンはクライヴだけには甘いのだ。お兄ちゃんなどと呼んで懐いている。
ナロンをクライヴが可愛がっているようには見えない。奴は懐かれるの自体を鬱陶しがっていた。
余計な戦闘は相手の能力を高めるだけで、デメリットにしかなりえない。
撤退するようクライヴへ伝えるも、ユニオンとの戦いで頭に血が昇っているのか耳を貸す素振りすら伺えない。
ユニオンにしても、所有ギアが白いやつ一体とは思えない。自力で開発できるのなら、他に数体作るはずだ。
援軍が来る前にも全員撤退させたいのだが……三体と交戦中のナサーシャも逃げる気配がない。
こちらの適合者は、どうしてこうも思い通りに動かせない奴しかいないのか。
なまじ、一人一人の戦闘力が高いが故の慢心か。頭が痛くなってくる。
みたびクライヴに撤退命令を出そうとモニターへ目を戻した瞬間、近くで爆発音が鳴り響く。
いや、近いなんてもんじゃない。音の出どころを辿るに、支部の敷地内だ。
「出ましたね」と、ジャスパ。
「何が出たんだ!」と叫んだアイグランへ答えた。
「ユニオンの伏兵です。ここは私にお任せを」
まるで襲撃されるのが判っていたかのような返答に、アイグランは怪訝に問い返す。
「ナロンの予言か?」
「いいえ、独自の調査です。一般領にいるようですよ、ユニオンの協力者が」
「なんだと!?」
初耳だ。
何故情報を共有しないのかと問い詰める前に、ジャスパはギアを装着して出てゆく。
去り際、「どこで誰が聞き耳を立てているのか判らない以上、手持ちの情報は共有しないほうが宜しいかと」と言い残して――


襲撃されたのは支部奥、研究室のある練であった。
「な、なんだ、てめぇ!どこのモンだッ」と仲間が叫ぶ傍らで達朗も身構える。
襲撃者は明らかにギア、紫のボディに富士山と鷹が描かれた派手な機体だ。
背中にはJUSTICEの文字が蛍光ピンクで光る、悪趣味極まりないデサインである。
『いやぁ、どこのもんだと訊かれちゃ、こう答えるしかないね』と紫のギア適合者が答える。
『正義と自由の旗のもとに、ユニオン推参!ってね』
「せっ、正義と自由の者が、ひとんち襲撃していいと思ってんのかよ!?」
比較的真面目なツッコミに達郎が驚いていると、ギアもやり返してくる。
『こいつは正当な理由での襲撃だ。いや、誘拐された人々を救い出す正義の行いだよ』
言うが早いか発砲してくるもんだから、下っ端兵士は「だぁぁっ!?」と喚いて地に伏せるか逃げ惑うしかない。
ギアに生身で立ち向かうのが無謀だなんてのは、ここにいる全員が知っている。
達朗は慌てて廊下へ飛び出すと、そぉっと扉の隙間から様子を窺った。
紫のギアは四方八方へバカスカ撃ちまくっていて、取り押さえるどころじゃない。
早く、誰でもいいから幹部の誰かが駆けつけてくれないもんか。
それにしても、ユニオンだって?襲撃が予想されていたのはアスラーダのはずだが。
ついさっきまで一緒にいたクライヴが達朗の脳裏に浮かぶ。
唐突に「嫌なシグナルが近づいてきやがる」だの何だのと呟いたかと思いきや、弾丸のように飛び出していったのだ。
あのまま残っていてくれれば、ここも余裕で守れたはずだ。
ギアvsギアの戦いなら、彼はけして引けを取らないだろう。
少なくとも生身での戦いを見る限り、クライヴは喧嘩慣れした熟練者だ。
内部で起きる身内同士の小競り合いや、クライヴへちょっかいをかける新参が全くいないとも限らないのだ、ここは。
全く奉仕活動に参加しない彼は、新参から見れば何故ナロンに依怙贔屓されているのか首を傾げる対象である。
達朗も最初は疑問に思った。同じギアの適合者でも、ナサーシャは命令違反で怒られたりしているのに。
アイグラン直属の兵士に聞いた限りだと、クライヴだけは自由に動ける身分であるらしい。
理由は不明だ。アイグないしナロン本人に尋ねたところで、腑に落ちる答えは聞けまい。
恐らくは本部の判断ではないかと達朗は推測してみた。
幹部はクライヴだけがアジニア人だ。そこも何か、自由に動かす件と関連しているのかもしれない。
だが、いくら自由に動いていいからって支部の守りを放棄するのは如何なものであろうか。
駆けつけた足音が達朗を追い越して、『全員下がれ!』と命じてきた。
濃い緑色のギアが部屋へ飛び込み、周囲を見渡して一瞬驚いたかのように動きを止める。
だが、すぐに白煙が立ち込める部屋内で怒鳴った。
『どこだ、どこにいるユニオンの手勢!』
しかし返ってきたのは、息も絶え絶えな仲間下っ端の「や、やられましたぁ〜……」という呻きだけで。
「どうした、何にやられたんだ!」と助け起こすアイグランに下っ端が答える。
「か、川口親子を連れ去られましたァ。あいつ、ハナから、あの二人が目当てだったんですぜ」
研究室をピンポイントに狙ってくるぐらいだ。
ギアの強奪ないし要人救出が目当てなのは、下っ端兵士に言われずともアイグランにだって判る。
問題は、こちらの研究室の位置が向こうにバレていた点だが、ジャスパはアジニアにユニオンの伏兵が潜んでいると言っていた。
一般領のみならず、支部にユニオンのスパイが紛れ込んでいる可能性。
全く考えてこなかった己の迂闊に腹が立つ。
川口親子の噂は、伏兵が一般領にいるなら聞き込み可能だ。
まんまと逆誘拐を許してしまった。すぐに追手を仕向けなければ。
それに――ジャスパは、どこへ行った?司令室を出たのは彼のほうが早かったのに。
白煙が晴れて、壁に大穴が空いているのを確認する。
穴を抜け出た足跡は三人だけじゃない。四人分ある。
「ジャスパもか!全く、どいつもこいつも手を焼かせてくれるッ」
怒りに任せて吐き捨てると、アイグランは穴から表へ抜け出ていった。


紫のギアを追ったジャスパは、しかし侵入者を捕まえるに至らなかった。
原因は、白のギア合流である。
クライヴを振り切って、仲間の救出劇を助けに来る余裕が白いギアにはあったのだ。
二体は揃って怒涛の爆撃をジャスパに浴びせ、煙幕に紛れて逃げられてしまった。
川口親子奪還ならずで戻ってきたところをアイグランと鉢合わせ、支部まで戻ってみるとナサーシャやクライヴも戻ってきていて、アスラーダと思わしきギアにも逃げられたと聞かされた。
内一体、緑のギアだけは、まるでスラムの構造を知り尽くしたような動きで他二体が逃げる時間を稼いできた。
「ありゃあ絶対スラムの住民だね、間違いない」と、ふてくされるナサーシャにクライヴが突っ込む。
「他二体は素人だってのに、全部取り逃がしちまったのかよ」
「仕方ないだろ!一人で三人捕まえろってのが無茶なんだからさ」
大体それを言ったら、あんただってとナサーシャもやり返す。
「一対一で逃げられた奴に、あれこれ文句を言われる筋合いなんざないねぇ!」
チッとあからさまな舌打ちを残し、クライヴは無言で踵を返す。
「お待ちよ、どこへ行こうってんだい!今からユニオンとアスラーダの対策を立てようってのに」
ナサーシャに怒鳴られても「疲れた、休んでくる」とだけ言い残して司令室を出ていった。
「まったく、なんて奴だい。あいつが飛びかかったりしなきゃアスラーダに感づかれるハメにもならなかったってのにさ」
毒づく彼女へアイグランが説教をかます。
「お前もだ、ナサーシャ。何故、連中に手の内を明かした?こちらのギアの数を奴らに教えるなど」
「罠に飛び込んだ兎が捕獲できそうだってんだ。ここで捕まえとかなきゃ誘き寄せた意味がないだろ?そもそもクライヴがユニオンとの戦いを、さっさと切り上げて合流しなかったのが悪いんじゃないか」
ユニオンの出現は、ナロンの予知に含まれていない。
もっと言うなら、今の相手はアスラーダでありユニオンではない。
手の内を隠せというなら、ユニオンのギアとこそ戦うべきではなかった。
「何故、ユニオンのギアはアスラーダのギアを逃がす真似をしたのでしょう」
ジャスパの疑問に「奴らが結託しているとでも?」とアイグランが問いで返す。
それには答えず、ジャスパはもう一度ナロンに問いかけた。
「彼らの動きは、本当に予知に現れていなかったのですか」
「僕が君たちを騙すメリットがあるんだったら教えて欲しいよ。誓って予知にユニオンは現れなかった、これでいい?」
手をあげて宣言する少年を見ながら、アイグランも考え込む。
予知能力も案外あてにならないものだ。
ジャスパのように、信頼の置ける配下へ地道な情報収集を徹底させるしかない。
否、情報収集だけじゃない。こうした急場に動けるよう、ギア適合者同士の連携強化も必要だ。
本部に支部を任された以上、失敗は許されない。


-つづく-


24/12/02 update

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