Limited

act6 混戦

鬼島たちが目星をつけた場所に、クヴェラのアジニア支部は建っていた。
ここだけ周辺のバラックとは一線を画す。
平屋ではあるものの、太い柱に支えられており、なんといっても壁や屋根に穴が空いていない。
うち捨てられた廃屋再利用じゃない。近年建てられたばかりの新築だ。
入口には受付窓口のようなものが見える。あそこでお布施を払い、中に入れる仕組みだろう。
「お布施用にサ、幾ばくか貰ってきてんだよ」と囁いて、伊原が財布を取り出す。
「金額自由ってハナシだけど、こっちゃ三人もいるし少なすぎてもアレだし、一万ぐらいお包みしときましょっか」
「それぐらいが妥当ですか。受け渡しは伊原さんにお任せします」
面倒な役割を伊原に押し付けつつ、ですがと深雪は二人を見渡した。
「この服装で行くのは怪しまれると思います」
「同感だねぇ」と伊原。
鬼島も、そこは気になっていた。三人の服装は、とてもスラム住民に見えない。
言うなれば、この格好で聞き込みを行ったこと自体が失敗だったようにも思う。
しかし衣類の違いに気づいたのはスラムへ入った後だったし、スラム育ちであるはずの伊原が何も言わないもんだから、これで構わないんだと納得してしまった自分がいた。
それと、もう一つ。
獅子塚は支部にギアが"複数"見つかったと言っていた。
大量生産ではなくとも数体いるのだ、ここには。
生身ではギアに勝てなくても、ギアvsギアだったら互角なのではあるまいか。
伊原と深雪は、大量でなければ勝てるような楽天的な考えでいるようだが……
押し黙る鬼島をチラリと見やり、「ちと服を調達してくるわ。二人とも、ここで待っててチョ」と伊原が何処かへ歩き出そうとするのへは深雪のマッタがかかり。
「バラバラに動くのは危険です。それに衣類の調達といいましたが、盗みを働くおつもりですか?」
「違う違う」と手を振り、伊原が言い直す。
「俺が昔住んでいた家に残ってりゃいいな〜と思ってよ」
ひとまず支部の前で、いつまでも立ちん坊していたら、兵士の誰かに見つかって不審に思われかねない。

そう思って踵を返した直後――

「危ねぇっ!」と叫んだ伊原が横っ飛びに抱きついてきて、鬼島は壁に嫌と言うほど頭を打ちつける。
「きゃぁ!」といった深雪の悲鳴と一緒に、寸前までいた場所の地面が大きくえぐられるのを目にした。
状況を把握する暇もない。
「うぉっとぉ!?」
もう一度叫んだ伊原が何者かの攻撃をギリギリで避けた後、腕に手をやるのを霞む目で鬼島は捉えた。
壁激突の衝撃は収まっていない。それ以前に何が起きた?襲ってきたのは何者だ。
『隊長、ギアを!』
深雪の声が、おかしな具合に聴こえる。
まるで電話口の向こう側のような、くぐもった声だ。
これも激突の余波で耳がおかしくなっているんだろうか。
――いや、そうじゃない。
深雪を振り返った鬼島が見たものは、全身を青いスーツに包まれた彼女であった。
スーツと言っていいのかどうか、青いものは頭から爪先まで、すっぽり深雪を覆い尽くし、それでいて金属の光沢を放っている。
そうだ、伊原は!?と周囲を見渡すと、少し離れた場所で黒い全身スーツと戦う緑の全身スーツが見えた。
『オイ、ちょ、見てないで二人とも加勢しろや!テッペイちゃんも早く早く装着しろっての!』
緑スーツ、いやさ、あれがリミテッドギアか。緑が伊原だとして、黒は誰かと言えば決まっている。
こんな場所で問答無用に襲ってくるとなりゃあ、クヴェラの人間しかいない。
黒のギアは執拗に伊原だけを狙い、伊原は避けられる攻撃が幾つかあるものの、何発か蹴りや拳をもらっている。
どう考えても押されているし、余裕の戦いって感じじゃない。
などと、のんびり観戦している場合でもない。
装着、確か腕のリストバンドについたボタンを押すんだったっけ?
『発射ぁー!』
深雪の怒号と共に青いギアの両肩に備え付けられた銃がぶっ放されるもんだから、鬼島は驚いた。
だが、もっと驚いたのは、深雪の放った追撃弾が黒のギアに片手一本で弾かれた事だった。
『やだぁ、効かないじゃない!』
喚く深雪に伊原のツッコミが飛ぶ。
『アホか!撃つなら撃つで静かに撃てよッ』
突っ込んだ直後、顔面に良いパンチをくらって『ぶへぁ!』と叫んだのを見届けてから、鬼島はボタンを押した。
リストバンドから赤い粉が出てきたと思う間もなく、鬼島の全身に粉が付着して眼の前が一瞬真っ暗になる。
だが、すぐに視界は開けて次の瞬間、鬼島は『ぶげぇっ!』と叫んで後ろに吹っ飛んだ。
頭がクラクラする。正確には顔面と後頭部が何か硬いものにブチ当たった感触で、猛烈に痛い。
『隊長!』『テッペイちゃん!』
自分が黒いギアに殴られたんだというのは判った。
ぐっと首を掴まれる感触も、ギア越しに伝わってくる。
そのまま吊り上げられて、足が宙をかく。
苦しくはないが、身動きが取れない。
『チクショッ、鬼島を放せェッ!』
突進するも、無駄のない動きでかわした黒のギアに足を引っ掛けられて、伊原は無様に地へ転がった。
これでもスラムじゃ日夜喧嘩に明け暮れて、それなりに腕には自信のあった身である。
それが三対一で、こうも軽くあしらわれるとは。
否、二人は足手まといだから、事実上タイマンといっても過言ではない。
ギアはハンデじゃない。生身の時よりも移動や反応の速度は上がっている。
なら、互角に戦えないのは何が原因だ?ギアでの戦闘経験則?
だが、それをいったら、向こうだって今まで敵がいなくて経験不足なんじゃないのか。
鬼島が無造作に投げ捨てられて、地面に激突の際『ぐぁっ!』と叫ぶのを見た。
ギアを装着しているから、生身で激突するよりは痛くないはずだ。
それよっかギアで殴られるほうが、振動が直接ドタマに響いてガンガンする。
実弾を受けても戦車に轢かれても大丈夫だと獅子塚は言っていたが、衝撃の件は説明漏れじゃなかろうか。
深雪は先程からバンバン撃ち込んでいるけれど、全弾、手で弾かれている。
そりゃそうだ。実弾で撃たれても平気なのがギアのウリじゃないか。
何故、内蔵武器に実弾銃を選択したのか、軍研究者の考えは不可解だ。
頭でゴチャゴチャ考えながら、伊原も掌の照準を黒いギアに定める。
テスト装着の時に、一通り内蔵武器の説明を受けている。
伊原のギア、アールラージに内蔵された武器は三つ。
掌から発射する真空波、エアバースト。中距離までは対象を吹き飛ばす威力がある。
肩に装填された実弾砲、ラージラージャ。二発までなら連射できるそうだ。
頭部から発射する閃光弾。まんま名前はフラッシュのコレは、不意討ちで使えと言われている。
実弾が見切られている以上、使えるのは閃光弾と真空波の二つ。
で、閃光弾を使うには肉弾戦に持ち込むしかないから、伊原に使える手は真空波の一択だ。
多少殴り合っただけで判る。相手は自分より数段戦闘慣れしている。
こちらの蹴りや拳は全然当たらなかったのに、向こうの攻撃は反射速度があがっているはずのギアでも避けきれなかった。
少なくとも民間人、一般人の動きではない。
一般人の動きというのは、起き上がれないところへ追い打ちの蹴りを受けて、再び大地へ転がった鬼島みたいなのを指すわけで。
照準ぴったりに黒いギアが嵌まる。
迷わず伊原は真空波を撃ち込んだ。
黒いギアが吹き飛びこそしなかったけれど突風に体勢を崩された瞬間を狙ったかのように、『スパイラル、キーック!』と声高々に叫び、白い弾丸が黒いギアめがけて飛び蹴りで突っ込んできたのを見届けた。
『えっ!?』と遠くで深雪が驚いている。伊原も当然驚いた。
まさか、こんな状況でクヴェラに攻撃を仕掛ける奴がいたとは、思いもよらなかった。
乱入してきたのは全身が白く光り輝くギアだ。
いや、しかし、援軍が来るとも聞いていない三人である。
『なんだテメェ、こいつらの仲間か!』と黒いギアに吼えられて、白いギアが大声で答える。
『違う!悪は絶対に許さない草薙 勇馬、それが俺だ!』
堂々名乗りをあげた上、ビシッと親指を突き出してポーズを決めるオマケつきで。
『な、なんなんでしょう……?』と困惑の深雪に尋ねられたって、伊原も答えようがない。
草薙の名前にも全く聞き覚えがない。
正義かぶれのゴッコ遊びにしちゃ、ギアの存在がありえなさを主張してくる。
ギアは、そんじょそこらの民間人が容易く手にできる武器じゃない。
『悪、だと……?正義かぶれが邪魔すんじゃねぇッ』
黒いギアの攻撃目標は白いギアへと移り、その隙に伊原は赤いギア、鬼島へ駆け寄った。
『なんだかわかんねぇけど、今のうちにずらかろうぜ』
『う、うん』と情けなくも肩を支えられて鬼島たち三人は戦場を後にする。
黒いギアの『待ちやがれ!』ってな声と、それを遮る『スパイラルパーンチ!』といった元気な大声、金属と金属がぶつかりあう音などを背に聴きながら――


クヴェラ支部が完全に見えない場所まで逃げてきた三人は、建物の影で一息つく。
『一体誰だったんだろ、あれ』と尋ねる鬼島に、深雪が頷く。
『草薙 勇馬と名乗っていましたね。隊長にも聞き覚えは、ありませんか』
『うん』と頷き返しながら、先の戦闘を思い返す。
突然の奇襲に、手も足も出なかった。
一方的に殴られるわ蹴られるわ地面に叩きつけられるわで、戦いと呼べるような様ではなかった。
深雪の砲撃は一つとして当たらず、唯一効いたのが伊原の突風ぐらいで、あれも乱入者がいなかったら役に立ったと思えない。
『お、あったあった、内線切り替え』と呟き、伊原が二人を促す。
『二人とも左腕に注目〜。ここに内線と外部音声の切り替えスイッチがありますよん』
直接、伊原の声が鬼島の脳裏に響いたような気がして、キョロキョロ落ち着きなく周囲を見渡す彼を伊原が笑う。
『な〜に驚いてんだよ、テッペイちゃん。今後は内線で連携を取り合おうじゃないの、そうすりゃ敵にも攻撃がバレんで済むし?』
深雪の銃撃が一発たりとも当たらなかったのは、射撃の腕前以前に彼女が『どりゃー!』だの『当たれぇー!』だのと撃つ直前に叫んでいたせいもあるのではないか。
そう伊原に指摘され、深雪も『そ、そうですね……次からは気をつけます』と俯いた。
言われた通り内線に切り替えてから『白いやつもだけど黒いのも誰だったんだろ』と呟く鬼島の頭をコツンと叩き、伊原は肩を竦める真似をする。
『クヴェラに決まってんだろ、黒いのは』
それよりも、と油断なく辺りを見渡した。
『こんだけ派手にやらかしちまったんだ。追撃があると思っといたほうがいい』
『そうですね、それに見つかってしまった以上、潜入するのは難しく』
最後まで深雪は言い切れず、すぐ横の壁へ被弾した実弾に『きゃあ!』と悲鳴をあげる羽目に。
『こそこそ逃げ回ってんじゃないよ、アスラーダの手先が!』と外部音声で叫んできたのは誰であろう、銀色に輝くギアの登場だ。
味方がいないスラム、こいつもクヴェラのギアで間違いない。撃ってきたのも、こいつだろう。
近くに別のギアがいないのを目視で確認しつつ、伊原が悪態をつく。
『ちっくしょ、言ってるそばから!』
傍らでは早くも立ち直った深雪が銀色めがけて発砲するも、軽く避けられた。
『あのな、深雪ちゃん!撃つなら撃つで物陰から狙うとかさぁ、真正面はねーだろ!』
文句を残して伊原は、その場を急いで離れる。三人かたまっていたら、巻き添えを食うのは必至だ。
『え、あ、だってー』と騒ぐ深雪は鬼島と一緒に立ちん坊のまま、続く二発目の銃弾をまともに食らって『きゃあ!』『うわ!』だのと悲鳴をあげているんだから、素人丸出しで付き合いきれない。
深雪のギア、トライデントは内蔵武器が全て遠距離仕様、要するに後方バックアップ機だ。
拳銃も撃ったことのなさそうな一般人が、訓練なしで使いこなせるとは伊原にも思えない。
だが獅子塚は、ろくな戦闘経験のない三人を戦場になるかもしれない場所へ送り込んだ。
まさか、まさかと思うが。
まさか実戦で戦い方を覚えろとでも言うつもりだろうか。だとしたら、とんでもない。
向こうの銃は効かないから死なない、されど攻撃も効かないんじゃ倒せない。
冗談じゃない。せっかくギアを手に入れたのに、こんな所での犬死にだけは御免だ。
銀色ギアに捕まって、ボコボコに殴られる赤いギアを遠目に伊原は覚悟を決める。
『……たく、ホントーに冗談じゃねぇっての!テッペイちゃん、頭をさげてろ!』
内線で怒鳴ると、死角の場所からラージラージャを銀色ギアへ撃ち込んだ。
『うぁっ!?』
二発とも命中して、よろける相手を横目に鬼島が逃げ出すのを確認がてら、伊原も建物の影沿いに移動する。
こうなったら、こいつを踏み台に実践経験を詰んで、何が何でも生き延びてやる!


-つづく-


24/11/11 update

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