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act12 必要正義

草薙 勇馬の尋問は最初から難航した。
「すると君達は、あくまでも正義のために街を守ろうとして戦った。そう言いたいわけか?」
尋問官の問いに、勇馬が力強く頷く。
「当然です!俺の使命は市民の安全と平和を守るためにある!それが正義というものです!!」
「しかし実際問題として、あの区域は民家の過半数が全焼、大惨事となった。それについては?」
尋問官の渋い顔に気づいているのかいないのか、先と同じテンションで勇馬は返す。
「これというのもクヴェラの連中が火を放ったおかげで……俺は奴らを絶対に許さないッ!!」
「いや、その前に一般領から離れて戦うという選択はできなかったのか、と聞いているんだ」
「クヴェラの連中は残忍で冷酷な奴らです!俺が移動しようと言ったからといって素直についてくると思いますか!?」
「それなら襲われる事態を想定して、事前に君達が移動を」
「襲わないと信じていたからこそ、民家に秘密基地を構えていたんです!!」
「その絶対の信頼は、どこからくるのかね?連中は残忍で冷酷な輩なんだろう、君の言い分だと」
「えぇ、残忍で冷酷だと判ったのは、放火された後でした。俺の信頼をも裏切るとは……ますますもって許せない!」
ふぅ、と重たい溜息を吐き出して尋問官は額を押さえる。
ああ言えば、こう言う。一体どういう教育を施されれば、こんな人格に出来上がるんだ。
身元は判明している。草薙 一朗元中尉の息子だ。
優秀な軍人であったそうだが、ギアの取り扱いで上層部とやりあい、退役ではなく脱走という形で軍を抜け出した。
「……少し休憩しようか。あぁ、それと君、ASURAの人達を呼んできてくれないか」
「かしこまりました」と女性士官が会釈して出ていくのを見送りながら、勇馬が叫ぶ。
「ASURAというと赤い悪魔かッ!」
「赤い悪魔……?あぁ、君も見たんだったな、アスラナーダを」
「軍は何故、あれを使っているんですか!?暴走の可能性がある武器を使うなんて、人道にも劣る行為じゃないか!」
ダンッ!と激しく机を叩いて勇馬が怒鳴るもんだから、尋問官は目をパチクリ。
しばしの間を置いて、言い返す。
「あ、あぁ。暴走の可能性、ね。昔はそう言われていたけれど、大丈夫だ。調整に調整を重ねて安定させたから」
ユニオンが草薙 一朗の持つ情報を元に動いていると考えれば、内部事情に関する情報の古さにも納得がいく。
彼が軍を脱走したのは勇馬が生まれるよりも前、あれから十七年以上経つ。
赤いギア、アスラナーダは長く適合者が見つからずにいた。
おまけにテスト段階で予期せぬ動き――まるで機体に自我でも宿ったような動きであったとは、テスト起動に参加した軍人の弁である――を見せたものだから、一部の学者が危険と判断した。
それでも使用に踏み切ったのは、他二つと比較して想定以上の破壊力を実装できたからに他ならない。
元中尉は使用停止派だった。だからこその反発、脱走である。
「安定させたからいいってもんじゃない!暴力で暴力を制す、それじゃアスラもクヴェラもなんら変わりはしないじゃないかッ」
「しかし、君のやったことだってクヴェラと何ら変わりはないんだぜ」
水掛け論を繰り返している間にコンコンと扉がノックされて、女性士官が戻って来る。
「お茶をお持ちしました。それと、ASURAの方達もお連れしました」
「ああ、ご苦労さん。鬼島くんたちも席についてくれ」と尋問官に促され、まず鬼島が「あ、はい……おじゃまします」と顔を出し、深雪、伊原も順に椅子へ腰掛ける。
「へぇ……これが例の」と呟く声に鬼島が振り返ると、無精髭の中年と目があった。
尋問官の対面に座った少年が草薙 勇馬だろう。
まだ年若い、少年といっても通用しそうな顔立ちだ。
呟いた男は彼の背後に座っており、最初は勇馬の保護者かと思ったのだが、誰かに説明を求める前に「彼はユニオンのメンバーです。ほら、現場にいた紫のギアの」と女性士官が教えてくれた。
表に鷹と富士山、背中にJUSTICEと蛍光ピンクで書かれた悪趣味極まりないデザインのギア。
それの適合者が、この男なのか。失礼ながら、鬼島たちは男を上から下までジロジロと眺めてしまった。
あんなギアを、どういう経緯で身につける羽目になったのか。
自分だったら適合者だと判明しても絶対に装着したくない。深雪は脳内で装着した自分を想像して、身震いした。
「どうした?俺の顔に何かついているかい」と笑われ、ハッと我に返った鬼島は頭を下げる。
「す、すみません」
「謝るこたぁないさ。それにしても、そちらの適合者さんは皆、若いんだねぇ」
「若いって言い出したら、そっちのカレなんか俺らより、もっと若いんじゃねーすか?」と切り返したのは伊原で、そっちのと指をさされた勇馬は眉を吊り上げる。
若いと言われたことに怒ったのかと思ったら、そうではなかった。
「あなたがたは、どうして軍の言いなりになって戦っているんですかッ!巨大組織がギアを持つ、この危険性について考えたことがないんですか!?」
「ど、どうしてって言われても」と、たじろぐ鬼島を庇うかのように深雪が言い返す。
「住宅街で戦っていた人に危険だなんだと言われる筋合いは、ありません!」
「うぐっ」と一端は怯んだものの、勇馬は割合すぐに立ち直り、ぐっと握り拳を固めて熱弁した。
「確かに俺達は市街地で戦った……だが暴力に対し暴力で打って出るのは愚行と判っていても、誰かがやらなきゃ街はどのみちクヴェラの暴力行為で破壊されていただろう!俺達は暴力に絶対屈しないッ」
「君たちが市街地に潜伏していなかったら、そもそもクヴェラが入り込む等といった行為も侵さなかったんじゃないかね?」
横入りしてきた尋問官をもキッと睨みつけ、勇馬の持論は続く。
「奴らは何度も一般領を出入りしています。先日襲われた神社では誘拐までやらかしたんですッ。軍は、どうして川口親子を救出しに行かなかったんですか!?」
「川口……親子?」
キョトンとする鬼島の鼻先に指を突きつけ、「一般市民を守ると豪語しておきながら、事件で誘拐された市民の名も知らない!それでよく、治安を守るだのと宣言できたもんですね!」と勇馬の怒りは止まらない。
尋問官は書類をめくり、「あぁ、民間でギア研究をしていると噂が立っていた要注意人物か」と呟き、顔をあげた。
「一般領の防衛が後手に回っている件に関しては謝罪しよう。連中の動きは迅速だ。こちらも振り回されている。だが、それはそれとして議論のすり替えは感心しないぞ。我々が聞きたいのは、君が此方に無断でギアを持ち込んだ件だ。アジニアへの訪問理由も訊かせてもらおうか」
「俺達の来訪理由だって?決まっている、アスラーダがクヴェラと戦わないから、ここへ来たんだ!何故あんな如何にも無法者集団を放置して平気でいられるんだ!奴等がスラムに閉じこもっているから安全だと思っているんだったら、平和ボケにも程があるぞッ」
ビシッと指をさされて、尋問官も額に汗を浮かべながら反論する。
「いや、しかし諸君らは、こちらの集めた情報によるとクヴェラがスラムに住み着く前から潜伏していただろう?」
「どゆこと?」と伊原に小声で尋ねられて、女性士官も小声で返す。
「ユニオン後援会の創始者、日下部 陣内氏によると、後援会が設立されたのは五年前だそうです」
クヴェラのアジニア支部が建設されたのは、そう遠い昔ではない。
なんと今年に入ってからだと言われて、なるほど、道理で元スラム住人の伊原にも初耳だったわけだ。
アスラーダとて黙って放置していたわけじゃない。
連中がギアを所持しているかもしれない可能性を考えて、戦力が整った上で調査に踏み切る予定であった。
待望の適合者が見つかりアスラナーダを起動できる状態になった今、ようやく調査を始められるようになったというのに、横からしゃしゃり出てきたユニオンに妨害されちゃたまったものではない。
「いくら俺達だって来訪して、すぐに戦えるとは思っちゃいない……五年は必要期間だったんだ、あなたがたの動きを知るために!」
「ギアをメンテナンスしてくれる有志も必要でしたしね」と無精髭の男が補足して、室内にいる顔ぶれを見渡す。
「で?ギア適合者まで集めちゃって、俺達をどうする予定なんです?情報提供したって素直に罰金程度で解放してくれそうにも、なさそうですし。拘束軟禁でもしちゃいますか」
「どうするんですか?」と深雪の小声に女性士官も「ユニオン本部との交渉が終わるまで留置所へ入れておきます」と小声で返し、こうも付け足した。
「ですが彼らはギアを用い、強引に脱走する恐れがあります」
「取り上げなかったんですか?」との追加質問にも、「取り上げられなかった……といったほうが正しいでしょうか。激しい抵抗に遭いまして、そこの尋問官は二人目になります。最初の尋問官は医務室で倒れていますよ」と彼女は難しい顔を崩さずに答えた。
武力を否定する割に、自分は暴力をふるい放題だ。
勇馬の唱える正義は、どうも矛盾している。
しかし何を言ってもクヴェラが悪いアスラーダが悪いの持論にすり替えられそうで、まともな口論すら出来やしない。
「へー、そこの熱血小僧は草薙一朗中尉の一人息子なんすか。へーぇ、脱走兵?ここを脱走する軍人なんていたんだ!」
「あ、こら!」
いつの間にやら伊原が尋問官の背後に回って、勝手に資料を盗み見している。
いや、盗み見したばかりか声に出して読み上げられては、尋問官も泡食って資料を腕で覆い隠す狼狽っぷりだ。
「やたらクヴェラやウチを犯罪集団呼ばわりしているくせに、てめぇは犯罪者の息子ってか」
嘲る伊原に「犯罪者じゃない!父は、軍が間違った方向を目指していると気づいたから抜け出したんだ!」と、勇馬が吼える。
「世界へ警鐘を鳴らすためにも軍を抜ける必要があった……だが、軍は父の退役を許さなかったんだ」
「退役を……許さなかった?」
聞き咎める鬼島に、無精髭の男も口添えする。
「あぁ。草薙氏は中核に深く食い込んだ立場にあったんだ、そう簡単に辞めさせてもらえるわけがない。そして俺の父親共々、手に手を取って大脱走したってわけだ」
「あなたのご家族も軍属だったんですか?というか、あなたは一体?」
鬼島の誰何に肩をすくめ、改めて男が名乗りを上げた。
「自己紹介が遅れちまったな。俺は松田 春一、そこの勇馬と共にユニオンって組織に所属している」
「松田さんのお父さんも軍属で研究者を務めていた。彼の協力なくしてユニオンは結成できなかっただろう」
勇馬は力強く頷き、叫んだ。
「そして今は息子の春一さんが俺の片腕として、共に戦ってくれているんだ。俺達は、こんなところで立ち止まってはいられない。スパイラル・アタッチメーントッ!!
叫ぶや否や、部屋全体が眩い閃光で包まれて「うぉあっ、眩しッ!」と伊原たちは出足を挫かれる。
真っ白いギアが窓を開いて「誰に何を言われようと正義を執行する、俺達は必要正義なんだ!」と叫びながら飛び降りるのを、霞む目で鬼島は見た。
「ちょ、まて、ここ五階……!」と言いかける伊原には「ギアなら平気でしょう、それより早く追いかけて下さい!」と視力が戻らないまでも女性士官の叫ぶ声、それと尋問官が「予想通りユニオンが逃げ出した!門を全部閉めてくれっ」と階下の警備員へ連絡する声などが重なり、霞む目なれど深雪の行動は迅速で。
『待ちなさーい!』と叫んで、やはり窓を飛び出していった。
もちろん、生身ではない。いつ装着したのか、青いギアの姿となって――


予めギア装着を念頭に置いていた深雪でも、ユニオンの逃亡阻止は叶わなかった。
門を警備していた下位兵士は軒並み蹴散らされ、息も絶え絶えに転がっているのを医務室へ運ぶので手一杯となった。
「おのれ、草薙 勇馬めぇ……!正義が聞いて呆れるわッ」
明後日の方向にメラメラと怒りの炎を燃やす深雪はさておき、鬼島と伊原は駆けつけた獅子塚と一緒に今後の対策を考える。
「松田 春一の父親は確かに軍属だった。ギアの研究者だったんだが、ある日突然、草薙中尉と共に姿をくらましたんだ。彼がユニオン結成に手を貸すのは理解できる、二人は軍にいた頃からの親友だったのでな」
「軍の脱走者って累計どんぐらいいるんです?」との横道にそれた伊原の好奇心にも、獅子塚は素直に答えた。
「現在に至るまで、計五名と聞いている」
「五人!意外と少ないっすね」と伊原が相槌を打つのを聞きながら、五人は少ないほうなのかと鬼島は首を傾げる。
「しかしユニオンが五年も前からアジニアに巣食っていようとは……我々の調査網でも見抜けなんだ」
そう、そちらも鬼島には意外であった。
学校では軍がアジニアの全てを管理していると教わった。だから、住民が軍に隠れて何か出来るはずもないだろうと思っていたのに。
なのにユニオンが潜伏していたと見抜けなかったし、五人もの脱走を許してしまった。
案外、鬼島が思うほどには鉄壁ではないのかもしれない。アスラーダの統括も。
話を戻して、逃げ出したユニオン尖兵の足取りを追いかけるのは容易ではない。
なにしろ、この街には後援会が出来るほどユニオンを支援したがる輩がいるのだ。
日下部一派だけではあるまい。誰がそうだと判らない以上、市街地に紛れ込んだユニオンを探し出すのは骨が折れる。
連中のほうから接触してこない限り、ほっといても大丈夫だとの上層部の決断を聞かされて、三人は釈然としない気分に陥る。
「けど、無断でギアを持ち込んで戦闘までやらかしたんですよ?どうして放置しても大丈夫だと解釈したんですか」
深雪の不服に「動かせるギアは二体と判明したんだ。二体程度なら防衛できない我々ではない」と返し、獅子塚は意味ありげな微笑みで三人を見渡した。
「そうだろう?諸君。期待しているぞ」
追跡を出すより攻め込まれるのを待ち、反撃で取り押さえる作戦になったようだ。
それまでに腕を上げておけと言いたいのであろう、獅子塚は。
「今はユニオンよりクヴェラの対策が先だ。戻るぞ、諸君」とも促されて、三人は部署へ戻った。


-つづく-


25/04/11 update

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