Forest of Light Battle


光の森は広大だ。
だが現在マギ連合軍に攻め入られた森は、ファインド国が滅ぼされるかといった距離まで攻め込まれるほど戦況が切迫していた。
今ロイス王国軍がいる陣営を抜けると、ファインド国は目と鼻の先だ。
「この陣営を中心として獣人部隊を待ち構える。囮はデュペック、お前がやれ。俺とデューンは陣営を離れた場所――そうだな、あの地点で飛行部隊を待ち伏せしよう」
陣営から遠ざかった南の位置を指さされ、「えっ、隊長格が二人とも不在になるんですか?俺達は一体誰の指示を受けて動けばいいんですか!」と団員が大騒ぎするのへは、デューンがフォローに回る。
「安心しろ。飛行部隊を蹴散らしたら、二人とも、すぐ戻るから。それまで皆には防衛していてほしいんだ。獣人との戦い方は覚えたよな?」
「はい!遠方から氷魔法をバンバン撃ち込めばいいんですよね」と魔術師が元気よく答え、傍らではデュペックが満足そうに頷く。
「ヒュプス様が飛行部隊を待ち伏せするのは判りますが、何故デューン隊長まで同行なさるんですか?」との質問には、イワンが答える。
「彼は万が一の盾だ。俺が撃ち漏らした敵を片付けてもらう」
「弓の弱点も近接戦だそうだから、護衛としてついていくんだよ」
ニコニコ笑うデューンへは部下の遠慮ない「大丈夫ですか〜?足を引っ張らないでくださいよ」等の冷やかしが飛び、陣営は和気藹々とするが、すぐにイワンの「連合軍が来る前に移動するぞ、ついてこい」との頭ごなしの命令で雑談は断ち切られ、去っていくデューンの背中を見ながらアイルがぼやいた。
「本当に大丈夫なのかは、こっちでちゅよねぇ。デューンが抜けても牛頭たちと戦えまちゅか?」
熟練のダークエルフに煽られるならともかくも、同じく戦争素人のアイルにだけは言われたくない。
どの騎士の頬にも、さっと赤みがさして、内一人が勢いよく答えた。
「へ、平気ですっ!王子は陣営の中に引っ込んでて、我々の本当の初陣を御覧くださいませ」

奇襲位置に構えた二人は、藪の中で敵を待つ。
デューンはイワンの背後にぴったりくっつき、周囲を伺った。
辺り一面草木が生い茂っていて、最悪なぐらい視界が悪い。
こんなところで待ち伏せて、本当に矢は当たるのか?
早くも不安になってきた。
しかし百戦錬磨のファインド騎士団長が、ここを指名してくるからには、ここが一番奇襲に向いた場所なのだろう。
そうだ、疑ってはいけない。同盟の第一歩は何事も信頼からだ。
それにしても、さっきから何やら良い匂いがする。
森の中は様々な花の匂いが漂っているが、それとも違った爽やかな香りがデューンの鼻腔へ入り込んでくる。
「近すぎる。もっと後ろに下がれ」
後ろを見ずにイワンには怒られて、デューンはジリジリ後ろに下がる。
護衛しろというから近くに寄り添っていたのにと一瞬憤るも、あまり近すぎると弓が構えられないのかもと思い直して、デューンは再び油断なく辺りの気配を伺った。
小動物の気配が、あちこちに感じられるが、それ以外は何も――
考えるよりも身体が先に動いて、「なにっ!?」と驚くイワンの声、そして頬すれすれを横切って飛んでいった矢が、本能で斬り払ったハーピィの顔面に突き刺さるのを見た。
それ以降は『ギャアアァァァ!』と怪奇じみた奇声と共に襲い来るハーピィの群れが、次から次へと撃ち落とされていくのを唖然として眺める。
次から次へと撃ち落としているのは、当然目の前にいるイワンなのだが、デューンの知る弓矢の速度とは比にもならない。
弓を構えたと思った直後には矢が飛んでいき、つがえると放つの合間が感じ取れない。
隊長一人でこの腕前なら、団員全員が放つ攻撃は如何ほどなのか。
それをもってしても、ここまで攻め込まれたのは一体何が原因なのか。
考えるデューンの前にハーピィの邪悪な笑顔が迫ってきて、こいつも本能で斬り払う。
のんびり考え事をしている場合ではなかった。
敵は四方八方から向かってきている。主に背後と、それからイワンの矢をかいくぐって、いや正確には仲間を盾に突っ込んできたハーピィを残らず撃ち倒すのが自分の役目だ。
「いかん、陣営が崩れた!ここは任せるぞッ」
不意にイワンが立ち上がり、身を翻す。
陣営が崩れた?つまりロイス騎士団が獣人に打ち負けたってことか?
近接に持ち込まれたら、魔術師のアーリアは絶対的不利だ。
アイル王子に至っては、距離に関係なく危ない。
「貴様は、ここを死守しろ!ハーピィを逃すと囲まれるぞ!」
走りかけた足が止まり、デューンはグッと踏みとどまる。
弓矢に怯えて背中を見せて逃げる者もいたが、まだ多くのハーピィが自分めがけて突っ込んでくる。
ここで囮になっている間は、挟み撃ちも回避できるだろう。
信じよう、イワンを。
俺の部下たちを上手く指示して、助けてやってくれ――!

それから何十匹のハーピィを斬り倒したのかは記憶にない。
本能が動くまま、片っ端から向かい来る敵影を斬りつけた。
頬、腕、足と鎧で守られた場所以外の場所から血を吹き、ボロボロの傷だらけになりながら一匹たりとも陣営方面には進ませず、やがて襲ってくる爪が一つもなくなったあたりで、ようやく飛行部隊の全撤退を知る。
満身創痍で陣営まで戻ってみれば、傷だらけの鎧をまとった部下たちに出迎えられた。
「お疲れ様です、団長!」
「すごかったですよ、ヒュプス様の指示!指示した通りの場所に獣人が現れるんです!あの先読み、団長にも身につけていただきたいですね!」
「いやー今日という日こそ弓矢の援護が素晴らしいと思った時は、なかったですね!弓って最強武器だったんですね!獣人が片っ端から後退していくんです!判りますか?我々が何度剣で斬っても逃げ出さなかった、あの獣人がブスブス矢に射られて背中を向けて逃げていったんです!」
好き勝手に騒いで大興奮な部下たちは、誰一人として欠けていない。
戦いに不慣れな面々へ的確な指示を与えるだけではなく、獣人相手に戦ってもくれたのか。
なんと頼もしい。味方に出来たら最高だ。
へたへたっと座り込むデューンを見て、傷の深さに気がついたのか、僧侶が何人か駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、団長?今すぐ治して差し上げますからね!」
柔らかな光に包まれて、ホッと安堵の溜息をもらすデューンの頭上に声が降り注ぐ。
「すごいな……本当に一人で死守したのか、回復援護も無しで」
見上げると、黒い顔と目があった。
イワンだ。
腰に下げた二つの矢筒は、どちらも空っぽになっていて、この一戦で手持ちを使い切ってしまったと見える。
こちらの善性だか何だかを確認するだけみたいなことを言っていたくせに、全面協力してくれるとは、ますますもって仲間にしたい。
「あ、ありがとう。君のお陰で部下が助かった」
「礼には及ばない」
些かぶっきらぼうに遮って、イワンは踵を返す。
「あ、どこへ行かれるんですか?」との問いにも「王へ報告してくる。ロイス騎士団との同盟について、今一度考えねばな」と一言残して、喝采を背に浴びながら去っていった。
「やった!やりましたよ団長!我らの戦いがファインド国騎士団長の心を動かしました!」
「きっとデューン団長のふんばりが決定打になったんですね!すごーい、団長!さすが我らの騎士団長!」
すごい、か。
俺が頑張れたのは、イワンの活躍を目にしたからなんだけどなぁ。
あんなすごい攻撃を見たら、こっちも負けていられないじゃないか。
戦争は素人だけど、剣術は素人じゃない。
ずっとロイスで訓練を積んできたんだ。その成果を出す時がきた。
「今日で終わりじゃない。ここから始まるんだ。皆、これからも頑張って戦って、そして絶対に戦争を終わらせよう!」
デューンの気勢に全員が「おー!」と片手をあげて大合唱した。


光の森での攻防戦……
ロイス王国の真の初陣とも言える戦いで、デューンが倒した飛行部隊は六十七体に及んだ。
たった一人での大多数殲滅は、イワンにもなし得なかった大偉業である。
この脅威の記録は最後まで本人が知ることもなかったが、ファインド国王はイワンの報告で知り、ロイス王国との同盟を結ぶに至った。
ロイス騎士団は改めて妖精同盟軍と名乗り、マギ軍に宣戦布告を放つ。
「この戦争を終わらせる為、魔族に戦いを挑む」と――