Proud Dark Elf


「まずは卑劣な戦法での初勝利、おめでとう」
嫌味たっぷりに祝福されても、どの騎士も反論の言葉が出てこない。
それぐらい、初勝利は自他共に認める卑劣な奇襲であった。
微妙な雰囲気が漂う中、「いいじゃねぇかよ、あの作戦は俺の発案だったんだ。それに卑劣だなんだって渋っていられる状況でもねーだろ?うちが落ちたらロイスなんざ、一秒と保たずに落とされっちまうぞ」などとデュペックが場をとりなしてくる。
そこまで王妃の結界はヤワじゃないと思いつつも、彼の親切を無駄にしないようデューンもイワンへ頭を下げた。
「本当に見苦しくて申し訳ない……だが、君も同行してくれるなら同盟の日は近い。そう取っていいのかな」
「勘違いするな」と向こうの騎士団長は素っ気ない。
「デュペックに言われたから同行するんじゃない、王に命じられたんだ。貴様らの善性を見極めてこいと」
この戦いにおいてロイス王国が妖精の血を引くアイルを同盟リーダーに立てたのは、マギ連合軍が闇を基とする魔族で構成されているからだ。
古来より闇に対抗するのは聖。闇を悪とするならば、聖は善である。
各地に散らばる妖精の国全てと同盟を結ばなければならない。
具体的にいうとファインド国、コーデリン国、海底王国の三つだ。
そういった旨は王妃直々に聞かされてきたデューンだが、実際に何が住んでいて、どういった国なのかは全く教えてもらわなかった。
エルフがこんなに高飛車で嫌味な種族だと事前に知っていたら、もっと交渉のやりようもあったのに……と、今更愚痴っても仕方がない。
デュペック曰く、イワンは弓と魔術を得意とするそうだ。
同行するのは騎士団全員ではなく、イワンとデュペックの二人だけだ。
次の戦いで、獣人とエルフの能力を見せてもらうとしよう。

同盟を結ぶまで、ファインド国の敷地内には入れない。
ロイス騎士団は近郊の森にてテントを張り、陣営を立てていた。
だというのに、さっそくイワンの姿を見失い、デューンは途方に暮れる。
同行するって言っていたのに、寝る時は家に帰っちゃったりするのか?
うろうろ探す新米団長を見かねたか、デュペックが声をかけてきた。
「うちの団長を探しているのか?だったら無駄骨だ、やめときな」
「無駄骨?いや、でも次の戦いに備えて話を通しておきたいんだが」
「それが無駄骨だってのさ。あいつは、お前らの作戦なんかじゃ動かねーよ。この森を熟知しきってっからなァ」
エルフにはエルフの戦い方があると言いたいわけか。
しかし連携を取る以上は動きを併せてもらわないと、こちらも動けない。
デューンの言い分にも首を振って、デュペックは、せせら笑う。
「事前に打ち合わせなんざしなくたって、俺もあいつも動けるって言ってんだ。お前らは、あの黒エルフ様の盾になっときゃいいんだよ。俺は俺で自由に動くしな」
「じ、自由に?いや、普段は君もエルフの盾になっているんだろ?」
慌てるデューンを品定めするかのような目で眺め、デュペックは頷く。
「あぁ、そうだ。獣人の特性を捨てて守ってやってたんだ。だが、あんたら正規の騎士が一緒なんだ。もう盾役は御免とさせてもらうぜ」
「獣人の特性?」とオウム返しなデューンへ、もう一度頷き「俺ら獣人は守りより打って出るほうが得意なんだ。それよかイワンを探さなくっていいのか?」と話を逸らされて、そういや探すのを忘れていたとデューンも気づく。
「あの野郎なら森の中だ。群れるのが嫌いな団長でよ……なんせ部下は白ばっかでテメェの騎士団でも孤立してんだ、早く行って慰めてやんな」
「白ばかりって、部下がハイエルフしかいないってことか?けど、獣人もいるじゃないか。君は慰めてあげなかったのかい?」
デューンの問いには、愚問だとばかりにデュペックが肩を竦める。
「エルフは獣人を見下してんだ。連中は俺等が盾ぐらいにしかならないと思い込んでやがんのさ」
「君は……団長を嫌いなのか?」
核心をついた質問にデュペックは押し黙り、ちらと空を見上げた。
「俺が嫌いなのは気取った白エルフ連中で、王様と団長には多少同情してんだ。生まれは同じだってのに肌の色が黒いってだけで差別の的になっている、あの二人が不憫でな」
驚いた。王様が国民から差別される国なんて初耳だ。
だが、考えてみればデューンが知る国なんてロイスぐらいなもんで、他の国がどういった状況にあるのかも存じない。
それに言っちゃ何だが、王と王妃の不仲や王子のアホっぷりは国中に知れ渡っており、影で悪口を言う民もいないではない。
王様が不憫なのは、なにもファインド国だけに限った話ではなかった。
うーむと考え込むデューンを前に、デュペックは何を思ったのか、興味深げに彼を観察するのであった。

デューンがデュペックと話している間、アーリアはひと足お先に森の中を探索していた。
イワンが陣営にいないと気づき、森の中にいると当たりをつけたのは良いのだが、一口に森といっても広大を極める。
あちらこちらとアテもなく彷徨っているうちに、小さな池に出た。
その近くで煌々と光る焚き火と目的の人物を見つけた。
「ここにいたんだね」と近寄ってくるアーリアを一瞥し、すぐにイワンは視線を焚き火へ戻す。
構わず隣へ座ると、アーリアは思っていた疑問を吐き出した。
「ダークエルフはハイエルフよりも魔力に優れた種族だと、本には書いてあったよ。なのに、あんたは弓も上手いんだってね?努力の賜物かい」
「森に住むんだ、弓ぐらい使いこなせなかったら話にもならない」
ポツリと答え、やはり視線は焚き火に定めたまま、イワンは彼女の間違いを訂正する。
「何の本を読んだんだか知らないが、魔力が高いのはハイエルフもだ。ハイとダークの違いは属性だけで、種族は同じエルフなんだ」
へぇと呟き、アーリアはそっぽを向いた相手に笑いかける。
「無視されるかと思ったけど、ちゃんと返事できるんじゃないか。ホッとしたよ」
イワンは「話しかけられたら答えるぐらいはするさ」と答え、ちらりとアーリアを見やる。
この女はロイス王国騎士団の魔術師だ。
他の騎士よりは博学だが、その殆どが本から得た知識でしかない。
実態を知らないから、ダークエルフが相手でも臆したりしない。
ファインド国を構成するのは八割ハイエルフで、残りニ割がダークエルフと獣人だ。
ダークエルフが王に就いたのは、国始まっての大珍事であり国民の全てが驚愕した。
これまでずっとハイエルフが王だったというのに、前王は何を狂って跡継ぎをダークに定めたのか。
能力的には差のないハイとダークだが、地位で見るとダークはハイの足元にも及ばない。
少数派のダークはハイに見下されていた。獣人もだ。
この二種は長らく捨て駒として使われてきた。
獣人は今もだ。今も盾という名の捨て駒扱いである。
自分が団長でいるうちに獣人の立場をよくしてやりたいのだが、まわりをハイに囲まれていては改革も思うように進まない。
イワンは、自分が騎士団長に選ばれたのは王がダークエルフだからではないかと考えている。
自分だけじゃない、周りもそう疑っている。
ハイエルフも指揮下で動きはするが、戦いが終われば孤独が待ち受ける。
団長でありながら孤立していた。
友と呼べる存在は一人もおらず、獣人でさえも彼を無視した。
一人、気安く話しかけてくる存在――デュペックがいたが、イワンの方で敬遠した。
自分と仲良くなることで、デュペックが獣人の中で孤立するのを恐れた。
いつしか輪の中へ入る努力を捨てて、独りでいるのを好むようになった。
だからこそダークエルフを知らないロイス人の無知には驚いたし、他種族から親しげに話しかけられるのも初めてで、戸惑いを覚える。
「エルフは、あたしら人間を見下しているって、これも本に書いてあったんだけど、あんたはどうなんだ?」
「こうやって真面目に答えているのが答えになるんじゃないか」と言い返し、イワンはアーリアと向き合う。
恐れは全くない。好奇心に満ちた目で、こちらを見つめている。
ファインド国では見られなかった、誰かを偏見や身分で見下したりしない平等な意識。
これこそが王の言う善性ではあるまいか。
いや、だが、まだ単なる無知からくる純粋さだと言えなくもない。
共に戦った後の反応を見てからだ、こいつらに善性があるか否かを見定めるのは。
「そうだね、あんたを信じるよ。同じ後方援護として、よろしくね。そうだ!エルフならではの魔法ってあるのかい?よかったら次の戦いで見せてくれると嬉しいんだけどさ」
「俺をエルフでひとまとめにしないと約束してくれるなら、な」
肩をすくめて、イワンは約束する。
「次の戦いではダークエルフの真髄を見せてやろう」
自分でも意識しないうちに微笑んでいた。