The Unparalleled Beastman
光の森にて背後からの奇襲を企んだものの、予想外の反撃に出くわしたロイス騎士団はファインド国までの撤退を余儀なくされる。
初めて戦う獣人の驚異的な腕力と体力、そして縦横無尽に飛び回るハーピィを前にして、初心者同然な騎士では手も足も出なかったのであった。
「いや、何あれ?剣が全然届かないんですけど」
命からがら逃げ延びた騎士団は、ファインド国手前で陣営を張って対策を練る。
「や、空飛ぶやつも厄介だけど一番の問題は獣人だよ。素手で剣折るとかさぁ、あんなの聞いてないって」
なにしろ、今まで戦争とは無縁で生きてきたのだ。
獣人やハーピィはおろか、何かと戦うの自体が初めてな軍団である。
一応、団には魔術師や僧侶も含まれている。
だが、そのほとんどが呪文書を読むだけで過ごしてきた。
初実戦での呪文は不発続き、敵に当てるどころではない。
「動かない的ばかり相手にしてきた障害かねぇ」などと、騎士団きってのNo1魔術師アーリアも腕を組んで考え込んでしまう有り様だ。
そこへ「おいおい、だらしねぇなぁ。やっと重い腰をあげて出てきたと思ったら、すごすご逃げ帰ってきたのかよ」と野太い声で煽りが飛んできて、「なんだと!?」といきり立ったロイス騎士団の面々が見たものは、灰色の毛並みに覆われた、狼の頭を持つ生物で
「ギャー!獣人!獣人が攻めてきたぁぁ!」
一気にパニックに陥った陣営を呆れた目で眺めながら、当の獣人が騒ぎを収めにかかる。
「お前ら、敵と味方の獣人区別もつかねぇってか?鎖国主義も大概にしとかねぇと、世界から放り出されるぞ」
「いやぁぁぁ、命だけはご勘弁を!」と涙目になる騎士たちへ、あからさまな侮蔑の溜息まで追い打ちで飛んできた。
「ロイスの騎士は誇り高き団だと聞き及んでいたが、噂は所詮、噂でしかなかったか。臆病者は無理して参戦しなくていいぞ、さっさと国に逃げ帰ったらどうだ」
哀れな敗陣を見物に来たのは、先ほどの獣人だけではない。
黒い肌や白い肌で耳トンガリな人々までもが、蔑みの視線で騎士団を見ているではないか。
「エルフ!?」と驚く騎士たちに、黒い肌のエルフが頷く。
「まさか自分たちの逃げてきた国が、どういった種族で構成されているかも知らないわけではあるまい。万一にも知らないのだとしたら、教えてやろう。ファインド騎士団はエルフと獣人で構成されている。正しくはハイエルフとダークエルフ、そして一部の獣人だがな」
「え、で、でも、マギ連合にもいたけど?獣人!」
まだ怯えと混乱が去らないロイス騎士に、もう一度深々と呆れの溜息をつき、改めてダークエルフが説明する。
「妖精といえど、全てが聖に属するわけではない。闇に惹かれた妖精は皆、光の森を出ていった……向こうにいる獣人やダークエルフは俺達と袂を分かった連中だ」
「それで……無知な俺達へ親切な解説を教えてくれた君は誰なんだ?よかったら、名前を教えてくれると嬉しいな」とデューンに尋ねられて、またしても溜息をついてから、ダークエルフが名乗りを上げた。
「人に名を尋ねる前に自分から名乗るのが、人間の考えた礼節じゃなかったのか?まぁ、いい。俺はイワン=ヒュプス。ファインド騎士団を束ねる団長を務めている」
「えー!?ダークエルフが団長なのか!」と、またまたロイス騎士団が大騒ぎするのを見ながら、獣人も名乗りを上げる。
「んで、俺は騎士団長様の部下でデュペック=ギルロイドってんだ。獣人で一括りにされるのはムカつくから、ワーウルフって覚えときな!」
「わーウルフ?」と首を傾げる騎士の中でアーリアが、したり顔で頷く。
「種族図鑑で読んだ記憶があるよ。ひとくちに獣人って言っても、いろんな種類に枝分かれするんだって」
「へぇ、そこのネーちゃんは勉強家じゃねぇか。他のボンクラ騎士と違って」とデュペックに感心されて、「まぁ、一応本を読むのが仕事だったからねェ」とアーリアは謙遜する。
ボンクラと貶されても仕方がないぐらい、ロイス騎士団は無知の塊だ。
なにしろ同盟を結ぼうとしていた国の王がダークエルフだというのすら、イワンに説明を受けるまで知りもしなかったのだから。
「俺はデューン=アリテア、ロイス騎士団の団長だ。そちらが劣勢と聞いて参戦したのはいいんだが、みっともない姿を見せてしまったな」
上から下までデューンを眺め回してから、デュペックが尋ねる。
「あんたがマギ討伐軍の頭だと取っていいのか?腕は立ちそうだが、率先力がなってねぇな。戦場での指揮は初めてなのか?」
矢継ぎ早に質問してくる相手を制し、デューンがニコニコ微笑む少年を手前に押し出した。
「いや、リーダーは俺じゃない。こちらにおわすアイル王子、ロイス王国第一王位継承者が俺達のリーダーだ」
アイルを紹介された直後、場を沈黙が支配する。
どのエルフにも困惑が浮かび、徐々に冷淡な表情へと変わってゆく。
こんなアホ毛の立った、能天気そう且つウスラバカっぽい笑顔を浮かべた子どもが討伐軍のリーダーだって?
戦争をナメているとしか思えない。
平和ボケした国と同盟を組むなんて御免だ。
絶対、こちらの足を引っ張るに決まっている。
おそらくは見物に来た全てのエルフが、そう考えたことだろう。
イワンも然り、額に手を当てて否定の仕草を見せてきた。
さもあらん。
デューンがファインド国民だったら、同じ反応を示していたところだ。
アーリアたち配下の騎士だって団長のデューンが指揮を執るリーダーだと信じて疑っていなかったのに、出発する直前だったのだ、王がアイルをリーダーに立てろなどという無茶振りをしてきたのは。
「えへへーよろちくでちゅ」
差し出されたアイルの手をガン無視して、イワンが踵を返す。
「我らファインドは戦場初心者の同盟を必要としていない。さっさと帰れ、邪魔だ」
にべもない完全拒絶発言には
「はぁぁ!?」とロイス騎士団下っ端及び無視された王子が額に青筋立ててのブチキレだが、今の状態では同盟を拒否されても仕方がないといえよう。
なにしろ何の成果も出していない。
せめて光の森からマギ連合を追い出さない限り、進展はあり得まい。
イワンが帰るのを見て、他のエルフたちも帰っていく。
興味を失ったんだと判っても、デューンは話しかけずにいられなかった。
煽られた程度で、おめおめ引き下がったんじゃ、何のために立ち上がったのかも見失ってしまう。
「誰だって最初は初心者だろ。俺達は本気で戦争を終わらせたいんだ。けど、対処法が判らなくてね……ずっと戦っていた君達になら、奴らとの戦い方も判るんだろ?せめて初歩のコツでも教えてもらえないか」
イワンの返事はなかったが、代わりにデュペックが反応した。
瞳には好奇心を宿らせて、嬉々として話しかけてくる。
「初歩のコツが判るだけで倒せるってんなら、是非とも活躍してもらおうじゃねぇか。なぁに、うちの団長様は期待してなくても俺が見守っていてやるよ。今攻め込んできてんのはミノタウロス部隊とハーピィ部隊なんだが、あんたらは剣が主力だし、ハーピィには手こずったんじゃねぇか?」
「そのとおりだ」とデューンも頷き、続きを促す。
「ハーピィに有効なのは弓、そして炎の呪文だ。んでミノタウロスの苦手なモンは氷呪文なんだが、なにしろ連中、数が多いだろ?正直うちのエルフどもだけじゃ手が足りなくてね。あんたんトコの魔術師が合流すりゃあ、こっちも多少は楽になるんだがよ」
「あんたが団長様に掛け合って、同盟を促してくれないかい?」
アーリアの頼みにニヤリと口の端を歪めて「タダでってわけにゃ〜いかねぇな」とデュペックも言い返す。
「見返りが欲しいのかい。条件は?」との問い返しには、バチンとウィンクして笑った。
「そうだな、例えばネーチャン、あんたが俺のモノになるってのは」
「駄目だ!」と鼻息荒く彼女との間に割って入り、デューンはコホンと咳一つ、言い直す。
「人身御供は騎士の人道に反するので出来ないぞ。それ以外で頼む」
「人道ねェ」と肩をすくめて、デュペックも真面目に答え直した。
「初心者のあんたらには荷が重いかもしれねぇが、何らかの功績を示さなきゃ、あの頑固な騎士団長様を納得に至らしめるのは難しいぜ。そうさな……追い出すまではいかなくても、ミノタウロスかハーピィのどちらかを減らしてくれりゃ〜見直してもらえるんじゃねぇか?」
できそうなのはミノタウロスだが、圧倒的な腕力で剣を弾かれてしまう。そのへんの対処法を問うと、デュペックは「騎士の役目は攻撃だけじゃねぇぞ?盾で防いで攻撃を受け止めつつ、呪文までの時間稼ぎをしてやんな」とのヒントを与えてくれた。
「さすが熟練のファインド騎士だ!」
感動のロイス騎士によるヨイショで彼も気を良くしたのか、次の戦いでは一緒に戦ってやると言いだして、ロイス陣のテントに居残りを決め込む。
「いいんでちゅか?騎士団長様に怒られちゃうんじゃ」
気をもむアイルに手を振り、「あんなヒョロエルフを恐れる俺じゃねーよ」とデュペックは豪気を見せた。
「ひょろエルフったって団長だろ?強いんじゃないのか」とのデューンにも、デュペックは「まぁな、けど騎士の誇りがある限り、味方に弓射る勇気はねぇんだよ、あの黒エルフ様には。今、俺等ワーウルフにまで離反されたら盾に出来る種がいなくなっちまうしな」と答えて、どこか蔑む目線をファインド国へ向ける。
同じ故郷を持つ二種でも、連携は上手くいっていないようだ。
同盟を結ぶにあたり獣人とエルフの不協和音は不安になるが、それでもエルフの弓と魔法は、どちらも貧相なロイス王国からすると魅力的である。
やはりここはデュペックを仲間に入れて、大活躍を報告してもらわねば。
そんな意気を胸にデュペックの提案も受け入れて、ロイス騎士団は奇をてらった襲撃に出る。
熟睡中の敵陣へギリギリ届く範囲まで近づき、これでもかってぐらいの氷呪文を遠方から一斉集中お見舞いした。
襲いかかってこない敵への呪文なら、初心者の魔術師といえど余裕をもって成功できたし、寝ぼけた獣人が相手だったらヘナチョコ防御力の騎士にだって盾で押さえつけるぐらい屁でもなかった。
騎士の誇りを捨てた大勝利ともいえるが、こちとら戦地の初心者だ。
多少の卑劣ハンデは大目に見てもらいたい。
やり方は外道そのものでも、一応ミノタウロス部隊を後退させるのには成功した。
「仕方ないよな!」と自分に言い聞かせるデューンの背中を労りながら、アーリアは再度デュペックに団長への掛け合いを頼み、そして次の戦いにはイワンも同行する流れとなったのだ――