The Kingdom of Royce begins


Fast225年――
かつて審判に焼かれた大地の復興が、ようやく終わったばかりだというのに、突如現れた魔の軍勢が各地を襲い、世界は再び戦乱に包まれた。

Fast255年。
もうすぐ建国30周年を迎えようというロイス王国にて。

「おーうーじー、あっそびまっしょー!」
王宮の裏庭に、場違いなほど元気炸裂な声が響き渡る。
騒いでいるのは目にも鮮やかなオレンジの髪の少女だ。
「おーうーじー、どこかなー?」
木の洞を覗き込んだり、池に浮かぶ蓮の葉をひっくり返したりしているが、そんな場所に人間が隠れられると思っているのであれば正気を疑う。
「ざーんねーんでちゅー!ボクは、ここでちたー!😆」
ざばぁっと池の中央が盛り上がり、少年が飛び出してくる。
「きゃ〜っ!?」と、いささか大袈裟なぐらい驚いた少女は「王子ってば、何時間もぐっていらしたんですか?頭に蛙さんが乗っていますよ」と言いながら、アホ毛にしがみついた蛙を取ってやった。

アイル=ロイヤル。
それが池に潜っていた少年の名前であり、れっきとしたロイス王国の第一王子である。
正当な跡継ぎでありながら、ロイス住民特有の金髪碧眼ではない。
金よりは茶色に近い髪の色、瞳も茶色で、ロイス人というよりは東大陸の原住民に近い色だ。
それというのも、彼は純血のロイス人ではなく、母親を妖精に持つ混血であった。
彼の母親、ロイス王妃は妖精の女王で名をアンテローザという。
現王ロイス=ロイヤルに騙される形で婚姻を結ばされたせいで夫婦仲は最悪だが、我が子にかける愛は、これ以上ないってぐらい双方ともに親馬鹿で、だからアイルは、いつまで経っても赤ちゃん言葉が抜けないまま17歳になってしまった。

先ほどから王子と遊んでいる少女は、リューン=アリテアという。
王子と同い年の17歳、幼馴染でもある。
彼女も純血のロイス人ではなく曾祖父が西大陸南部出身、移民として北部へ流れ着いた一族だ。
そして王宮とは何の関係もない民間人なのだが、身分違いなど物ともせずに毎日こうして勝手に王宮へ入り込んでは、王子とのアホらしい遊びに興じていた。
長年各地を襲っている軍団は自らを魔族連合と名乗り、奴らの本拠地となる魔導帝国ザイナロックは光の森を挟んで同じ大陸にある。
それでも二人が呑気に遊んでいられるのは、光の森にはエルフの国ファインドがあり、そこで魔族との戦いが食い止められているおかげであった。
「何時間ってほど潜ってないでちゅ。リューンが後ろを向いている隙に潜ったんでちゅよ」
「わぁ〜、全然気づかなかった!すごーい王子、スパイになれますよぉ」
えっへんと胸を張る王子を、これでもかとリューンは褒め称える。
ホントのことを言うと、背後であがる派手な水音には気づいていた。
だが、わざわざ真実を告げる必要もあるまい。
アイルが幸せならリューンも幸せで、早い話、大きくなったらアイルの嫁になるのがリューンの夢であるから、どんな些細なことでも彼の気分を害するのは得策ではない。
「あー、ここにいたんですか!王子、駄目ですよ?毎日言ってますが、勉強しなきゃ立派な王になれませんぜ」
裏庭の門を潜り抜けて現れた青年が大声を出す。
「げー、なんでくるのよ兄ちゃん!ここから先は、私と王子のラブラブタイムが始まるとこだったのにィ」
「げー、じゃないよ。リューン、お前、何度無断で王宮に入るなと言えば、覚えてくれるんだ?」
振り向いて文句を言うリューンに小言で返した彼こそは、ロイス王国騎士団の団長にしてリューンの兄でもあるデューン=アリテアだ。
リューンの背丈を遥かに越える長身で、青く輝く鎧の下には屈強な肉体が隠されている。
「デューン、リューンを怒っちゃ駄目でちゅ。ボクが呼んだんでちゅよ」
「そうだよ、王子に呼ばれたんだから、これは立派な招待だよねぇ」
開き直った二人にデューンは大きく溜息をつく。
なにが招待だ。魔法も使えなきゃ手紙だって書けないくせに。
だからといって王子の小間使いが王子の命令を聞くはずもないし、第一、部下からだって聞いているんだ。
妹が毎日勝手に忍び込んで王子と遊び呆けていると。
文字すら満足に書けない馬鹿だから、学問の先生をお呼びしているというのに、この馬鹿王子は毎日勉強の時間になると、しれっと姿をくらます。
それこそデューンが騎士団長兼教育係に任命されてからは、一日たりとて勉学に励む王子を見た日がない。
今日は運良く裏庭で見つけられたけれど、時々とんでもない場所に潜り込んでいたりするから、この二人を探し回るのは厄介だ。
「さ、王子。戻りますよ、今日という今日こそは文字の勉強を」
「3,2,1……しゅーりょー!」
リューンの声に併せたかのように、鐘の音が鳴り響く。
騎士の勤め、そして商売の終わり、全ての職業の業務終了を告げる鐘だ。
「あーーー!くっそー、またかよ!」と騒ぐ兄をほったらかしに、リューンは笑顔で踵を返す。
「じゃあね王子、また明日!」
「また明日、じゃねぇーーー!!」と叫ぶ兄なんぞは当然スルーして、手を振りながら去っていった。
妹は、リューンは笑うとホントめっちゃ愛らしいし、憎めないところもある元気はつらつ娘なんだけど、こちらの業務妨害を毎日行うとは一体どういった了見だ。
「デューンも終業でちゅね。どうでちゅか?この後、ボクの部屋で一発やるってのは」
ぐりっと親指を人差し指と中指の間に押し込んで、王子が何やら寝言を宣ってくる。
この王子、アイルも普段は愛らしさ爆発で、そりゃ〜王と王妃が猫っ可愛がりする気持ちも判らなくはないのだが、そのせいでバカが誕生した。
将来のロイス王国を考えると、由々しき事態である。
だというのに王も王妃も、勉強しない王子を全く叱らない。
小言は全てデューンへ向かい、失点続きの毎日だ。
このままでは騎士団長の座も危ういのではあるまいか。
「一発じゃなくて一杯ってんならつきあいますがね。今日は帰ります、明日こそは勉強してくださいよ?」
まぁ、いいか。団長をクビになったら、恋人の稼ぎに期待しよう。
ヒモ同然な考えを浮かべながら、デューンは帰路を歩いていった。


このまま呑気な日々が続くと思いきや、ある日、事態が急転する。
なんと、光の森に魔族連合が攻め入ったというではないか。
光の森はファインド国の領土だが、ずっと森入口で防いでいたのが中にまで入りこまれるとは相当な劣勢だ。
森を抜ければ、ロイス王国は目と鼻の先にある。
いくら王国全域を王妃の結界で守っているとはいえ、魔族の大軍に攻め込まれたら、結界だって保つとは限らない。
すなわちファインド国の滅亡イコール、ロイス王国の大ピンチだ。
「えぇい、エルフどもが!魔族に押し負けるとは案外情けない奴らめ」
ロイス王はエルフを罵り歯噛みする。
闇の侵攻は今やファーストエンド全域まで広がっている。
無事なのは、それこそ王妃の結界に守られしロイス王国ぐらいで、ザイナロックとお隣のファインド国は激戦区と化し、反対隣のコーデリン国は音信不通、滅亡したのか否かも定かではない。
西大陸南部との区域境は閉鎖されたと聞くし、東大陸や諸島に至っては情報が回ってこない。
だというのにロイス王は、これまで全く戦争には無関心を貫き、のほほんと建国記念日を祝おうとしていたのだ。
これでは婚姻詐欺の件がなくても、王妃との仲が悪化するのは当然のなりゆきというもの。
30年の間に夫婦はすっかり冷戦状態、それでもアイル可愛さのおかげで、王妃はロイスに留まってくれている。
「あなた、今こそ兵を出す時ではありませんか?まずはエルフの国を助けましょう。そして彼らと同盟を結び、闇をファーストエンドから追い出さねば、我らに未来はありません」
至極真っ当な正論を出す王妃に、何故か王は渋い顔で答える。
「兵をぉ〜〜?しかし、兵を出したら我が国まで戦火に巻き込まれるじゃないの。やだぁ」
「やだぁではありません。遅かれ早かれファインドが倒れたら、次は我が国へと攻め入られます。その前に食い止めなければなりません」
「ん〜〜、でもぉ〜、デューンちゃんが死んだらアイルも悲しむと思うしィ〜、儂もリューンちゃんも悲しむしぃ〜」
「一時の感情で全てを無に還すおつもりですか?王ともあろう者が、これでは思いやられます」
落胆の溜息をつき、アンテローザは整列していた騎士の一人へ命じる。
「王では埒があきません、デューンを呼んできなさい」
「はっ!」と敬礼一つで騎士は王の間を飛び出してゆき、間を置かずに団長をつれて戻ってくる。
「お呼びでしょうか、王妃。あぁ、言っておきますが王子への小言でしたら聞く耳持ちませんよ。こう見えても騎士団は忙しいんです」
何やら言いかけるデューンを冷たい視線で封じ、王妃は凛と言い放った。
「デューン、あなたに命じます。これよりロイス王国は光の森攻防に参戦、及び各国との同盟を結びます。デューン、あなたは騎士団長として同盟軍を率い、魔族連合を打ち倒しなさい」
あまりにも日常とかけ離れた上、普段の任務とも関わりがなく途方もない話で、ついでに言うなら今頃になって参戦したとして、はたして何カ国が同盟を結んでくれるのかも判らない。
突拍子もない命令に、思わず騎士団長が「はへぇ?」と間抜けな声をあげてしまうのも無理はなく、しかしながら立場上断ることもできず、一週間後には騎士団を引き連れて、デューンは光の森へと旅立った。

九割方は王妃独断の命令であったが、この同盟軍(仮)には一つだけ王の命令が含まれていた。それは――
「ヒャッハー進めロイス軍!デューン、ボクを勇者にしてほしいでちゅ」
アイルを同盟軍のリーダーにしろ。
という、とんでもない親バカっぷりを呈したものであった……